君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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16話 優勝を賭けて

 

 

 ──飛び入り参加の『七夕クイズ大会』

 

 回答ボタンの前に横並びに座った私たちは、開戦の合図を、いまかいまかと待ち侘びていた。

 

「ハァーイ!みんなこんにちはークイズ大会の進行役を務めるのは、みんなの心のパートナー!心理士の〝本郷彰(ほんごう あきら)〟でーす!」

 

「本郷先生が司会…!?」

「そのパターンできたか」

「乱入してこないだけマシね」

 

 どもどもーと、面に立ったのは、いつもの変な星型眼鏡をかけた本郷先生だった。

 先生は、私と目が合うなり片目を瞑って何度もウィンクを飛ばしてきた。

 

(う、嬉しいけど…恥ずかしい)

 

 でも、折角先生が挨拶してくれたんだし、と頑張ってウィンクを返そうとするが、むぎゅっと両目を瞑ってしまってなかなかウィンクができない。

 雅に見られたら揶揄われそうだなぁ。

 

 

「え、かわ……ん"んっ! えーと、それじゃ、クイズ大会の説明に移るよ!」

 

 本郷先生は何かを誤魔化すように咳払いを一つして、パンッと両手を叩いた。

 

「クイズは全部で30問! 参加する8チームの中で、1番ポイントを多くとったチームの勝ち! お手つきしたら、他のチーム全員が答えるまで回答するのはダメ。全チーム間違えたら、そこからは早押し勝負だね!」

 

 なるほど。

 一度のお手つきが命取りになりかねない。最初のチャンスを逃さない集中力が鍵になりそうだ。

 

「質問はないね! それでは皆さん、心の準備はいいかな? 『七夕クイズ大会』の開催だ!!」

 

 高らかな宣言が、プレイルームの空気を一変させた。

 わっと湧き上がる拍手と歓声。

 体育館に集められた時のような、懐かしい高揚感が胸を満たした。

 

 

 

「──それでは第一問! 今日から七夕まで、あと何日でしょう?」

 

 ピンポーン!

 問題が全て読み上げられるよりも早く、私の指は吸い寄せられるようにボタンを叩いていた。

 

 今日が6月13日だから、7月7日までは……頭の中で数字を弾き、一瞬で答えを導き出す。

 

「24日です」

「103号室正解!すごいスピードだねぇ!」

 

 本郷先生が満面の笑みで叫ぶ。

 最年少の私がいきなり正解したからか、会場が少しざわついた。

 

「っしゃ!流石柚華!」

「やるねぇゆずちん!」

 

 きらりと睦美ちゃんが、わしゃわしゃと私の頭を撫で回す。隣の真央ちゃんも、優しくポンポンと頭を叩いてくれた。

 うん、悪い気はしない。

 

 

「この調子で第二問! 1から100までの整数をぜーんぶたすといくつになるでしょう?」

 

 今度はピンポン、と右隣のチームの回答ボタンが音を鳴らす。

 ボタンを押したのは、私より年上だと思われる3人組だった。

 

「あ、よくわかんないけど押しちゃった☆」

「は!?ちょっと!馬鹿なのあんた!?」

「……えぇ、これボクが答えるの?」

 

 仲間内で揉めていたかと思えば、気だるげな一人がぽつりと呟いた。

 

「はぁ、5050」

「おー! 204号室チーム正解!」

 

 

(そうか…この子たちが例の〝204号室〟!)

 

 私の視線は、正答した子へと釘付けになった。

 その子は嬉しくなさそうに、けだるげに呟いた。

 

「ねぇもう帰っていい…?」

 

 灰色のウルフヘアに、目にかかる長い前髪。アンニュイなけだるそうな瞳。

 必死に同室の子が引き止めているあたり、あのチームのブレインは、あの気だるげな子で間違いなさそうだ。

 

 

「さあ、どんどんいくよ! では第3問! 夜に使うキッチンの道具ってなぁんだ?」

 

(なっ、なぞなぞ系──!?)

 

 予想外の問題に思考がブレる。

 夜、キッチン、道具……焦れば焦るほど答えが遠のいていく。その時だった。

 

 ピンポーン!

 隣の真央ちゃんがボタンを押していた。

 

「やかん」

「103号室、正解!」

 

 真央ちゃんは涼しい顔で、こちらにそっとサムズアップを見せた。

 流石は私たちのリーダー頼りになる!

