君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
「んん……?」
まぶたの裏に薄く優しい光が滲む。
ズキズキと鈍く痛む頭を押さえながら、私はベッドの上でゆっくりと目を開けた。
目の前に広がるのは見慣れた白い天井。
ぼんやりした意識がだんだんはっきりしてくると、左手に〝温かい感触〟があるのを感じた。
「……真央、ちゃん」
私の左手をぎゅっと握りしめ、ベッドサイドでうつ伏せになって眠っていたのは、真央ちゃんだった。
眼鏡をかけてないその顔はいつもより幼く、少しだけ頬に寝跡がついている。
(あ、金メダル…)
眠りこける真央ちゃんの首には、優勝賞品の金メダルがきらりと輝いていた。
…ってことは、と自分の首元に触れると、私にも同じように、金メダルが掛けられている。
(そうだ。私、クイズ大会で優勝したあとすぐ気を失ったんだった)
あれから、どれくらい時間が経っただろう。
窓の外は、すでに夕焼けに染まり始めていた。鮮やかなオレンジ色が病室の白い壁に映り込み、時間が随分と経っていることを教えてくれる。
(もしかして、ずっとそばにいてくれたのかな)
握られた手は温かくて、少し痺れている。
手に伝わる真央ちゃんの体温と、静かな寝息が心地よかった。
……ほんの少しだけ、ずっとこんな時間が続けばいいのにって、柄にもなくそう思った。
その時、病室のドアがそっと開き、本郷先生が顔を覗かせた。
「真央くん。そろそろ、君も休んだほうが──」
「あ、先生おはようございます」
「え?」
本郷先生は、私の目が開いていることに気づくや否や、目を見開いて声を上げた。
「柚華くん…!? キミ、いつのまに目を覚ましてっ……あ、無理に起きあがっちゃ駄目だからね!」
先生は慌てた様子で私の顔を覗き込んだ。
その目元には、安堵と共に、心底ほっとしたような疲労の色が滲んでいる。
「……私、どれくらい寝てました?」
ベッドを少し起こして、掠れた声で尋ねると、本郷先生はふわりと笑みを浮かべた。
「半日くらいかな。疲れが溜まってたのと、慣れない車椅子で頑張りすぎたせいだよ。貧血気味でもあったから、点滴で栄養補給してるんだ」
「……ごめんなさい。色々迷惑かけて」
頭を下げる私に、本郷先生は深くため息をついた。
「反省してるなら、これからは無茶しないことだね。わかったかい?」
「うっ、はい…」
ほんとに目が離せないよ、と呆れた笑みを浮かべる先生。私の額に手を当てて熱がないことを確認すると、やれやれと首を振った。
「それで、真央ちゃんはなんでここに…?」
私が尋ねると、本郷先生は私の手を握って眠っている真央ちゃんに、微笑ましいものを見るような視線を向けた。
「真央くんは責任を感じてるみたいでね。キミが運ばれてから、ここから一歩も離れようとしないんだよ」
「そう、だったんですか……」
改めて顔を見ると、真央ちゃんの頬には涙の跡が残っていた。眠っていても、私の手を握る彼女の力は少しも弱まらない。
しんみりした気持ちになっていると、ふと病室の違和感に気づいた。
「…そういえば、きらりと睦美ちゃんは?」
病室の静かさに違和感を覚える。
もしここにいたら、きっと真央ちゃんも叩き起こされるくらいのハイテンションで、優勝の喜びを爆発させているはずなのに。
「ああ。きらりくんたちは、キミが起きたらパーティーするんだって、今コンビニにお菓子を買いに行ってるよ」
「パーティー…?」
私がそう言い終わるかどうかのタイミングで、病室のドアが勢いよく開いた。
「ゆずちーん!起き…あ、起きてるーっ!」
「柚華!心配したんだぞ!」
きらりと睦美ちゃんが、両手にコンビニ袋を抱えて飛び込んできた。二人の顔には、安堵と喜びの表情が満ち溢れている。
「もうすっかり元気だよ。心配かけてごめんね」
私は精一杯の笑顔で答えた。
まだ頭の痛みは残っているけれど、これくらいなら、なんとかなりそう。
「「良かった…」」
二人は安心したのか、ほっと息をついた。
そして、すぐに睦美ちゃんがぱあっと顔を輝かせ、話し始める。
「ゆずちん、聞いて聞いて! あの後、ゆずちんにすごい二つ名がたくさんついて、病院中の噂になってるんだよ!」
「え?
あだ名じゃなくて?二つ名?
