絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
「お嬢さん! お嬢さん、大変だ!」
激しく扉を叩く音と、切羽詰まった声。ミツキは布団の中で、うっすらと意識の端でそれを聞いていた。
(……うるさいなぁ……昨日遅かったんだよぉ、もう少し寝かせて……)
普段のミツキなら、放っておけば正午近くまで寝続けてしまうところだった。だが今日は、扉を叩く音があまりに激しく、しつこい。
「魔女が出たんだよ! 広場で今から処刑だって!」
その一言が、ようやく眠りの底までミツキの意識を叩き起こした。
「……へ?」
跳ね起きた拍子に、寝ぼけた頭がずきりと痛む。それでも構わず、ミツキは扉を開けた。宿の主人が、青ざめた顔で立っている。
「魔女って……」
「詳しいことは知らんが、街のあちこちで大騒ぎだ。お嬢さんも、出歩くなら気をつけなさいよ」
主人はそれだけ言うと、慌ただしく階下へ戻っていった。
(……ま、まさか……)
昨日の、あの張り詰めた目をしたエリシェヴァの顔が、脳裏に浮かんだ。まさか、そんな。だが、確かめずにはいられなかった。
ミツキは着替えもそこそこに、宿を飛び出した。
大通りに出ると、異様な熱気に包まれていた。人々が我先にと、同じ方向――広場を目指して駆けていく。
「聞いた?今から魔女が焼かれるんだって!」
「ええ聞いたわ、しかも今回のは魔王と契約した"ネファスの魔女"なんですってね?」
「ああ、なんておぞましいっ!そんな魔女は早く処刑されてしまえばいいんだ!」
「みんな早く行かないと、良い場所が取れないよ!」
まるで祭りでも見物に行くかのような、浮ついた足取り。子どもの手を引いた母親までもが、興奮した様子で人波に紛れていく。
ミツキは、その光景に思わず眉をひそめた。誰かが火にかけられようとしているというのに、誰の顔にも恐怖や同情の色はない。あるのはただ、娯楽を見物に行くような、浮かれた期待だけだった。
「聞いたか、あの女、ずっと街に呪いをかけてたらしいぞ」
「道理で、……ここ数日の流行り病もあいつのせいだったんだな。」
すれ違いざまに聞こえてきた言葉に、ミツキは眉をひそめた。誰から聞いたのかも分からない噂が、まるで確定した事実のように語られている。
「もう二度と、この街を魔王だの魔女だのに好き勝手させてなるものか。魔女なんて一人残らず焼かれてしまえばいいのさ」
年配の男が、隣を歩く連れに向かって吐き捨てるように言った。その目には、興奮とも恐怖とも取れない、何かにすがるような光があった。
(魔王……)
昨夜、宿で聞いた話が頭をよぎる。五百年前、この街を支配したという魔王の名前。語り継がれてきた恐怖は、今も色褪せていない。だからこそ、誰かを叩き潰すことでしか、自分たちの平穏を確かめられないのかもしれない。
たどり着いた広場の外れから見えたのは――浄化官に両腕を掴まれ、広場へと引きずられていくエリシェヴァの姿だった。
ミツキは群衆の外れから、その光景を見つめていた。今すぐにでも飛び出したい焦りが、心の中でで暴れている。だが、彼女は足を動かさなかった。
エリシェヴァを連行する浄化官は、一人や二人ではない。前後左右を四人が固め、彼女の手首を鎖のように取り囲むその陣形は、単なる護送ではなかった。四人の掌から、淡い白い光が絶えず漏れ出し、エリシェヴァの体を薄い膜のように包んでいる。
(……そういえば、翁が言ってたよね。)
教会には、神々から授かった力"神力"を込めて魔女の魔法を封じる術があるのだと。今、目の前で光っているあれが、恐らくそれなのだろう。分かった瞬間、ミツキの手のひらにじっとりと汗が滲んだ。
このまま突っ込んで、あの光を解くのに手間取れば――想像するだけで、背筋が冷たくなる。" 権能"が切れた瞬間、数十人の浄化官と群衆のど真ん中に、二人まとめて取り残されることになってしまう。
(落ち着け私。今じゃない………今じゃない…………)
拳を握りしめ、ミツキは奥歯を噛んだ。頭では分かっている。今は、待つしかない。
群衆に紛れながら、ミツキはエリシェヴァの後を追った。石畳を引きずられる足音、投げつけられる罵声、それを浴びながらも歯を食いしばって前を向くエリシェヴァの背中。
やがて、一行は広場の中央――教皇アダムスの石像の足元へとたどり着いた。組まれた火刑台の上に、エリシェヴァが縛り付けられる。
(お願い……早く、隙を作って)
祈るような気持ちで、ミツキはあの白い光を睨み続けた。まだだ。まだ、消えていない。
薪が積まれ、浄化官が松明に火を灯す。群衆の熱狂が、地鳴りのように広場を揺らしていた。
「邪悪な魔女に神の槌を!」
「燃やせ! 浄化しろ!」
ミツキは人垣の隙間から、じっとその様子を見守っていた。まだだ。まだ、拘束は解けていない。
やがて、松明を掲げた浄化官が、大きく一歩、火刑台から距離を取った。自身に炎が燃え移らないように他の浄化官達もエリシェヴァから離れていく。その影響か、彼女の神力による拘束がわずかに解かれた。
(――今だっ!)
