君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
翌日、カーテンの開く音で目を覚ました。
差し込む日光と、聞き覚えのあるモーニングコール、私は諦めて目を開いた。
「起きてー二人とも」
声をかけてくれたのは佐倉さんだった。テキパキ動きながら、きらりにかかった布団を回収し、叩き起こしている。
「んぁ……?」
芸術的な寝癖をつけたきらりは、半目で顔を上げた。
「おはよう、きらり」
「……はよ」
眩しい朝日にきらりは、目を細めた。
二人してシパシパした目で顔を見合わせる。
「きらり寝癖すごいよ」
「それお前もな」
「え、うそっ」
慌てて髪を押さえる私に、きらりが『嘘だよ』と笑った。それにむすっと、顔を膨らませる私を、佐倉さんは呆れたように笑っていた。
「それで、なんで二人は手繋いでるの?」
「はい?」
佐倉さんの言葉を理解できないでいると、ふと、右手に温もりを感じて、視線を落とす。
「……本当に、なんで私たち手繋いでるの?」
「真央がよく繋いでるから、触り心地でもいいのかと思って」
「感想は?」
「まあまあだな」
きらりはそう言って、私の手を小さく握りしめ、そしてそっと離した。
あ、と思わず声が出そうになるのを隠した。
寂しいけど、揶揄われるのは癪だから。
(……でも、やっぱり寂しい)
「きらり、また連絡してよ」
「へいよー」
呑気にあくびするきらりが、私たちのこと忘れないといいなぁって、そう思った。
◇◇◇
部屋のモニターやゲーム機などが、次々と片付けられていく。
(ああ。本当に、きらり退院するんだ──)
目に見える形で変化していく病室が、その現実を嫌でも突きつけてくる。
荷物を片付けていくきらりを、私たちはみんなで黙って見つめていた。しかし、きらりの顔はいつも通り、どこまでもあっけらかんとしている。
もう少し寂しがってくれてもいいのに、と私はひっそりと思ってしまった。
「ふいーこれくらいだよな」
忘れ物がないか確認したらきらりは、拍子抜けするほどさらりと別れの挨拶を済ませた。
「んじゃ、まあ世話になったな!退院したらまたみんなで遊ぼうぜ!」
きらりがそう言って、病室のドアへと向かう。
「っ、きらりんあっさりすぎ!このバカ!」
「シンプル暴言はやめろよ!」
睦美ちゃんが引き止めるように叫んだ。
きらりは振り返って睦美ちゃんにツッコミを入れる。その顔は、やはり笑っていた。
「もう、階段から滑り落ちないように気をつけなさい。次はレギュラー取られるかも知れないわよ」
「うげ、痛いとこつくなぁ」
真央が、いつもの冷静な口調で言った。きらりは眉をひそめ、がっくり肩を落とす。
「きらり、今度試合見せてね!」
「おう!そん時は、スリーポイントシュート決めてやるよ!」
私が精一杯の声で言うと、きらりはパッと笑顔になった。今度は全国大会行ってやるよ、ときらりは親指を立てる。
「お前ら私がいないからって泣くなよ!」
それが、きらりのお別れの言葉だった。
最後までお調子者らしく、笑って去っていった。睦美ちゃんは最後に涙を流して、真央はなんだかんだ嬉しそうに見送っていた。
(私は、寂しいような嬉しいような、複雑な気持ちだった)
不思議と悲しくはない。
いつか、きっとすぐにまた会える。
そんな予感がしたから。
◇◆◇◆
きらりがいない103号室はものすごく静かだった。真央ちゃんは「この部屋が騒がしい原因ってアイツだったんじゃないの?」なんて言ってたけど、やっぱりどことなくつまらなそうな顔をしていた。
それでも時間っていうのはあっという間に過ぎてくもので、気づけば消灯時間になって、私たちは夢の中にいた。
──────ヴヴ……。
(………?)
──────ヴヴ、ヴヴ…!
(……うる、さい)
──────ヴヴ、ヴヴ、ヴヴ…!
(…なんの音?)
眠くて重たい瞼を、かろうじて開ける。
真っ暗な病室、私の近くで何か音がした。
──ヴヴ─ヴヴ!
(……あ、スマホか)
ベッドのサイドテーブルに置いたスマホが、振動を繰り返していた。アラームをかけたつもりもないし、なんだろうと、ベッドの角度を上げてスマホを手に取る。
持ち上げたスマホは明るく光った。
真っ暗な病室に眩しいスマホの画面には、バスケットボールのアイコンが表示されていた。
(え、きらり……?)
夢かなと思って試しにほっぺをつねってみたが、普通に痛い。
……たしかに、困ったら連絡してもいいって言ったけど、流石に早くない?それに、今夜中の1時だよ?
しかし、あまりにも長いコールに底知れない違和感を感じた。眠い目を擦って、ワイヤレスイヤホンを片耳に装着する。
──そして、応答ボタンに軽く触れた。
「もしもし、きらり……?」
恐る恐る出た電話は、背景に雑音が混じっていた。人の歩く足音、ガタンゴトンと鳴る電車の音、車の排気音。
それら全ての音を切り裂くような大きな声が耳をつんざいた。
「──柚華っ…!!」
きらりの切羽詰まった声。
「ど、どうしたの…!?今どこにいるの…?」
「今は…近所の公園にいる」
「え、そんなの危ないよ。今からでも──」
家に戻りなよ、と言おうとしたところで辞めた。こんな時間に公園にいるなんて、おかしい。
家に帰れるならとっくにそうしてるはずだ。
「……もしかして、家出した?」
「うん」
ほんとに家出なの…!?
驚きのあまり、声が出そうになるのを、必死で飲み込んだ。
落ち着いて、私。
一回深呼吸して冷静に考えよう。
「とりあえず、きらり今の状況を説明できる?」
まずは本人に説明してもらうのが先だ。
私が尋ねると、きらりは震える声で答えた。
「あたし、みんなに嘘ついてたんだよ」
嘘…?
ポツリと私のこぼした言葉に、きらりは「うん」と言葉を返した。
「怪我した原因……本当は、階段から滑り落ちたわけじゃないんだよ」
だとしたら──。
嫌な予感がした。
きらりが家に帰りたいコールに乗らなかったこと、入院を長引かせるためにごねたこと、そして退院してすぐに家出したこと。全てが繋がった気がした。
「──親父に突き落とされたんだ」