君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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17話 金メダルに輝く笑顔

 

 

 

「それじゃあ、再開しようか!」

 

 真央ちゃんの独白でしんとした会場に、再び本郷先生の朗らかな声が響いた。

 

 解答ボタンは私の膝上。

 103号室の命運は私にかかっていた。

 

 

「──では、気を取り直して第25問! 次のうち、東京スカイツリーの高さはどれでしょう?A:634m、B:589m、C:723m!」

 

 本郷先生が問題を読むや否や、私の指は迷いなくボタンを叩いた。

 

「Aの634m」

「正解!」

 

 

「第26問!童謡『かたつむり』の歌詞に出てくる、かたつむりの角は何本でしょう?」

 

「2本」

「せいかーい!」

 

 

「第27問!『走れメロス』の作者は誰でしょう?」

 

「太宰治」

「またまた正解!」

 

 しんとしていた会場がざわつきはじめる。

 そのどよめきは、次第に熱狂へと変わっていった。

 

「す、すげぇ! 103の快進撃がとまらねぇぞ!」

「さっきまで調子悪そうだったのに……!」

 

 頭はまだ痛い。視界は時折白く霞み、平衡感覚もわずかに揺れる。

 でも、もう止まるわけにはいかない。

 

(あと少し。あと少しだけ頑張ればいい)

 

 点差は、わずか2点。残りは3問。

 全て私が答えれば103号室の『優勝』。

 逆に一問でも間違えれば私たちの〝負け〟だ。

 

 私の心臓が、ドクンドクンと高鳴った。

 

 

「第28問! ──イタリアにある都市で、『水の都』とも呼ばれ、街中に運河が張り巡らされていることで有名なのはどこでしょう?」

 

 〝水の都〟──その言葉を聞いた瞬間、私は誰よりも早くボタンに手を伸ばしていた。

 

 ピンポーン!

 

「ヴェネツィア」

「おっと、これまた正解!すごいスピードだ!これは、同点に追いつくのか!?」

 

 真央ちゃんが息を呑むのが隣で分かった。その視線は、期待と、不安が入り混じっている。

 

 そして、私たちのチームとは対照的な隣の204号室チームからは、相変わらず緊張感のない声が聞こえた。

 

「あんた全然ダメじゃない!」

「いや、ボク地理とかは全くだから」

「チリって食べ物ー?」

「そんなわけないでしょ!!」

 

(呑気すぎない…?)

 

 一瞬、頭のリソースが持ってかれそうになったが、私は構わずに次の問題に意識を集中させる。

 まだだ、まだ終わっていない…!

 

 

「──第29問!」

 

 先生は、すぐに次の問題へと移った。

 

「地球を1しゅ──」

 

 ピンポーン!

 

「約4万km」

 

 言葉の終わりを待たずにボタンを押した。

 地球一周の距離だろうと推測しての早押し。問題を聞くまでもなく、私の頭の中には正確な数字が浮かび上がっていた。

 

「なんと──大正解ッ!!」

 

 今度は、どよめきすら起こらない。

 プレイルーム全体が、私の異様な速さと、張り詰めた緊張感に完全に呑まれていた。

 

「すげぇ!同点だぞ!」

「ゆずちんすごいよっ…!」

 

 きらりたちは興奮した顔でこちらを見ている。

 真央は、ただ呆然と、信じられないものを見るような目で私を見つめていた。

 

 

「大丈夫。次で、決めるから」

 

 

 同点にまで追いついた103号室。

 勝負は、運命の最終問題へともつれ込んだ。

 

 

 

「最終問題です! ──この病院のエントランスに飾られている〝大きな夜空の絵画〟。この絵に描かれている星の中で、一際大きく描かれている星があります。それは、()()()()()でしょう?」

 

 

 その問題を聞いた瞬間、プレイルームがざわめいた。

 子供たちの戸惑いの声が響く。

 

「なんだそれ……ボク外とか出ないんだけど」

「だから引きこもり生活をやめなさいって言ってんのよ!」

「葵はよく外出るよー?」

「あんたは黙ってて!」

 

 隣の204号室チームは揉めている。

 しかし、103号室にも、その絵について詳しく知っている人はいなかった。

 

「絵なんてあったか?」

「ごめん。睦美も見たことない…」

 

(…これは、まずいな)

 

 私もそんな絵があること自体、今初めて知ったし。頼みの綱の真央ちゃんも悔しそうに唇を噛んでいる。

 

「何回も見てるのに……天の川があって、それで……って、名前なんて覚えてるわけないでしょ」

 

 真央ちゃんの言葉も尤もだ。

 そもそも、小学生が星の名前なんていちいち覚えてるわけない。…ってことは、その絵には星座の名前が書いてあるんだろうけど。

 

(……待って、()()()?)

 

 真央の呟きが、私の頭の中で反響する。

 

 天の川があるなら〝夏の夜空〟の絵で間違いないだろう。

 そして、小学生が知ってるような有名な星といえば、夏の大三角形である──デネブ・アルタイル・ベガくらいだ。

 

(答えはきっとこの三つのうちのどれか…!)