その一瞬を、ミツキは見逃さなかった。
「──神の御名において、不浄を焼き払え!」
浄化官の手から松明が放たれる。炎が薪へ燃え移り、橙色の火が足元を這い上がった。歓声と悲鳴が入り混じり、空気を震わせる。
──その刹那。
「──止まれ」
静かでありながら、鋭く世界を断ち切るような声が、ミツキ自身の口から放たれた。
カチリ、と乾いた音が響く。
絶叫していた群衆の口が開いたまま固まり、空中に投げられた石も、燃え広がろうとしていた炎もそのまま静止した。
風も音も途絶える。
広場は異様な静寂に包まれた。
(――よし、行こう)
思考まで凍りつきそうな沈黙の中、ミツキはブーツの足音だけを響かせながら、静止した世界の中央へと歩み出た。破れたマントを脱ぎ捨て、火刑台へ迷いなく上る。エリシェヴァを縛る麻縄へ指先を触れると、それだけで縄は断ち切られた。
崩れ落ちる体を、ミツキはしっかりと抱き留める。
「もう大丈夫。ただ、この“権能”は長くは持たないから──急いで逃げるよ」
「……あ……え……?」
エリシェヴァの手首に、指を這わせる。凍りついていた感覚が戻り、涙が頬を伝った。
「あなた……どうして……?」
「困ってる顔、してましたから」
診療所で見せたのと同じ笑顔を作り、ミツキはエリシェヴァを軽く抱え直すと、時間が止まったままの浄化官や群衆の間を駆け抜けた。
無音の世界。自分たち以外のすべてが彫像のように固まる異様な光景の中を、赤い影がすり抜けていく。冷たく強張っていたエリシェヴァの手は、いつの間にかミツキの背へ回されていた。
広場を抜け、暗い路地裏へ滑り込んだ瞬間──ミツキは走りながら指を鳴らす。
パチン。
途端に世界へ時間が雪崩れ込んだ。
『─────っ!?』
背後の広場から、数え切れない悲鳴と怒号が一拍遅れて爆発する。
「消えた!?」
「どこへ行った!」
「魔女が消えたぞ!」
浄化官たちの叫びが響き渡る。ミツキはエリシェヴァを抱えたまま、入り組んだ路地を幾度も曲がり、薄暗い裏通りを駆け抜けた。夜風が乱れた黒髪を撫で、荒い呼吸が白い息となって漏れる。やがて追手の気配が完全に遠のいた頃、二人は物陰へ身を隠した。
「はぁ、はぁ……ここまで来れば、ひとまず安心かな」
胸を押さえながら、ミツキはいたずらっぽく笑った。
(よかった……間に合った)
安堵で膝から力が抜けそうになるのを堪えながら、隣で肩を震わせているエリシェヴァに目を向ける。
「これは……もしかして魔法を使ったの?どうして私なんかの為に……あなたまで追われる身になってしまうわ」
途切れ途切れの問いに、ミツキは肩をすくめた。
「助けたいと思ったから、助けた。それだけだよ」
ミツキはにっと笑った。
半分は本当だった。もう半分――拘束が解けるタイミングを、ずっと計り続けていたことは、口にしなかった。今それを話しても、きっと余計にエリシェヴァを不安にさせるだけだろう。
我ながら行き当たりばったりだったと苦笑しつつも、ミツキはエリシェヴァの冷えた手を両手で包み込み、ぎゅっと握った。
「詳しい事は後で話す。もう少し静かな場所まで行こう」
そう言って、真っ直ぐに彼女を見た。
「大丈夫。私が絶対に守るから──信じて、エリシェヴァ」
エリシェヴァは小さく息を呑んだ後、震える指で、ミツキの手を握り返した。
「……うん」
かすかな声だった。それでもミツキは嬉しそうに笑う。路地の向こうでは、まだ追手たちの怒号が響いている。だが二人はもう振り返らず、暗い夜の中を並んで歩き出した。
1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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文字数が多い
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文字数がちょうど良い
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