絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜 作:なないろすらいむ
雲を突く尖塔の頂にそびえ立つ、白亜の大聖堂。
教会本部の荘厳なる大ホールでは、高窓のステンドグラスから差し込む光が大理石の床を鮮やかに染め上げていた。赤、青、金の光が複雑に交錯し、聖者の生誕や天上神の威光を描いたガラス絵が眩いばかりに輝く。その光の束は、まるで天上に座す神々の冷徹な視線そのもののようだった。
ホールの最奥、豪奢な装飾が施された玉座に、教皇アダムスが深々と腰掛けていた。
短く切り揃えられた金の髪に、氷のように澄み渡る碧眼。唇には優雅で穏やかな微笑をたたえているものの、その奥には見る者を無条件に見下すような、底知れぬ傲慢さが揺らめいている。
民衆から「神の代弁者」と崇められる聖者──しかしその輝かしい威光の裏には、深遠なる狂信の影が蠢いていた。
玉座の足元では、黒衣に身を包んだ神官が平伏していた。大理石の床に触れた鋼鉄の籠手が、カチリと冷たい音を立てる。神官の額からは嫌な汗が噴き出し、報告を述べる声は微かに震えていた。
「……聖レクス市にて、“魔女”が火刑に処される直前、謎の少女が乱入いたしました。現場の群衆および浄化官を無力化し、魔女を連れ去ったとのことです」
地方教会から届いた緊急の報告書を読み上げる神官の声音は小さく、いまにもアダムスの発する圧倒的なプレッシャーに押し潰されそうだった。広大なホールに響くのは、神官の掠れた声と、光が揺れる微かな空気の鳴動だけである。
アダムスの碧眼が、ゆるやかに細められた。
「謎の少女、か」
静かだが、ホール全体を凍りつかせるような低い声音。神官はさらに深く額を床へ擦り付けた。
「は、はい。黒髪に真紅の装束を纏った者でございます。その者が処刑台へ向かって踏み出し、何かを呟いた次の瞬間、現場で不可解な現象が起きました。現場に残された浄化官らの証拠によれば、一瞬の眩みがあった直後、処刑台の魔女もその黒髪の少女も、まるで煙のように霧散していたと……。集団幻術、あるいは未知の転移術式の類いかと推測されますが……」
報告の言葉が途切れる。
アダムスは静かに玉座から立ち上がり、ゆったりとした足取りで歩みを進めた。金の刺繍が施された重厚なローブが音もなく床を滑り、ステンドグラスの光を眩しく反射する。
「黒髪の少女。成る程」
アダムスは薄い唇の端を吊り上げ、うっすらと笑みを浮かべた。
それは予期せぬ事態への動揺や恐怖ではなく、長年絡まり合っていた謎が解け終えた者が浮かべる、得心の笑みであった。
「慌てる必要はない。それは幻術でも魔法でもない。──“翁”が送り込んだ“第二の巫女”というだけのことだ」
神官がおそるおそる顔を上げ、不安げに口を開く。
「お、翁でございますか? しかし、教会の聖典にもそのような名の伝承は……」
「今は知る必要のないことだ」
アダムスは片手を軽く挙げ、神官の言葉を静かに遮った。そして、平伏する神官を見下ろすように視線を落とすと、まるで分からず屋の子を諭すかのような慈悲深い声で告げた。
「お前は、私が何者かを忘れたのか?」
「っ! い、いえ! 滅相もございません!」
アダムスは悠然と振り返り、高く掲げられた高窓の光を仰いだ。逆光の中に浮かび上がる彼の金髪が神々しく輝き、その背中は神官にとって、世界そのもののように大きく、そして恐ろしく見えた。
「かつて、この世界は魔界との凄惨なる戦争によって荒廃の極みにあった。絶望に沈む人々を救い上げ、厄災たる魔王らを排し、いまの平穏と秩序を築き上げたのは誰だ?」
「そ、それは、教皇アダムス猊下、あなた様でございます」
「そうだ。天上神に選ばれし唯一無二の代行者。それこそが私だ」
アダムスの声には、何者も犯すことのできない絶対的な確信と誇りが満ちていた。
「魔界の全軍勢すら退けてみせた私が、たかが一人の魔女と、見知らぬ小娘一人の抗いに揺らぐとでも思ったか?」
神官は息を呑み、再び深く平伏した。
主の放つあまりにも巨大な威光と自信の前に、少女が見せた不可解な力への恐怖など、綺麗さっぱり吹き飛んでしまったのだ。
「も、申し訳ございません……! 私ごとき浅学が、要らぬ心配をいたしました……!」
「分かればいい」
アダムスは満足げに頷くと、冷徹な碧眼を微かに細めた。
「“翁”が裏で何を企てようと、結末が変わることはない。我が正義に挑む愚かなる者たちよ」
彼の視線は窓の向こう、眼下に広がる広大な街並みへと向けられる。
「覚えておくがいい。この世界に光をもたらしたのは私だ。いかなる異端であろうと、私が築き上げた絶対の平穏を傷つけることなどできはしない」
アダムスは振り返り、言葉を失ってひれ伏す神官を見下ろした。その声には一切の揺らぎがない。
「下がりなさい。次の『務め』の準備がある」
「は、はい! 直ちに!」
神官は這うようにして立ち上がると、逃げるようにホールを退出していった。
ズシン、と重厚な装飾扉が閉ざされ、広い大聖堂の中に再び静寂が戻る。
一人残されたアダムスは、玉座へ戻ることはしなかった。
ゆっくりと窓辺へと歩み寄ると、冷たいガラスにそっと長くて美しい指先を這わせる。
「──邪魔はさせない。翁だろうと、運命だろうと」
先ほどまでの神々しい威厳は影を潜め、そこにはただ、暗い情念に飢えた獣のような静かな執着だけが渦巻いていた。
彼は目を開き、冷徹な碧眼でガラスの向こう──決して手の届かぬ遥かなる空の彼方を、刺すような視線で睨みつける。
「壁はまだ厚い。だが……そう遠くないはずだ」
指先に強い力がこもり、ガラスがギチ、と嫌な音を立てる。
世界を隔てる目に見えぬ透明な『壁』を、いまにも叩き割りたくなる衝動を静かに押し殺すように。
降り注ぐステンドグラスの光が彼を照らし、神聖な輝きで包み込んでいく。
だが、その美しき光の裏に潜んでいるのは、世界を呑み込むほどの狂信と傲慢の影であった。
1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。
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