君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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24話 告白

 

 

 

 消毒液の匂いで満ちた、静かな空間。

 頬のガーゼのひりつく痛みと、佐倉さんの腕の温もりが、まだ体に残っている。

 

 佐倉さんに揶揄われ、遅れてやってきたお医者さんに診察されて、警察の人に事情聴取されて……。

 

 すっかりクタクタになった私ときらりは、誰もいない診察室に二人きりだった。警察の人や、佐倉さんたちは扉の前で待っている。

 

 

『二人とも、悔いが残らないようにね』

 

 この部屋を出ていく直前、佐倉さんに言われた言葉が蘇った。

 きらりはこれから施設預かりで、私はしばらく入院。私たちの道はここで分かれ、会うことも連絡を取ることも難しくなる。

 

 だから、これが最後の会話になる──。

 

 何から話せばいいのか、言葉が見つからない。ただ、ベッドに腰掛けて俯いているきらりの姿を、黙って見つめていた。

 

 すると、不意にきらりが顔を上げた。

 戸惑うように揺れる瞳と、視線が絡む。やがて、彼女は一つ息を吸うと、覚悟を決めたように立ち上がった。

 

 

「……ありがとな柚華」

 

 きらりは、私の車椅子の前にゆっくりとしゃがみ込んだ。そして、私の頬のガーゼを、壊れ物に触れるように、震える指でそっと撫でる。

 

「それと、怪我させてごめん……何かあったら、あたしが責任とるから」

「ふふっ、大げさだよ。大丈夫だってば」

 

 しゅん、と耳の垂れた子犬みたいにしょげるきらりの頭を、よしよしと撫でる。

 きらりはそんな私の手に、甘えるように自分の頬をすり寄せると、熱のこもったため息を小さくこぼした。

 

「はあ…お前ってほんとそういうとこだよな」

「そういうとこ?」

 

 私が首を傾げると、きらりは呆れたように呟く。

 

「普通、出会って2ヶ月のやつのために、こんな無茶しないだろ。……お人好しすぎるんだよ、お前は」

「そんなこと──」

 

「ある。だから心配なんだ」

 

 私の言葉を遮ったきらりは、ひどく真剣な顔をしていた。

 

「……あたしの母親にすげぇ言い返したと思ったら、佐倉さんにちょっと怒られたくらいで泣き出したりさ。放って置けなくなるっていうか…」

「うっ、その話もうやめて……」

 

 顔から火が出そうなくらい恥ずかしい黒歴史を、きらりはどこか愛おしそうに語る。

 

「だから、思うんだ。……あたしが隣にいて、ずっと支えてやりたいって」

「あ、ありがとう」

 

 あまりにまっすぐな言葉に、心臓が跳ねた。

 きらりの瞳の奥に、今まで見たことのない熱が燻っている気がして、私はたまらず視線を落とした。

 

「……ここまで言っても、わかんない?」

 

 掴まれた私の手に、きらりの体温が流れ込んでくる。痛みを感じるほど強く握りしめられ、私は息を呑んだ。

 

「柚華」

 

 名前を呼ばれ、息を呑む。

 

 きらりは一度だけ、照れを隠すように目を泳がせたけれど、すぐに全てを懸けるような強い瞳で、私を射抜いた。

 

 診察室の静寂の中、彼女の声だけが、鼓膜を震わせる。

 

 

「好きだよ」

 

 ──いま、なんて。

 

 好き? きらりが、私のことを?

 頭が真っ白になった。世界から音が消えて、きらりの言葉だけが頭のなかを何度も、何度も反響した。

 

 けれど、疑う余地はなかった。触れる手のひらが燃えるように熱くて、きらりが嘘をついてるわけでも、冗談を言ってるわけでもないのが、嫌でもわかったから。

 

 だから『それってどういう意味?』なんて野暮な言葉は、喉の奥に消えていった。

 

 

「…わ、私、女の子だよ?」

 

 かろうじて絞り出した声は、自分でも驚くほど震えていた。心臓がばくばくと暴れて、とにかくうるさい。

 

「そんなの知ってるって。女とか男とかじゃないよ、柚華だから好きなんだ」

 

 呆れたように笑ったきらりの瞳が、どこまでも優しくて、もうダメだった。

 顔に、じわじわと血が集まってくるのがわかる。恥ずかしいのに、きらりの優しい瞳から目が離せない。

 

「なんで、わたし、なの……?」

 

 私の問いに、きらりは少しだけ悩むそぶりを見せてから、一つ一つ確かめるように話し始めた。

 

「柚華には、泣いてほしくない。傷ついてほしくない。誰よりもずっと笑っててほしいって、気づいたらそう思ってた。……それって、好きってことじゃないか?」

 

 家族に抱くような、温かくて、切実な想い。きらりは、そんな宝物みたいな気持ちを私に向けてくれているんだ。

 

「そう、かも……」

「だろ?」

 

 きらりが私のことを好き。それは、すごく嬉しかった。私だってきらりのこと、恋愛感情かはわからないけど大好きだから。

 

 ……でも、今の私にはお祖父様のことがある。女の子同士で付き合うことが、許されるはずがない。それに、きらりをこの問題に巻き込みたくなかった。

 

 だから、私はきらりに何の言葉も返せない。

 

 

