君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話 作:豚姫
誰を憎めばいいのか、わからなかった。
犯人がもう捕まったと聞いて、私の怒りは行き場をなくして宙に消えた。
そして、両親の死を突きつけられて、初めて漠然とした恐怖を感じていた。事故に遭う前は、考えたこともなかった種類の不安の類だ。
お姉ちゃんたちは怪我してない?
私たちの帰る家は、どこになるんだろう?
お父さんと約束した、あの中学校の受験は?
私の将来は、どうなってしまうんだろう?
次から次へと浮かぶ不安に、頭がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
強く、強く目を閉じる。
今は何も考えたくない。涙も出てこない。
ただ、心臓が凍りついたみたいに、冷たいだけだった。
◇ ◇ ◇
一方、その頃のプレイルーム──。
プレイルームとは、小児病棟の子供たちが、患者であることを少しだけ忘れられるようにと作られた、ささやかな交流の場である。
看護師の佐倉さんに促され、重い足取りでやってきた103号室の三人は、テレビに繋がれた携帯型ゲーム機でレースゲームを始めていた。
「あっ、真央おまえ、抜かすなよっ!…って、なんだそのショートカット!?汚ねぇぞ!」
「ちんたら走ってるのが悪いのよ。はい、プレゼント」
「うわっ、赤甲羅!?」
画面の中では、苛烈なバトルが繰り広げられていた。
最初はきらりが一位で独走していたが、隠しルートを見つけた真央はショートカットでトップに躍り出る。きらりは舌打ちしながら、必死にその後ろを追いかけた。
一方、操作方法がわからない睦美のカートは、スタートラインでダートに入り続けていた。
「でっ、リーダーの見解は?」
きらりが、コントローラーを激しく操作しながら真央に問う。
「様子見。って言いたいとこだけど…放置しておくのは、マズいかもね」
カチャカチャ、とスティックの音だけが響く。真央の視線は、画面の一点に集中したままだ。
「…やべー雰囲気だったよな。柚華、泣いてたし。私たち、あそこにいちゃダメだったか?」
「それは仕方ないでしょ。それより、あの先生たちの様子だと…やっぱり、家族と事故にでも遭ったのかも」
だんだんとゲームに集中できなくなってきたきらりは、ちらりと真央の横顔を窺う。
「…なんか、珍しいな。真央がそんな風に人のこと詮索するなんて」
「……あの子が昨日、魘されてたから。…それに、ううん。やっぱりなんでもない」
真央が何かを言いかけて、やめる。
「そこまで言ったなら言えよ」と不服そうなきらりに、真央は深いため息をついて、初めて画面から目を離した。
「…話してもいいけど、覚悟はあるの?」
その瞳は、ゲームの中のキャラクターではなく、もっとずっと暗くて、重いものを見ていた。
この年で長期入院している子供は、誰もが何かを抱えている。ここにいる103号室の面々も、もちろん同じだ。
その言葉の意味を理解したきらりは、口を噤んだ。ただの好奇心だけで、踏み込んではいけない領域がある。
「だけど──」
「んもう!二人とも水臭いんすよー!」
突然、最下位独走中の睦美がコントローラーを床に置き、勢いよく立ち上がった。
「私はその覚悟あるよ!」
堂々と宣言した睦美に、2人はポカンとする。
「ゆずちんが困ってたら助ける!そうじゃなくっても、誰かが支えてあげないとダメ!…それは、私たちが一番わかってることじゃんか!」
小さな身体で精一杯叫んだ。
それは、大きな病気と戦い続ける、睦美自身の本心だった。
真剣な睦美の瞳に、きらりと真央は顔を見合わせる。
「…睦美。あんた、たまには良いこと言うわね」
「だな!よし、決まりだ!柚華も今度連れてこよーぜ!さすがに睦美より下手なこたねぇだろ!」
「はぁ!?ほんっと、この部屋口悪い人しかいない!私のオアシスはゆずちんだけなんだからーっ!」
ぷんすかと頬を膨らませる睦美に、二人の笑い声が重なった。
重く沈んでいたプレイルームの空気が、ほんの少しだけ、軽くなった気がした。
「よし!んじゃ、柚華が戻ってきたら、なんかパーっと元気づけてやろうぜ!」
「ダメに決まってんでしょバカ」
善意100%のきらりの案を、ため息をついた真央がすぐさま切り捨てる。
「落ち込んでる時に馬鹿騒ぎしてる奴いたら殴りたくなるわ」
「うんうん。睦美もそれはやだなぁ」
「物騒すぎるだろお前ら…」
ぶーぶーと不満をあらわにするきらりに、真央は静かに答えた。
「私たちはただ、味方でいるって、1人じゃないって示してあげるだけ。ずっとくっつかれてたら、1人で考えることさえできないでしょう」
「「おー」」
きらりと睦美が、感心したように声を漏らす。
「何よその反応」
「いやぁ、真央っちがめずらしく熱いこと言ってるなーって!」
「意外といいやつだよなコイツ」
からかう二人に、真央は「うるさい」と呟いてからゲームを終了させた。
「それじゃあ、今から103号室
こくりと真剣な顔で2人は頷く。
103号室の第一回
◇ ◇ ◇
「……もう少し、待った方がいいかな」
プレイルームのドアの前で、看護師の佐倉は小さく呟いて、中に入ろうとした足を止めた。
ドアの向こうから、三人の子供たちが、ひそひそ声で何かを真剣に話し合っている気配がする。
(…あの子たちなりの、
大人が患者の未来を話し合う、あの会議室と同じくらいに真剣な瞳で、彼女たちは今、たった一人の友達の未来を案じているのだ。
佐倉は、子供たちの邪魔をしないように、そっとその場を離れた。
今は、彼女たちの時間を尊重してあげるのが、自分にできる最善のことのような気がしたから。