絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜   作:なないろすらいむ

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第6話 城へ

その後街の女性たちの温かい好意に甘え、ミツキたちは水路の近くにある清潔な洗い場と浴場を借りることができた。

 

たっぷりと張られた温かく澄んだお湯は、ほのかに薬草のような安らぐ香りがした。頭から爪の先までこびりついていた泥や血の汚れだけでなく、地上で骨の髄まで染み付いていた死の匂いや恐怖までもが、そのお湯に溶けて洗い流されていくようだった。

 

「ふふ、やっぱり女の子は綺麗にしてあげなくちゃね。ほら、すっかり見違えたわ」

 

すっかり汚れを落とし、街の女性に借りた柔らかな亜麻布の服に着替えたエリシェヴァが、助け出した少女の濡れた髪を清潔な布で優しく拭きながら微笑んだ。

暴行の痕はすでに治癒していたが、汚れを落とした少女の顔立ちは本当に天女のように愛らしく、今はすやすやと穏やかな寝息を立てている。

 

「本当ですね。あんなに怯えていたのが嘘みたいに、安心しきった顔で眠っています」

 

セレスティアも、隣で少女のふっくらとした頬をそっと撫でながら、心底ほっとしたように目を細めた。

 

「この街に満ちている神力のおかげかもしれないわね。お湯に浸かっている間も、私の治癒魔法なんて必要ないくらい、ただ呼吸をしているだけで体の内側から生命力が満ちていくのが分かったもの」

 

エリシェヴァはそう言って、見違えるようにさっぱりしたミツキやライラたちを見渡して優しく微笑んだ。

 

「お姉さんたちが私たちの元の服を洗って乾かしてくれてるから、とりあえずこの格好だけど……なんか、軽くてすごく動きやすいね」

 

ミツキは借りた亜麻布の服の袖をパタパタと揺らしながら、少し照れくさそうに笑う。過酷なサバイバルから一転、ようやく普通の少女らしいリラックスした表情が戻っていた。

 

「……妙な気分だ。ついさっきまで殺し合いの渦中にいたのが、まるで遠い昔のことみたいに思える」

 

 

 

ルークもまだ少し濡れた短い髪を手で梳きながら、ぽつりとこぼす。彼女の口調からはいつもの張り詰めた警戒心がすっかり抜け落ちていた。

 

「ええ、本当に。夢ならずっと覚めないでほしいくらいね」

 

エリシェヴァは、宿坊のテラスから見える街の景色へと思いやるような視線を向けた。

石畳の通りには、穏やかな日差しが降り注いでいる。水路のそばで洗濯をする女性たちの笑い声や、広場を駆け回る無邪気な子供たちの声が、心地よい音楽のように響いていた。

 

「……見て。あんな風に、子供たちが心の底から楽しそうに笑う声なんて、地上ではもうずっと聞いていなかった気がするわ。誰もが明日を生きるのに必死で、隣の誰かに微笑みかける余裕すらなかったのに」

 

エリシェヴァの言葉に、ミツキたちも静かに頷いた。

異端審問、毒の川、狂信者たちによる虐殺。それらすべてが分厚い大地の天井に遮られ、ここにはただ、ささやかで絶対的な平穏だけが存在している。

 

「あのお城……遠くから見ても、真っ白で本当に綺麗です」

 

ライラが、街の中央にそびえ立つ壮麗な白亜の宮殿を見上げて呟いた。透き通るような青空を背景に建つその姿は、この街の平和の象徴のように堂々としていた。

 

「ええ。……あのお城から、すごく強くて温かい魔力が溢れているのを感じます。国中をそっと守るように広がっていて、なんだか不思議と安心しますね」

 

セレスティアは少女をエリシェヴァと交代で背負い直すと、真っ直ぐに宮殿を見据えて前を向いた。

 

「さあ、そろそろ行きましょう。この不思議な国をまとめている巫女様たちや、魔王バリがどんな方なのか……少し緊張するけれど、今の私たちならきっと大丈夫よ」

 

