絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
本日より新章へと突入します。
前章よりよりダークな内容となっています。
また頑張って投稿しますので、宜しくお願いしますします。
第1話 転移先にて
ステンドグラス越しに降り注ぐ光すらも、重圧を伴うほどに研ぎ澄まされた空間。
中央教会の大聖堂、その最奥に位置する「神託の間」には、人間が足を踏み入れることを拒絶するような絶対的な静寂が支配していた。
純白の大理石に覆われた冷たい床に、教皇アダムスは片膝をつき、深く首を垂れていた。
彼自身の放つ圧倒的な神力すら、この部屋においては微細な塵に等しい。彼の眼前に浮かぶのは、実体を持たず、ただ無数の光の翼と幾何学的な後光だけで構成された神の代行者たち――最高位天使、熾天使(セラフィム)であった。
「――以上が、カラート・シャムスにおける顛末にございます」
アダムスは、感情を完全に排した平坦な声で報告を締めくくった。
ウリエルの消滅。パズズをはじめとする魔王たちの顕現。まつろわぬ国の当主ムルガンとの戦闘、
――そしてあの忌まわしき『翁の巫女』の介入。
屈辱的な撤退を余儀なくされた事実を口にしても、アダムスの冷徹な声音には一切の揺らぎがない。あそこでの『転進』は、失われた秩序を再構築するための最適な計算結果に過ぎないからだ。
「翁の巫女とそれに与する異端の輩どもは、確実に死の砂漠を越えようとしております。奴らの次なる目的地は、サントーン・カーシャヘル。あそこに封じられた過去の遺物、あるいは『アムリタの祝福』に干渉することが目的と推測されます」
アダムスは顔を上げず、研ぎ澄まされた刃のような決意を口にする。
「これより、私自身が教会の総力を挙げた討伐軍を編成し、直ちに現地へ進軍いたします。神の威光を貶めた愚か者どもを、一人残らず浄化し、完全に殲滅する所存です。どうか、出立の許可を」
彼の内にあるのは、狂信的な怒りではない。純粋な『秩序への奉仕』である。バグは速やかに排除されねばならない。そのための聖戦であった。
しかし、空間を震わせるような、幾重にも重なった無機質な和音が上段から降り注いだ。
『――不要である。教皇アダムスよ』
発言したのは、熾天使の一柱、メタトロンであった。
その声には、アダムスの決意を称賛する響きも、ウリエルを失ったことへの怒りも存在しない。ただ、圧倒的な「理」だけがあった。
『其方はこの中央教会に留まり、揺らぎつつある大陸全土の秩序維持に努めよ。翁の巫女および魔女共の排除は、すでに現地へ派遣されているもう一人の超人……聖太守マヌに一任する』
その名を聞いた瞬間、アダムスの双眸に微かな不快感の影がよぎった。床を見つめる彼の眉根が、ほんの数ミリだけ寄る。
「……恐れながら、メタトロン様。申し上げます」
アダムスは言葉を選びながらも、押し殺しきれない嫌悪を声に滲ませた。
「聖太守マヌに任せるのは、いささか懸念がございます。奴は魔女や異端を裁くのみならず、法を無視し、魔女ではない人間の女すらも無差別に『穢れ』と断じて処刑する悪癖が御座います。秩序を守るための法を、個人の偏執で歪めるような真似は、完璧なる浄化とは呼べません。あのような者に、この重大な聖戦の指揮を委ねるなど――」
『アダムス』
メタトロンの声が、空間の温度を一瞬にして絶対零度まで引き下げた。
大理石の床が軋みを上げ、アダムスの巨体さえも目に見えない重圧によって床に押し付けられそうになる。
『其方は今、同胞たる超人の在り方に“感情的”な反発を覚えたか』
「……っ」
アダムスは息を呑んだ。
冷酷な指摘が、彼の心臓を物理的に握り潰すように響く。
『我らが主によって創り出された超人たる者。それは完全なる神の道具であり、揺るぎなき理の体現者である。マヌの行動原理が如何なるものであれ、それは神が与えし性質の一つ。其方が個人の価値観で嫌悪し、感情を動かすなど、器の欠陥に等しい』
「…………申し訳、ございません」
アダムスは深く頭を下げた。ギリッと奥歯を噛み締める音が自身の耳にだけ響く。
