君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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25話 亀裂

   

 

 きらりと別れた次の日、私はベッドの上で燃え尽きていた。昨日の光景が、何度も頭の中で繰り返される。

 

『どうして、あの子と一緒にいたんだい?』

『一体、何があったのか、正直に話してくれ』

『ゆ・ず・か・くん?無茶しないって先生に言ったよね?』

『柚華ちゃんしばらく外出禁止だからね』

 

 警察、児童相談所、先生たち。代わる代わる投げつけられる質問のシャワーを浴びて、私の心は昨日一日で搾りかすのようにシワシワになってしまった。

 

 そして大人たちの審議の結果、私には『単独での外出禁止』という釘が刺された。

 

(……完全に問題児扱いされてる)

 

 

 しかし、事件そのものは驚くほどとんとん拍子に片付いた。

 

 あくまで、きらりの母親が〝悪〟に見えるよう、誠さんが加害者に見えないように、と彼には手を出さないようにお願いしていた。

 その結果私が怪我をして、彼に罪悪感を抱かせてしまったのは申し訳ないと思うけど、きらりの母親を現行犯で逮捕できたのは、たぶん〝それ〟のおかげだ。

 

 代償として、誠さんだけでなく雅やお姉ちゃんたちにも散々叱られて、私は肩身の狭い思いでいるんだけどね……。

 

 

 そんな息の詰まる日々の静寂を破ったのは、スマートフォンの無機質な通知音だった。画面に表示された『祖父』の二文字に、心臓が小さく跳ねる。

 

『今回の事件、罰としてお前の〝許婚(いいなずけ)〟に相応しい人間をこちらで決める』

 

(──い、いいなずけ!?)

 

 危うく声をあげるところだった。

 添付ファイルを開くと、見知らぬ壮年の男性の写真。プロフィール欄には中国の資産家、25歳との記載があった。

 

(……冗談でしょ。江戸時代じゃないんだから)

 

 まだ小学生の私に、結婚相手を決めようだなんて今の時代に狂っている。お祖父様の思考回路は、やっぱり常識の外にあるようだった。

 

『絶対に嫌です』

 

 迷いなく送信ボタンを押した。

 お祖父様は向こうの国にパイプを作りたいんだろうけど、それに私を利用するのはやめて欲しい。それに、私だっていつかは同じ国の人と、年の近い人と、普通の恋がしたい。

 

 そう思った時、ふと胸がちくりと痛んだ。

 

(……きらり)

 

 受け入れるつもりはないけど、私も知らない場所で私の許婚が決まりそうだよ……。

 

『柚華の人生は柚華のもんだろーが!!』

 

 頭の中のきらりが、ぐるぐる威嚇している姿が目に浮かんだ。きっときらりなら私の代わりに怒ってくれるだろうなぁ。

 

(また、会えたらいいのに……)

 

 ふと、あの告白を思い出した。

 衝動的なキス、優しい声、熱い手のひら。あんなに思いをストレートに伝えられたのは初めてだった。人生初めての告白が、同姓の友達からで、キスまで済ませることになるとは思わなかったけど、嬉しかったな。

 気づけば、私の心はもう、きらりのことでいっぱいだった。

 

 

「何か考え事?」

「ひゃうっ……!?」

 

 耳にふわりと温かい息がかかり、素っ頓狂な声をあげる。思わず耳を手で押さえると、息がかかるほどの至近距離に、真央の顔があった。

 

「その指、なに?」

 

 真央の視線が、私の唇に注がれる。そこでようやく、自分の唇に指で触れていたことに気づき、慌てて手を下ろした。

 

「こ、これは、なんでもな」

「キス」

「え"っ!?」

「の、天ぷらって美味しいわよね」

「そそ、そうなんだ。あはは…食べたことないなー」

 

 だらだらと冷や汗をかく私を見つめる真央の瞳は、嘘を暴こうとする検事のように鋭い。

 

 待って待って……冷静に考えて、キスのてんぷらの話題をピンポイントですることって、ある?

 

 あの場には誰もいなかったはずだけど。もしかして真央、私ときらりのこと何か知ってるのかな…?

