君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
──飛び入り参加の『七夕クイズ大会』
回答ボタンの前に横並びに座った私たちは、開戦の合図を、いまかいまかと待ち侘びていた。
「ハァーイ!みんなこんにちはークイズ大会の進行役を務めるのは、みんなの心のパートナー!心理士の〝
「本郷先生が司会…!?」
「そのパターンできたか」
「乱入してこないだけマシね」
どもどもーと、面に立ったのは、いつもの変な星型眼鏡をかけた本郷先生だった。
先生は、私と目が合うなり片目を瞑って何度もウィンクを飛ばしてきた。
(う、嬉しいけど…恥ずかしい)
でも、折角先生が挨拶してくれたんだし、と頑張ってウィンクを返そうとするが、むぎゅっと両目を瞑ってしまってなかなかウィンクができない。
雅に見られたら揶揄われそうだなぁ。
「え、かわ……ん"んっ! えーと、それじゃ、クイズ大会の説明に移るよ!」
本郷先生は何かを誤魔化すように咳払いを一つして、パンッと両手を叩いた。
「クイズは全部で30問! 参加する8チームの中で、1番ポイントを多くとったチームの勝ち! お手つきしたら、他のチーム全員が答えるまで回答するのはダメ。全チーム間違えたら、そこからは早押し勝負だね!」
なるほど。
一度のお手つきが命取りになりかねない。最初のチャンスを逃さない集中力が鍵になりそうだ。
「質問はないね! それでは皆さん、心の準備はいいかな? 『七夕クイズ大会』の開催だ!!」
高らかな宣言が、プレイルームの空気を一変させた。
わっと湧き上がる拍手と歓声。
体育館に集められた時のような、懐かしい高揚感が胸を満たした。
「──それでは第一問! 今日から七夕まで、あと何日でしょう?」
ピンポーン!
問題が全て読み上げられるよりも早く、私の指は吸い寄せられるようにボタンを叩いていた。
今日が6月13日だから、7月7日までは……頭の中で数字を弾き、一瞬で答えを導き出す。
「24日です」
「103号室正解!すごいスピードだねぇ!」
本郷先生が満面の笑みで叫ぶ。
最年少の私がいきなり正解したからか、会場が少しざわついた。
「っしゃ!流石柚華!」
「やるねぇゆずちん!」
きらりと睦美ちゃんが、わしゃわしゃと私の頭を撫で回す。隣の真央ちゃんも、優しくポンポンと頭を叩いてくれた。
うん、悪い気はしない。
「この調子で第二問! 1から100までの整数をぜーんぶたすといくつになるでしょう?」
今度はピンポン、と右隣のチームの回答ボタンが音を鳴らす。
ボタンを押したのは、私より年上だと思われる3人組だった。
「あ、よくわかんないけど押しちゃった☆」
「は!?ちょっと!馬鹿なのあんた!?」
「……えぇ、これボクが答えるの?」
仲間内で揉めていたかと思えば、気だるげな一人がぽつりと呟いた。
「はぁ、5050」
「おー! 204号室チーム正解!」
(そうか…この子たちが例の〝204号室〟!)
私の視線は、正答した子へと釘付けになった。
その子は嬉しくなさそうに、けだるげに呟いた。
「ねぇもう帰っていい…?」
灰色のウルフヘアに、目にかかる長い前髪。アンニュイなけだるそうな瞳。
必死に同室の子が引き止めているあたり、あのチームのブレインは、あの気だるげな子で間違いなさそうだ。
「さあ、どんどんいくよ! では第3問! 夜に使うキッチンの道具ってなぁんだ?」
(なっ、なぞなぞ系──!?)
予想外の問題に思考がブレる。
夜、キッチン、道具……焦れば焦るほど答えが遠のいていく。その時だった。
ピンポーン!
隣の真央ちゃんがボタンを押していた。
「やかん」
「103号室、正解!」
真央ちゃんは涼しい顔で、こちらにそっとサムズアップを見せた。
流石は私たちのリーダー頼りになる!
