絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
砂漠の熱風は街の奥へ進むにつれ、異様な重さを帯びていった。
ただ暑いだけではない。空気が、まるで焦げ付いた何かを抱え込んでいるようだった。
瓦礫の間を縫うように歩きながら、ミツキは額に滲む汗を拭った。
生命の権能はまだルークとエリシェヴァを支えているが、その代償が確実に頭の奥を圧迫している。
「……この街、変だよ」
低く呟くと、ルークが頷いた。
「自然災害や魔物の襲撃だけじゃ説明がつかない。
破壊の向きも、焦げ跡の残り方も、意図的すぎる」
その言葉を裏付けるように、路地の先に半壊した建物が現れた。
かつては交易商の事務所だったのだろう。
焼け落ちた木製棚、崩れた天井、壁に残る幾何学模様――だが、その奥に、不自然に“守られた”空間があった。
ミツキが瓦礫をどけると、倒れた机の陰から紙束が現れた。
煤にまみれ、角は焦げているが、文字はまだ読める。
「……取引記録?」
視線を落とした瞬間、ミツキの喉が詰まった。
「男性、二十五歳、銀貨四百」
「女性、十六歳、銀貨六百」
――人の値段だった。
「……奴隷帳簿ね」
エリシェヴァの声が震えた。
指先が紙を握りしめ、今にも破れそうになる。
ルークは帳簿を受け取り、素早く目を走らせる。
「金額、年齢、人数……かなり組織的だ。
それに、この記号……」
紙面の端に刻まれた紋様を指でなぞり、彼女は顔を上げた。
「この街の有力貴族が使っていた家紋だ。
つまり、裏で奴隷売買を主導していたのは――」
「……貴族、ってこと?」
ミツキの問いに、ルークは無言で頷いた。
重苦しい沈黙が落ちる。
この街は、ただ焼かれたのではない。
腐っていた。
その時だった。
街の中心部から、地鳴りのような低い振動が伝わってきた。
「……っ!」
三人は顔を上げ、急ぎ足で開けた広場へ向かう。
そこで目にした光景に、言葉を失った。
無数のクレーター。
砂岩の地面は抉れ、縁は黒くガラス状に溶けている。
熱と衝撃が、一点に集中して叩きつけられた痕跡だった。
「……これ、ただ事じゃないわ」
エリシェヴァが息を呑む。
ルークは膝をつき、焦げ跡に触れた。
「魔物の仕業だけじゃない。
上級悪魔……いや、魔王級の力が使われている」
その言葉に、ミツキの心臓が強く跳ねた。
「……イブリース」
思わず口をついて出た名に、ルークがゆっくりと頷く。
「可能性は高い。
これほどの破壊、そして人の怨嗟……契約の代価としては十分すぎる」
クレーターの奥、崩れかけた建物の外壁に、かろうじて残った紋章が見えた。
鷹を模した意匠。風化した文字。
「……ザビール家」
ミツキが呟く。
ルークは帳簿と紋章を見比べ、確信を込めて言った。
「奴隷売買を行っていた貴族。
そして、その果てに“何か”を呼び出した。
この街が焼き尽くされた理由は、そこにある」
エリシェヴァは唇を噛みしめ、拳を握った。
「……生き残りがいるなら、真実を知っているはずよ」
三人の視線が、自然と同じ方向を向く。
街の中心。
砂漠の中に聳え立つ、巨大な宮殿。
かつての権力と富の象徴は、今や赤黒い炎の残滓に包まれていた。
「答えは……あそこだね」
ミツキはそう言い、頭を襲う重さに耐えながら、一歩踏み出した。
宮殿へと続く大通りは、もはや街路としての機能を失っていた。
砕けた石畳、引きずられた血の跡、黒く煤けた建物の残骸――かつて人々が行き交い、交易と祈りが交錯した場所は、今や死の記録だけを刻み込んでいる。
ミツキは剣を構え、瓦礫の陰から現れる魔物を次々と斬り伏せていた。
一体一体は脅威ではない。だが数が多い。
生命の権能によってルークとエリシェヴァを守り続けている代償が、確実に彼女の精神を削っていた。
(……重い)
頭の奥に、鈍い圧迫感が広がっている。
息を吸うたび、思考がわずかに遅れる感覚があった。
「……生き残りはいない」
ミツキがそう呟くと、ルークが周囲を見回しながら短く息を吐いた。
「少なくとも、この辺りには。
ここまで徹底的に潰されているのは不自然だ。
魔物の暴走というより……見せしめに近い」
エリシェヴァは草木魔法を展開し、路地の奥を探るが、反応はない。
彼女の緑の瞳には、拭いきれない不安が宿っていた。
その時だった。
ミツキは、はっきりと“違和感”を覚えた。
――暑い。
今までとは質が違う。
生命の権能で耐えているはずの熱が、皮膚の表面ではなく、内側から灼いてくる。
「……待って」
思わず足を止めると、ルークとエリシェヴァが振り返る。
「上……来る」
その瞬間――
――ギャアアアアァァッ!!
