君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
『あたし1週間後に退院なんだ』
きらりの衝撃的な退院報告。
あまりにも突然の報告に、私は困惑した。そんな私のために、2日後『説明会』と称してプレイルームに連れて行かれたのだが──。
「説明するのにゲームって必要かな…?」
最近右腕のギプスを外したばかりの私は、なぜかプレイルームのモニター前で、コントローラーを握らされていた。
「当たり前だろ。むしろこっちが本命だ!」
「じゃあダメじゃん」
私はきらりについて知りたいのに、何故かレースゲームをやることになっている。
(でも、なんかみんなやる気満々だし。拒否権はなさそう……)
「柚華が睦美よりゲーム下手なのかは知っておきたいところだし。いいわよ」
真央ちゃんが袖を捲って、挑戦的な笑みを浮かべた。
その言い振りからすると、睦美ちゃんはゲームが苦手らしいけど。私も友達の家でしかゲームってしないし、自信ないなぁ。
「よしゆずちん!この野蛮人二人を睦美たちでボコボコにしちゃおっか!」
「う、うん」
静かに闘志を燃やす睦美ちゃんの気迫に押され、操作キャラクターを選ぶ。
キャラクターにかわいいオバケ、カートにゴツゴツしたバイクを選んだ私は、決定ボタンを押した。
「意外と厳つい趣味なんだな」
「そういうあんたは意外とメルヘンな趣味ね」
「うるせーこれが速いんだよ」
きらりが、ゲーム開始のボタンを迷いなく押した。モニターにカウントダウンが表示され、レースが始まる。
◇◆◇◆
レース展開は苛烈を極めた。
──真央ときらりのトップ争い。中間層でNPCと激闘を繰り広げる私。そして、体を揺らしながら最下位独走中の睦美ちゃん。
非常にカオスな空間だった。
「ああ!くそっ、青甲羅押し付けんな!」
「ふっ、後ろでキノコでも食ってなさい」
真央があえて順位を落とし、きらりが青甲羅の爆発に巻き込まれ、トップが入れ替わる。
「ちょ、NPC強くない!?あ、まって赤甲羅投げないで──」
6位を走る私は、NPCの投げた赤甲羅で華麗にスリップ。
みるみる順位を落としていく。
「このゲーム全然やったことないって言ってたじゃん!ゆずちんの裏切り者ー!!」
そして、体ごとハンドルを切りながら、最下位を独走する睦美ちゃん。
「いやいや、ちょっと待って!まるで話になってないよ!私はゲームじゃなくて、きらりの話が聞きたかったのに!」
私はドリフトしながら叫んだ。
このままでは何の説明もされないまま、説明会(今のところゲーム大会)が終わってしまう!
「そんなにあたしのことが気になるか?」
「うん!だから教えて!」
コース上のコインを律儀に拾いながら答えた。実はなんだかんだで、わたしもゲームにのめり込んで手を離せなくなっている。
「なんできらり、退院するの?」
「足のギプス外れたから」
こともなげにきらりは言う。
あとは軽いリハビリだけなんだ、と。
「本当はもうちょい早く退院する予定だったんだけど、ごねたら長くなったんだよ」
「きらりん横暴!」
その言葉を合図にしたかのように、睦美ちゃんが雷を落とす。画面は閃光に包まれ、無敵状態の私以外のカートが小さく縮んで、スピードを失った。
「てめっ、睦美…!」
「馬鹿にするからそうなるんすよ!」
チャンスだ。私は混乱する皆んなを横目に、アイテムを駆使して順位を上げていく。トップを走るきらりの背中が、もうすぐ見えそうだった。
「きらりは……なんで、もっと早く私に教えてくれなかったの!」
私は不満をぶつけるように、一位のきらりに向かって青甲羅を投げる。
「それは──だって、2週間くらい前から、お前元気なかったろ。もう少し、お前が笑えるようになったタイミングで教えようと思ってたんだよっ…!」
私の切り札の青甲羅は、きらりのクラクションの音波に掻き消された。そっか、きらりも私が元気ないこと気づいてたんだ。
でも、もっと早く知らせてくれればきらりに何かしてあげられたかもしれないのに。
「なんだよ寂しいのか?」
「…うん。寂しいよ」
自分でも驚くほど、寂しそうな声が出た。
その瞬間、トップを快走していたはずのきらりのカートが、ガクンと大きく体勢を崩し、コース脇のダートに突っ込んだ。
「うわっ!?」
珍しい、あのきらりが動揺してる。その隙を、冷静沈着な真央が見逃すはずもなく、涼しい顔でトップを奪っていった。
「……お前って、ほんと信じられないくらい素直だな」
それとも盤外戦術か…?と、きらりがジト目で睨んできたので、慌てて首を振ると、冗談だよと笑われた。
その直後、きらりの声色が鋭く変わった。
「…って、お前あたしの後ろじゃんか!」
3位まで追い上げていた私に焦ったのか、きらりが赤甲羅を後ろに放つ。
ホーミング性能を持つ、厄介な一撃だ。
「そうくると思ったよ!」
しかし、私はそれを緑の甲羅を前に投げることで、完璧に防御する。
「コイツ…!戦い中で成長してやがる!!」
ゴールまではあと少し。
きらりには悪いけど、この勝負、私がもらう!
「なっ、ショートカットだと!?」
「さっき真央がここを通ってるの見てたから!」
私の記憶力が隠された道を発見する。
一度見たルートは忘れない。ガタガタと激しく揺れるカートを必死に制御し、きらりの横をすり抜けた。
「やった!」
「くそっ!」
画面に大きく映し出される「2nd」の文字。
握りしめたコントローラーが、じっとりと汗ばんでいる。
……勝った!と達成感に浸っていた私は、そこでようやくハッとする。
(…って、そうじゃないでしょ!いつのまにか私までゲームに夢中になっちゃってるじゃん!)
「あーくっそー!ゲームまで強いのかよ!」
きらりは悔しそうに天井を仰いだ。
でも、その声はいつものようにカラッとしていて……やっぱり、このままお別れなんて寂しいな、と胸が軋んだ。
「きらり、退院まであと5日だよね」
「……そうだな」
一瞬の間を置いて、きらりが呟いた。
気のせいかもしれない。でも、その声にはほんの少しだけ、私と同じ寂しさの色が滲んでいる気がした。
「いいこと思いついたんだけど、退院前日にみんなでパーティーするのはどう、かな…? 」
「いいんじゃない?」
「睦美もさんせーい!」
わたしの提案にみんなが次々賛同する。
そうだよね。私よりずっと付き合いの長いみんなだって、同じ気持ちのはずだ。
「じゃあ決まりだね!」
「おいおい、主役の意見は聞かなくていいのかよ」
「負けた人に拒否権はありません」
わたしが悪戯に笑うと、きらりが目を丸くしてニヤリと笑った。
「……あーあ。お前とはもっと早く仲良くなりたかったなー」
「今からでも遅くないよ」
私がそう言うと、きらりは私の目を見て楽しそうに笑った。
その笑顔はどこか晴れやかな、そして少しだけ寂しげな色を帯びていた。
私が103号室に来てから、初めての退院者。
それは本来なら嬉しいことで、喜ばしいことのはずなのに、胸にはぽっかり穴が空いたような寂しさがあった。