絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜   作:なないろすらいむ

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第24話 崩壊する精神世界

玉座の間に満ちていた凄惨な空気は、母娘の流す涙に溶け、静かな熱を帯びた。

 

 褐色肌のアマラが、壊れ物を扱うようにセレスティアの頬を両手で包み込む。彼女の艶やかな銀髪が、セレスティアの肩へとこぼれた。

 

「……セレスティア。私の、セレスティア。本当によく、その名を失わずにいてくれたわね」

 

 アマラが震える声でその名を呼ぶ。

 

 セレスティアは、涙で潤んだ銅色の瞳を大きく見開いた。

 

「お母様……どうして、私の名前を……? 私は、マーロウ村の孤児院でそう呼ばれていただけで、自分が何者なのかも、誰に名付けられたのかも知らなかったのに……」

 

 身元も分からないまま小屋にいた赤ん坊。孤児院の院長が便宜上名付けたのだと、彼女はずっと思い込んでいた。だが、アマラは愛しげに微笑み、娘の目尻に溜まった涙を指先で拭う。

 

「違うわ。それは貴方が生まれた日、私が貴方の幸せを願って付けた名前なのよ。『天空の星のように、どんな闇の中でも気高く輝き続けるように』――。あの日、泣く泣く貴方を森の小屋に残した時、私はただ祈ることしかできなかった。せめて名前だけでも、貴方と共にありますようにって」

 

 アマラの言葉を聞き、セレスティアの胸の奥で、長年「自分は何者なのか」という問いが生んでいた虚無感が、音を立てて塞がっていく。

 

 孤児として生きた日々で、唯一自分のアイデンティティだと思っていた名前。それが、実はこの温かい腕の主から贈られた「最初の愛」だったのだ。

 

「私……独りじゃなかったんですね。名前も、この命も、全部お母様から貰っていたんだ……」

 

 セレスティアは再びアマラの胸に顔を埋め、声を押し殺して泣いた。今度の涙は、もう苦いものではない。失われたピースが揃ったことへの、安堵の涙だった。

 

 アマラはそんな娘を抱きしめながら、その銅色の瞳をじっと見つめる。

 

「セレスティア……貴方のその瞳は、とても強くて美しいわ。私を助けてくれたあの方の『情』と、貴方の生きようとする意志が混ざり合った、この世でたった一つの証よ。……もう、何も恐れることはないわ」

 

「はい……お母様。私、この名前を……これからはもっと、大切にします」

 

 二人のやり取りを少し離れた場所で見守っていたルークたちも、思わず笑みをこぼした。

 

「……よかった。本当によかった、セレスティア」

 

 ルークが目尻を拭いながら呟くと、セレスティアは母の腕の中から、満開の花のような笑顔を親友へと向けた。

 

 

感動的な親子の抱擁の傍らで、分離した魔王ラーヴァナはひどく退屈そうに、忌々しげに頭を掻いていた。

 その横顔を見つめながら、ミツキの脳裏には、これまで散らばっていた全ての点と点が完全に一本の線として繋がっていく鮮明な感覚があった。

 

(……そうだったんだ)

 

 宿屋のテラスで感じた、翁との急な繋がりの断絶。

 精神の回線を乗っ取られ、深い闇の底へと突き落とされた時、傲岸不遜な魔王がミツキに言い放った言葉がはっきりと蘇る。

 

『あのヴィクラムって男は狂ってやがる。テメェみたいな「お人好し」が一番、骨の髄まで利用されてポイ捨てされるのがオチだぜ』

 

『だから、これは俺様の「慈悲」だ。あのクソ野郎の魔手から、お前を隔離(かくま)ってやるって言ってんだよ』

 

 あの時は、得体の知れない魔王の戯言だとしか思えなかった。セレスティアのお父さんを侮辱する酷い言葉だと反発すら覚えた。

 

 だが、真実はどうだったか。

 もしあのまま、何も知らずに現実世界でヴィクラムと共にサントーンカーシャヘルへ向かっていれば。間違いなく、ミツキたちは用済みとして惨殺され、セレスティアはあの男の「不死」のための使い捨ての鍵として完全に消費されていただろう。

 

 翁との通信回線を強引に乗っ取り、ミツキの精神をこの深淵へと引きずり込んだあの荒っぽい手段は――ヴィクラムの用意した致命的な罠から自分たちを引き剥がすための、ラーヴァナなりの不器用な緊急避難(エスケープ)だったのだ。

 ミツキは小さく息を吸い込むと、静かにラーヴァナの正面へと歩み寄った。

 

「……何だ、テメェ。まだ俺に文句があんのか?」

 

 ラーヴァナが三白眼で睨み下ろしてくる。

 その剣呑な視線を真っ直ぐに見返し、ミツキは深く頭を下げた。

 

「……ありがとう、ラーヴァナ」

 

「……はァ?」

 

「あなたが強引に私たちをここに引きずり込んでくれなかったら、私たちはヴィクラムの罠に掛かって、今頃どうなっていたか分からない。……セレスティアに真実を教えてくれて、私たちをあの狂気から護ってくれて、本当にありがとう」

 

 偽りのない、心からの感謝の言葉。

 それを聞いたラーヴァナは、一瞬だけ虚を突かれたような顔をした後、ひどく嫌そうな顔でフイッと顔を背けた。

 

「……ハッ。勘違いすんじゃねェぞ、お人好しが」

 

 彼は腕を組み、鼻で笑い飛ばす。

 

