絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜   作:なないろすらいむ

74 / 99
第五章 文明の魔王編
第1話 灰の都市


 

 ジジッ……ブゥゥン……。

 

 不規則に明滅する光と、壊れかけた換気扇が回るような、耳障りな駆動音。

 肌に触れる空気は乾燥しきっており、鼻をつくのは、古い埃と、焦げた鉄のような匂いだった。

 

「……ん……ッ!?」

 

 ミツキは、重たいまぶたを押し上げると同時に、弾かれたように上半身を起こした。

 心臓が早鐘を打っている。

 

(……ここ、どこ!?)

 

 視界に映ったのは、所々が剥がれ落ち、配線が剥き出しになった白い天井と、今にも消えそうな蛍光灯の頼りない明かり。

 自分が寝かされていたのは、ギシギシと音を立てる硬いパイプベッドの上だった。

 

 宿屋のふかふかのベッドじゃない。アイン・アル・ハヤトの爽やかな朝の匂いもしない。

 あるのは、死んだような無機質な空気だけ。

 

 ラーヴァナの言葉が脳裏に蘇る。

 『本当の『文明』の絶望(リアル)を叩き込んでやるよ』

 

「……夢じゃ、なかったんだ」

 

 ミツキは青ざめた顔で周囲を見渡す。

 薄暗い部屋には、埃を被ったシーツに包まれて、数人の人影が横たわっていた。

 

「みんな……!?」

 

 ミツキはベッドから転げ落ちるようにして駆け寄る。

 

「ルーク! エリシェヴァ! 起きて!」

 

 肩を揺さぶると、ルークがうめき声を上げ、猛禽のような速さで跳ね起きた。

 

「……ッ! 何だ!?」

 

 ルークはまだ焦点の合わない目で、反射的に腰の剣へと手を伸ばし、そのまま周囲を威嚇するように睨みつけた。

 

「敵襲か!? いや、ここは……?」

 

 彼女は自分の手を見て、次に見知らぬ天井を見上げ、最後にミツキの顔を見て凍りついた。

 

 「……ミツキ、君もいるのか? ここは宿屋じゃ……」

 

「きゃあああっ!?」

 

 悲鳴が上がった。

 隣のベッドで目覚めたライラが、パニックを起こしてシーツを被り、震えている。

 

「ここどこですか!? 暗い……怖いよぉ……!」

 

「ライラ、落ち着いて! 私よ!」

 

 エリシェヴァが慌ててライラを抱きしめるが、彼女自身の顔色も蒼白だった。

 

「魔力反応がない……。それに、この壁……石でも木でもありません。ツルツルしていて……まるで氷のように冷たい……」

 

 エリシェヴァは異様な部屋の造りに戦慄し、ルークに視線を送った。

 

「ルーク、私たちは……眠っている間に連れ去られたの? 誰にも気づかれずに……?」

 

「……ありえない」

 

 ルークがギリリと歯噛みする。

 

「僕は浅い眠りだったし、ヴィクラム殿が結界を張っていたはずだ。それをすり抜けて、全員まとめて拉致するなんて……」

 

「お父様……?」

 

 その時、セレスティアがふらりと起き上がった。

 彼女は周囲を見渡し、そして顔色を変えて叫んだ。

 

「お父様!? お父様、どこですか!?」

 

 狭い部屋の中、ベッドは五つしかなかった。

 ミツキ、ルーク、エリシェヴァ、ライラ、セレスティア。

 ――ヴィクラムの姿だけがない。

 

「いない……! お父様だけいないわ! どうして……!」

 

 セレスティアが取り乱し、出口へと駆け出そうとする。

 

「待ってセレスティアさん! 不用意に出ちゃダメ!」

 

 ミツキが慌てて彼女を止める。

 

「落ち着いてみんな! ……たぶん、ここは『サントーン・カーシャヘル』だ」

 

「えっ……?」

 

 全員の動きが止まる。

 

「サントーン・カーシャヘル……? ラーヴァナの都か?」

 

 ルークが疑わしげに問う。

 ミツキは意を決して、夢の中で起きたことを詳細に語り始めた。

 

「うん。……いつもの翁の夢だと思ってたの。いつもの花畑で、いつものように翁と話せると思ってたんだけど……違った」

 

 ミツキは、夢が浸食された時の恐怖を思い出しながら続けた。

 