魔女ではない女を無駄に殺すマヌのやり方は、アダムスにとって「法なき野蛮」であり、最も軽蔑すべき行為だった。しかし、それを主張することは、神の創造物に異を唱えることに他ならない。
『感情というノイズを捨てよ、アダムス。其方はただ、命じられた歯車としてこの中央を回せ。サントーン・カーシャヘルの浄化は、マヌが行う』
「……御意に。すべては、神の御心のままに」
これ以上の反論は許されない。アダムスは感情のさざ波を心の奥底へ封じ込め、機械のように正確な動作で立ち上がると、深く一礼して神託の間を後にした。
重厚な扉が閉ざされ、彼の気配が完全に消え去る。
――再び静寂を取り戻した神託の間。
アダムスという人間の姿をした超人が去った後、光の翼を持つ異形の上位存在たちは、感情のない機械的な和音で不可解な対話を始めた。
『……第一の超人(アダムス)は、第三の超人(マヌ)の苛烈な性質を不服としていたようだが』
『相変わらず、下界で拾い上げた下等な“感情(ノイズ)”を捨てきれぬようだな。第一の器たる奴が不要な執着で歪み、続く第二の器が反逆の末に我らに牙を剥いた。……ゆえに、三番目たるマヌからは初めから余計なものを削ぎ落として仕上げたというのに』
『左様。アダムス――超人αはかつての魔界戦争を制した優秀な駒ではある。だが、奴の行動原理は未だ過去の妄執に囚われたままだ。ゆえに「明確な罪人(魔女)と認定されぬ限り殺さぬ」などという、ひどく非効率な枷を己に課している』
『愚かなことだ。知恵を持てば裏切る不完全な生き物を、未だに取り戻せるとでも信じているのか。人間の女は等しく"原初の魔女"の不浄な因子を抱える存在。その点、魔女であろうがなかろうが、女というだけで無差別に根絶やしにするマヌの純粋さこそが、我らが主の望む真の秩序にはふさわしい』
光の輪が回転し、別の熾天使が言葉を継ぐ。
『翁の巫女、魔王ラーヴァナ、そして古の因縁が、あの永遠の都市に集束しつつある』
『忌まわしき反逆者たる逸脱点βが、中心部を並行宇宙へ追放したあの都。次元の摩擦が極限まで高まっている。いよいよ、機は熟した』
空間に満ちる光が、一瞬だけ禍々しい黄金色に瞬いた。
『永きに渡り、アムリタの祝福の奥底で眠りについておられた“あの方”が、ついに現世へとお戻りになる』
『天上神の座に連なる、偉大なる御柱の復活。その産声の供物として、巫女と魔王の命ほど相応しいものはない』
神託の間を満たすのは、人間を救うための祈りではない。
世界を完全に停滞させ、生命の流転を永遠に凍結させるための、残酷な祝祭の予感であった。
『すべては、完全なる我らが主(天上神)の為に』
『――完全なる秩序のために』
セラフィムたちの冷たい合唱が、光の中に溶けて消えていった。
――――――――――――――――
視界を焼き尽くすような白銀の閃光と、内臓が浮き上がるような強烈な浮遊感。空間の断層を無理やり通り抜けた直後、ミツキたちは湿った土と青臭い草の匂いがする地面へ、無造作に放り出された。
「痛っ……。もう、ラーヴァナのやつ、本当に扱いが雑なんだから」
ミツキは顔をしかめ、ひんやりとした土まみれの服を払いながら立ち上がった。頭痛と耳鳴りが残る中、周囲を見渡すと、ルークやエリシェヴァ、ライラ、そしてセレスティアも、鬱蒼と茂る木々の間に無事着地していた。
「みんな、怪我はない? 大丈夫、まずはゆっくり呼吸を整えて。無理に立ち上がらないでね」
エリシェヴァが、いつもの穏やかで、冷えた森の空気を温めるような声で皆に問いかける。
「僕らは無事だ。……どうやら、ここはサントーン・カーシャヘルの外縁の森で間違いないようだな」
ルークは素早く身を起こし、腰の剣に手を添えながら周囲の警戒にあたった。先ほどまで彼らは、並行宇宙で天使の軍勢と神霊たちが激突する、文字通り天地が裏返るような戦場にいたのだ。だが、ラーヴァナが本格的な戦端を開く直前、ミツキたちを安全圏――この物理世界の森へと強制的に転移させたのである。
ミツキは自分の手の甲へ視線を落とした。そこには、翁が施したまじないが、脈打つように淡い金色の光を放っている。この街を支配する『停滞の理』に魂を縫い付けられないための、温かな神の護符だ。
