絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
街の外れにある崩れかけた廃屋の隅で、小さく焚き火の炎が揺れていた。
夜の静けさが周囲を包み、薪のぱちぱちと爆ぜる音だけが、静寂を優しく切り裂く。
エリシェヴァは毛布にくるまり、まだ残る震えを抑えながら、そっと隣のミツキを盗み見た。
赤いドレスの裾を整え、火を見つめるミツキ。黒髪が橙色の光に照らされ、紅いツバキの髪飾りが怪しくも美しく輝いている。
「……あの」
絞り出すようなエリシェヴァの声に、ミツキは顔を上げ、軽やかに微笑んだ。
「ん? どうしたの?」
あまりに日常的なそのトーンに、エリシェヴァは毛布を強く握り締め、胸の奥の疑問を吐き出した。
「どうして……私を助けてくれたんですか? あなたまで魔女狩りに遭うかもしれないのに……。それに、あの時使った時を止めるような力も、あなたの考え方も……なんだか、この世界の人間じゃないみたいです」
ミツキは一瞬だけ瞳を丸くし、やがてふっと苦笑した。
「すごいね、エリシェヴァ。バレちゃったか。──信じてもらえないかもしれないけど、その通りだよ。私は、別の世界から来たの」
「え!?」
「だから、あたしにはこの街の『普通』がどうしても分からない。祈らなかっただけで暴行される? 病気を救っただけで魔女扱い? そんなの、気持ち悪すぎるよ。……ねえ、エリシェヴァ。こんな世界、変えたいと思わない?」
「変えたいって、あなた一人でですか? 教皇アダムス様の教会は、この世界のすべてですよ。数多の悪魔や魔王でさえ、かつての戦争で敗れたというのに……」
「一人じゃなくてもいいよ。エリシェヴァみたいな優しい人がいるんだから」
ミツキのまっすぐな瞳に見つめられ、エリシェヴァは力なく首を振った。
「私の力なんて、ただの罪です。ベルゼブブ様に与えられたけれど、人を救うたびに胸が痛むんです。故郷の村を救った時も……結局、私は魔女になってしまったのだから」
ぽつりぽつりと漏れ出す言葉とともに、封印していた数年前の記憶が脳裏に溢れ出した。
─────
──数年前。
エリシェヴァの故郷の村は、酷く荒廃していた。
畑は干上がり、ひび割れた土は赤茶けた傷口のようだった。井戸は涸れ、底に残る泥が腐臭を放つ。村人たちは痩せ細り、頬はこけ、目は希望を失っていた。
朝になると誰かが倒れ、そのまま動かなくなる。夜には常にすすり泣きが響いた。
幼いエリシェヴァは手に握ったパンの欠片を母に差し出すが、母は病に伏し、熱で赤らんだ顔で弱々しく微笑むだけだった。
父の瞳は、かつての温もりを失い、ただ空虚に遠くを見つめている。
エリシェヴァの胸を満たすのは、恐怖と絶望だけだった。
村の祭壇に集まり、村人たちは神に祈った。粗末な木の台に供物を置き、声を合わせて唱える。
「神よ、恵みを」
だが、空は灰色に閉ざされ、風は冷たく吹き抜けるばかり。神は答えなかった。
――エリシェヴァは、両親の墓前で膝を抱え、震える唇で祈りを繰り返す。
だが、母の荒い息、父の空虚な目が思い出され、涙が止まらなかった。
(神はいない……この村は、死ぬだけ……)
村人たちは次々に倒れ、彼女も飢えに体が弱っていく。
ある日、村の外れで老人が焚き火の前で語った。
声は枯れていたが、どこか懐かしさに満ちていた。
「むかしむかし、この地には“豊穣の神”がいたという。田畑を潤し、病を癒し、大地に恵みをもたらした。だが、いつしか忘れられてしまったのだ。」
老人の目は遠くを見、炎の揺らめきに映る。
「その神は、森の奥の祠に眠ると言う。だが、近づく者は呪われるとも……」
村人たちは顔を見合わせ、恐怖に身をすくめた。
だが、エリシェヴァの胸に、かすかな希望が灯った。
(神が応えないなら……その“忘れられた神”に縋るしかない。両親の分まで、生きてみせる。)
その夜、彼女は両親の墓前に花を供え、村の外へ走った。
森は暗く、木々の間を冷たい風がうなる。足元の小石が素足を刺し、棘がスカートを裂いた。
だが、エリシェヴァは止まらなかった。母の温もり、父の優しい手──それらが、彼女の小さな体を突き動かした。
やがて森の奥、苔むした祠が現れる。
古びた石には誰も読めない文字が刻まれ、湿った空気に草の匂いが混じる。
祠の前で、彼女はなんとか掻き集めた少量の葡萄酒とパンを供え、膝を折り、両手を組んだ。
「どうか……この村を救ってください! 私をどうなさってもかまいません。だから、お願い!」
涙が頬を伝い、雫が地を濡らす。
その瞬間、祠から淡い緑の光が零れ、視界が歪んだ。
エリシェヴァの体が浮き上がり、まるで何かに引き込まれるように闇に溶ける。
森の木々が遠ざかり、彼女は目を閉じる。
次の瞬間、足元に固い石の感触が戻った。
開いた目に広がったのは、古びた神殿のような空間だった。
柱は苔むした石ででき、壁には古い文字が刻まれている。天井は高く暗く、淡い緑の光が全体を照らしていた。空気は湿り気を帯び、草の香りが濃く漂う。
(ここは、どこ?)
