君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
一般病棟での二日目の朝が来た。
昨日、賭けに大勝利した私はすっかり103号室の一員として歓迎され、喉がカラカラになるまでおしゃべりをした。
そして今日も、睦美ちゃんが私のベッドのそばに陣取って、質問攻めが始まる。
「ねーねーやっぱりモデルやってるの?」
「やってないよ…?」
「うそだろ、その顔で?もったいな!」
睦美ちゃんがキラキラした顔で聞いてくるけど、残念ながらそのような事実はない。
一方、きらりちゃんは頬をツンツンつついて、じっとこちらを見ている。
うぅ…恥ずかしい。まだお風呂にも入れていないボサボサの頭だから余計に…。
私は、そわそわしながらシーツの端を握った。
「…私より、お姉ちゃんの方がずっと綺麗だよ」
お姉ちゃんは、どこを歩いていてもスカウトされるような人だ。私もつい見惚れちゃうくらいかわいい。
ついでに、という感じで私も名刺をもらうことはあったけど、その度にお姉ちゃんが「妹に変なこと言わないで」と、私の前でビリビリに破り捨てるのがお決まりだったからなぁ。
「ふーん。貴方の親、芸能人か何か?」
今まで黙って本を読んでいた真央ちゃんが、顔を上げずに呟く。
「…いや、どっちも普通の人だよ」
「へぇー何してんの?」
きらりちゃんが、松葉杖をベッドの脇に立てかけながら身を乗り出してきた。
「…病院の経営してるって言ってたかな」
私の言葉に、一瞬の沈黙が落ちる。
それを破ったのは、睦美の大きな声だった。
「え!ゆずちんお嬢様じゃん…!!」
「ゆ、ゆずちん…?」
「あだ名!あーいいなぁ、あたしお嬢様とかちょー憧れなの!あ、私もムッツーとか、むつみんって呼んで良いからね!」
目を輝かせる睦美の隣で、真央ちゃんが納得したように頷いている。
「どうりで、頭もいいし、顔もいいわけだ」
「本当に、そんなことないんだけどな…」
だって、私の幼馴染には、絵本の中から抜け出してきたような、本物のお嬢様がいるのだから。
親友の『
彼女をお嬢様と言わずして、誰をお嬢様と言うのだろう。
「友達に、本当のお嬢様がいるから。その子と比べたら…私の家も裕福ではあるけど、お嬢様っていう感じじゃないよ」
「はぇーなんか住んでる世界が違うな」
きらりちゃんが心底感心したように言った。
「もしかして金髪縦ロール?」
「金髪だけど、縦ロールじゃないよ」
「縦ロールじゃないのね…」
興味津々な真央ちゃんにそう告げると、残念そうに肩をすくめる。お嬢様といえば縦ロールだもんね。
「じゃあさ、じゃあさ!ゆずちん、告白されたことあるでしょ!?」
睦美ちゃんが、とんでもない爆弾を投下する。
話題変わりすぎじゃない!?
「うわ!まじかっ、それ聞くか!!」
「ないっ!本当にそれはないから!」
「嘘よ。絶対あんた告白されたことあるでしょ」
真央ちゃんまで、本を閉じて話に乗ってくる。
「誰がそんな悲しい嘘つくの!」
学校ではいつも雅ちゃんと一緒にいたから、男の子と話す機会なんてほとんどなかった。
一度だけ、下駄箱に手紙が入ってたことはあるけど、悪戯だったみたいだったし。
「どうせ、バレンタインに逆チョコでも貰ってるんでしょ」
「きゃーステキ!」
「マジか!?」
「だからないってば!」
103号室のボルテージが最高潮に達したその時、病室のドアがスッと静かに、しかし有無を言わせぬ迫力で開いた。
「──その恋バナ私も気になるけど…みんな、ここが病院だってこと忘れてないかな?」
そこに立っていたのは、笑顔の佐倉さん。
でも、その目は全く笑っていなかった。
「「「「…ご、ごめんなさーい…」」」」
私たち四人の声が、情けなくハモる。
こうして、103号室の恋バナは、一瞬にして幕を下ろしたのだった。
◇
「いやぁ、散々な目にあったな」
「本当にね。私まで怒られたじゃない」
あれからしばらく経っても、2人はぶつぶつと文句を言い合っていた。
真央ちゃんはすっかり本を読む気をなくしたらしく、きらりちゃんのベッドに腰掛けて、先ほどの件について愚痴をこぼしていた。
「あ、待って今日、あの人がくる日じゃん」
「…あーそうだったわ。完全に忘れてた」
「あの人…?」
誰のことだろう、と私のベッドのそばに座っていた睦美ちゃんに、こっそり尋ねる。
「ああ、そっかゆずちんはPICUに居たから会ったことないんだっけ。あの人っていうのは、
コンコン、睦美ちゃんの言葉を遮るように、病室のドアが軽くノックされる。
「噂をすれば影が差す、ね」
ガラガラとゆっくりドアが開く。
そこに立っていたのは──不審者だった。
「ハァーイ!みんなこんにちはー君たちの心に寄り添うパートナー。臨床心理士の
「!?」
な、なな、なんだこの人!?