 

 

「真央!絵には星以外に何が書かれてた?」

 

 私は、藁にもすがる思いで真央に尋ねた。

 なにか、なにかあと一つヒントがあれば正解に辿り着ける。

 そんな、確かな予感がした。

 

「……たしか〝ピンクの女〟と〝笹の葉〟があって。…たぶんあれは()()ね。笹は七夕を表して──」

 

 ──その言葉が耳に届いた瞬間、世界から音が消えた。

 

 脳裏に昔読んだ本のページが浮かび上がる。

 広がる星空の中で、たった一つの星が、ひときわ強く輝きを放つ。

 

『織姫星──またの名を()()と言う』

 

 ──ピンポン!

 解答ボタンの音が騒音を切り裂いた。

 全ての音が止まり、全員の視線が私に突き刺さる。

 

「103号室チームどうぞ!」

 

 ゆっくりと息を吸い、私は答える。

 

「答えはベガ」

 

 一瞬の沈黙。

 本郷先生は惚けた顔で私を見つめ、次の瞬間、まるで最高のエンディングを見届けた観客のように、ニヤリと笑った。

 

 

「大正解ッ!!」

 

 そして、先生は高々と右腕を突き上げる。

 

「と、いうわけで!」

 

 先生の声が、興奮を帯びて会場に響き渡る。

 

「栄えある優勝チームは──103号室ッッ!!」

 

 

 一拍おいて、どかんと爆発するような歓声がプレイルームを揺るがした。

 

「うおおおおお!!すげぇ!!」

「あそこから逆転したぞ!!」

「103号室、おめでとう!!」

 

 その歓声に思わず肩が跳ねた。

 参加したみんなが、悔しがりもせずに私たちの勝利を祝ってくれる。

 その中には「真央ちゃんよかったね!」とか「ヒヤヒヤしたぜ、お前ら!」と、熱い声援をかけてくれる子もいた。

 

(やった…!賭けにも、クイズにも勝った…!)

 

 みんなの惜しみない称賛と祝福に、小っ恥ずかしい気持ちになりながらも、私の心はこれまでにないほど晴れ晴れとしていた。

 

「柚華!お前すげーよっ!!」

「ゆずちん、ちょーかっこよかったよ!」

 

 きらりたちは興奮した顔で、車椅子に飛びつくように抱きついてきた。

 二人同時に抱きしめられ、思わず「く、苦しい…」と声が出たが、その温かさが心地よかった。

 

 

「柚華……」

 

 真央は、ただ呆然と私を見つめていた。

 その瞳には、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙がいっぱいに滲んでいる。

 

 彼女の顔には、驚きと、戸惑いと、そして、押し寄せる後悔が渦巻いていた。

 

 

「……私、あなたに酷いこと言ったわ。あなたは、あんなに頑張ってくれたのにっ、私は結局何も出来なくて…!本当にごめ──」

「真央」

 

 私は彼女の言葉を遮った。

 

「私頑張ったから。元気が出る言葉が欲しいな」

 

 真央ちゃんは、私の意図をすぐに理解してくれたようだ。

 その瞳から大粒の涙が溢れ、しかし、その口元には、満開の笑顔が咲いた。

 

「ありがとう、柚華!」

「うん…!」

 

 真央のあどけない笑顔。

 それは今までで一番子供っぽくて、一番綺麗な笑顔だった。

 

 

(お父さん、お母さん見てる? 私結構頑張ったよ)

 

 いつか、私がお父さん達に会えたら、きっと今日のことたくさん褒めてくれるよね。

 

『ゆずは人を思いやれるいい子ね』

『柚華、お前は自慢の娘だよ』

 

 そんな、今はもう遠い日の声と温もりが、はっきりと聞こえた気がした。

 

(やっぱり会いたいなぁ)

 

 勝って嬉しかったのに、どうしようもなく寂しくて、込み上げてくる涙を必死で堪える。

 

 泣いちゃダメだ、と首を振る。

 すると、ふと視界がぐらぐら揺れていることに気づいた。

 

 

(え?……目の前が)

 

 私の視界がぐらりと揺れた。

 全身の力が抜け落ちていく。

 

(あ、あれー?今いい感じに終わりそうじゃなかった……?)

 

 真央の笑顔が、ゆがんだ水彩画のように滲み、光の中に溶けていく。

 頭の奥から、ガン、ガンと、まるで鐘を打ち鳴らすような激しい痛みが響き渡った。

 意識が、暗闇へと引きずり込まれる。

 

「柚華…!?」

 

 真央ちゃんの声が、ひどく遠くから聞こえた。

 その声には、焦りと、恐怖が混じっている。

 

「柚華くんっ…!」

 

 本郷先生の切羽詰まったような声が、耳鳴りの中にわずかに届いた気がした。

 

「おい大丈夫かよ!?」

「ゆずちんっ!」

 

 きらりや睦美ちゃんの、震える声が、遠くから呼びかけている気がする。

 

 けれど、私はもう何も答えられなかった。

 体は車椅子にもたれかかるように、ぐったりと沈み込んだ。

 

 そして、私の意識はそこで完全に途切れた。

 

 

 

 

 

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