絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
宮殿を出ると、極彩色の庭園を抜けた先に、あの美しい地底の街並みが広がっていた。石畳の広場には温かな光が満ち、遠くから子供たちのはしゃぐ声や、市場特有の賑やかな喧騒が響いてくる。案内役として先を歩くアマンガラの後ろで、ミツキたちはしばらく無言のまま歩いていた。
「……色々と、凄かったね」
ミツキがぽつりと呟いた。誰に向けたでもない言葉だったが、隣を歩いていたライラが小さく頷く。
「はい……。天女様のことも、この谷のことも……全部、思っていたのと違いました」
「私も、ずっと地上で教わってきたことが根底からひっくり返された気がします」
エリシェヴァが胸に手を当てながら、静かに息を吐いた。その横顔には、まだ整理しきれない動揺の色が残っている。
「地上で語り継がれてきた天上神の栄光が、本当は名前さえ奪われた誰かの犠牲の上に成り立っていたなんて……」
「エリシェヴァ……」
セレスティアが心配そうにその肩に手を添える。エリシェヴァは弱々しく微笑み、首を振った。
「大丈夫よ、セレスティア。ただ、少し怖くなっただけ。私たちが当たり前だと思っていたものが、実は誰かの犠牲の上に成り立っていたなら……他にも、まだ知らない『塗り替えられた真実』が、いくつもあるんじゃないかって」
ルークがその言葉に、静かに頷いた。
「僕も同じ気持ちだよ。ラーヴァナやアスタロトから聞いた時は、正直まだどこか他人事だったんだ。でも今日、バリ様の口から改めて聞いて、初めて『これは本当に、僕たちが生きてきた世界そのものの話なんだ』って、実感が湧いた気がする」
「私は……」
セレスティアが、腕の中の感触をまだ確かめるように、自分の手のひらを見つめた。少女はもうそこにはいない。だが、その温もりの記憶だけが、まだ腕に残っているようだった。
「あの子のこと、正直まだちょっと迷ってます。あれで良かったのかなって。……でも、ミツキさんが『お願いします』って言ってくれた時、なんだかすごく、救われた気がしました」
「セレスティアさんが決めたことだよ。私はただ、その気持ちを後押ししただけ」
ミツキがそう言って微笑むと、セレスティアも小さく頬を緩めた。
しばらく黙って歩いていたライラが、ふと思い出したように口を開く。
「あの、ちょっと聞いてもいいですか? 私だけ、ちょっと蚊帳の外って言うか……ラーヴァナ様の話とか、逸脱点ベータさんの話とか、みんな何か知ってる前提で話が進んでる気がして」
その素直な指摘に、ミツキたちは思わず顔を見合わせた。
「あ……ごめん、ライラ。確かに、私たちだけで話を進めちゃってたかも」
「僕らも詳しいわけじゃないんだ。ただ、旅の途中でラーヴァナやアスタロトから、断片的に聞いていただけで……」
ルークが申し訳なさそうに言葉を濁す。エリシェヴァも小さく頷いた。
「今度、道中でゆっくり整理しながら話しましょう。私自身も、頭の中がまだ追いついていないから」
「はい……! ありがとうございます」
ライラがほっとしたように笑うと、前を歩いていたアマンガラが、ちらりと肩越しに振り返った。
「――随分と、しんみりした顔をしていますね」
その気の強い声に、ミツキたちは我に返ったように顔を上げた。
「あ、すみません、なんかつい……」
「別に謝ることではありませんよ。この国の成り立ちや、天女の哀しい歴史を聞いて、平然としていられる方がどうかしています」
アマンガラはそう言うと、ふっと表情を和らげ、通りの先を指し示した。
「今夜はゆっくり休みなさい。難しい話は、また明日以降でも十分でしょう。ほら、あそこが客間です。温かい食事も、湯浴みの準備もできていますよ」
その言葉に、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。ミツキは大きく伸びをして、夕暮れ時の柔らかな光に満ちた街並みを見渡した。
「ふふ、なんか、やっとちょっと落ち着けそう」
「そうですね。今日はもう、色々ありすぎました」
セレスティアが微笑み、ライラも安堵したように頷く。仲間たちの少しだけ和らいだ表情を見て、ミツキも自然と口元が緩むのを感じた。
重い歴史の真実を抱えながらも、束の間の安らぎへと向かう五人の足取りは、来た時よりも幾分か軽くなっていた。