星型のサングラスをかけた、やけに背の高い白衣の女性が、くたびれたクマのぬいぐるみを小脇に抱えて立っている。
アイドルの前口上みたいなのを自でやってのけたその人は、センター分けにした緑がかった短い茶髪を、ハーフアップでまとめている。
その出で立ちは、不審者か、さもなければマッドサイエンティストだ。
「ぶはっ!柚華めっちゃ引いてるじゃん!」
「当たり前でしょ。普通、こんな先生いるとは思わない」
きらりがお腹を抱えてヒーヒー笑い、真央が呆れたようにため息をつく。
「やあやあ、新入さんは君だね?こんにちは」
本郷先生は、私たちの反応など全く意に介さずニコリと隙のない笑みを浮かべた。
「あ、こんにちは。松村柚華です…」
「柚華くん!いい名前だねぇ!」
初めて会うタイプの大人に困惑しながらも、なんとか返事をする。
「あれれ?先生警戒されちゃってる?」
「当たり前でしょ」
「だって、見た目不審者じゃん」
「先生のこと警戒しない子供がいたら、逆に心配だよ?」
真央、きらり、睦美が、口々に容赦ない言葉を浴びせる。先生にそんな言っていいんだ…。
「うぅ…患者さんにいじめられるよぉ…」
そう言って、先生は抱えていたクマのぬいぐるみで顔を隠して、しくしくと泣き真似を始めた。
(う、胡散臭い…。なんて、胡散臭い人なんだ…!)
「ま、冗談はこのくらいにしてと」
けろりとした顔でぬいぐるみを下ろすと、本郷先生は私の手元にあるウーパールーパーのキーホルダーを指差した。
「そのキーホルダーいいね。君、私と趣味が合うのかもしれない」
そして、私の目をまっすぐ見て、にっと笑う。
「これから君と、たくさんお話したいと思ってるんだ。だから、また明日もここに来ていいかな?」
それは、今までのおふざけとは全く違う、静かで、真摯な声だった。
私は、そのギャップに少し驚きながらも、こくりと小さく頷いた。
「やったぁ。じゃあ、また明日来るね」
わーいとさっきまでの真剣な表情をどこかへやって、るんるんスキップしながら帰ってった本郷先生。
本当に嵐みたいな人だったな…。
「…まぁ、害はないわよ」
私が呆然としていると、真央ちゃんがぽつりと呟いた。
「そ。手品とか見せてくれるしな。まぁ…めっちゃ下手くそで超失敗するんだけどさ」
「そうそう。本当にいい人なんだよ。…プレイルームでカラオケ大会を勝手に開いて、看護師長さんに怒られてたことを除けば」
「本当に大丈夫なひとなの…それ?」
みんなが口々にフォロー(?)を入れてくあたり、悪い人じゃないのは本当みたいだ。
(それにしても、今までよく保護者からクレームが入らなかったな…。父方の祖母が見たら、卒倒してしまいそうな人だったけど)
「あんなのクレームだらけに決まってるでしょ」
真央が、私の心を読んだかのように、こともなげに言った。
「え、でも、普通に働いてるよね…?」
「まあ、そういうことよ」
真央は、閉じていた本を再び開きながら、静かに続けた。
「あの人をクビにしろっていう意見より、『あの先生がいないと困る』っていう、意見の方が多かった。ただ、それだけのこと」
私の知らない、本郷先生の顔。
飄々とした態度の裏に隠された、本当の姿があるのかな。
もしそれを知ることができたなら、私もいつか、あの人とちゃんとお話しできるようになるのだろうか。