「うん、行こう!」

 

ミツキの元気な返事を合図に、一行は街の人々に軽く手を振り返しながら、中央の白い宮殿へと続くなだらかな石畳の坂道を歩き始めた。

 

 緩やかな坂道を上るにつれて、街の賑やかな喧騒が少しずつ背後へと遠ざかっていく。見上げる白亜の城壁は、近づくほどにその高さを増し、圧倒的な存在感でミツキたちの前に立ちはだかった。

 

「近くで見ると、やっぱりものすごい迫力だね……」

 

ミツキが息を漏らすように呟く。

 

「ええ、本当に……。近くに来ると、あの時の温かい魔力の波動がよりはっきりと伝わってきますね」

 

セレスティアがエリシェヴァと交代して少女をしっかりと背負い直し、厳かな城門を見つめた。

その巨大なアーチ状の門の前には、数人の男たちが立っていた。全員が深い灰色のフードをかぶっており、表情はよく見えない。彼らがこの国の門番なのだろう。

ミツキたちが近づくと、フードの奥の鋭い視線が一斉にこちらへと向けられた。

そのまま通り抜けられる――誰もがそう思った、次の瞬間だった。

 

「――っ!?」

 

中央にいた大柄な門番の男が、ミツキの顔を見た途端、弾かれたように目を見開いた。

 

「おい、まさか……!」

 

「間違いない、この気配……!」

 

男たちの間に一瞬で衝撃が走り、彼らは流れるような動作でミツキたちをぐるりと取り囲んだ。

 

「なっ……!?」

 

ルークが瞬時に色をなし、ウッカリいつもの癖で腰へと手を伸ばした。しかし、そこに愛剣はない。空間を歪ませて亜空間から引き抜こうとした瞬間、ハッと我に返って動きを止める。

ミツキもまた、魂の奥底の『権能』を叩き起こそうと、無意識に全身の筋肉を強張らせていた。

 

「え、えっ!? えっと………私たち、あの……決して怪しいものじゃ………」

 

ライラがパニックになりかけながもフードの男達と対話を試みようとする。

 

「動くな。大人しくしてもらうぞ」

 

包囲を縮める門番の声は、怒りや敵意というよりも、何か重大な事態に直面したかのような、張り詰めた戦慄に満ちていた。

 

「待って下さい。私たちは戦う意志なんて最初から無いの。この通り、武器だって持っていません。」

 

エリシェヴァが、背負われた少女を庇うように一歩前に出て、毅然とした、しかし相手を刺激しないような声で訴えかけた。

門番の男は、エリシェヴァの言葉に一瞬だけ視線を泳がせたが、すぐにフードの奥の目をミツキへと戻した。

 

「……事情は中で聞く。とにかく、我々と一緒に来てもらおう。宮殿の巫女様たちの元へ連れて行く」

 

「巫女様たちのところへ……?」

 

セレスティアが呟く。

男たちは武器を抜くことこそしなかったが、一切の隙を与えない距離を保ったまま、顎で門の奥を指し示した。

 

「……ミツキ、どうする? 合図をくれれば、いつでも動けるが」

 

ルークが声を潜め、視線だけでミツキに問いかける。武器はなくとも、彼女たちの連携ならこの場を突破することは不可能ではない。

しかし、ミツキはゆっくりと首を振った。

 

「ううん、大丈夫。元々巫女さん達のところへ行くつもりだったし……ここは、大人しく付いていこう」

 

ミツキは強張らせていた肩の力を抜き、門番たちに向かって両手を軽く上げて見せた。

男たちはそれを見て僅かに安堵したように息を漏らすと、ミツキたちを挟み込むようにして、巨大な城門の奥へと静かに連行していった。

 

