絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
目の前に広がったのは、森とも荒野ともつかぬ空間だった。苔むした石柱が立ち並び、壁には見たことのない古い文字が刻まれている。高い天井は緑の光に揺れ、湿った空気に草の香りが混じっていた。 まるで時間が止まった古びた神殿のようだった。
(ここが 魔王の座する場所。)
中央には、青年の姿をした存在が立っていた。 淡い茶髪が肩に流れ、草原を思わせる深緑の瞳が二人を見つめている。 背には蛾のように透けた翅と、焦げた羽根が混じる歪んだ翼。 かつて豊穣の神と呼ばれ、今は魔王とされるベルゼブブだった。
「ようこそ、私の領域へ」
その声は穏やかだった。
エリシェヴァはひざまずき、深く頭を垂れた。
「ベルゼブブ様。この方が、私を救ってくださったミツキ様です」
その声には敬意と、かすかな緊張が滲んでいた。 ミツキはそれを感じ取り、そっと彼女の肩に手を置く。
ベルゼブブの視線がエリシェヴァへ向いた。
「人前で魔法を使うとは……危なかった。心配したよ」
叱責よりも気遣いの色が濃い言葉だった。
エリシェヴァは肩を震わせ、顔を上げる。
「申し訳ありません、ベルゼブブ様。あの子を放っておけなくて」
罪悪感と忠誠が入り混じった瞳。 ミツキは微笑みながら口を開いた。
「君は正しいことをしたよ、エリシェヴァ」
ベルゼブブは静かに頷き、今度はミツキを見る。
「君が……“翁”に遣わされた者なのだね」
ミツキの胸がわずかに震えた。 翁の名――それは彼女の使命の核心に触れる言葉だった。
だが視線を逸らさず、真っ直ぐ答える。
「ええ。私は翁の意志を継いでいます。アダムスと教会の暴走を止めたい。そのために、あなたの“シギル”を私に託してほしいの」
紅いドレスが緑の光を受けて揺れる。 その声に迷いはなかった。
ベルゼブブはしばらく彼女を見つめ、小さく息を吐く。
「人を救うために、魔を頼るこの世界では異端の道だ。だが、異端であるがゆえに真実を映すこともある」
「異端で構わない」
ミツキは即答した。
「私は、もう誰かが泣くのを見たくないから」
ベルゼブブは目を細め、柔らかく微笑む。
「その覚悟、確かに受け取ったよ」
彼の掌に緑の光が灯り、複雑な紋章が形を結ぶ。 それは生き物のように脈動し、羽音にも似た響きを放っていた。
「これは私の“シギル”。翁の権能を開く鍵となるものだ。受け取りなさい」
光がミツキの胸へ吸い込まれる。
灼熱の奔流が全身を駆け抜けた。 心臓が激しく脈打ち、まるで命そのものを焼かれるような感覚に襲われる。
「ミツキ!?」
エリシェヴァが慌てて手を伸ばす。
ミツキは膝をつきながらも、小さく笑った。
「大丈夫、ちょっと熱いだけ」
その瞬間、遠い深淵から“翁”の声が響いた。
《……これで二つ目だ。“破壊の権能”――我が力の片鱗。教皇アダムスを討ち、天上界への道を切り開くために使いなさい》
冷たく、それでいて圧倒的な力を帯びた声だった。
ミツキの胸に刻まれたシギルが脈動する。
(ありがとう翁。この力必ず役立に立てるよ)
彼女はゆっくりと立ち上がり、ベルゼブブを見つめた。
ベルゼブブは静かに告げる。
「重い力だ。だが、君なら背負えるだろう。どうかエリシェヴァを守ってやってほしい。そして、自分自身の心も見失わないでほしい」
ミツキは胸の奥を突かれたように一瞬俯く。 だがすぐに顔を上げ、微笑んだ。
「ありがとうございます。この力、必ず役立てます」
エリシェヴァがそっとミツキの手を握る。
「ミツキ、ありがとう」
その温もりに、ミツキの表情も少し和らいだ。
ベルゼブブは穏やかな笑みを浮かべる。
「ならば行くといい。君たちの旅路に、豊穣の恵みがあらんことを」
緑の光が薄れ、神殿の空間が揺らぐ。 二人の体は浮かび上がり、ゆっくりと現世へ引き戻されていく。
