君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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18話 縮まった距離

 

 

「んん……?」

 

 まぶたの裏に薄く優しい光が滲む。

 ズキズキと鈍く痛む頭を押さえながら、私はベッドの上でゆっくりと目を開けた。

 

 目の前に広がるのは見慣れた白い天井。

 ぼんやりした意識がだんだんはっきりしてくると、左手に〝温かい感触〟があるのを感じた。

 

 

「……真央、ちゃん」

 

 私の左手をぎゅっと握りしめ、ベッドサイドでうつ伏せになって眠っていたのは、真央ちゃんだった。

 眼鏡をかけてないその顔はいつもより幼く、少しだけ頬に寝跡がついている。

 

 

(あ、金メダル…)

 

 眠りこける真央ちゃんの首には、優勝賞品の金メダルがきらりと輝いていた。

 …ってことは、と自分の首元に触れると、私にも同じように、金メダルが掛けられている。

 

(そうだ。私、クイズ大会で優勝したあとすぐ気を失ったんだった)

 

 あれから、どれくらい時間が経っただろう。

 窓の外は、すでに夕焼けに染まり始めていた。鮮やかなオレンジ色が病室の白い壁に映り込み、時間が随分と経っていることを教えてくれる。

 

(もしかして、ずっとそばにいてくれたのかな)

 

 握られた手は温かくて、少し痺れている。

 手に伝わる真央ちゃんの体温と、静かな寝息が心地よかった。

 ……ほんの少しだけ、ずっとこんな時間が続けばいいのにって、柄にもなくそう思った。

 

 

 その時、病室のドアがそっと開き、本郷先生が顔を覗かせた。

 

「真央くん。そろそろ、君も休んだほうが──」

「あ、先生おはようございます」

「え?」

 

 本郷先生は、私の目が開いていることに気づくや否や、目を見開いて声を上げた。

 

「柚華くん…!? キミ、いつのまに目を覚ましてっ……あ、無理に起きあがっちゃ駄目だからね!」

 

 先生は慌てた様子で私の顔を覗き込んだ。

 その目元には、安堵と共に、心底ほっとしたような疲労の色が滲んでいる。

 

「……私、どれくらい寝てました?」

 

 ベッドを少し起こして、掠れた声で尋ねると、本郷先生はふわりと笑みを浮かべた。

 

「半日くらいかな。疲れが溜まってたのと、慣れない車椅子で頑張りすぎたせいだよ。貧血気味でもあったから、点滴で栄養補給してるんだ」

「……ごめんなさい。色々迷惑かけて」

 

 頭を下げる私に、本郷先生は深くため息をついた。

 

「反省してるなら、これからは無茶しないことだね。わかったかい?」

「うっ、はい…」

 

 ほんとに目が離せないよ、と呆れた笑みを浮かべる先生。私の額に手を当てて熱がないことを確認すると、やれやれと首を振った。

 

 

「それで、真央ちゃんはなんでここに…?」

 

 私が尋ねると、本郷先生は私の手を握って眠っている真央ちゃんに、微笑ましいものを見るような視線を向けた。

 

「真央くんは責任を感じてるみたいでね。キミが運ばれてから、ここから一歩も離れようとしないんだよ」

「そう、だったんですか……」

 

 改めて顔を見ると、真央ちゃんの頬には涙の跡が残っていた。眠っていても、私の手を握る彼女の力は少しも弱まらない。

 しんみりした気持ちになっていると、ふと病室の違和感に気づいた。

 

「…そういえば、きらりと睦美ちゃんは?」

 

 病室の静かさに違和感を覚える。

 もしここにいたら、きっと真央ちゃんも叩き起こされるくらいのハイテンションで、優勝の喜びを爆発させているはずなのに。

 

「ああ。きらりくんたちは、キミが起きたらパーティーするんだって、今コンビニにお菓子を買いに行ってるよ」

「パーティー…?」

 

 私がそう言い終わるかどうかのタイミングで、病室のドアが勢いよく開いた。

 

「ゆずちーん!起き…あ、起きてるーっ!」

「柚華!心配したんだぞ!」

 

 きらりと睦美ちゃんが、両手にコンビニ袋を抱えて飛び込んできた。二人の顔には、安堵と喜びの表情が満ち溢れている。

 

「もうすっかり元気だよ。心配かけてごめんね」

 

 私は精一杯の笑顔で答えた。

 まだ頭の痛みは残っているけれど、これくらいなら、なんとかなりそう。

 

「「良かった…」」

 

 二人は安心したのか、ほっと息をついた。

 そして、すぐに睦美ちゃんがぱあっと顔を輝かせ、話し始める。

 

「ゆずちん、聞いて聞いて! あの後、ゆずちんにすごい二つ名がたくさんついて、病院中の噂になってるんだよ!」

「え? ()()()?」

 

 あだ名じゃなくて?二つ名?

