君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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22話 任務:大騒動を巻き起こせ

 

 

〝親父に突き落とされた〟

 

 その衝撃的な事実に私が言葉を失っていると、きらりは家族について話し始めた。

 

『あたしの家、昔から仲悪いんだよ。親父は最近じゃ暴力まで振るうようになったし、母親は毎日ヒステリック起こしてばっかり』

 

『この前の怪我も、殴り合いを止めようとしたら巻き込まれてさ。階段から落ちたときに骨折ったんだ』

 

『救急車呼んだのなんて、あたしが落ちて1時間くらい経ってからなんだぜ?…酷いよな、実の娘なのに』

 

 きらりの口からとめどなく溢れる言葉。我慢してきた言葉の数々が、抑えきれないように溢れていた。

 

 

『二人ともあたしのことなんて、全く興味ないんだ。ただ邪魔な存在なんだよ。仕方なく育ててるだけで、あたしなんていない方が──』

 

 その言葉が、私の耳を抉った。

 ダメだ。それだけは、絶対に言わせてはいけない。私はきらりの言葉を、断ち切るように声を上げた。

 

「そんなことないよっ、私はきらりと出会えて嬉しかった。きらりがいないと私が困る…!だから、そんなこと言わないで、まずは警察に──」

 

『いやだ』

 

 私の提案は、きらりの声に否定される。冷たい言葉は、確かな響きをもっていた。

 

『児童相談所にも言ったことあったよ。でも、一時保護するだけで、結局は〝家庭内の問題〟だって家に戻されるんだ。……学校の先生も、警察も誰も助けてくれなかった』

 

『音声も動画も撮ってたのに、警察は何もしてくれなかったんだ』

 

 絶望。その二文字が、きらりの声色から滲み出ているようだった。きらりは、もう誰にも、何も期待していない。

 

 そんなきらりが、私に縋るように問いかけた。

 

『柚華、あたしは、どうすればいい…?』

 

 私は一度深く息を吸い込んだ。肺に夜の冷たい空気が取り込まれる。そして、浅く息を吐いてから、きらりのこれからを決める一番大事な質問をした。

 

 

「きらりは、2度と家に戻れないとしても、元の関係に戻れないとしても、お父さんやお母さんたちと離れたい?」

「……そんなの、あたりまえだろ」

 

 きらりは当然のように答えた。

 私はもっと踏み込んだ質問を問いかける。

 

「それが、バスケチームを抜けることに、なるかもしれなくても…?」

「…うん」

 

 きらりは、少し間をあけてから答えた。

 これだけ聞ければ十分だった。

 

「──わかった。私がなんとかするよ」

 

 きらりは、とにかく親元から離れたがっている。それなら、私はそれを手伝えばいい。警察が介入せざるを得ない〝大事〟を私が引き起こしてしまえばいいのだ。

 

 

「きらり。公園に一台車を送るから、位置情報を送ってくれる?」

「え? く、車…?」

 

 私は困惑気味のきらりに、言葉を付け加えた。

 

「私の家のお手伝いさんの『(まこと)さん』がそっちに行くから、その車に乗ってもらえるかな。あ、大丈夫だよ。すごく信頼できる人で、優しいから」

「…わ、わかった。柚華がそういうなら、うん」

 

 きらりが戸惑いながら返事をしたところで、誠さんに連絡を送った。深夜一時だというのに、数秒も経たずに『了解です、お嬢』と返信が来る。

 

 〝誠さん〟は私が家の使用人。お手伝いさん兼護衛をしており、私が生まれた時から雇われている。使用人というよりは、もはや実のお兄ちゃんみたいな存在。彼ならきっと、きらりをしっかりと守ってくれる。

 

(これで、きらりの安全は確保できた)

 

 あとは明日の朝、人が集まる一階のロビーに誠さんと共にきらりを連れてくる。そこで、きらりの親を誘き寄せて、証拠を提示する。

 おそらく揉め事になるけど、ことが大きくなれば警察も無視はできない。

 

(……きっと、大問題になって、お祖父様には罰を与えられる。でも、このまま見過ごすなんて、そんなの私にはできないよ)

 

 不安気なきらりを、誠さんと慰めながら私は明日を待った。きっと上手くいく、そう信じて。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 眠れない夜を過ごした私は、睡眠不足のまま翌日を迎えた。

 

「ふぁ…」

「なに、眠いの?」

 

 私のベッドに腰掛けた真央に顔を覗き込まれる。……最近、真央の距離が近い気がするけど、気のせいかな。

 

「うん、ちょっとね」

「寝たら?今日のリハビリ午後からでしょ」

 