「ラーヴァナだったの。あいつ、翁との通信に割り込んできて……これは罠だったんだ。あいつが無理やり、あたしたちをここに連れてきたんだよ。『お前らを隔離(かくま)ってやる』って……」

 

「隔離……? どういうことだ?」

 

 ルークが眉をひそめる。

 ミツキは、夢で聞いた不穏な真意を、隠さずに伝えた。

 

「『ヴィクラムの魔手から守るため』だって」

 

「ヴィクラム殿から……守る?」

 

 セレスティアが信じられないという顔で首を振った。

 

「お父様から守るなんて……どういうことですか? お父様は私を助けるために……」

 

「ごめん、セレスティアさん。でも、ラーヴァナははっきり言ってた」

 

 ミツキは辛そうに、しかしはっきりと告げる。

 

「あいつ、ヴィクラムさんのことを『クソ親父』って呼んでた。セレスティアさんを利用して、何かとんでもないことを企んでる……ヴィクラムさんと一緒にいたら、骨の髄まで利用されて捨てられるぞって」

 

「……!」

 

「だから、これは『慈悲』なんだって。あたしたちをヴィクラムさんから引き離すために、あえてこんな強引なことをしたんだと思う」

 

 場に、重苦しい沈黙が落ちた。

 信じがたい話だ。あの献身的な父親が、娘を利用しているなどと。

 だが、現実にヴィクラムだけがこの場におらず、ミツキたちがこうして拉致されている事実が、ラーヴァナの言葉の重みを裏付けていた。

 

「……とにかく」

 

 ルークは複雑な表情を浮かべながらも、剣を抜いて扉の前へと歩み寄った。

 

「ラーヴァナの言葉が真実か、ヴィクラム殿が潔白か。……それを確かめるためにも、まずはここを出るぞ。じっとしていても始まらない」

 

 扉の横にある操作パネルは壊れて火花を散らしている。

 

「退がってくれ」

 

 ルークが剣の切っ先を扉の隙間にねじ込み、渾身の力でこじ開けた。

 

 ギギギギギッ……!

 

 錆びついた金属が悲鳴を上げ、重い扉がわずかに開く。

 その隙間から流れ込んできたのは、饐えたような古い空気と、圧倒的な「廃墟」の気配だった。

 

 一行は息を呑み、その外の世界へと踏み出した。

 

 建物の外に出た瞬間。

 一行を待っていたのは、言葉を失うほどの「喪失」の光景だった。

 

「……な、なにこれ……」

 

 ライラが口元を押さえる。

 

 そこには確かに、巨大な都市の残骸があった。

 天を衝くようにそびえ立つ、ガラスと鋼鉄の巨塔(ビルディング)。

 かつては陽光を反射して輝いていたであろうその摩天楼は、今は無残にひび割れ、窓ガラスの大半が砕け散っている。

 

 剥き出しになった鉄骨は赤錆に覆われ、巨大なビルの残骸が、墓標のように林立していた。

 

 建物と建物の間を縫うように架けられた透明なチューブは途中で折れ、中を通っていたはずの乗り物が、地面に落下して鉄屑と化している。

 

 足元のアスファルトはひび割れ、その隙間からは、この異界特有の「灰色の植物」が這い出し、文明の残骸を侵食していた。

 

 そして、空。

 

 赤紫色の靄(もや)がかかった空には、太陽も星もなく、時折デジタルノイズのような亀裂が走っては、不気味な稲妻を落としている。

 

「……これが、ラーヴァナの都……?」

 

 セレスティアが呆然と呟く。

 魔法文明の極致と聞いていた場所。だが目の前にあるのは、数百年という時の中で風化し、死に絶えた廃墟だった。

 

「……静かすぎる」

 

 ルークが剣を構えたまま、戦慄したように呟く。

 

「これだけの建物があって、人の気配が……微塵もしない。誰もいないのか?」

 

 風がビル風となって吹き抜け、剥がれかけた金属板がカラン、カランと虚しい音を立てる。

 ここは、時が止まったまま朽ち果てていく、機械たちの墓場だった。

 

「……『永遠を求めた成れの果て』。……こういうことだったんだ」

 

 ミツキは、朽ちた信号機を見上げながら呟いた。

 科学が発達し、空に届く塔を建てても、結局残ったのは錆と瓦礫だけ。

 

 その時だった。

 

「……待って。あそこ」

 

 ミツキが、街の中心部を指差した。

 瓦礫の山の上に、周囲の摩天楼さえも平伏させるほどの威容を誇る、巨大な宮殿が鎮座していた。

 