そういうのって、伝説の武将とかそういうのにつけられるやつじゃ──。
「うん!頭脳派
「噂広まるの早くない…!?しかも変なのばっかりだしダサい!」
私は思わずツッコミを入れた。
たしかにあのクイズ大会は、ものすごーく波乱が巻き起こったけどさ。それにしたって、情報が変な形で伝わりすぎじゃないかなぁ。
「でも最後のだけちょっとかっこよくないか?」
「……他人事だと思って」
面白がるきらりに、じろりと目を向けた、その時だった。
「──ゆず、か?」
流石に騒がしかったのか、目を覚ました真央ちゃんは寝ぼけ眼で顔を上げた。
数回まばたきを繰り返した後、私の姿をはっきりと捉えて、その瞳が大きく見開かれる。
「あ、真央ちゃんおはよう。ありがとうね、手繋いでくれて」
私が安心させるように笑いかけると、真央ちゃんはぐっと息を詰めた。
そして、辛そうな顔をして、繋いでいた私の手をさらに強く握りしめた。
「……私は、やっぱり柚華に謝らないといけないわ。私は自分のことばかりで、貴方が体調を悪くしてることに全然気づかなかった。……それなのに気を遣わせて賭けまでさせて、あなたに無理をさせた……」
繋がれた手が、痛いほど強く握りしめられた。
「──だから、本当にごめんなさい」
「うん。いいよ」
私が短くきっぱりと言うと、真央ちゃんは驚いたように顔を上げた。
「……ちょっと、許すのが早すぎるわ」
「えーだって。私、真央ちゃんに怒ってないし」
真央ちゃんが呆れたように言うので、私は少し笑ってしまった。
「賭けの約束を守ってくれればそれでいいよ」
「あなたってほんと……お人好しね」
「よく言われる」
私が軽く肩を竦めると、真央ちゃんは仕方ないわね、というように小さく微笑んだ。
その瞬間、繋がれていた左手がするりと解かれたかと思うと、私の指の隙間をなぞり、一本一本を確かめるように、ゆっくりと絡め取られていく。
「えっ」
「なに?」
「い、いや。なんでもない…」
(え、なにこれ…恋人繋ぎ…!?)
真央ちゃんはいたって普通の顔でこっちを見ている。パニックになった頭で、友達同士で恋人繋ぎするのって普通なんだっけ?って考えるけど、答えなんて出るはずもない。
意識すればするほど、繋がれた手のひらにじっとりと汗が滲んだ。
どうしようと頭をぐるぐる回転させていると、真央ちゃんの口元が意地悪く綻んだ。
「柚華。顔真っ赤」
そう言ってパッと繋がれた手が離された。
「ごめんなさい。いい反応するから、つい揶揄いたくなって」
「……ひどいよ、真央ちゃん」
揶揄われていたことへの恥ずかしさで、抗議の声がちっちゃくなる。
穴があったら入りたいってこう言うことか…。
「それと、私のことちゃん付けで呼ぶの禁止ね」
「え"っ…?な、なんで!?」
「大会では途中から真央って呼んでたじゃない。それに、ちゃん付けなんて他人行儀だと思わない?」
真央ちゃんは、少し照れたように、けれど真っ直ぐに私を見つめて言った。
「私たち友達でしょう」
その瞬間、私と真央の距離が一歩縮まった。
「じゃ、じゃあ……真央」
「それでいいのよ」
私が恐る恐る呼びかけると、真央は花が咲くようにふわりと微笑んで、嬉しそうに頷いた。
それを微笑ましげに見ているみんなの視線がむず痒い。フワフワした空気に包まれたその空間で、言いづらそうにきらりが口を開いた。
「…あのな。実は、クイズ大会以外に、柚華にもう一つ言い忘れてたことがあるんだよ」
言い忘れてたこと…?
「大丈夫。もう何を言われても驚かないよ」
「ゆずちん、それフラグってやつだよ」
私は胸を張って言った。
だって、これだけいろんなことがあったんだよ? 流石に並大抵のことじゃ驚かない。
「それならいいんだけどよ」きらりはそう言って、さらりと言葉を紡いだ。
「実は、私1週間後に退院なんだ」
脳が一瞬理解するのをやめた。
退院? あの、きらりが!?
「う、嘘なんだよね…?」
「本当だよ」
「!?!?!?」
今度こそ、私の脳みそは完全に思考停止した。
「フラグ回収早かったわね」
「RTA並みだー」
103号室、初めての退院者はきらりだった。