 

 

「何か、私に隠し事してない?」

「そ、れは……」

「きらりと、何かあった?」

 

 確信に満ちた、冷たい響き。そのまっすぐな瞳から、私はもう逃げられなかった。

 嘘は、つきたくない。

 

「……うん」

 

 私が、頬を染めながらそう答えた瞬間。

 真央の瞳から光が消えた。蝋燭の火が、すっと

吹き消されたみたいに。

 

「そう」

 

 短い返事と共に、私の肩にずしり、と重みがかかる。真央がそっと頭を預けてきた。

 

「真央?」

 

 返事はない。ただ、長い沈黙が流れる。

 触れた体温は、きらりの熱とは違う、少しひんやりとした温度だった。真っ黒な瞳は、虚ろに宙を見つめている。

 

「なんでも、ないから」

 

 ぽつりと呟かれた声は、ひどくか細い。

 嘘だって言いたかった。だって、私のベッドのシーツを掴むその手は、白くなるほど強く、強く握りしめられていたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆

 

 

 

 あれから数日、私と真央の間には見えない壁ができてしまった。

 

 真央は、私と決して目を合わせようとしないし、私は何と声をかければいいかわからない。そんな重苦しい沈黙を壊そうと、一番頑張ってくれているのは、睦美ちゃんだった。

 

「アッキーがね、この前飼ってる猫ちゃんの写真くれたんだー!」

「わっ、かわいい」

「……そうね」

 

 睦美ちゃんの明るい声が、虚しく響いては消えていく。真央の瞳は、窓の外の景色を映すだけで、何の感情も浮かべてはいなかった。

 

 そして、私の心を重くさせているのは、それだけではない。

 

 ピロン、と再びスマホの通知が鳴る。

 お祖父様とのトーク画面をスクロールするたび、更新されていく候補者の情報に、私は深いため息をついた。

 

No.1:22歳 石油王(サウジアラビア)

No.2:31歳 市議会議員(日本)

No.3:40歳 IT企業CEO(アメリカ)

 

 お祖父様は本気で選んでいるのだろうか。最後の候補者なんて、ふざけているとしか思えない。私を小児性愛者に売り渡すつもりなのかな。

 

 

『全員チェンジでお願いします』

 

 淡々と返信を打ちかえす、その時だった。

 

 

「やっほー」

 

 ひょっこりと病室に顔を出したのは、星メガネの変人こと本郷先生だ。

 

「やあやあ、ガールズトーク中かい? いい知らせを持ってきたから先生も混ぜて欲しいなー」

 

 相変わらずの軽口を叩きながら、先生は私のベッドサイドに近づいた。

 

「いい知らせ、ですか?」

 

 私が首を傾げると、先生はニンマリ笑って勢いよく答えた。

 

「そう!柚華くんのリハビリ病棟への移動が2週間後に確定したんだよ」

 

「え、本当ですか…!?」

「やったじゃん、ゆずちん!」

 

 ようやく本格的なリハビリが始まる。歩けるようになるかはここで決まると言っても過言ではない。待ちに待った展開に、睦美ちゃんと手を取り合って喜ぶ私。

 けれど、真央だけは違った。

 

「……良かったわね」

 

 温度のない平坦な声。

 その一言で、部屋の空気がシンと凍りついた。

私と睦美ちゃんが顔を見合わせていると、その様子に気づいた本郷先生が、フォローするように言った。

 

「移動と言っても、病棟は廊下で繋がれてるし、プレイルームと庭は共同だから、心配しなくてもいつでも会えるからね」

 

 本郷先生は珍しく困ったように笑っていたが、先生の優しい言葉も、今の真央には届いていないようだった。

 

「真央っち……?」

 

 睦美ちゃんが心配そうに声をかける。

 しかし、真央は見向きもせず、血の気を失った顔で、ただじっと、私を見つめていた。

 

 その日を境に、真央の中の何かが静かに、けれど確実に壊れていった。

 

 そして、今ならわかる。

 あれが全ての始まりだったのだ。

 

 ああ、どうして私はあの時、真央のことをわかってあげられなかったのだろう。私が間違えていなければ、あんなことにはならなかったのかもしれないのに──。

 

 

 

 

 

 

 

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