君の隣を歩きたい。─車椅子の女の子が百合ハーレムを築く話   作:豚姫

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8話 私の親友『鷹司雅』

 

 

 

 

 一般病棟に移って4日目。

 

 不思議なことに、昨日から103号室のみんなが、なんだか私に優しい。

 

 あれだけ騒がしかったきらりちゃんは、私のベッドの近くでは静かに漫画を読んでいるし、睦美(むつみ)ちゃんは何度も「ゆずちん、なんか欲しいものない?」と聞いてきてくれる。

 やはり、昨日のことで気を遣わせてしまっているのだろうか…?

 

 そんなことを考えていると、隣のベッドから不意に声がかかった。

 

「ねぇ、柚華(ゆずか)。LINE交換しない?」

「え?あ、うん。もちろんいいよ」

 

 真央(まお)ちゃんに言われるがまま、電源を切ったままだったスマホを久しぶりに操作した。

 彼女のLINEアイコンは、綺麗な毛並みの黒猫だった。意外なチョイスに少しだけ心が和む。

 

 すぐにピコン、と通知が鳴り、私はグループラインに招待された。その名前は、とてもシンプルで、だけど今は何よりも心強い響きを持っていた。

 

 グループ名は『103号室』。

 さっそく「よろしく」と、スタンプが飛んでくるので、私のお気に入りのウーパールーパースタンプを返しておく。

 

 その時だった。

 

 ぽん、と別の通知が画面の上部に現れた。

 

 送信者は『鷹司雅(たかつかさ みやび)』。それは、私が事故に遭う前まで、当たり前のように毎日やり取りしていた、たった1人の親友の名前だった。

 

(うわ…やばい、めちゃくちゃ鬼電されてる…)

 

 トーク画面を開く前から、通知が「999+」でカンストしているのが見えて、背筋に冷たい汗が流れる。(みやび)、本気で怒ったら本当に怖いんだよね…。

 

 でも、返信する勇気が出ない。

 こんなボロボロで、動けない姿、(みやび)にだけは絶対に知られたくない。

 

 私は一つ息をつくと、覚悟を決めてトーク画面を開いた。そこに並んでいたのは、怒涛のメッセージと不在着信の嵐だった。

 

 

『柚華どこにいるの?』

『既読がつかないんだけど』

『学校にも来てないの?』

『…事情も知らずにごめんなさい。起きたら連絡して』

『……あんた、スマホ見てないでしょ』

『あまりにも音信不通だから、こっちで調べたわ。小児総合医療センターにいるのね』

『乗り込もうとしたら、お父様に止められたわ。ドローンでも潜り込ませようかしら』

『柚華、これを読んでいるならすぐに連絡なさい。もし連絡できない状況なら、私がそっちに行くだけだから』

 

『そこ、屋上に()()()()()はあるわよね?』

 

 

(ん…?えっ、ヘリポート…?)

 

 見逃せない文字に、数秒時が止まった。

 

(まって、ヘリコプターで来ようとしてる!?)

 

 た、たしかに雅の家はプライベートヘリ持ってるけど、病院のヘリポートって絶対使っちゃダメでしょ!緊急用だよ!?

 

(ヘリで来られたら、大騒ぎになっちゃう…!)

 

 あまりに雅らしい、常識外れな最終通告に、私はパニックになり、震える指で必死に文字を打ち込んだ。

 

 

『絶対ヘリで来ちゃダメだからね!?』

 

 送信した瞬間、はっと息を呑む。

 

 しまった、と思った時にはもう遅い。

 すぐに『既読』の文字が灯り、間髪入れずに返信が来た。

 

『やっと連絡してきたわね、この大馬鹿』

『あ』

 

 さすが、幼稚園からの幼馴染。

 私の扱い方を完璧に心得ている…。

 

『そこの病院。家族か、家族が同伴する第三者でないと面会謝絶なんですって』

 

『だから、今度あなたの母方のお祖母様と一緒にそっちに行くわ。いい?私は貴方のこと逃したりしないから。一人で全部抱え込もうだなんて、絶対に思わないことね』

 

 その有無を言わせぬ、力強い言葉。

 両親を失って、不安でたまらなかった私の心に、雅の優しさがじんわりと染みていく。

 

(…雅、ありがとうね)

 

 

「柚華?なんか、今すごい顔してなかったか?」

 

 不意に、きらりちゃんがベッドの向こうから声をかけてきた。

 

「あー…ううん。なんでもない、なんでもないよ」

 

 私は慌ててスマホの画面を伏せると、込み上げてくるものを必死に押し殺して、何事もなかったかのように、へらりと笑って見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 そして約束の時間が訪れる。

 気を遣ってくれたのだろう、103号室のみんなは少し前にプレイルームへと向かい、病室には私と本郷先生だけが残された。

 

「さてさて、心の準備はどうだい?もうすぐ、君の愛する人たちが会いに来てくれるよ!」

 

 先生は、私の緊張を解そうとしているのか、いつものように明るく笑っている。

 

 その笑顔を見ていると、ずっと胸につかえていた言葉が、自然と口からこぼれ落ちた。

 

「先生、ありがとうございます」

「ん?」

「私、先生のおかげで…なんとか、心が壊れずに済んでる気がして…。それに、今日の面会も、すぐに手配してくれてありがとうございます。先生のこと、最初はちょっと怖くて、変な人だなって思ってたんですけど…」

 

 私は一度言葉を切り、先生の目をまっすぐに見つめて続けた。

 

「今は、大好きです」

 

 それは、自分でも驚くほど素直な言葉だった。

 先生は一瞬きょとんとして、それから急に慌てだした。

 

「あ、ああ。いや、まあ、別にこれくらいは専門家として当然のことだからね、うん。気にしないでくれたまえ」

 

 さっきまでの自信に満ちた態度はどこへやら、先生はしどろもどろになりながら、意味もなく眼鏡の位置を何度も直している。

 

「先生…もしかして、照れてる…?」

 

 私の指摘に、先生は「ぐっ」と喉を詰まらせた。

 

「…まったく、大人を揶揄うんじゃないよ」

 

 眼鏡のグリッジを押し上げ、ふいと目を逸らす本郷先生。

 その耳が少しだけ赤くなっているのを、私は見逃さなかった。

 この変で、胡散臭くて、でも誰よりも優しい先生のことが、私はもう大好きになっていた。

 

 

「……こほん!それじゃあ、桃香くんを呼んでくる。心の準備は、大丈夫かい?」

 

 咳払いで無理やり仕切り直した先生に、私はこくりと頷いた。

 

「はい、大丈夫です」

 

 先生が頷き返し、静かに病室のドアを開ける。

 

 そして、私の妹『松村桃香(まつむら ももか)』の手を優しく引いて、中へと招き入れた。

 

 

 

 

 

 

 

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