君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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20話 深夜の暴露パーティー

 

 

 

 あれから流れるように時間は過ぎさり、カレンダーの数字は6つ進んだ。

 

 今日はきらりが退院する一日前。

 約束通り、私たちのささやかなパーティーが開催されようとしていた。

 

「へへっ…なんかもう楽しいな」

「大声出したりしないでよ」

「私がそんなヘマするわけないだろ?」

「きらりんフラグ立てんのやめてね」

 

 動けない私のベッドサイドで、パイプ椅子に座った3人。ひそひそと交わされる会話に、私は頭を抱えた。

 

 この小児病棟の消灯は21時ぴったり。

 ──そして壁の時計が示すのは、21時15分。

 

 そう、私たちは看護師さんの目を掻い潜って、深夜のパーティーを開催しようとしていた。

 

 

「……普通に、お昼にやれば良かったんじゃないかな…!」

 

 私が小声で抗議すると、3人は揃ってキョトンとした顔で私を見つめた。

 

「今更よ。往生際が悪いわね」

「〝深夜のパーティー禁止〟なんて、ルールないし!ゆずちん、心配無用だよ!」

「そう、かなぁ…」

 

 私のちっぽけな正論は、上手くまるめ込まれてしまった。……良い子のみんなは、真似しないでね。

 

「──それじゃあ、もう一度作戦を確認するわ。夜の見回りは1時間に一回。お菓子なし、大声なし。精密機器や点滴には触れないようにすることOK?」

「「「オッケー」」」

 

 規制が多過ぎて、もはやそれはパーティーと言えるのか疑問だったけど、主役のきらりが楽しそうだから、まあいいか。

 

「それと、私と睦美は体調を考慮して0時にはベッドに戻るから。それまでの間楽しみましょう」

 

 真央の小さな合図で、ベッドライトが仄暗く光る病室に、私たちのひそひそ話が始まった。

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 それからいろんなお話をした。

 きらりがバスケで県大会に行くほどのプレイヤーだってことを知ったり、真央がピーマンをこっそり残していたのを知ったり、鈴風先生が既婚者でなんと子供までいることを知ったり。

 

 

 そんな話をたくさんして、2回ほど看護師さんの目を掻い潜ったあとのことだった。

 

 

 

「──これって、タブーかなって思ったんだけどさ。みんなってどんな理由で入院したの?」

 

 その重々しい内容を誤魔化すように、睦美ちゃんが、わざと明るい声で言った。

 みんなはぐっと押し黙る。目配せし合うが、あまりにもデリケートな話題に、誰も口を開けられなかった。

 

 

「ま、そうだよね。言い出しっぺの法則っていうもんね」

 

 睦美ちゃんはふっと息を吐くと、覚悟を決めたように顔を上げた。

 

「睦美はね、小児がんで入院してるんだ。今回で2回目。1回目は小2の時だったんだけど、再発しちゃって。今はその治療の真っ最中」

 

 〝小児がん〟。

 いつも太陽みたいに笑う睦美ちゃんとは、あまりにもかけ離れた、冷たくて重い響きだった。

 

「急性骨髄性白血病って言って、もう寛解(かんかい)──えっと、一応は治ってはいるんだけど、また悪くならないように、あと半年はここにいないといけないんだ」

 

 一瞬だけ、痛みに耐えるように顔を歪め、それでも睦美ちゃんは笑った。

 

「ほら、薬の副作用で髪の毛も短くなっちゃってさ。ほんと、やんなっちゃうよね」

 

 いつも彼女の頭を守るようにそこにあった医療キャップに、そっと手が伸ばされる。ゆっくりと帽子が外されると、生まれたての雛鳥のように柔らかそうな、短いキャラメル色の髪が私たちの前に現れた。

 お姫様みたいに長い髪に憧れて、雑誌を見ながら楽しそうにヘアアレンジの話をしていた睦美ちゃん。

 彼女が今、どんな思いでその姿を見せてくれたのか。想像するだけで、胸が張り裂けそうだった。

 

 

 次に沈黙を打ち破ったのは、真央だった。

 睦美ちゃんの肩にそっと自分のカーディガンをかけながら、静かに口を開く。

 

「私は、心臓の持病で入院してる。生まれつきだから、物心ついた頃からずっと病院が生活の中心だったわ。普通の小学校に通えたのは、2年生の時までだったかしら」

 

 淡々と語られる言葉。その一つ一つが、彼女が諦めてきたものの多さを物語っていた。

 

「心臓に負担がかかるから、激しい運動はもちろん。大きな声を出すことも、感情的になることも自然となくなったわね」

 

「……クイズ大会の時にも話したけど、うちは母子家庭で貧乏なの。そんな中、たった一人で私の治療費を稼いでくれている母には、感謝しかないわ。だから、一日でも早く元気になってここを出たい」

 

 真央の瞳の奥には、強い光が宿っている。

 きっと、真央の年齢ではしなくていいはずの覚悟を何回もしてきたはずだ。

 

 睦美ちゃんの勇気と、真央の覚悟に背中を押されるように、私は震える唇を開いた。

 