「さすが真央っち!」
「真央はなぞなぞ担当だな!」
「は?」
きらりがそう言って笑うと、真央ちゃんに軽く肩を叩かれていた。二人のやり取りに、張り詰めていた心がふっと軽くなる。
そうだ、私は一人じゃない。
みんなで勝つんだ。
◇◇◇
──そのまま順調に進み、クイズはもう15問目。
私たちのチーム『103号室』の得点は7点。
204号室は強敵だが、今のところは互角以上の戦いぶりを見せている。
「では、第15問!日本の国鳥は何でしょう?」
司会を務める本郷先生の声が響く。
その瞬間だった。
(まずい。頭が、痛い……)
こめかみの辺りが、ズキン、ズキンと痛む。
病室での鈍い痛みとは比べ物にならない鋭い痛みに、血の気が引いていく。
(バレないように、しないと……)
誤魔化すように、深く息を吸いこみ、こめかみを伝う冷たい汗をそっと手の甲で拭った。
もし、ここで体調不良だと知られたら、きっと病室に戻されてしまう。そしたら、優勝を目指すのはきっと厳しくなる。
頭に分厚い靄がかかったみたいに、思考が鈍い。
本郷先生の読み上げる問題文が、ただの音として右から左へ抜けていく。
ピンポーン!
ピンポーン!
隣のチームの正解を告げる電子音が、次々と鳴り響いた。
「くそっ、逆転された!」
「あーもう!問題ムズすぎるんすよー!」
「……」
真央ちゃんやきらりたちも必死にボタンを押すが、あと一歩届かない。
──そして、気づけば問題は24問目。
私たちの得点表示は、ずっと前から変わらないままだった。チームの雰囲気は、だんだんと重苦しくなっていく。
「……柚華、大丈夫なの?」
心配そうに私の顔を覗き込む真央ちゃん。その瞳はどこか、私を探るような目をしていた。
慌てて、私は作り笑いを貼り付けて頷く。
「うん、大丈夫だよ。問題が難しいから、ちょっと考えすぎちゃって」
「本当に…?本当に、それ以外は何もないの?」
真央ちゃんは納得せず、さらに言葉を重ねる。
その声には、微かな苛立ちが滲んでいた。
(まずい、疑われてる…)
手は抜いてない。
そう弁解しないといけないのに、痛む頭では気の利いた台詞なんて思いつかなかった。
「えっと、大丈夫。心配しないで」
──そう言って笑った私の言葉は、最後まで続かなかった。
「なによそれ」
「え?」
小さな呟きが、私の耳にはうまく届かない。
思わず聞き返した私を見て、真央ちゃんはゆっくりと顔を上げた。
「大丈夫じゃないならそう言いなさいよっ…!」
真央ちゃんの声が、耳元で大きく響いた。
その大きな声に私の肩がびくりと揺れる。
(え? 今の、真央ちゃんの声……?)
私は信じられない思いで、真央ちゃんの方を振り向いた。初めて聞く、感情を剥き出しにしたその声に、きらりたちも目を見開いている。
「おい、どうしたんだよ…?」
「ま、真央っち…?どこか痛いの?」
「私は、勝たないといけないのにっ……」
ぎゅっと握りしめられた両拳は、白くなるほど力が入って小刻みに震えていた。
そのただならぬ様子に、私たちのチームだけでなく、会場全体が水を打ったように静まり返る。
「真央ちゃ」
「──ここで中間集計! 一旦休憩でーす!」
私が声をかけるより早く、本郷先生の明るい声が響いた。
会場の照明が少し落とされ、張り詰めていた空気がわずかに緩む。
(今は24問目だ。絶対中間集計のタイミングじゃない……本郷先生、相変わらず優しいな)
周りからの刺さるような視線が緩んだ。
それに安堵していると、きらりが戸惑いを口にする。
「……なあ真央。お前、なんでそんなに必死なんだよ?」
それはみんなが聞きたかった言葉だ。
真央ちゃんは、俯いたまま何も答えない。
「真央っち、何かあるなら教えてほしい」
睦美ちゃんのいつになく真剣な声に、真央ちゃんはしばらく黙ってから震える声で話し始めた。
「私の母さんは……私がずっと病院にいるせいで、すごく大変なのよ。いつも笑って『大丈夫』って言ってくれるけど、本当は疲れてるの。私にはわかる」
初めて聞く、彼女の弱音。
涙が滲む横顔には、ひたすら悲しみが宿っていた。
「母さんはね、私のためなら何でもしてくれる。この病室で、退院できるかどうかもわからない私を、ずっと支えてくれてる。だから、せめて、私がちゃんと生きてるうちに、何か……何か一つでもいいから、返したいの」
