君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
きらりと別れた次の日、私はベッドの上で燃え尽きていた。昨日の光景が、何度も頭の中で繰り返される。
『どうして、あの子と一緒にいたんだい?』
『一体、何があったのか、正直に話してくれ』
『ゆ・ず・か・くん?無茶しないって先生に言ったよね?』
『柚華ちゃんしばらく外出禁止だからね』
警察、児童相談所、先生たち。代わる代わる投げつけられる質問のシャワーを浴びて、私の心は昨日一日で搾りかすのようにシワシワになってしまった。
そして大人たちの審議の結果、私には『単独での外出禁止』という釘が刺された。
(……完全に問題児扱いされてる)
しかし、事件そのものは驚くほどとんとん拍子に片付いた。
あくまで、きらりの母親が〝悪〟に見えるよう、誠さんが加害者に見えないように、と彼には手を出さないようにお願いしていた。
その結果私が怪我をして、彼に罪悪感を抱かせてしまったのは申し訳ないと思うけど、きらりの母親を現行犯で逮捕できたのは、たぶん〝それ〟のおかげだ。
代償として、誠さんだけでなく雅やお姉ちゃんたちにも散々叱られて、私は肩身の狭い思いでいるんだけどね……。
そんな息の詰まる日々の静寂を破ったのは、スマートフォンの無機質な通知音だった。画面に表示された『祖父』の二文字に、心臓が小さく跳ねる。
『今回の事件、罰としてお前の〝
(──い、いいなずけ!?)
危うく声をあげるところだった。
添付ファイルを開くと、見知らぬ壮年の男性の写真。プロフィール欄には中国の資産家、25歳との記載があった。
(……冗談でしょ。江戸時代じゃないんだから)
まだ小学生の私に、結婚相手を決めようだなんて今の時代に狂っている。お祖父様の思考回路は、やっぱり常識の外にあるようだった。
『絶対に嫌です』
迷いなく送信ボタンを押した。
お祖父様は向こうの国にパイプを作りたいんだろうけど、それに私を利用するのはやめて欲しい。それに、私だっていつかは同じ国の人と、年の近い人と、普通の恋がしたい。
そう思った時、ふと胸がちくりと痛んだ。
(……きらり)
受け入れるつもりはないけど、私も知らない場所で私の許婚が決まりそうだよ……。
『柚華の人生は柚華のもんだろーが!!』
頭の中のきらりが、ぐるぐる威嚇している姿が目に浮かんだ。きっときらりなら私の代わりに怒ってくれるだろうなぁ。
(また、会えたらいいのに……)
ふと、あの告白を思い出した。
衝動的なキス、優しい声、熱い手のひら。あんなに思いをストレートに伝えられたのは初めてだった。人生初めての告白が、同姓の友達からで、キスまで済ませることになるとは思わなかったけど、嬉しかったな。
気づけば、私の心はもう、きらりのことでいっぱいだった。
「何か考え事?」
「ひゃうっ……!?」
耳にふわりと温かい息がかかり、素っ頓狂な声をあげる。思わず耳を手で押さえると、息がかかるほどの至近距離に、真央の顔があった。
「その指、なに?」
真央の視線が、私の唇に注がれる。そこでようやく、自分の唇に指で触れていたことに気づき、慌てて手を下ろした。
「こ、これは、なんでもな」
「キス」
「え"っ!?」
「の、天ぷらって美味しいわよね」
「そそ、そうなんだ。あはは…食べたことないなー」
だらだらと冷や汗をかく私を見つめる真央の瞳は、嘘を暴こうとする検事のように鋭い。
待って待って……冷静に考えて、キスのてんぷらの話題をピンポイントですることって、ある?
あの場には誰もいなかったはずだけど。もしかして真央、私ときらりのこと何か知ってるのかな…?
「何か、私に隠し事してない?」
「そ、れは……」
「きらりと、何かあった?」
確信に満ちた、冷たい響き。そのまっすぐな瞳から、私はもう逃げられなかった。
嘘は、つきたくない。
「……うん」
私が、頬を染めながらそう答えた瞬間。
真央の瞳から光が消えた。蝋燭の火が、すっと
吹き消されたみたいに。
「そう」
短い返事と共に、私の肩にずしり、と重みがかかる。真央がそっと頭を預けてきた。
「真央?」
返事はない。ただ、長い沈黙が流れる。
触れた体温は、きらりの熱とは違う、少しひんやりとした温度だった。真っ黒な瞳は、虚ろに宙を見つめている。
「なんでも、ないから」
ぽつりと呟かれた声は、ひどくか細い。
嘘だって言いたかった。だって、私のベッドのシーツを掴むその手は、白くなるほど強く、強く握りしめられていたから。
◇◆◇◆
あれから数日、私と真央の間には見えない壁ができてしまった。
真央は、私と決して目を合わせようとしないし、私は何と声をかければいいかわからない。そんな重苦しい沈黙を壊そうと、一番頑張ってくれているのは、睦美ちゃんだった。
「アッキーがね、この前飼ってる猫ちゃんの写真くれたんだー!」
「わっ、かわいい」
「……そうね」
睦美ちゃんの明るい声が、虚しく響いては消えていく。真央の瞳は、窓の外の景色を映すだけで、何の感情も浮かべてはいなかった。
そして、私の心を重くさせているのは、それだけではない。
ピロン、と再びスマホの通知が鳴る。
お祖父様とのトーク画面をスクロールするたび、更新されていく候補者の情報に、私は深いため息をついた。
No.1:22歳 石油王(サウジアラビア)
No.2:31歳 市議会議員(日本)
No.3:40歳 IT企業CEO(アメリカ)
お祖父様は本気で選んでいるのだろうか。最後の候補者なんて、ふざけているとしか思えない。私を小児性愛者に売り渡すつもりなのかな。
『全員チェンジでお願いします』
淡々と返信を打ちかえす、その時だった。
「やっほー」
ひょっこりと病室に顔を出したのは、星メガネの変人こと本郷先生だ。
「やあやあ、ガールズトーク中かい? いい知らせを持ってきたから先生も混ぜて欲しいなー」
相変わらずの軽口を叩きながら、先生は私のベッドサイドに近づいた。
「いい知らせ、ですか?」
私が首を傾げると、先生はニンマリ笑って勢いよく答えた。
「そう!柚華くんのリハビリ病棟への移動が2週間後に確定したんだよ」
「え、本当ですか…!?」
「やったじゃん、ゆずちん!」
ようやく本格的なリハビリが始まる。歩けるようになるかはここで決まると言っても過言ではない。待ちに待った展開に、睦美ちゃんと手を取り合って喜ぶ私。
けれど、真央だけは違った。
「……良かったわね」
温度のない平坦な声。
その一言で、部屋の空気がシンと凍りついた。
私と睦美ちゃんが顔を見合わせていると、その様子に気づいた本郷先生が、フォローするように言った。
「移動と言っても、病棟は廊下で繋がれてるし、プレイルームと庭は共同だから、心配しなくてもいつでも会えるからね」
本郷先生は珍しく困ったように笑っていたが、先生の優しい言葉も、今の真央には届いていないようだった。
「真央っち……?」
睦美ちゃんが心配そうに声をかける。
しかし、真央は見向きもせず、血の気を失った顔で、ただじっと、私を見つめていた。
その日を境に、真央の中の何かが静かに、けれど確実に壊れていった。
そして、今ならわかる。
あれが全ての始まりだったのだ。
ああ、どうして私はあの時、真央のことをわかってあげられなかったのだろう。私が間違えていなければ、あんなことにはならなかったのかもしれないのに──。