君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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7話 103号室緊急会議

 

 

 

 

 

 誰を憎めばいいのか、わからなかった。

 犯人がもう捕まったと聞いて、私の怒りは行き場をなくして宙に消えた。

 

 そして、両親の死を突きつけられて、初めて漠然とした恐怖を感じていた。事故に遭う前は、考えたこともなかった種類の不安の類だ。

 

 お姉ちゃんたちは怪我してない?

 私たちの帰る家は、どこになるんだろう?

 お父さんと約束した、あの中学校の受験は?

 私の将来は、どうなってしまうんだろう?

 

 次から次へと浮かぶ不安に、頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。

 

 強く、強く目を閉じる。

 今は何も考えたくない。涙も出てこない。

 ただ、心臓が凍りついたみたいに、冷たいだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 一方、その頃のプレイルーム──。

 

 プレイルームとは、小児病棟の子供たちが、患者であることを少しだけ忘れられるようにと作られた、ささやかな交流の場である。

 

 看護師の佐倉さんに促され、重い足取りでやってきた103号室の三人は、テレビに繋がれた携帯型ゲーム機でレースゲームを始めていた。

 

「あっ、真央おまえ、抜かすなよっ!…って、なんだそのショートカット!?汚ねぇぞ!」

「ちんたら走ってるのが悪いのよ。はい、プレゼント」

「うわっ、赤甲羅!?」

 

 画面の中では、苛烈なバトルが繰り広げられていた。

 最初はきらりが一位で独走していたが、隠しルートを見つけた真央はショートカットでトップに躍り出る。きらりは舌打ちしながら、必死にその後ろを追いかけた。

 一方、操作方法がわからない睦美のカートは、スタートラインでダートに入り続けていた。

 

「でっ、リーダーの見解は?」

 

 きらりが、コントローラーを激しく操作しながら真央に問う。

 

「様子見。って言いたいとこだけど…放置しておくのは、マズいかもね」

 

 カチャカチャ、とスティックの音だけが響く。真央の視線は、画面の一点に集中したままだ。

 

「…やべー雰囲気だったよな。柚華、泣いてたし。私たち、あそこにいちゃダメだったか?」 

「それは仕方ないでしょ。それより、あの先生たちの様子だと…やっぱり、家族と事故にでも遭ったのかも」

 

 だんだんとゲームに集中できなくなってきたきらりは、ちらりと真央の横顔を窺う。

 

「…なんか、珍しいな。真央がそんな風に人のこと詮索するなんて」

「……あの子が昨日、魘されてたから。…それに、ううん。やっぱりなんでもない」

 

 真央が何かを言いかけて、やめる。

「そこまで言ったなら言えよ」と不服そうなきらりに、真央は深いため息をついて、初めて画面から目を離した。

 

「…話してもいいけど、覚悟はあるの?」

 

 その瞳は、ゲームの中のキャラクターではなく、もっとずっと暗くて、重いものを見ていた。

 

 この年で長期入院している子供は、誰もが何かを抱えている。ここにいる103号室の面々も、もちろん同じだ。

 その言葉の意味を理解したきらりは、口を噤んだ。ただの好奇心だけで、踏み込んではいけない領域がある。

 

 

「だけど──」

「んもう!二人とも水臭いんすよー!」

 

 突然、最下位独走中の睦美がコントローラーを床に置き、勢いよく立ち上がった。

 

「私はその覚悟あるよ!」

 

 堂々と宣言した睦美に、2人はポカンとする。

 

「ゆずちんが困ってたら助ける!そうじゃなくっても、誰かが支えてあげないとダメ!…それは、私たちが一番わかってることじゃんか!」

 

 小さな身体で精一杯叫んだ。

 それは、大きな病気と戦い続ける、睦美自身の本心だった。

 

 真剣な睦美の瞳に、きらりと真央は顔を見合わせる。

 

「…睦美。あんた、たまには良いこと言うわね」

「だな!よし、決まりだ!柚華も今度連れてこよーぜ!さすがに睦美より下手なこたねぇだろ!」

 

「はぁ!?ほんっと、この部屋口悪い人しかいない!私のオアシスはゆずちんだけなんだからーっ!」

 

 ぷんすかと頬を膨らませる睦美に、二人の笑い声が重なった。

 重く沈んでいたプレイルームの空気が、ほんの少しだけ、軽くなった気がした。

 

 

「よし!んじゃ、柚華が戻ってきたら、なんかパーっと元気づけてやろうぜ!」

「ダメに決まってんでしょバカ」

 

 善意100%のきらりの案を、ため息をついた真央がすぐさま切り捨てる。

 

「落ち込んでる時に馬鹿騒ぎしてる奴いたら殴りたくなるわ」

「うんうん。睦美もそれはやだなぁ」

「物騒すぎるだろお前ら…」

 

 ぶーぶーと不満をあらわにするきらりに、真央は静かに答えた。

 

「私たちはただ、味方でいるって、1人じゃないって示してあげるだけ。ずっとくっつかれてたら、1人で考えることさえできないでしょう」

「「おー」」

 

 きらりと睦美が、感心したように声を漏らす。

 

「何よその反応」

「いやぁ、真央っちがめずらしく熱いこと言ってるなーって!」

「意外といいやつだよなコイツ」

 

 からかう二人に、真央は「うるさい」と呟いてからゲームを終了させた。

 

「それじゃあ、今から103号室緊急会議(カンファレンス)開始よ」

 

 こくりと真剣な顔で2人は頷く。

 103号室の第一回緊急会議(カンファレンス)はこうして始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 

「……もう少し、待った方がいいかな」

 

 プレイルームのドアの前で、看護師の佐倉は小さく呟いて、中に入ろうとした足を止めた。

 ドアの向こうから、三人の子供たちが、ひそひそ声で何かを真剣に話し合っている気配がする。

 

(…あの子たちなりの、会議(カンファレンス)、か)

 

 大人が患者の未来を話し合う、あの会議室と同じくらいに真剣な瞳で、彼女たちは今、たった一人の友達の未来を案じているのだ。

 

 佐倉は、子供たちの邪魔をしないように、そっとその場を離れた。

 

 今は、彼女たちの時間を尊重してあげるのが、自分にできる最善のことのような気がしたから。

 

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