『生きてるうちに』
その言葉の重みに、私は息を呑んだ。
「それは、わかるけどよ。クイズ大会にこだわる必要はないんじゃ──」
きらりの純粋な疑問を遮って、真央ちゃんは叫んだ。
「小さい頃から病院が世界の全てだった私にはっ、このクイズ大会で優勝して、金メダルをあげることくらいしか……母さんにしてあげられることがないのよっ…!」
「だから絶対に勝たないといけないのにっ…もう、無理じゃない…!」
(気づかなかった)
いつも大人びていた真央ちゃんの切実な願い。初めて聞く、隠された本音に、みんな声を失っていた。
真央ちゃんにとっての金メダルは、単なる勝利の証じゃなかった。
それは、病室にいる自分にできる唯一の親孝行で、お母さんへの愛情表現だったんだ。
(私には、もうできない)
金メダルを獲ったって「すごいじゃん!」って笑ってくれる声はない。私の頭を撫でてくれる、あの温かい手のひらも、もうどこにもない。
『大好き』
『ここまで育ててくれてありがとう』
『お母さんたちの家に生まれてよかった』
そのたった一言を、私は永遠に伝えられないままなんだ。
(だったら、せめて真央ちゃんには叶えてほしい。こんな風に諦めてほしくない)
真央ちゃんには、まだ伝えられる時間がある。
だから、その機会を私が作り出してあげたい。
それなら、私が出来ることは一つだけだ。
「──真央ちゃん、私と
「か、け…?」
真央ちゃんだけじゃない、きらりや睦美ちゃんも驚いてこっちを見た。
わかるよ、急に賭けなんてびっくりだよね。わたしも103号室に来てすぐ賭けが始まってびっくりしたから、よくわかる。
「103号室が〝優勝するか〟〝優勝しないか〟」
これは、諦めている真央ちゃんへの挑戦状。
「私はもちろん〝
「良いことも、悪いことも、不安なことも、感謝してることも、全部! 真央ちゃんが思ったことを正直に話す!」
そして、何より私自身がもう逃げないと決めるための、覚悟の言葉だ。
「……あなたが、賭けに負けたら?」
「そのときは、私が別の方法でお母さんに恩返しできる方法を探すよ。真央ちゃんが納得できるまで。何度でも、なんだって付き合う」
私の言葉に、真央ちゃんの瞳から怒りの色が消えていく。
代わりに浮かんだのは、純粋な戸惑いだった。
「……なんで、そこまでしてくれるの」
『友達だから』
『真央ちゃんは何度も私を助けてくれたから』
理由を探せばいろいろあったけど、それを言葉にするのは違う気がした。私のそれはもっと衝動的な願いだ。
だから、素直な思いを口にした。
「真央ちゃんに、笑っていてほしいからだよ」
あまりにもストレートな物言いに、真央ちゃんが息を呑むのが分かった。
言い切ってしまって、なんだか急に恥ずかしくなる。気まずい沈黙に、思わず肩を落とした。
(……やっぱり、やりすぎたかな)
怖くて顔を上げられずにいる私の両肩を、二つの温かい手がポンと力強く叩いた。
「──その賭けあたしも乗った!」
「睦美も!」
さっきまでの暗い顔が嘘のように、悪戯っぽく笑うきらりと睦美。
その笑顔が、今は最高に頼もしい。
「あたしが勝ったら、真央には〝きらり様〟って一日呼んでもらうからな!」
「えーじゃあ睦美は真央っちとTikTok撮る!」
「ふふっ、いいねそれ」
二人の報酬に俄然やる気が出てきた。
真央がきらり様って呼ぶのも見たいし、睦美ちゃんとTikTokを撮ってる姿も見てみたい。
「真央ちゃんがお母さんのために頑張るなら──私たちは真央ちゃんのために頑張るから!」
私が金メダルを見せたい人はこの世にいない。
でも、友達がそれを望んでいるなら、私も全力でそれに応えたい。
お母さんお父さん、見てるかな。
私の叶わなかった願いを友達には叶えて欲しいから、だから、私頑張るよ。
「解答ボタン私が持つね」
机に置いてあった解答ボタンを、自分の足元に乗せた。
体調の悪さも、頭の痛みも、今はもう、どうでもよかった。
204号室との点数差は5点。
あの人たちには悪いけど、今度は私が真央ちゃんを助けてあげる番だから。
絶対に、負けない。
内容だいぶ書き換えました