 

「さすが真央っち!」

「真央はなぞなぞ担当だな!」

「は?」

 

 きらりがそう言って笑うと、真央ちゃんに軽く肩を叩かれていた。二人のやり取りに、張り詰めていた心がふっと軽くなる。

 そうだ、私は一人じゃない。

 みんなで勝つんだ。

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ──そのまま順調に進み、クイズはもう15問目。

 私たちのチーム『103号室』の得点は7点。

 204号室は強敵だが、今のところは互角以上の戦いぶりを見せている。

 

「では、第15問!日本の国鳥は何でしょう?」

 

 司会を務める本郷先生の声が響く。

 その瞬間だった。

 

(まずい。頭が、痛い……)

 

 こめかみの辺りが、ズキン、ズキンと痛む。

 病室での鈍い痛みとは比べ物にならない鋭い痛みに、血の気が引いていく。

 

(バレないように、しないと……)

 

 誤魔化すように、深く息を吸いこみ、こめかみを伝う冷たい汗をそっと手の甲で拭った。

 もし、ここで体調不良だと知られたら、きっと病室に戻されてしまう。そしたら、優勝を目指すのはきっと厳しくなる。

 

 頭に分厚い靄がかかったみたいに、思考が鈍い。

 本郷先生の読み上げる問題文が、ただの音として右から左へ抜けていく。

 

 ピンポーン! 

 ピンポーン!

 隣のチームの正解を告げる電子音が、次々と鳴り響いた。

 

「くそっ、逆転された!」

「あーもう!問題ムズすぎるんすよー!」

「……」

 

 真央ちゃんやきらりたちも必死にボタンを押すが、あと一歩届かない。

 

 

 ──そして、気づけば問題は24問目。

 私たちの得点表示は、ずっと前から変わらないままだった。チームの雰囲気は、だんだんと重苦しくなっていく。

 

 

「……柚華、大丈夫なの?」

 

 心配そうに私の顔を覗き込む真央ちゃん。その瞳はどこか、私を探るような目をしていた。

 慌てて、私は作り笑いを貼り付けて頷く。

 

「うん、大丈夫だよ。問題が難しいから、ちょっと考えすぎちゃって」

「本当に…?本当に、それ以外は何もないの?」

 

 真央ちゃんは納得せず、さらに言葉を重ねる。

 その声には、微かな苛立ちが滲んでいた。

 

(まずい、疑われてる…)

 

 手は抜いてない。

 そう弁解しないといけないのに、痛む頭では気の利いた台詞なんて思いつかなかった。

 

「えっと、大丈夫。心配しないで」

 

 ──そう言って笑った私の言葉は、最後まで続かなかった。

 

「なによそれ」

「え?」

 

 小さな呟きが、私の耳にはうまく届かない。

 思わず聞き返した私を見て、真央ちゃんはゆっくりと顔を上げた。

 

 

「大丈夫じゃないならそう言いなさいよっ…!」

 

 真央ちゃんの声が、耳元で大きく響いた。

 その大きな声に私の肩がびくりと揺れる。

 

(え? 今の、真央ちゃんの声……?)

 

 私は信じられない思いで、真央ちゃんの方を振り向いた。初めて聞く、感情を剥き出しにしたその声に、きらりたちも目を見開いている。  

 

「おい、どうしたんだよ…?」

「ま、真央っち…?どこか痛いの?」

 

「私は、勝たないといけないのにっ……」

 

 ぎゅっと握りしめられた両拳は、白くなるほど力が入って小刻みに震えていた。

 そのただならぬ様子に、私たちのチームだけでなく、会場全体が水を打ったように静まり返る。

 

「真央ちゃ」

「──ここで中間集計! 一旦休憩でーす!」

 

 私が声をかけるより早く、本郷先生の明るい声が響いた。

 会場の照明が少し落とされ、張り詰めていた空気がわずかに緩む。

 

(今は24問目だ。絶対中間集計のタイミングじゃない……本郷先生、相変わらず優しいな)

 

 周りからの刺さるような視線が緩んだ。

 それに安堵していると、きらりが戸惑いを口にする。

 

「……なあ真央。お前、なんでそんなに必死なんだよ?」

 

 それはみんなが聞きたかった言葉だ。

 真央ちゃんは、俯いたまま何も答えない。

 

「真央っち、何かあるなら教えてほしい」

 

 睦美ちゃんのいつになく真剣な声に、真央ちゃんはしばらく黙ってから震える声で話し始めた。

 

 

「私の母さんは……私がずっと病院にいるせいで、すごく大変なのよ。いつも笑って『大丈夫』って言ってくれるけど、本当は疲れてるの。私にはわかる」

 

 初めて聞く、彼女の弱音。

 涙が滲む横顔には、ひたすら悲しみが宿っていた。

 

「母さんはね、私のためなら何でもしてくれる。この病室で、退院できるかどうかもわからない私を、ずっと支えてくれてる。だから、せめて、私がちゃんと生きてるうちに、何か……何か一つでもいいから、返したいの」

 

 『生きてるうちに』

 その言葉の重みに、私は息を呑んだ。

 

 