 それは、古代の神殿のような荘厳な造形と、未来的な金属の装甲が融合した、異様な城塞だった。

 死に絶えた灰色の街の中で、その宮殿だけが血管のように赤い光を明滅させ、低い駆動音を響かせている。

 まるで、この死んだ都市の心臓のように。

 

「……あそこからだけ、微かに……『人の気配』がする」

 

 ライラが目を細めて言う。

 

「人の気配……?」

 

 エリシェヴァが問い返す。

 

「うん。この街は死んでるけど、あの宮殿にだけは、生きてる誰かがいる気がするの」

 

「……生存者がいるのか?」

 

 ルークが宮殿を睨み据える。

 

「行ってみよう。確かめるしかないよ」

 

 一行は警戒を強めながら、瓦礫が散乱する大通りを、中心部の宮殿に向かって歩き始めた。

 

 

 ――――

 

 

 大通りを進むにつれ、その異様さはさらに際立っていった。

 

「……これは」

 

 エリシェヴァが、道の両脇に並ぶ鉄の塊を指差した。

 四つの車輪がついた、鉄の箱。

 それらは規則正しく列をなし、道路を埋め尽くしたまま、赤錆にまみれて朽ち果てている。

 

「馬車……にしては、馬を繋ぐ場所がないな」

 

 ルークが、窓ガラスの割れた運転席を覗き込む。中にはボロボロになったシートと、乾燥した革のハンドルだけが残っていた。

 

「コレは自動車だと思う」

 

 ミツキが小さく答える。

 

「人間が乗って、自分で動く乗り物。私が元いた世界にもあったの。……見て、渋滞したまま止まってる」

 

 道路を埋め尽くす車の列。

 それはまるで、ある日突然、運転していた人々が一斉に蒸発してしまったかのような、不自然な静止状態だった。

 

「逃げる暇もなかったのか……あるいは、何らかの理由で、命だけが消えたのか……」

 

 ルークの推測に、全員が言葉を失う。

 

 さらに歩を進めると、道端にはかつての生活の痕跡が散らばっていた。

 

 ガラスが割れ、中身が空っぽになった巨大なショーウィンドウ。

 文字が消えかけた看板。

 そして、道端に佇む長方形の鉄の箱。

 

「……これは?」

 

 ライラが、その箱――自動販売機に近づく。

 かつては極彩色で彩られていたであろう塗装は剥げ落ち、取り出し口には砂が詰まっている。

 

「お金を入れると、飲み物が出てくる箱なんだけど……」

 

 ミツキが試しにボタンを押してみるが、当然、反応はない。

 ただの冷たい鉄屑だ。

 アイン・アル・ハヤトで見た、素朴で活気ある市場とは対極にある、便利さと豊かさの残骸。

 

「……あ」

 

 ふと、エリシェヴァが足を止め、地面に落ちていた何かを拾い上げた。

 瓦礫と砂埃の中に埋もれていた、小さな物体。

 

「……これは人形?」

 

 それは、プラスチックでできた子供用の人形だった。

 熱で溶けたのか、あるいは経年劣化で変質したのか、顔の半分が崩れ、手足がもげている。

 だが、木や布の人形と違い、数百年経っても腐ることなく、不気味なほど鮮やかなピンク色を保っていた。

 

「……腐らない素材」

 

 エリシェヴァは、その人工的な感触に寒気を覚え、思わず人形を取り落とした。

 カラン、と乾いた音が響く。

 

「ここには昔、たくさんの人が住んでいたはずです。これだけの建物を作って、こういう道具を使って……」

 

 セレスティアが、周囲の廃墟を見渡して震える声で言った。

 

「その人たちは、みんなどこへ行ってしまったんでしょうか……? 骨すら、残っていないなんて……」

 

 ミツキは、道路に転がるプラスチック片や、風化しないゴミの山を見た。

 物は残る。けれど、命だけが消え去る。

 

(……一体、この街に何があったの?)

 

 かつて栄華を極めた都市は、住人をすべて失い、ただの巨大なゴミ捨て場として、静かに朽ち果てていた。

 

 ヒュゥゥゥ……。

 

 ビル風が吹き抜け、錆びついた看板を揺らす。

 その音は、死に絶えた都市の嗚咽のように、一行の耳にこびりついた。

1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。

  • 文字数が多い
  • 文字数がちょうど良い
  • 文字数が少ない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。