 それは、とても魅力的な提案だった。けれど、今日の私にそんな暇はない。普段なら飛びついているだろうその言葉に、私は首を横に振った。

 

「今日はちょっと、一階の売店に行こうかなって思ってるから」

「珍しいわね、私もついてこうかしら」

「あーいや、大した用事じゃないからすぐ戻るよ?」

「……へぇ?」

 

 私の返答に怪訝な顔をした真央だったが、それ以上追及しては来なかった。あぶないあぶない。

 

 やがて、朝の見回り終わりに佐倉さんが病室に顔を出した。私が「一階の売店に行きたい」と申し出ると、佐倉さんはいつもの優しい笑顔で応じてくれた。

 

「珍しいね柚華ちゃん。いいよ、一緒に行こっか」

 

 佐倉さんの介助のもと、車椅子に乗った私は病室を抜け、一緒にエレベーターに乗り込む。

 

「あ、柚華ちゃんは売店初めてだよね。何か買いたいものがあるの?」

「…えっと、美味しいパンがあるって聞いて」

「あー特製メロンパンのことかなぁ?」

 

 佐倉さんがニコニコしながら、楽しそうに喋った。む、胸が痛い。この優しい声に、私は嘘をついているのだ。そして、これからこの病院にとんでもない迷惑をかけることになる。

 けれど、もう後には引けない。困っている友達を助ける、ただそれだけが私の心を突き動かす唯一の理由だった。

 

「よし、ついたよー」

 

 車椅子を押され一階に降り立った私は、目的の人物を見つけるべく、辺りを見渡す。

 すると、周囲の人々より頭一つ分背の高い、見覚えのある男性が視界に映った。黒いスーツに身を包んだ、あの威圧感のある体躯──。

 

(誠さんだ…!)

 

 車椅子がロビーの中心に近づくにつれ、ざわざわと喧騒が強まっていく。普段の穏やかな朝の病院とは、明らかに空気が違っていた。

 

 

「あれ?何かあったのかな?」

 

 佐倉さんの疑問の声が、どこか遠く聞こえる。

 ロビーの中央。いくつもの視線が集まるその場所で、すでに修羅場は始まっていた。

 

 甲高い耳障りな女の声が、広い空間に響き渡る。その声は、一瞬にしてロビー中のざわめきを切り裂いた。

 

「ちょっと、アンタ誰よッ!? きらりはあたしの娘なんだからっ、離しなさいっ…!!」

 

 人混みの中に見えたのは、声を荒げた女性が、誠さんの後ろに隠れるきらりの腕を掴み、無理やり引き剥がそうとしている姿だった。

 

「やめろよっ…!こんな時だけ母親ヅラしやがって!!」

 

 必死に抵抗するきらりの叫びが、ロビーの喧騒をさらに煽る。その顔は怒りと、怯えに歪んでいた。

 

「お子さんが嫌がっています。私は一旦彼女を保護しているだけなので、とりあえず落ち着きましょう」

 

 誠さんの低い声が響いた。短髪の黒髪に強面の鋭い瞳、黒いスーツを纏った190cm越えの体躯は目の前に立ちはだかるだけで相手を威圧する。

 しかし、母親は誠さんの言葉に聞く耳を持たない。視線はきらりを睨みつけ、口からは信じられない言葉が飛び出した。

 

「アンタはいっつも迷惑ばっかりかけて!!治療費なんていくらかかったと思ってんのよ!?そのせいで、アンタのお父さんから怒られたんだからね!」

 

 その言葉に、きらりの顔がついに堪えきれなくなったかのように、くしゃりと泣きそうな顔に変わった。

 

 聞いてられなかった。

 この言葉が、きらりの心をどれだけ深く傷つけてきたのだろう。この場所で、これ以上、きらりを苦しめてはいけない。

 私は、佐倉さんが呆然としている隙を狙って、ハンドリムを強く回し、車椅子を漕ぎ出していた。

 

「っ、柚華ちゃん…!?」

 

 佐倉さんの焦った声が、背後から飛んでくる。振り向くことなく、私はただ前だけを見た。

 

 ロビーにいる人々の視線が突き刺さる中、車椅子で二人の間に割り込む。きらりの腕を掴む母親の腕を、私がさらに掴み上げ、声を張り上げた。

 

「あなたが怒られたのも、治療費を払うのも自業自得ですよ…!元はと言えば、きらりが怪我した原因は貴方たちにあるじゃないですか!」

 

 正論をぶつけると、母親は乱暴に手を振り解いた。そして、突如参入してきた私をギロリと睨みつける。

 

