新しい創造へ 作:なつきさん
スバルのお相手は作中に登場しない女性です。
女性のBSSが好きだからやりました。癖全開です。
※双星射ちとは:矢で射抜いた矢をさらに真っ二つに割ること。
ロビンフッド・ショットとも言われる。すごいけれど矢の無駄遣い。
大地の舞手としての務めを果たし、流星崩落から始まる危機からアズマを守ってから季節は一巡りした。
アズマは平和を取り戻し、往来も徐々に戻りつつあった。
スバルはその一年を夏の里で働き、時折弓を手にし、穏やかに過ごした。
──だが、その舞台の片隅に彼が立つことは、もうなかった。
◇
……黒竜の背にいたあの時も、そうだった。
里から離れた森の奥、魔物の群れに襲われていたひとりの女性を救った。
耳が長く、美しいひとだった。彼女の弓は弦が切れ、矢もなくなっていた。
弓の弦になるものと、矢をいくつか渡した。
黒竜に乗る自分に恐れを見せず、彼女はただ「ありがとうございます」と涙を零した。
……やがて各地を回る商人であるツバメを通じて、彼女と再び出会うことになる。
再会の喜び。あの旅の中で数少ない救った命が、そこにあるだけで嬉しかった。
知り合いということでツバメの仲立ちで見合いが整えられ、逢瀬を重ねるうちに、会話は自然なものに変わっていった。
「今日の弓は的の中央から外れましたね」
「たまたまだよ」
「では次は双星射ちをお願いしますね」
「そんな無茶な」
そう言った軽口を交わせるようになった頃には、互いに笑い合える関係になっていた。
ある月明りが綺麗な夜、彼女は告げた。
「……わたしはエルフです。長命の種で、近いうちに故郷に戻らねばならない」
唇を震わせて、続ける。
「……エルフと人は寿命の差が一番重いのです。わたしは貴方より長く生きることになる。──貴方を失うことになるのが辛くて怖いのです」
スバルはしばらく黙し、やがて笑った。
「なら、その辛さや怖さを塗り潰すくらいに──一緒に笑って生きよう」
彼女の瞳に涙が揺れた。それで充分だった。
何よりも、咎人に向けられるはずのない真っ直ぐな眼差しを、オレは拒めなかった。
オレの罪を知ってオレを許してくれる人。オレにすべてを与えてくれる人。オレはそれで充分満たされた。だから、今度はオレが返す番だ。
◇
一年弱世話になったツバメさんに深く頭を下げる。
「春月の終わりには彼女の故郷に行きます。……おそらく、そこで骨を埋めることになるでしょう」
彼女はただ静かに頷き、旅の無事を祈ってくれた。
ツバメと会話しているスバルを見つけ、マツリが駆け寄った。
「ほんとに行っちまうんだな!」
「……ええ。オレは咎人です。黒竜に跨り、穢れを撒いた。本来ならアズマの地で贖罪をすべきなのでしょうが──」
「あははっ!」
マツリは大声で笑い、スバルの言葉を最後まで聞かずに遮った。
「何それ! 咎人とか言ってんの、アンタだけだって!」
スバルは唖然とした。
「一緒にミホシハバキを還したろ? それで十分! みんなそう思ってる!」
ぱん、と勢いよくスバルの肩を叩く。
「だから胸張っとけ! アズマ六神の一柱として、マツリハナビノミコトがここに言祝ぐ!スバル、お前はもう咎人じゃない!」
スバルは少し目を伏せ、そして小さく笑った。
(……昔のオレなら、“そう思えたら楽なんだろうな”と考えていたかもしれない)
「ええ、アドネアより西の、エルフの国で頑張っていこうと思います。彼女と一緒に」
(でも今は違う。彼女と共に在るだけで、自然と楽になれる)
愛とはこういうものなのだろう、とスバルは改めて思う。
◇
旅立ちの朝。
夏の里で
異国の布地はまだ彼の体に馴染んでいない。
けれど和装で見慣れた彼とはまるで別人のように見えた。
彼の隣には誰もいない。妻となる女性は先に船で待っている。
沖には大船が帆を張って停泊しており、この港には寄せられない。
やがて小舟に乗り込み、波を越えてその船へと渡ることになるのだ。
スバルはその船影を見つめながら、胸の内で思う。
(皆に愛され、救国の英雄と讃えられるカグヤ。
兄妹のように育ったけれど、本当の家族ではない。
オレがいなくても、きっと幸せになれる──いや、もう幸せに違いない)
ふと気づけば、視界の中にカグヤがいた。
「……スバル。本当に国を出られるのですか?」
驚いたように瞬きをしたのち、彼は静かに頷いた。
「ああ。婚姻が決まってね。あの人の国に則った形式で式を挙げる。あの人の家に婿として行くのだから、アズマで祝言をする必要はないと思って」
言葉は淡々としていたが、かつて彼が背負っていたであろう咎は消えたように、あるいは誰かが一緒に背負ってくれているように軽くなったかのような口調だった。
アズマの言い回しを残しながら、その中身はアドネアの形式に上書きされている。
そこには、不安も後悔もなく、ただ覚悟と誇りが滲んでいた。
「……そう、ですか」
白竜の契約者としての矜持が、胸を締めつけていた。
口を開けば、大地の舞手ではなくただのカグヤとしての心が零れてしまうから。
「どうか……末永くお幸せに」
そう告げた声は震えていなかった。
だが袖の内側で握られた手は、爪が掌に食い込むほどに力を込めていた。
(……私の方が、先に好きだったのに)
(子どもの頃から、ずっと傍にいたのは私だったのに……)
スバルは、その声を知らないまま、洋装の背を翻して歩み出した。
その瞬間、風が吹き抜け、ふと黒竜の声を聞いた気がした。
かつてスバルの感情を奪い、彼を咎人にした存在。
だが今では──旅立つ彼を祝福する存在だった。
ただ白竜だけが、その秘密を沈黙の裡に抱き続けていた。
黒竜の祝福
我はお前の心を奪った。
良心も、痛みも、後悔も。
それがあれば、お前は戦えぬと知っていたからだ。
だから我は、奪った。
呪いではない。せめてもの我なりの贖罪であった。
我が背に跨りし時、お前は咎人と呼ばれた。
だがそれも過ぎた。
今、異国へ歩み出す背を、我は見ている。
洋装に身を包み、誇りと共に歩むその姿を。
よく生きたな、我が乗り手よ。
咎を背負ったままではなく、人として。
白竜は沈黙するだろう。
だが、我は黙さぬ。
我が声は祝福。
行け。
我が祝福と共に。
お前が選んだ未来へ。
お前が選んだ伴侶と共に。
お前を選んだ伴侶と共に。
スバルの愛郷心/ZERO。そして懐かしきライバル婚。