ミツキはエリシェヴァの手を握り返したまま、新たに宿った力の鼓動を胸の奥に感じていた。
緑の光が収まると、二人は再び静まり返った廃屋へと戻っていた。
神殿での緊張とシギルを受け取った疲労からか、エリシェヴァは毛布に包まれると、ほどなくして安らかな寝息を立て始めた。
その隣で静かに瞳を閉じたミツキは、深い暗闇の底へと意識を沈めていく──。
──闇の世界。
ミツキの意識が静かに引き込まれる。
澄んだ空には無数の泡のような光がきらめき、虚空には黒い大樹がそびえていた。幹は太くねじれ、枝は空を覆うように広がる。根元には赤い彼岸花が咲き乱れ、地面を血のような色で染めていた。
花弁は風もないのにわずかに揺れ、甘い腐敗の香りが漂う。幹には無数の傷跡が刻まれ、魂の叫びのようにも見えた。
花の間を小さな虫が這い、かすかな羽音が響く。
闇の空気は重く、息を吸うたび胸の奥へ冷たさが染み込んでくる。
――ここは、ミツキの夢の奥底に広がる異空間。
孤独と静寂に満ちているはずなのに、どこか懐かしさも感じさせた。
大樹の根元には、一人の青年が立っていた。
長い黒髪が風もないのに揺れ、褐色の肌に黄金の瞳が闇を貫いている。整った顔立ちは美しく、だが底知れない気配を纏っていた。
それでも、その瞳の奥には一瞬だけ孤独の色が滲んでいる。
「また会ったな、ミツキ」
翁の声は落ち着いていて、わずかに柔らかさを含んでいた。
ミツキは唇を尖らせる。
「……人を勝手に呼びつけるの、やめてくれません? 毎回夢の中で、疲れるんですけど」
軽い口調だった。
翁は小さく微笑む。
「夢の中でしか語れぬのだ。許せ」
ミツキは肩をすくめ、それ以上は追及しなかった。
「それで、今夜は何の用? また使命の話?」
翁の黄金の瞳が静かに光る。
「お前の使命を、改めて告げるためだ。この世界を縛る教会と、その頂に立つアダムスを討て。そしてシギルを集め、全能神の住まう天上界への扉を開くのだ」
重い言葉が静かに響く。
ミツキは小さく息を吐いた。
「……やっぱり、そこまでやらなきゃいけないんだね。ベルゼブブのシギルは受け取ったけど……正直重いよ、この力」
胸に手を当てると、シギルが脈打つ感覚が返ってくる。
翁は問いかけた。
「恐れるか?」
ミツキは即答する。
「ううん。ただ、面倒くさいってだけ」
苦笑混じりの返答だった。
翁は一瞬だけ目を細める。
「お前は時に強がるな。孤独を恐れているのではないか?」
その言葉に、ミツキの胸がわずかに痛んだ。
だが首を横に振る。
「それは違う。エリシェヴァみたいな仲間がいるから、もう一人じゃないよ」
少し間を置いて続ける。
「翁こそ、ずっとここにいるみたいだけど……大丈夫なの?」
黄金の瞳がかすかに揺れた。
「私のことは気にするな。お前は、自分の心を大切にしろ」
ミツキは苦笑する。
「大切にするよ。でも、翁の使命、絶対に果たすから。エリシェヴァを救ったように、他の魔女たちも守る」
翁は深く頷いた。
「その言葉、信じよう」
静かな声だった。
「お前の仲間は、君の強さだ」
ミツキはふっと笑う。
それを見て、翁の表情もわずかに和らいだ。
「約束しよう」
彼岸花が揺れ、星空が淡く瞬く。
やがて夢の世界は音もなく崩れ始めた。
ミツキは目を覚ます。
夜明け前の静寂の中、隣から聞こえるエリシェヴァの寝息が耳に届く。
穏やかな呼吸音を聞きながら、ミツキは天井を見上げた。
(理由は言えない。でも、この世界を、魔女たちを、絶対に救ってみせる)
胸の奥で静かに誓い、再び目を閉じる。
廃屋には焚き火の残り火だけが揺れていた。
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1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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