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翌朝、宮殿の一室で目を覚ましたミツキは、大きく伸びをして窓の外を見た。地底とは思えないほど柔らかな朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。
「――おはようございます」
扉の外から声をかけてきたのは、意外にもアマンガラだった。腕には真新しい布地を抱えている。
「バリ様から言付かりました。今日はゆっくり羽を休めるといい、と。……この国には、『海』がありますので、よろしければご案内します」
「海……? 地底なのに?」
ミツキが目を丸くすると、アマンガラは小さく肩をすくめた。
「バリ様が魔力でお作りになったものです。本物の海のように広く、深く、波もある。この国に住む者たちの、娯楽の一つですよ」
その言葉に、隣の部屋から顔を出したライラが目を輝かせた。
「海! 私、本物の海なんて見たことないです!」
「私もです……! 育った村には、川しかなかったので」
セレスティアも思わず声を弾ませる。エリシェヴァとルークも顔を見合わせ、久しぶりに笑みをこぼした。
支度を整えた一行は、アマンガラの案内でクル国の外れへと向かった。街並みを抜けると、やがて視界いっぱいに、透き通るような青が広がった。
「わあ……!」
ミツキが思わず声を上げる。地底の空を模した淡い光を受けて、波がきらきらと輝いている。潮の香りすら漂う、本物と見紛うほどの海だった。
「すごい……本当に、海みたいです」
セレスティアが波打ち際にしゃがみ込み、恐る恐る手を伸ばして水面に触れる。
「冷たい……! でも、気持ちいいです」
「ふふ、そのはしゃぎようを見ると、案内した甲斐がありますね」
アマンガラが、珍しく柔らかい声で言った。ミツキはその変化に気づき、思わず尋ねる。
「アマンガラさんも、この海、好きなんですか?」
「まあ、嫌いではありませんね。私の故郷は水源すら碌に残っていない土地でしたから。安心して水に触れられるというだけで、贅沢なものですよ」
さらりと語られた過去に、ミツキたちが何か言葉をかけようとした、その時だった。
「――さて、感傷に浸るのはそこまでにしましょう」
アマンガラはパン、と手を打ち鳴らし、話を切り上げるように振り返った。
「え、ちょっ、アマンガラさん、今いい話の途中じゃ――」
「終わりです。私、昔語りは苦手なんですよ。……それより、あなたたち、まさかとは思いますが泳ぎ方くらいは分かるんでしょうね?」
「うっ……」
図星を突かれたように、ミツキとライラが同時に固まった。
「……もしかして、二人とも泳げないんですか?」
セレスティアが目を丸くする。ミツキは気まずそうに視線を逸らした。
(うっ……元の世界でも体育は苦手で通信簿もずうっと2だったからな……)
「い、いや、犬かきくらいなら……多分」
「私は、水浴びしかしたことないです……」
その情けないやり取りに、アマンガラは深々とため息をついた。
「はぁ……。翁の巫女ともあろう者が、水一つでそんな体たらくとは。魔王を前にしても物怖じしないその度胸、少しは泳ぎにも分けてやりなさい」
「そ、それとこれとは話が別だよ!」
ミツキが顔を赤くして言い返すと、ルークが噴き出すように笑った。
「ミツキ、権能で時間を止めれば、溺れる前に何とかなるんじゃないか?」
「それ、絶対エリシェヴァに引っ張り上げてもらう前提の作戦だよね?」
「あら、光栄なことに信頼されているようね」
エリシェヴァがくすくすと笑いながら、既に涼しい顔で浅瀬に足を浸している。どうやら彼女は泳げる側らしい。
「な、なんでエリシェヴァだけそんな余裕なの!」
「治癒師は体力づくりも仕事の内ですから。……ふふ、そんなに悔しがらなくても、これから練習すればいいじゃないですか」
「その通りです」
アマンガラが腕を組み、したり顔で頷いた。
「私が手ほどきして差し上げましょう。この国の巫女は、泳ぎも一通り仕込まれていますので」
「アマンガラさんも泳げるんですね、意外です」
「意外とは失礼な。これでも百年以上、この海と付き合いがあるのですよ」
「あ、さっき『昔語りは苦手』って言ってませんでした?」
ライラの鋭い指摘に、アマンガラは一瞬言葉を詰まらせた。
「……そ、それとこれとは話が別です」
「あ、それさっき私が言ったやつ!」
ミツキが噴き出し、つられてセレスティアもくすくすと肩を震わせる。ルークも堪えきれず声を上げて笑い、エリシェヴァまでもが口元を押さえて笑いを漏らした。
「――何をそんなに笑っているのですか。失礼な旅人たちですね、まったく」
