新しい創造へ 作:なつきさん
大胆な告白は農奴(大地の舞手)の特権。そして絆クエストをかっ飛ばした先に待っているものとは。
「カグヤっ……!」
腕の中で、彼女の体温が急速に失われていく。
血の匂いが胸を締め付け、呼吸すら苦しい。
その時だった。
懐にある供犠の宣誓札が眩い光を放った。
黒竜と彼女を繋いでいた、最後の証。
――これを使えば、彼女を取り戻せるかもしれない。
「スバル……やめろ。」
耳の奥に白竜の声が響いた。
「二重契約は規約違反だ。世の理を乱す。お前自身も……ただでは済まぬ。」
「それでも……!」
握る手に力が入る。
目の前で命が零れ落ちようとしている。
「頼む、やめてくれ!」
白竜の声は懇願に近かった。必死にオレを止めている。
だが、オレは彼女を助ける選択をした。
闇が奔り、死を拒む鼓動が戻った。
彼女の胸が震え、荒い息と共に名を呼ぶ。
「……スバル?」
その瞳にはもう冷たさはなかった。
記憶が戻り、あの時の約束を宿した目で、オレを見ていた。
◇
カグヤと同じく神殺しの刃を受けて倒れた六柱を救うため奔走するあいだ、彼女はようやく目を覚ました。
オレの腕の中で一度は冷たくなったカグヤ。黒竜に代償を払い、助けてもらったものの昏睡が続いていた彼女。
もう滅んだ故郷の、幼馴染であり許嫁のカグヤ。
奇跡を前にして、気づけば言葉が零れていた。
「……結婚しよう、カグヤ。」
あまりに唐突で、段階をすっ飛ばした告白。
けれど、その時のオレには他に言葉が見つからなかった。
◇
結婚してからの日々は、目まぐるしくも穏やかだった。
互いにまだ「夫」「妻」という呼び方に慣れなくて、ぎこちなく笑い合った。
不器用なところもあるけれど、彼女はいつも誇らしげにオレの隣に立った。
(奥様、か……いや、やっぱりカグヤはカグヤだな)
そう思える時間が、ただ嬉しかった。
ある晩、二人で囲炉裏を囲んでいた時。
ふと、口をついて出た。
「なぁ、いつか……子供、欲しいか?」
薪のはぜる音だけが響く。
カグヤは一瞬だけ視線を伏せ、考え込むように唇を噛んだ。
「……私は、スバルさえいれば十分です。」
細い声。だがその奥には確かな熱がある。
「けれど……スバルが望むなら……。」
袖をぎゅっと握りながら、彼女は続けた。
オレは思わず笑った。
「なら、いつかでいい。急ぐことじゃない」
その言葉に、カグヤはほんの少し肩を緩め、安堵の息を吐いた。
◇
やがて子どもが生まれた。
名は「そら」。愛嬌のある子で、よく笑い、よく抱きついてくる。
「ママだいすき!」
無邪気に言われて、カグヤは少し照れながらも笑った。
「ありがとうございます、そら。……ですが、パパの次に、ですね」
そしてそっと髪を撫でる。
「大地のような茶色……スバルにそっくりですね」
「えへへ! パパが一番! ママが二番!」
オレは頭をかきながら、どうにもくすぐったい気持ちになった。
(ほんと、いい子だな。……家族と過ごした記憶がないけど、家族って、こういうものなんだろう)
◇
第一子が生まれてしばらく経ったある日、
子育ての合間に、ふと口をついて出た。
「そらも大きくなってきたし……新しい家族を、と思うんだ」
カグヤは少し強ばった表情でオレを見た。
「……そら一人で、私は十分です」
その言葉の奥には、彼女なりの恐れが潜んでいた。
――もし、自分に似た子が生まれたら?
考えたくもない。
声は震え、視線は落とされたままだった。
恐怖を、決して口には出さなかった。
代わりに、形だけの笑みを作って言う。
「すみません、気にしないでください。……考えすぎですね」
オレは「そうか」と頷くしかなかった。
(……カグヤなりに、子育てに不安があるんだろう。オレ、そらの時にカグヤが思ったより子育てに参加してなかったかも)
◇
しばらくして、二人目の子が生まれた。
白い髪に、オレと同じ琥珀の瞳の女の子。
まだ幼いはずなのに、言葉や仕草は妙に大人びていた。
「お父様、今日は一緒にお買い物に行きませんか?」
「……おとうさま?」
思わず聞き返すと、娘は得意げに胸を張った。
「だって、わたしはお母様みたいに綺麗になるんですもの。だから、“お父様”と呼ぶの!」
「……っ」
カグヤは即座に娘を抱き寄せ、笑みを浮かべた。
「いいえ。この人は、あなたの“お父様”である前に、私の夫です。わかりましたね?」
「それにしても、つゆの綺麗な琥珀色の瞳……間違いなくスバルの子ですね」
オレは曖昧に笑うしかなかった。
(ほんと、この子はませてるなぁ。でも、可愛い)
竜神社。
カグヤは一人、台所で包丁を握りしめていた。
苦手でどうしようもない家事――けれど、スバルのためなら頑張れる。
「……おかげで、上手くいっています」
彼女は誰もいない空間に向かって、微笑を添えて呟いた。
返事はない。けれど、確かに“そこにいる”気配だけは消えない。
「貴方が居なければ世界ノ渡法を潰すことも出来なかった。」
そらがお腹に宿って間もなく、白竜は縁結び神社に何かの気配を察知していた。
スバルは後で確認に行くつもりだったが、春の里での騒動に追われて延期になった。
私も最初は里の騒動にスバルと一緒に行こうとしたけれど、肝心のスバルに体を大事にしなくてはと止められた。
素直に「はい」と答え、座るふりをした。
かつては恐ろしくて目を背けた未来――。
けれど今、私の中にはもう小さな命が芽吹いている。
――スバルの子。
私と彼を繋ぐ、何よりも確かな証。
ならば、この未来を脅かすものなど残しておけない。
神社の裏手から春の里を抜け、さらに念を押して転移術で廃神社の奥まで飛び、そこから上空へ行くように指示を出す。
並行世界へ至る術など、私がこの手で潰してしまえばいい。
――だから、里の騒動でスバルが忙しい、その隙に。縁結び神社にある“並行世界へ至る術”を破壊した。
もしもの別世界。
スバルが、私以外を選ぶ未来。
そんな可能性は、スバルが知る前に潰した。
「これで、この世界には“私を選ぶスバル”しかいません」
胸に手を当て、カグヤは柔らかく笑った。
「私ひとりでは上空にすら行けなかった。お礼に……何をすればよいでしょうね?本当にありがとうございます、黒竜。おかげで、スバルは私だけのものになりました」
旅に出ると決まった時は絶望しました。
あの里で、狭い世界のまま、スバルと共に終わらせたかった。
広い世界を知ってしまった貴方に、私が着いて行けるのか――ずっと不安だったのです。
けれど、今なら言える。
死が二人を別つとしても――永遠に。
……ああ、そう言えば。
ターゲスアンブルフ――神をも殺すと名乗る方々のおかげで、
誰もじっくり精査する余裕などなかった。
アズマ六柱よりさらに上位の存在――
大神龍アズマトノミホシハバキの御手により産み落とされた眷属が、術のあとどうなったのか。
……結局、本当に誰も確かめていないのです。
供犠の宣誓札? そんなものは、もう要らない。
スバルには内緒ですが、私と黒竜は――まだずっと繋がったままなのです。
カグヤは人差し指を唇に当て、そっと笑った。
「それでも、と走り続けた結果がこちら」