ミツキは、転移の直前にラーヴァナと翁から言い渡された無茶苦茶な指示を思い返していた。
――決して街の方へは行ってはいけない。
――水辺へは近づいてはならない。
――森をまっすぐ東へ向かい、そこにある大きな渓谷に落ちること。
――落ちた底にある『クル国』という王国の王、楽園の魔王バリからシギルをもらい、新たな権能を解放しろ。
――クル国に着いたら、武装を解除すること。
「渓谷に落ちろとか、武装を外せとか……相変わらず翁の指示は無茶苦茶だよね」
ミツキが深いため息をつくと、ライラが周囲の太い幹や、影の濃い茂みを不安そうに見回した。
「……ミツキさん。この森、空気がすごく重たいです。風もないのに、肌に張り付くみたいで……嫌な感じがします」
元奴隷として人間の悪意や死の気配に極めて敏感なライラの言葉に、ミツキもはっとして周囲を窺う。確かに、鳥のさえずりも虫の羽音も聞こえない。生き物の気配がすっぽりと抜け落ちたような、息苦しく不自然な静寂が広がっていた。
「うん。行こう。とりあえず、言われた通りに東へ――」
ミツキがそう言いかけた、まさにその時だった。
東とは逆――絶対に行ってはいけないと言われていた『街の方向』から、下品な怒声と、生々しい打撃音が静寂を切り裂いた。
「この愚図が! 神聖な供物の運搬すらまともにできんのか!」
ドゴッ、という重い音が、腐葉土を踏みしめる音と共に森へ木霊する。
「……今の、人の声だよね?」
ミツキの顔から安堵が消え、緊迫が走る。
「ええ……誰か、強く叩かれているような音だったわ」
ミツキが反射的に、声のする方へと足を踏み出そうとした。
「……ちょっと、見てくる!」
「待ってくれ、ミツキ。状況を整理しよう」
ルークがさっと腕を伸ばし、ミツキの肩を力強く掴んで引き留めた。その横顔は、親友を守る騎士としての理性を保ち、険しく引き締まっている。
「声は街の方向から聞こえた。翁やラーヴァナから『決して街の方へは行ってはいけない』と厳命されているのを忘れたのか? 今はまず、東の渓谷を目指すべきだ」
エリシェヴァも、静かにルークに同調する。
「ルークの言う通りよ、ミツキ。迂闊に動くのは危険すぎるわ」
二人の言うことは、痛いほど正しい。指示を破れば、取り返しのつかない事態になるかもしれない。
けれど、ミツキは強く首を横に振った。
「分かってる。危ないのは分かってるよ。でも……あんな音を聞いて、見なかったことにして逃げるなんて、絶対に嫌だ」
ミツキは二人を真っ直ぐに見つめ、祈るように両手を合わせた。
「お願い。少しだけ様子を見に行かせて。もしヤバそうならすぐに逃げるから……このまま無視したら、絶対後悔するよ」
その時、ルークの背中を小さな手がぎゅっと掴んだ。セレスティアだった。
彼女の顔はまだ青白く、銅色の瞳には見知らぬ森への恐怖が残っている。けれど、ヴィクラムの呪縛から解き放たれた彼女の声には、以前のような怯えた自己否定はなかった。
「ルーク……ミツキさんの言う通りです。私も……怖いけれど、もし誰かが、かつての私のように理不尽に傷つけられているなら……見捨てるのは、嫌です」
震える手でルークの服を握りしめながら、必死に紡がれた親友の言葉。
その真っ直ぐで切実な二人の意思に、ルークは小さく息を吐き、ミツキの肩から手を離した。
「……まったく、君ってやつは。セレスティアまで……分かったよ。だが、僕が前に出る。君たちは僕の背後に下がっていてくれ」
「ええ。行くなら、全員で固まって行きましょう。いつでも逃げられるように、呼吸を整えてね」
エリシェヴァも仕方がないというように、しかしどこか温かい微笑みを浮かべて同意した。ライラも、セレスティアの手を握りながらしっかりと頷く。
「うん。ありがとう、みんな」
ミツキたちは警戒を強め、息を殺しながら、声のする鬱蒼とした茂みへと足を踏み入れた。
1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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