「何様よアンタッ…!ガキは帰んなさ」

「──私はきらりの友達ですっ!きらりはっ、貴方たちの喧嘩に巻き込まれて怪我したんですよ!貴方がするのは責めることじゃくて、謝罪のはずです!」

 

 遮るように言葉をかぶせると、血走った目がこちらを捉えたのがわかった。ターゲットがきらりから私に変わり、ゆっくりと近づいてくる。

 

「どこにそんな証拠あんのよ」

 

 私の顔を覗き込んで、母親は不気味な笑みを浮かべた。私は怯みそうになるのを堪えて、用意していたタブレットを素早く取り出す。

 

「…その時の証拠は、ありません。でも、以前の証拠ならありますよ」

 

 タブレットで動画を再生する。画面に映るのは、きらりを蹴りつけ、怒鳴り散らす母親の姿だった。言い逃れはできない、確たる虐待の証拠だった。

 

 しかし、それを見て尚、母親は開き直ったかのように叫ぶ。

 

 

「だから何だっていうの?それは躾に必要なことなのよ!?きらりが悪い子だからっ、あたしたちだって仕方なくしてるの…!!」

 

 そんな言い訳、通じるものか。

 私の胸に、抑えきれない怒りがこみ上げてくる。まるで話にならないこの人に、きらりの何がわかるっていうんだ。

 

「違う──きらりは私が落ち込んでた時も慰めてくれて、いつだって明るくて、誰にも心配をかけないように自分の痛みを隠しながら笑ってた…!そんな子が〝悪い子〟なわけないじゃないですかっ!!」

 

 私の言葉に、きらりがハッとしたように私を見た。先ほどまで怯えきっていた瞳に、きらりと小さな希望の光が宿る。その光が、私をさらに強く突き動かした。

 

「でも、そんなの正しくない!貴方たちのせいで、きらりが我慢を強いられるなんてそんなの間違ってる…!!」

 

 私は母親の目を見据え、言い放った。震える声に、しかし揺るぎない確信を込めて。

 

 

「貴方たちの都合で、きらりのことを苦しめないでくださいっ!!」

 

 私の声がロビー中に響き渡った。

 その瞬間だった。

 

 パンと乾いた音が響いた。

 顔が、大きな手のひらで弾かれる。皮膚が破れたかのような鈍い音。頬に灼けるような熱さが広がり、唇の端からにじんだ血が床に、ポタリと飛んだ。

 

 頭がぐらりと揺れた。周囲の悲鳴とざわめきで、自分が頬を平手打ちされたんだと、遅れて理解できた。

 

「柚華ッ…!っ、てめぇ、ふざけんなよっ!私の友達にまで手出しやがって!!」

 

 きらりの、怒りに満ちた叫び声が、私の耳に届く。暴れるきらりと母親を、誠さんが必死に抑えていた。誠さんが一瞬私の顔を見て、顔を歪ませる。

 

(ごめん誠さん。もう少しだけ、我慢して)

 

 周りはすでに大騒動になっていた。私たちを囲みスマホを構える野次馬と、悲鳴を上げながら逃げていく人々。

 そして奥の方から、警備員の「そこをどいてください!」という声が響く。

 

「お客様、病院内で暴れないでください!お子さんから手を離してください!」

 

 警備員の一人が母親に命令する。

 しかし、母親は完全にパニック状態だ。血走った目で私を睨みつけ、全くいうことを聞かない。

 

「やめて!きらりは私の子よ!私がどうしようと勝手でしょ!?クソっ、このガキが勝手なことをするからッ…!」

 

 錯乱した母親は叫びながら、手を振り上げ、再び私に殴りかかろうとした。

 

 

「誠!」

 

 しかし、そう上手くはいかせない。

 私の声に合わせて、電光石火の速さで誠さんが動いた。母親の腕が振り下ろされる寸前で、その腕をがっちりと掴み、動きを封じる。

 同時に、今まで後ろにいたはずの佐倉さんが私の車椅子の前に立ちはだかった。

 

「柚華ちゃん…!あなた、なにしてるのっ…!」

 

 振り返った佐倉さんの顔には、怒りと心配、そして困惑の色が浮かんでいる。

 

「話は後で聞くからっ…!」

 

 佐倉さんは、私の車椅子の手押しハンドルを掴むと、きらりを引き寄せ、全速力でロビーを駆け抜けた。私たちの体は、その勢いに合わせて大きく揺れる。

 遠ざかっていく喧騒の中、後ろから母親の「きらりぃっ!」と、縋るような叫び声が聞こえた気がしたが、佐倉さんは一切立ち止まらなかった。

 

 

 

 

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