空を引き裂く咆哮が街に轟いた。
赤黒い影が上空から急降下し、瓦礫を吹き飛ばしながら地面に叩きつけられる。
衝撃波が石畳を砕き、砂塵が舞い上がった。
巨大な翼、赤く燃えるような眼、金属のように硬質な鱗。
その姿を見た瞬間、ルークの顔色が変わる。
「……ワイバーンだ。
それも――ヴァルハラを襲った個体と同型!」
「そんな……どうして、ここに……!?」
問いを投げる暇はなかった。
ワイバーンは大きく息を吸い込み、次の瞬間、灼熱の炎を吐き出す。
爆風が街路を薙ぎ払い、瓦礫が宙を舞った。
ミツキは反射的に跳び退き、熱波を紙一重でかわす。
(……直撃したら)
一瞬、死の想像が脳裏をよぎる。
生命の権能があっても、無事で済む保証はない。
「散開! 正面から受けるな!」
ルークの叫びと同時に、三人は動いた。
彼女は側面へ回り込み、剣で鱗の継ぎ目を狙う。
「左翼だ! 動きが鈍い!」
エリシェヴァは即座に反応し、砂地から蔓を伸ばす。
「拘束する! 今よ!」
緑の蔓が脚に絡みつき、ワイバーンの動きが一瞬止まる。
だが次の瞬間、炎に焼かれ、何本も弾け飛んだ。
「っ……!」
それでもエリシェヴァは歯を食いしばり、次々と蔓を生み出す。
「まだ……いける……!」
その隙を逃さず、ミツキが正面から踏み込んだ。
「――はあぁっ!」
破壊の権能を込めた一撃が胸部を砕く。
赤黒い光が弾け、鱗が粉砕された。
だが、ワイバーンは倒れない。
尾の一撃がミツキを弾き飛ばし、地面に叩きつけた。
肺から空気が押し出され、視界が一瞬白くなる。
「ミツキ!」
エリシェヴァの治癒の光が飛び、裂けた皮膚が塞がっていく。
同時にルークが首元へ深く斬り込み、ついにワイバーンは大きくよろめいた。
最後は、ミツキの一撃だった。
心臓部を貫かれ、巨体が崩れ落ちる。
地面が震え、砂塵が舞い上がる。
静寂。
荒い呼吸だけが、焼けた街に響いた。
「……終わった、のよね……?」
エリシェヴァの声は、まだ震えている。
ルークはワイバーンの鱗を拾い上げ、苦々しく呟いた。
「間違いない。
ヴァルハラの災厄と“同じ系統”だ」
安堵が、ほんの一瞬だけ三人を包んだ。
――だが、それは錯覚だった。
次の瞬間、空気そのものが燃え上がった。
街の中心から、紅蓮の竜巻が立ち上る。
砂は熔け、瓦礫はガラス状に変形し、世界が歪んでいく。
「……魔法が、効かない!?」
ルークの衝撃波は、炎に触れた瞬間、掻き消えた。
「私の治癒も……草木も……!」
エリシェヴァの魔法も、炎に呑まれて消える。
ミツキは歯を食いしばった。
生命の権能は限界に近く、頭が割れるように痛む。
「……この炎、次元が違う……!」
制限解除が脳裏をよぎる。
だが今使えば、戻れない。
「ミツキ、無理をするな!」
ルークが前に出るが、炎の壁は容赦なく迫る。
その時――
轟音と共に、世界が裏返った。
炎が遠ざかり、視界が歪む。
三人の身体は“引き抜かれる”ように宙へ放り出された。
気づけばそこは、現実ではない場所だった。
青白い霧、虹色の空、色鮮やかなタイル。
神殿を思わせる、静謐で異質な空間。
「……ここは……?」
エリシェヴァが呟いた、その前に。
一人の少年が立っていた。
黒髪に赤の縁取り、赤い瞳。
緑と金の衣装を纏い、楽しげに笑っている。
「いやぁ、ほんとギリギリだったね」
軽い口調で、彼は言った。
1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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文字数が多い
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文字数がちょうど良い
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文字数が少ない