君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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27話 催涙雨

 

 

 

 

『もう話しかけてこないで。迷惑だから』

『私は、あなたのことなんて嫌いよ』

『友達だなんて、思ったこともない』

 

 真央の放った言葉のナイフが、夢の中で何度も私を切り刻む。

 そんな悪魔からはっと目を覚ましたとき、病室の壁は夕焼けで赤く染まっていた。

 

(寂しいなぁ……)

 

 真央と言い合いをしてから一週間。

 私たちは互いに口を開くことはなかった。隣のベッドの真央は、本を読んだり、窓の外を眺めたりで、その視線を私に向けることはない。

 あの冷たい瞳を思い出し身震いする。跳ね除けられた手の甲は、今もまだひりひりと痛む気がした。痛みを辿るように手の甲に触れると、ふと、私のベッドに背の高い影が落ちる。

 

「やっほー柚華くん」

「……本郷、先生」

 

 見上げた先には、逆光を帯びながら静かに私を見下ろす先生がいた。

 いつからそこにいたんだろう。先生は何も言わずにそばにあったパイプ椅子を引き寄せ、ぎしりと音を立てて座る。

 そして、あまりにもストレートな問いを私に投げかけた。

 

「真央くんのこと嫌いになった?」

 

 意地悪な質問に私は力なく笑う。嫌いになれてたらこんなに悩んでないし、睡眠不足にもなってない。

 

「……好きだから、辛いんですよ」

 

 ため息と共にこぼれ落ちた本音。

 先生の私を見る目は、哀れみと、心配と、別の色の複雑な何かが混じっていた。

 

「……先生は、二人の仲を取り持つようなことはしないよ。でもね、君たちが後悔しない選択をしてほしいとは思うんだ」

 

 クマのぬいぐるみ──クマ五郎を私の膝に座らせた先生は、まっすぐに私を見ていた。

 

「柚華くんは、もっと、もっと、悩むといいよ」

 

 その言葉に私は顔を上げる。

 これ以上傷つきたくなくて、自分の心を守るようにクマ五郎をギュッと抱きしめた。

 

「……辛いだろうけど。それが、真央くんにとってもキミにとっても必要なことだから」

 

 その言葉は全てを見透かしているようだった。

 先生はゆっくりと立ち上がると、最後にふっと表情を緩める。

 

「でも、無理はしないようにね」

 

 ひらひらと手を振り、背を向ける本郷先生。

 その足は真央のベッドを仕切るカーテンの方へ向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 私は先生の言うとおり、あれから何度も、何度も、真央のことを考えた。

 

 話しかけようとして、真央のベッド周りを意味もなく車椅子でうろついた日。ただ本を読む彼女の背中をじっと見つめていた日。いっそのこと、私は何もしない方がいいんじゃないかって、本当に何もしない日もあった。

 

 けれど、何をしても手応えはなくて、余計にわからなくなって。それでも、目を閉じると、真央と過ごした色鮮やかな記憶が蘇る。

 

 

『あ、真央っちピーマン残してる!!』

『……ピーマンは食べ物じゃないからセーフよ』

『お前はピーマン農家に今すぐ謝れ!』

 

 嫌いなピーマンを残して、子供みたいな言い訳をする真央の横顔。

 

『真央って猫好きだよね』

『LINEアイコンも猫だしな』

『まあ、嫌いじゃないだけよ』

 

 なんて興味なさげに言ってたのに、黒いネコちゃんのぬいぐるみをこっそり隠し持ってたり。

 

『すごい数のお守りだね』

『……ああ、これね。母さんが神社見るたびに買ってくるの。こんなに買っても意味ないのにね』

 

 そうやって呆れたふりをしながらも、一つ一つどこの神社のものかも覚えてて、ちゃんと大事にしてたり。

 

『みんな退院したらさ海でもいこーぜ!イルカ見つけてウィーリーしてやるよ!』

『じゃー睦美はクジラさんに乗るー!!』

『私はパス』

『え、真央も行こうよ』

『……はぁ、仕方ないわね。あんたが行くなら、行ってあげてもいいわ』

 

 そう言って、仕方なさそうに片眉を上げて笑いかけてくれた真央。私だけに向けられたあの不器用な優しさ。

 

(あんなに、優しかったのに)

 

 どうして、なんでって、そんなことを考えて。

 1日、また1日と時間が過ぎていく。

 

 

 

 ──そして、気づけば7月7日になっていた。

 明日は、私が103号室を去る日だった。それなのに、真央とはまだ一言も話せていない。

 

(このまま、お別れなのかなぁ……)

 

 そんな現実から逃げるようにプレイルームへ向かうと、そこは珍しく人の声で賑わっていた。

 笹の葉がさらさらと揺れ、色とりどりの短冊が飾られている。子供たちの希望に満ちたその光景が、今の私にはひどく遠い世界の出来事のように思えた。

 

 私はその光から目を背けるように、隅にある大きな窓へと車椅子を寄せる。

 外は夕暮れ。燃えるような茜色の光が差し込む中で、天気雨がきらきらと世界を包んでいた。

 

 七夕に降る雨といえば──催涙雨。雨が降ることによって天の川に橋がかからず、会えなくなった織姫と彦星の涙と言われている。

 

(……今の、私みたいだ)

 

 明日になれば病棟という天の川が、私と真央を隔てる。そうなったら、きっと真央はもう私と話してくれない。もう二度と、一緒に──。

 

 

「柚華さん。そんなところで、一人でいていいんですか」

 

 少年の澄んだ声。

 振り向くと、そこには奇妙な顔ぶれが集っていた。睦美ちゃん、太陽くん、そしてなぜか本郷先生まで。三人は、まるで最後の作戦会議に臨むみたいに真剣な顔で私を見つめていた。

 

「大丈夫だよ、ゆずちん!」

 

 睦美ちゃんが混乱している私の前に回り込み、両手で私の手をぎゅっと握りしめる。

 

「真央っちが、本気でゆずちんを否定するわけないじゃん!あんなに仲良しだったんだから、きっと、いや絶対に戻れるよ!!」

 

 睦美ちゃん……。

 103号室のあの日々を一緒に過ごした彼女がそう言ってくれるなら。私の心に、ほんの少しだけ光が差す。

 

「だが、感傷だけでは状況は変わらないよ」

 

 その光を少し意地悪な声が遮った。

 

「真央くんと話すのが怖いんだろう。大丈夫、向こうも同じさ。真央くんの気持ちがキミにわからないのと同じように、キミの本音も、向こうには伝わっていない。怖いのはお互い様だ。だったら──当たって砕けるしかないよ!」

 

「く、砕けちゃダメじゃないですか…!?」

 

 私のツッコミに先生は無責任に笑う。

 すると、今度は太陽くんが先生の言葉を引き継ぐように身を乗り出した。

 

「そうですよ柚華さんっ! 諦めちゃダメです! 言葉でわからないならっ、行動で示すしかありません!」

 

 その小さな身体から発せられる、熱い言葉。

 

「……言葉じゃ伝わらないことだって、絶対にあると思うんです!」

 

 ──行動で。

 今まで必死に言葉を探して、それでも届かなくて。

 なのに、その先にまだ方法があるっていうの?

 

 私はごくりと喉を鳴らした。

 

「その〝行動〟って……?」

 

 私の問いに、三人は示し合わせたように顔を合わせ、にやりと笑った。

 

「「「それは、もちろん──」」」

 

 

 

 

 

 

 

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