「言ったはずだぜ、あのボケ老人(翁)へのただの『嫌がらせ』だってな。テメェらのお守りをする義理なんざ無ぇが、あのクソ親父が俺の庭(サントーンカーシャヘル)でデカい顔をしてるのだけは、どうしても我慢ならなかっただけだ」

 

 悪ぶるように吐き捨てる魔王の言葉に、ミツキは思わずふっと微笑みをこぼした。

その悪ぶるような言葉に、ミツキは思わずふっと微笑みをこぼす。かつて夢の中で感じた絶望的な「断絶」の恐怖は、今やこの魔王なりの不器用な誠実さへの信頼に塗り替えられていた。

 その様子を広場の最後尾で眺めていた翁が、ゆっくりと歩み寄る。

 

「……相変わらず手荒な真似をする。私の使徒であった頃から、お主のその捻くれた根は変わらんな、ラーヴァナよ」

 

翁の黄金の瞳が、かつての部下を射抜く。それは糾弾ではなく、数千年の時を経てもなお修正されぬ性質を、ただ事実として突きつける淡々とした響きだった。

 

「ケッ、またそれかよ。いつまで昔のリストを大事に抱えてやがんだ、この石頭は」

 

ラーヴァナは露骨に嫌そうな顔をして、自身の黄金の装飾品をジャラリと鳴らした。

 

「テメェが平和ボケして、新しい巫女(ミツキ)を温室の鉢植えみたいに甘やかしてるから、俺が外から回線をひっぱたいてやったんだろうが。あんなクソ親父の隣でスヤスヤ眠らせておくなんて、管理責任を問われるぜ?」

 

「……フン。お主の干渉により、私がこの絶縁結界を外側から解体するのにどれほどの労を要したか分かっているのか」

 

翁は静かに溜息をつくように目を細めた。

ミツキは、以前に翁から聞かされていた話を思い出す。

かつて翁が天上神の約八割を虐殺し、世界を愛だけで満たそうとしていた大古代。その傍らで、最も忠実に彼の理を信じ、使徒として働いていたのが、この文明の魔王ラーヴァナだったのだ。

 

「いいかミツキ。こいつは昔からそうだ。私の説く『理』を誰よりも熱心に学びながら、その実行段階においては常に独断と偏見を混ぜ込み、周囲に不必要な混乱を撒き散らす」

 

「独断と偏見だぁ? 効率(コスパ)がいいって言えよ。あんたの言う『運命』だの『慈悲』だのを待ってたら、救えるもんも救えねェ。だから俺は、あんたのやり方を『解雇』して、俺自身の文明(ルール)で動いてんだよ」

 

ラーヴァナはそう言って、玉座の階段に腰を下ろした。

かつての神とその使徒。今は魔界の王と、狭間に留まる古の神。

立場も信条も正反対になったはずの二人が、ミツキという一人の巫女を巡って言葉を交わす光景には、奇妙な因縁の深さが漂っていた。

 

「……ま、結果としてミツキが真実を知り、致命的な破滅を免れたのは事実だ。お主の捻くれた献身に免じて、私の庭(精神世界)を荒らした不敬、今は不問にしておこう」

 

「ハッ、寛大なご主人様だこと。だがなジジイ、感謝されるべきは俺じゃねェぜ」

 

ラーヴァナは顎で、アマラに寄り添うセレスティアを示した。

 

「……あの日、天上神の連中が造り上げた超人『逸脱点β』が、街ごと中心部を並行宇宙へブッ飛ばしたせいでな。現実世界からここへ辿り着くには、俺の魔力に適合するあのガキという『鍵』が必要不可欠だったのさ」

 

「……い、逸脱点ベータ?」

 

 ミツキが、その聞き慣れない、けれど不吉な予感を孕んだ名をなぞるように呟いた。

 

「ああ。天上神共が俺様を殺すためだけに、天上界で作られた超人だ。あの日、俺様の胸を貫き、このサントーンカーシャヘルの空から叩き落とした唯一のイレギュラーだよ」

 

 ラーヴァナは吐き捨てるように言った。その声には、かつての宿敵に対する消えぬ憎悪と、神の命令に背いてまで己の意志を貫いた「不器用な男」への、奇妙な敬意が混じり合っているようだった。

 その言葉を聞いたエリシェヴァが、驚きに目を見開いて一歩前に出る。

 

「待ってください。教会の古い伝承や記録では、魔王ラーヴァナを討伐したのは天上神そのものであり、その聖なる威光によって悪は滅んだと伝えられていますが……」

 

「ハッ、歴史ってのは常に勝者が都合よく書き換えるモンだぜ。あの羽虫共が、自分たちが造った最高傑作の『超人』に反逆された計画をおじゃんにされちまったなんて認めるわけがねぇだろ」

    

 ラーヴァナが嘲笑うように言いかけた、その時だった。

 

 ――ズドォォォォォンッ!!!

 

 鼓膜を突き破るような爆音と共に、空間そのものを握りつぶすような凄まじい衝撃が玉座の間を襲った。

 

「きゃあああっ!?」

 

「な、何!? 地震!?」

 

 ミツキとライラが悲鳴を上げ、激しく上下に揺れる黒曜石の床に這いつくばる。

 豪華絢爛なシャンデリアが悲鳴を上げて揺れ、空中に浮かんでいた無数のホログラムモニターが激しいノイズを立てて次々と弾け飛んだ。

 

「……チッ、いよいよ『外側』が限界かよ」

 

 ラーヴァナがいち早く体勢を立て直し、忌々しげに天井を見上げた。

 彼の視線の先、精神世界の空とも言える漆黒の天井に、一条の、あまりにも清廉で無機質な「白銀の光」が鋭い楔のように打ち込まれていた。

1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。

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