 そういうのって、伝説の武将とかそういうのにつけられるやつじゃ──。

 

「うん!頭脳派博徒(ギャンブラー)とか、ロマンチスト・クイズキングとか、星詠みの天才児(ギフテッド)とか!」

「噂広まるの早くない…!?しかも変なのばっかりだしダサい!」

 

 私は思わずツッコミを入れた。

 たしかにあのクイズ大会は、ものすごーく波乱が巻き起こったけどさ。それにしたって、情報が変な形で伝わりすぎじゃないかなぁ。

 

「でも最後のだけちょっとかっこよくないか?」

「……他人事だと思って」

 

 面白がるきらりに、じろりと目を向けた、その時だった。

 

 

「──ゆず、か?」

 

 流石に騒がしかったのか、目を覚ました真央ちゃんは寝ぼけ眼で顔を上げた。

 数回まばたきを繰り返した後、私の姿をはっきりと捉えて、その瞳が大きく見開かれる。

 

「あ、真央ちゃんおはよう。ありがとうね、手繋いでくれて」

 

 私が安心させるように笑いかけると、真央ちゃんはぐっと息を詰めた。

 そして、辛そうな顔をして、繋いでいた私の手をさらに強く握りしめた。

 

「……私は、やっぱり柚華に謝らないといけないわ。私は自分のことばかりで、貴方が体調を悪くしてることに全然気づかなかった。……それなのに気を遣わせて賭けまでさせて、あなたに無理をさせた……」

 

 繋がれた手が、痛いほど強く握りしめられた。

 

 

「──だから、本当にごめんなさい」

「うん。いいよ」

 

 私が短くきっぱりと言うと、真央ちゃんは驚いたように顔を上げた。

 

「……ちょっと、許すのが早すぎるわ」

「えーだって。私、真央ちゃんに怒ってないし」

 

 真央ちゃんが呆れたように言うので、私は少し笑ってしまった。

 

「賭けの約束を守ってくれればそれでいいよ」

「あなたってほんと……お人好しね」

「よく言われる」

 

 私が軽く肩を竦めると、真央ちゃんは仕方ないわね、というように小さく微笑んだ。

 

 その瞬間、繋がれていた左手がするりと解かれたかと思うと、私の指の隙間をなぞり、一本一本を確かめるように、ゆっくりと絡め取られていく。

 

「えっ」

「なに?」

「い、いや。なんでもない…」

 

(え、なにこれ…恋人繋ぎ…!?)

 

 真央ちゃんはいたって普通の顔でこっちを見ている。パニックになった頭で、友達同士で恋人繋ぎするのって普通なんだっけ?って考えるけど、答えなんて出るはずもない。

 

 意識すればするほど、繋がれた手のひらにじっとりと汗が滲んだ。

 どうしようと頭をぐるぐる回転させていると、真央ちゃんの口元が意地悪く綻んだ。

 

「柚華。顔真っ赤」

 

 そう言ってパッと繋がれた手が離された。

 

「ごめんなさい。いい反応するから、つい揶揄いたくなって」

「……ひどいよ、真央ちゃん」

 

 揶揄われていたことへの恥ずかしさで、抗議の声がちっちゃくなる。

 穴があったら入りたいってこう言うことか…。

 

「それと、私のことちゃん付けで呼ぶの禁止ね」

「え"っ…?な、なんで!?」

「大会では途中から真央って呼んでたじゃない。それに、ちゃん付けなんて他人行儀だと思わない?」  

 

 真央ちゃんは、少し照れたように、けれど真っ直ぐに私を見つめて言った。

 

「私たち友達でしょう」

 

 その瞬間、私と真央の距離が一歩縮まった。

 

「じゃ、じゃあ……真央」

「それでいいのよ」

 

 私が恐る恐る呼びかけると、真央は花が咲くようにふわりと微笑んで、嬉しそうに頷いた。

 

 それを微笑ましげに見ているみんなの視線がむず痒い。フワフワした空気に包まれたその空間で、言いづらそうにきらりが口を開いた。

 

「…あのな。実は、クイズ大会以外に、柚華にもう一つ言い忘れてたことがあるんだよ」

 

 言い忘れてたこと…?

 

「大丈夫。もう何を言われても驚かないよ」

「ゆずちん、それフラグってやつだよ」

 

 私は胸を張って言った。

 だって、これだけいろんなことがあったんだよ? 流石に並大抵のことじゃ驚かない。

 

「それならいいんだけどよ」きらりはそう言って、さらりと言葉を紡いだ。

 

 

「実は、私1週間後に退院なんだ」

 

 脳が一瞬理解するのをやめた。

 退院? あの、きらりが!?

 

「う、嘘なんだよね…?」

「本当だよ」

「!?!?!?」

 

 今度こそ、私の脳みそは完全に思考停止した。

 

「フラグ回収早かったわね」

「RTA並みだー」

 

 

 103号室、初めての退院者はきらりだった。

 

 

 

 

 

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