 重厚な石の扉が静かに左右へ開かれると、それまでのひんやりとした城門の空気は一瞬にして消え去った。

そこに広がっていたのは、白亜の無機質な外観からは想像もつかない、息を呑むほど鮮やかな熱帯の庭園だった。

頭上からは柔らかな陽光が降り注ぎ、空気はジャスミンや未知の芳醇なスパイスが混ざり合ったような、甘く濃厚な香りで満ちている。幾幾学的に美しく配置された水路には澄んだ水が満ち、その両脇には深紅やサフラン色、鮮やかな青緑といった、見たこともない大輪の花々が咲き乱れていた。

 

「……うわぁ、綺麗。お城の中っていうより、植物園みたいですね……」

 

セレスティアは思わず足を止め、きょろきょろと周囲を見回した。

その美しい庭園の至る所では、多くの女性たちが忙しそうに立ち働いていた。彼女たちは、金糸の刺繍が施された色鮮やかな薄い布を体に巻きつけたような、独特で優美な衣をまとっている。ある者は水路の傍らで大鉢に入った香料を練り、またある者は咲き誇る花から朝露を集めるように丁寧に指先を動かしていた。この国の人々が言っていた「巫女」たちなのだろう。

門番の男たちが、その中の一人に足早に近づき、低く張り詰めた声で何かを耳打ちした。

 

「――えっ?」

 

話を聞いた巫女の女性が、持っていた真鍮の器を危うく落としそうになりながら振り返る。

彼女の視線が、門番の指し示す先――つまり、借り物の亜麻布の服を着て、髪を乾かしたばかりのミツキへと真っ直ぐに向けられた。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

ルークが僅かに眉をひそめ、いつでも動けるように肩の筋肉を緊張させる。だが、巫女たちの反応は、地上のような刃を向けてくる敵意とは全く違っていた。

 

「間違いないのね……? ああ、まさか本当に……!」

 

女性は顔を蒼白にさせたかと思うと、今度は見たこともないほど動揺した様子で、周囲の巫女たちに声を張り上げた。

 

「みんな、手を止めて! すぐに長をお呼びして! 宮殿の最奥にいらっしゃる大巫女様へ、今すぐお伝えするのよ!」

 

その鋭い声に、庭園中の巫女たちが一斉にこちらを振り向いた。

何十人もの、額に不思議な紋様を描いた女性たちの視線がミツキに集中する。彼女たちは誰もが息を呑み、驚きと戸惑いの入り混じった表情でミツキの姿を食い入るように見つめていた。

 

「ひゃっ……! な、なんですか……!?」

 

ライラがたまらずセレスティアの背後に完全に隠れ、ガタガタと震え始める。セレスティアも背負った少女の体を庇うように位置を変え、困惑したように周囲を見回した。

 

「……ねえ、エリシェヴァ。私の顔、そんなに変かな? さっきお風呂でちゃんと泥は落としたよね……?変な汚れとかついてないよね?」

 

ミツキは自分の頬を両手でペタペタと触りながら、隣のエリシェヴァに不安げに尋ねた。何かタブーを犯してしまったのではないか、あるいは服の着方がおかしいのではないかと、純粋に戸惑っている。

 

「いいえ、とても綺麗よ、ミツキ。……でも、彼女たちの様子は少し異常だわ。恐怖とも違うし、私たちを排除しようとしている風でもないけれど……」

 

エリシェヴァもまた、巫女たちの尋常ではない慌てぶりに、美しい眉を寄せて首を傾げた。

庭園内は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。数人の巫女たちが長い裾を翻しながら、大急ぎで宮殿の奥へと走っていく。残された者たちも、遠巻きにミツキたちを見つめながら、互いに囁き合って落ち着かない様子でそわそわと足踏みをしていた。

 

「……何がなんだか、さっぱり分からないな」

 

ルークが呆れたようにため息をつき、お手上げといった様子で両手を軽く広げた。

歓迎されているのか、それとも重大な不法侵入者として捕まる直前なのか。

全く状況が掴めないまま、ミツキたちはただただ頭の上に大量の疑問符を浮かべ、極彩色の庭園の真ん中でポカンと立ち尽くすしかなかった。

1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。

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