「その願い、確かに聞いたよ。」
背後からの声に振り返ったエリシェヴァは、息を呑んだ。
月明かりのような淡い光に照らされ、そこに立っていたのは青年の姿をした存在だった。
淡い茶髪が風に揺れ、草原を思わせる深緑の瞳が彼女を見つめる。整った顔立ちは穏やかで、微笑みは人間以上に優しい。
だが、その背に広がる羽が、彼の正体を物語っていた。
頭には二本の羊のような大きな角。片翼は蛾の翅のように透け、粉を散らすほど脆い。もう一方は先が蜂の羽のようにねじれた異形。
かつて白く美しく輝いていたはずの神の翼は、天の神々の呪いによって歪められていた。
「あなたは……」
エリシェヴァの声は震えた。恐怖と希望が交錯し、足が動かない。
「かつては“豊穣の神”と呼ばれた者。今は──ベルゼブブと呼ばれている。」
その名は、村人たちが恐れ忌む“魔王”の名だった。
だが、目の前の存在は恐怖を煽るどころか、膝を折り、幼い彼女と目線を合わせた。
「怖がらなくていい。君の祈りが、あまりに必死で、応えたくなっただけだ。」
声は柔らかく、まるで風に揺れる草のようだった。
「村を、救ってくださるんですか?」
エリシェヴァの声は涙で掠れる。
ベルゼブブは頷き、静かに言った。
「そのために来た。だが、力を渡すには契約が要る。君の命の一部を私に預ける代わりに、“癒し”の力を授けよう。」
彼の深い緑の瞳は、悲しみと優しさに満ちていた。
エリシェヴァは震える手でスカートを握り、両親の顔を思い出す。母の温もり、父の優しい手──それらが、彼女の小さな体を突き動かす。
「はい。」
ベルゼブブは微笑み、彼女の小さな手を取った。
瞬間、緑の光が二人を包み、熱と温もりが体を駆け抜ける。心臓が脈打ち、命そのものが流れ込むようだった。
光が収まると、エリシェヴァの手にはかすかな緑の輝きが残っていた。
村に戻ると、奇跡が起こっていた。
衰弱していた村人たちが呼吸を取り戻し、頬に血の色が差す。畑に緑が芽吹き、井戸に水が湧く。村人たちは地に伏して涙を流した。
「神の恵みだ!」
彼らは叫んだ。
だが、エリシェヴァは知っていた。
救ったのは“神”ではなく、忘れられた“豊穣の魔王”であることを──。
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「……神様が助けてくれなかったから、私は魔王様に縋った。村は救えたけれど、両親は戻らない。そして私は、悪魔と契約した魔女になったんです」
溢れ出た涙を拭うエリシェヴァに、ミツキは優しく寄り添い、その肩を抱き寄せた。
「罪じゃないよ。君は自分の命をかけて、大好きな人たちを守ろうとしたんでしょ? それが、ベルゼブブが君を選んだ理由じゃないかな」
「……ミツキさん……」
「これからは私を信じて。あなたは、もう一人じゃないから」
ミツキの温もりに胸が熱くなる。エリシェヴァは深く頷くと、決意を込めて懐から一つの小石を取り出した。苔むした表面に古い文字が刻まれた、あの祠の石。
「ミツキ……ベルゼブブ様の領域へ、お連れします。」
エリシェヴァが古い言葉で祈りを紡ぐと、石から溢れ出た緑の光が二人を包み込んだ。
空間が歪み、廃屋の風景が闇の中へと溶けていった。
1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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文字数が多い
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文字数がちょうど良い
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文字数が少ない