「ったく、そんなに泣きそうな顔すんなよ。いいんだ、今答えが欲しいわけじゃないから」

 

 諦めたように笑うきらりが、私の頭をそっと撫でる。その指先がどこか寂しそうで、胸が締め付けられた。

 

「でもさ、一つだけわがまま言ってもいいかな」

 

 わがまま、という言葉に私はこくりと頷く。それできらりが元気になってくれるなら、私はそのわがままを聞いてあげたい。

 

 きらりは少しだけ躊躇うように視線を泳がせると、意を決して、小さな声でこう言った。

 

 

「ちゅーしたい」

 

 思考が、完全に停止した。

 ちゅーって、キスのことだよね…? さっきの〝好き〟という言葉で真っ白になっていた頭が、今度は沸騰しそうなくらい熱くなっていった。

 

 

「き、きらり、私のことっ、そういう」

「だー違う違う!いや、違くはないけど!だって、あたし達しばらく会えないじゃん!」

 

 きらりの焦った声に、現実に引き戻される。

 そうだ。この時間が終わったら、私たちは離れ離れになるんだ。次に会えるのがいつになるかさえ、わからない。

 

「お前モテるし、あたしがいない間に誰か好きになっちゃったらって思うと……怖いんだよ」

 

 きらりの、不安に揺れる瞳。私を失うことを、本気で怖がってくれている。

 返事ができない私に、好きだと伝えてくれたきらり。その不安を、少しでも消してあげられるなら。

 

 私も、きらりと離れたくない。

 その気持ちの証としてなら。

 

 

「…だからその、おまじない、みたいな」

「いいよ」

 

 私は頷いていた。

 

「へっ…?じ、自分で言っておいてなんだけど、マジでいいのか……?」

 

 上擦った声をあげるきらり。その視線は、さっきからずっと私の唇に釘付けになっている。

 なんてわかりやすいんだろう。そういう不器用なところが、ちょっとだけ、かわいい。

 

 

「ほんとに、いいんだな……?」

 

 私は何も言わずに、そっと目を閉じた。

 それが、私の答えだった。

 

 ゆっくりと、きらりの顔が近づいてくるのが、瞼越しにでもわかった。ふわりと、シャンプーの香りとは違う、きらりだけの匂いがして、心臓が大きく跳ねる。

 

「んっ…」

 

 唇に柔らかくて、あたたかいものが、そっと触れた。触れたのは、ほんの一瞬。なのに、唇に灯った小さな熱が、じわりと全身に広がっていくようだった。胸の奥にあった冷たくて硬い何かが、春の雪みたいに、ゆっくりと溶けていく。

 

 ゆっくり離れていく顔。少しだけ名残惜しくて、その唇を目で追いかけていると、至近距離で、潤んだ真紅の瞳と視線がかち合った。

 

 時間の流れが、おかしい。胸の奥が、もっと、と欲しがっている。このままずっと、こうしていたいって。

 

(わたし、へんだ…)

 

 どうしようもなく高鳴る鼓動を隠すように、私は必死で言葉を探した。

 

「きらり、顔真っ赤、だよ」

「……人のこと言えないだろ」

 

 きらりに指摘されて、自分の頬に触れてみる。火傷しそうなくらい、熱かった。

 そんな私を、きらりは愛おしそうに目を細めて見つめ、私の手をもう一度、ぎゅっと握りしめた。

 

「誰かを好きになるな、なんて言わない。……けど、私がお前のこと好きだってことだけは、忘れないでくれないか」

 

 その言葉が、切なく胸に響いた。

 忘れるわけないよ。こんなの、絶対に忘れられるわけがない。私は頷いて、きらりの手にそっと小指を絡めた。

 

「約束するよ。嘘ついたら」

「針千本、飲ますからな」

 

 私の言葉を、きらりが真剣な声で引き継ぐ。絡めた指にきゅっと力がこもった。私たちは、子供みたいに指を切り、そして、離した。

 

「もう、時間か」

 

 きらりは、名残惜しそうにしながらも、ちらりと壁の時計を見上げ、去り際に、きらりは私の額にそっと唇を寄せた。

 

 

「……またな、柚華」

 

 扉に向かっていく背中。

 きらりは一度だけ振り返ると、泣き出しそうなのを堪えた、最高の笑顔で手を振った。

 

(これで、ほんとに最後なんだ)

 

 それが、私の心に張り詰めていた糸をぷつりと断ち切った。引き留めたい気持ちをもう、抑えきれなかった。

 

「っ、きらりのこと忘れないから…!」

 

 喉の奥から絞り出した、ほとんど叫び声のような私の言葉。

 

 扉に向かっていたきらりが目を見開いて振り返り、一瞬驚いた後、本当に嬉しそうに、でも泣きそうに、くしゃっと笑った。

 

 その顔が最後に見えたきらりの顔だった。

 

 

 バタン、と無機質な音を立てて扉が閉まる。

 

 病室に訪れた静寂に、私は一人、締め付けられるような胸の痛みを感じていた。

 

(忘れたくないな)

 

 胸を締め付けるような寂しさと、唇に残る甘い熱。思い出すだけで、心臓がうるさくて、泣きたくなるほどの、この気持ち。

 

 また会える日まで、この胸の痛みのひとかけらでも、ちゃんと憶えていられたらいいのに。

 

 そう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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