絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
薄く漂う青白い霧が揺らめく異空間。その中央に立つ少年は、にこやかに手を振った。
黒髪に赤い縁取りが鮮やかに映え、真紅の瞳はどこか無邪気さを含んでいる。緑と金の衣装が霧に反射して揺らめき、布の端は生き物のように微かに動く。
荘厳な柱に刻まれた模様が霧と溶け合い、虹色の光が足元のタイルを照らしていた。遠くからかすかな鐘の音が響き、幻想的な空気を漂わせている。
「いやぁ、危なかったね。もう少し遅かったら、三人そろってこんがり焼き上がってたところだったよ」
少年は軽い口調で笑い、両手を広げてみせた。遊び心を含んだ声は、危機を笑い飛ばすかのようだった。
その姿に、ルークは反射的に剣を構えた。銀髪が湿った霧に貼りつき、眼帯の下で右眼が鋭く光る。
「……何者だ、君は? それに、此処は一体。」
低い声に緊張が滲む。だが少年はむくれたように頬を膨らませ、両手を広げた。
「ちょっと、そんなに警戒しなくてもいいじゃない。僕は君たちを助けたんだよ? 感謝されこそすれ、斬られる筋合いはないと思うなぁ」
軽やかに一歩踏み出すと、タイルが波紋のように広がり、周囲の空間が形を変えていく。柱が立ち現れ、霧が渦を巻き、虹色の光が眩く反射した。
「助けた……の?」
ミツキが剣を握ったまま問い返す。額に汗が滲み、ツバキの髪飾りが傾いている。ワイバーン戦の疲労に生命の権能の重みがのしかかり、剣を握る手には小さな震えがあった。
少年はコクリと頷き、にっこりと笑った。
「うん。外の炎に焼かれる前に、この空間に引っ張り込んであげたってわけ。僕の名前はトッサカン。ちょっとした“空間いじり”が得意な使い魔さ」
「使い魔……!」
エリシェヴァが小声で呟き、身を引いた。緑の瞳が驚きに揺れ、握りしめた手がわずかに震える。
「使い魔? 普通の悪魔とは違うの?」
ミツキが尋ねると、エリシェヴァは深呼吸し、慎重に答えた。
「魔界の魔王直属の上級悪魔のことよ。普通の悪魔よりずっと強力な魔力を持っているわ。でも……この子が何を考えているのか分からないのが不安ね」
「魔王直属って……じゃ、じゃあ、まさかイブリースの……」
ミツキは警戒を強め、剣を構える。だがトッサカンは肩をすくめ、悪戯っぽく笑った。
「安心して。僕はイブリースの使い魔じゃないよ。人間を焼きたいわけじゃないし、君たちを襲う気もない。むしろ、この街じゃ避難してきた人々を守るのに必死なんだ」
「避難者……?」
ミツキの目が大きく見開かれる。霧の奥から微かな人声が聞こえ、希望と疑念が胸を揺らした。
「そう。外の温度はもう人間が耐えられるようなものじゃなくなってる。このままじゃみんな焼け死んじゃうからね。でも、僕の空間の中なら外からの干渉は一切届かない。だから皆んなここに隠れてるんだ」
トッサカンは軽やかに振り返り、奥を指さした。淡い光が差し込み、確かに人の気配があった。
ルークは剣を下ろさぬまま、目を細める。
「…妙な話だ。使い魔がこんな形で人間を守るという話は聞いたことが無い。君の動機が読めないな。」
「失礼な!」
トッサカンは頬を膨らませ、くるりと回る。
「依頼で来ただけなのに、こんな騒ぎに巻き込まれるなんて思ってなかったんだ。仕方なく守ってるだけさ」
軽口を叩きながらも、無邪気な笑顔の奥に隠れた影を、ミツキは一瞬だけ見てしまう。
「ほら、ついてきてよ!」
トッサカンの小さな背を追い、三人は霧の回廊を進んだ。虹色の光に照らされたタイルが輝き、空間は瓦礫の街とは正反対にどこか温もりを帯びていた。
やがて広間に辿り着く。淡い緑の光に照らされた壁、床に浮かぶ古代文字の文様。その中央に、千人は超えるであろう避難民が肩を寄せ合っていた。老人は膝を抱え、子供は母親の腕にしがみつき、傷ついた者は互いに支え合っている。嗚咽と祈りが交錯し、汗と土の匂いが空気を満たしていた。
「……こんなに……」
エリシェヴァが息を呑む。思わず治癒の光を生み出しかけたが、すぐに力を抑え込む。
「ベルゼブブ様……どうか、この子たちを見守って」
小さく祈る声が霧に溶けた。
「外に出れば、一瞬で焼かれる。だから、みんなここにいるんだ。君たちもあの魔王が何処かへ行くまでここから出ない方が良いよ」
トッサカンが肩をすくめる。
その時だった。群衆の中から、小柄な少女が一歩前に出てきた。煤けた布をまとい、髪は灰に汚れている。だが瞳だけは強い意志を宿し、震える膝を押さえながら立っていた。
「……あなたたち、外から来たんでしょ」
ミツキは剣を少し下げ、頷いた。
「そうだよ。街の様子を調べに来たの。君は……?」
少女は深呼吸し、名を名乗った。
「ライラ。……ただの奴隷だった。でも、ここに来てから……いろんなものを見た」
彼女の声は怯えと強さを併せ持ち、その瞳は真っ直ぐ三人を射抜く。
「……あなたたち、普通の旅人じゃないよね。剣も魔法も、他の人とは全然違う。だから――お願い。私の話を聞いて」
広間が静まり返る中、ミツキは剣を収め、ライラに視線を合わせた。
「……分かった。聞かせて。この街で何があったのか」
ライラは小さく息を吸い込み、震える唇を開いた。
「……イブリースの魔女は、私の親友――アーリヤなの」
1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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文字数が多い
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文字数がちょうど良い
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文字数が少ない