「私は……旅行中の、事故だったんだ。前に座ってたお父さんとお母さんは……その場で、助からなくて。後ろにいた私たち三姉妹は助かったけど、私は脊髄を損傷して……もう、自分の足でちゃんと歩くことはできないって、言われた」

 

 喉がカラカラに乾いて、言葉が途切れ途切れになる。思い出すだけで、あの日の光景が蘇って、息が苦しくなった。

 

 私の告白が終わると、病室は水を打ったように静まり返った。誰もが、互いにかけるべき言葉を見つけられずにいたからだ。

 

 その息も詰まるような沈黙を、力任せに蹴破ったのは、きらりだった。

 

 

「はい、次あたしな。まあ知っての通り、右足の複雑骨折で入院したんだ」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、彼女はいつもと寸分違わぬ口調で、あっけらかんと言った。

 

「家の階段から、足を滑らせて落ちたんだよ。でも、そん時たまたま親がいなくてさ。マジで『ああ、あたしの人生、ここで終わりか』って思ったよ」

 

「結局、夜中に親が帰ってきて救急車に運ばれたんだけど。そん時の足、ホラー映画みたいにありえない方向に曲がってて、まじでやばかったんだぜ?」

 

 重苦しい空気の中で、その話はあまりにも場違いで、あまりにも……明るかった。

 

 

「……それだけ?」

「悪かったな、地味で!」

 

 真央の拍子抜けしたような声に、きらりが拗ねたように返す。

 その一言がスイッチだった。張り詰めていた糸がぷつりと切れて、誰からともなく、くすっと笑いが漏れた。

 

 

「これから長い付き合いになりそうだし、知っておいて損はないわね」

「うん。そうだね」

「ま、あたしは明日退院だけどな!」

「きらりんノンデリ!!」

 

 誰もお互いに同情の言葉はかけなかった。

 ただ、それぞれの話を聞いて受け止める。それだけで十分だったから。

 

 そして、その後も楽しくパーティーは続いた。

 看護師さんの巡回に合わせて、みんながベットに戻り、寝たフリをして、また駄弁る。

 

 そんなスリリングな時間を繰り返しているうちに、壁の時計の短い針は、とっくに今日と昨日の境界線を越えていた。

 

 

◇◇

 

 

「ふぁ……真央たち、もう寝たかな?」

「睦美は寝ただろうな。ずっとあくびしてたし」

 

 0時を過ぎた今、二人はベッドに戻っている。

 ベッドサイドで肘をつくきらりは、どこか遠い目をしていた。きらりも、お別れが寂しかったりするのかな。

 

「困ったことがあったら、いつでも連絡していいんだからね」

「なんだよそれ」

「自分じゃどうしようも出来ないことって、世の中にはたくさんあるじゃん」

 

 私たちまだ小学生なんだもん。

 誰かに頼らないと生きていけないよ。

 

「私が落ち込んでたとき、みんなが助けてくれたから。私も、みんなの──きらりの役に立ちたいんだ」

「……さっきのあたしの話聞いて、よくそんな真剣な顔して言えたな」

 

 呆れたように笑うきらり。さっきのって、家の階段から転げ落ちたっていう、あの話のことかな。

 

「ま、何かあればな」

「うん」

 

 短い沈黙。きらりが大きなあくびを一つした。

 

「眠そうだね」

「……ねむい。なんか子守唄でも歌ってくれよ」

「今、真夜中だよ……?」

 

 いいじゃん。と駄々をこねる姿は、私より一つ年上には見えない。全然似てないのに、それが妹の姿と重なったから、どうしても断れなかった。

 

「ちょー小声でいいからさ」

「…しかたないなぁ」

 

 甘えるような、少しだけ掠れた声。

 その声が、二人の間の最後の壁を、そっと溶かしていくようだった。

 

 

 私は2回ほど喉を鳴らした後、お母さんが昔歌ってくれた『ゆりかごのうた』を口ずさんだ。

 

 

 

「ゆりかごのうたを、カナリヤがうたうよ

 ねんねこ ねんねこ ねんねこよ」

 

 小さく、小さく言葉を紡いだ。

 仄暗い病室が、私たちを乗せる大きな揺籠(ゆりかご)になったみたいだ。大きな木に、ゆらりと浮かんでいるような感覚。

 

「ゆりかごの上に びわの実がゆれるよ

 ねんねこ ねんねこ ねんねこよ」

 

 私の小さく掠れた声が、病室にぽつりと響く。

 きらりはそのまま重くなった瞼を閉じて、寝息を立て始めた。

 

「ゆりかごのつなを 木ねずみがゆするよ

 ねんねこ ねんねこ ねんねこよ」

 

 ワインレッドの、深く暗い髪をさらりと指に通した。癖のないストレートの髪は私の指をすり抜けてく。お母さんがしてくれたように、そっと撫でた。

 

「ゆりかごのゆめに 黄色い月がかかるよ

 ねんねこ ねんねこ ねんねこよ」

 

 きらりが目を閉じても、二番が終わった後も鼻唄を続けた。これが、きらりと過ごす最後の夜。

 まだ終わりたくなかったから。

 

 私の唄は、きらりの夢まで届いているかな。

 

 

「おやすみ、きらり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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