「それは、わかるけどよ。クイズ大会にこだわる必要はないんじゃ──」

 

 きらりの純粋な疑問を遮って、真央ちゃんは叫んだ。

 

「小さい頃から病院が世界の全てだった私にはっ、このクイズ大会で優勝して、金メダルをあげることくらいしか……母さんにしてあげられることがないのよっ…!」

 

「だから絶対に勝たないといけないのにっ…もう、無理じゃない…!」

 

(気づかなかった)

 

 いつも大人びていた真央ちゃんの切実な願い。初めて聞く、隠された本音に、みんな声を失っていた。

 

 真央ちゃんにとっての金メダルは、単なる勝利の証じゃなかった。

 それは、病室にいる自分にできる唯一の親孝行で、お母さんへの愛情表現だったんだ。

 

 

(私には、もうできない)

 

 金メダルを獲ったって「すごいじゃん!」って笑ってくれる声はない。私の頭を撫でてくれる、あの温かい手のひらも、もうどこにもない。

 

『大好き』

『ここまで育ててくれてありがとう』

『お母さんたちの家に生まれてよかった』

 そのたった一言を、私は永遠に伝えられないままなんだ。

 

(だったら、せめて真央ちゃんには叶えてほしい。こんな風に諦めてほしくない)

 

 真央ちゃんには、まだ伝えられる時間がある。

 だから、その機会を私が作り出してあげたい。

 

 それなら、私が出来ることは一つだけだ。

 

 

「──真央ちゃん、私と賭け(ギャンブル)をしよう」

「か、け…?」

 

 真央ちゃんだけじゃない、きらりや睦美ちゃんも驚いてこっちを見た。

 わかるよ、急に賭けなんてびっくりだよね。わたしも103号室に来てすぐ賭けが始まってびっくりしたから、よくわかる。

 

 

「103号室が〝優勝するか〟〝優勝しないか〟」

 

 これは、諦めている真央ちゃんへの挑戦状。

 

「私はもちろん〝()()()()()〟に賭ける。そして、私が勝ったら──真央ちゃんはお母さんに自分の本音をすべて話すこと!」

 

「良いことも、悪いことも、不安なことも、感謝してることも、全部! 真央ちゃんが思ったことを正直に話す!」

 

 そして、何より私自身がもう逃げないと決めるための、覚悟の言葉だ。

 

 

「……あなたが、賭けに負けたら?」

「そのときは、私が別の方法でお母さんに恩返しできる方法を探すよ。真央ちゃんが納得できるまで。何度でも、なんだって付き合う」

 

 私の言葉に、真央ちゃんの瞳から怒りの色が消えていく。

 代わりに浮かんだのは、純粋な戸惑いだった。

 

「……なんで、そこまでしてくれるの」

 

『友達だから』

『真央ちゃんは何度も私を助けてくれたから』

 理由を探せばいろいろあったけど、それを言葉にするのは違う気がした。私のそれはもっと衝動的な願いだ。

 だから、素直な思いを口にした。

 

「真央ちゃんに、笑っていてほしいからだよ」

 

 あまりにもストレートな物言いに、真央ちゃんが息を呑むのが分かった。

 言い切ってしまって、なんだか急に恥ずかしくなる。気まずい沈黙に、思わず肩を落とした。

 

(……やっぱり、やりすぎたかな)

 

 怖くて顔を上げられずにいる私の両肩を、二つの温かい手がポンと力強く叩いた。

 

 

「──その賭けあたしも乗った!」

「睦美も!」

 

 さっきまでの暗い顔が嘘のように、悪戯っぽく笑うきらりと睦美。

 その笑顔が、今は最高に頼もしい。

 

「あたしが勝ったら、真央には〝きらり様〟って一日呼んでもらうからな!」

「えーじゃあ睦美は真央っちとTikTok撮る!」

「ふふっ、いいねそれ」

 

 二人の報酬に俄然やる気が出てきた。 

 真央がきらり様って呼ぶのも見たいし、睦美ちゃんとTikTokを撮ってる姿も見てみたい。

 

「真央ちゃんがお母さんのために頑張るなら──私たちは真央ちゃんのために頑張るから!」

 

 私が金メダルを見せたい人はこの世にいない。

 でも、友達がそれを望んでいるなら、私も全力でそれに応えたい。

 

 お母さんお父さん、見てるかな。

 私の叶わなかった願いを友達には叶えて欲しいから、だから、私頑張るよ。

 

「解答ボタン私が持つね」

 

 机に置いてあった解答ボタンを、自分の足元に乗せた。

 体調の悪さも、頭の痛みも、今はもう、どうでもよかった。

 

 204号室との点数差は5点。

 あの人たちには悪いけど、今度は私が真央ちゃんを助けてあげる番だから。

 

 絶対に、負けない。

 

 

 

 




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