アマンガラは不機嫌そうに眉を寄せたが、その口元はわずかに緩んでいた。
「ほら、いつまでも笑っていないで、さっさと支度をなさい。溺れる巫女様に、みっちり稽古をつけて差し上げますから」
「わ、私が泳げないの、そんなに強調しなくても……!」
騒がしいやり取りを引き連れて、五人と一人の巫女は、輝く水辺へと駆け出していった。夕暮れ時、淡い光が波間に反射し、まるで本物の茜色の海のように輝いていた。重い歴史の真実を抱えながらも、この一時だけは、誰もがただの旅の仲間として、屈託なく笑い合っていた。
————
海で存分にはしゃいだ帰り道、髪や服をすっかり乾かした一行は、市場の近くを通りかかった。夕刻には少し早いはずなのに、空は変わらず柔らかなオレンジ色の光に満ちている。ミツキはふと、その光源に意識を向けた。
「そういえば、この国の空って、ずっとこんな感じなんですか? 朝も、お昼も」
何気ない問いかけに、隣で果物を選んでいた老婆が振り返った。
「おや、外から来た子かい。……ああ、そうだよ。あたしらの空は、いつだってこの通り。夜になれば少し暗くなるけどね、本当の夜みたいに真っ暗にはならないのさ」
「へえ……」
「バリ様が、この空にも太陽を作ってくださったんだよ。ほら、あそこ」
老婆が指し示した先、地底世界の天井にあたる場所に、確かに小さく丸い、柔らかな光の塊が浮かんでいた。本物の太陽のように眩しすぎず、けれど確かな温かさを持って、街全体を照らしている。
「すごい……。本当に、太陽そっくり……
」
セレスティアが目を細めてそれを見上げる。近くにいた青年が笑いながら会話に加わってきた。
「そりゃそうさ、バリ様の魔力で作られた『疑似太陽』だからな。俺たちがガキの頃からずっと、あれのおかげでこの国は暗闇に沈まずに済んでる」
「疑似……太陽」
ミツキがその言葉を繰り返すと、青年はどこか誇らしげに頷いた。
「地上の連中には分からないだろうな。地底で、本物の空も土も奪われた俺たちにとって、あの光がどれだけありがたいものか」
その言葉に、ライラが小さく首を傾げた。
「じゃあ、皆さんは、ずっとここで暮らしていくつもりなんですか? この国、すごく居心地よさそうですけど……」
無邪気な問いに、青年の表情がふっと翳った。近くで話を聞いていた老婆も、手にした果物をそっと籠へ戻しながら、静かに息を吐く。
「そうさねぇ。ここは確かに、居心地はいい。誰にも迫害されず、安心して眠れる。だけどね」
老婆は、天井に浮かぶ疑似太陽を、愛おしむような、それでいてどこか寂しげな目で見上げた。
「あれがどれだけ本物そっくりでも、しょせんは作り物さ。本当の陽の光を、もう何十年も浴びていない者だっている。あたしらの本当の願いは、いつかまた地上に出て、本物の空の下で、誰にも怯えず暮らすことなんだよ」
「本物の……空の下で」
エリシェヴァが、思わずといったように呟いた。
「地底は安全だ。だが安全なだけだ」
青年も静かに言葉を継いだ。
「俺たちは、逃げてきたんだ。地上の狂気から、迫害から。でも、逃げ続けるのと、居場所を勝ち取るのとは違うだろう。いつか、この光じゃなくて、本物の太陽の下を歩きたい。それが、ここに住む誰もが、心のどこかで願ってることなんだと思うぜ」
その言葉に、ミツキたちは思わず顔を見合わせた。楽園のように見えていたこの国の底に、まだ癒えぬ渇望が静かに息づいていたのだと、今更ながらに気づかされる。
「……そうだったんですね」
ミツキは小さく呟き、もう一度、天井の疑似太陽を見上げた。柔らかく、優しい光。だが、それはやはり、本物の空の代わりでしかないのだ。
「私たちが、いつか教会を止めて、この世界の理不尽を終わらせられたら……」
「その時は、皆さんも地上で暮らせるようになりますか?」
セレスティアが、静かな決意を込めて問いかけた。老婆はその言葉に、皺の刻まれた顔をくしゃりと綻ばせる。
「そうだね。そんな日が来るなら、あたしゃ、もう思い残すことはないよ」
穏やかな笑みの奥に滲む、長い年月分の切実な願い。ミツキはその重みを胸に刻みながら、静かに拳を握りしめた。
(この人たちのためにも……絶対に、この世界を変えなきゃ)
夕暮れとも呼べない、変わらぬ柔らかな光に包まれながら、五人は市場の喧騒の中を、それぞれの思いを抱えて歩き続けた。
1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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