絶望少女と魔王達の神殺し 〜魔女狩りの世界に転生したので、神に抗います〜   作:なないろすらいむ

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第25話 旅立ち

「チッ、外の戦闘が激しくなりすぎて、この精神世界がもう持たねェな」

 

 ラーヴァナは頭上の白銀の光を睨みつけ、忌々しげに吐き捨てた。

 

「あのクソ親父が、神器なんぞを使って勝手に俺の精神世界へ割り込んできやがったせいで、ただでさえ領域の演算が狂ってたってのによ。余計な仕事を増やしやがって」

 

 彼の言葉に応じるように、豪奢だった玉座の間の壁や床がガラスのように透け始め、周囲の空間が急速に現実の色彩を帯びて反転していく。

 

「……現実に戻りつつあるのか」

 

 翁が静かに呟いた。

 透けていく精神世界の向こう側、主人公であるミツキたちの目に飛び込んできたのは、息を呑むような大戦場の光景だった。

 そこは、現実の並行宇宙へと飛ばされたサントーンカーシャヘルの上空。赤黒い雷雲が渦巻く混沌とした空を、数千、数万という白銀の鎧を纏った天使たちの軍勢が埋め尽くしている。

 そしてその中央、圧倒的な数の天使たちを相手に、縦横無尽に空を駆け巡りながら懸命に戦っている一つの小さき影があった。

 

「――トッサカン……!?」

 

 ミツキが驚愕の声を上げる。

 そこにいたのは、緑色の衣服を纏った少年の姿。カルデア・ザフラーンやカラーとシャムスにて共闘し、数々の困難を乗り越えて冒険を繰り広げてきた、馴染み深いラーヴァナの使い魔だった。

 

「あいつ、あの数を一人で食い止めてるのか……!」

 

 ルークが拳を強く握りしめ、痛ましげに上空を見上げる。ライラやエリシェヴァも青ざめた顔でその過酷な戦況を見守っていた。

 外での凄絶な戦闘、そしてこの精神世界の崩壊の兆しを感じ取った翁は、腕を組みながら黄金の瞳をラーヴァナへと向けた。

 

「ラーヴァナよ、このままでは全員が次元の濁流に呑まれるな。……ここは私の力を用い、ミツキたちを現実世界へと逃がそう。そして、私はこの精神世界に残り、貴殿の戦闘を手伝う。古の神の出力があれば、少しは奴らの目を引くこともできよう」

 

「翁……っ!?」

 

 その決断に、ミツキは思わず翁の黒い法衣の袖を強く掴んだ。

 

「ダメだよ、ここに残るって……外にはあんな数の天使がいるんだよ!? 翁まで無茶したら……!」

 

 いつも夢の狭間から自分を導いてくれていた彼が、これほど絶望的な死線に立とうとしている。その事実がたまらなく恐ろしくて、ミツキの声は微かに震えていた。

 だが、翁はすがりつくミツキの頭にそっと大きな手を乗せ、氷のように冷たく、けれどどこか穏やかな声で告げた。

 

「案ずるな、ミツキよ。これはあくまでも意識の投影……たとえこの精神世界ごと砕かれようと、私が完全に消滅するわけではない。それに……」

 

 翁はミツキを安心させるように目を細めると、視線をラーヴァナへと移した。

 

「可愛い巫女を攫った不届き者に、少しばかり『貸し』を作っておくのも悪くないのでな」

 

「ハッ、ボケ老人のお手伝いかよ。……だが、背に腹は代えられねェな。頼むぜ、ジジイ」

 

 ラーヴァナは不敵に笑うと、隣に佇む銀髪の魔女――アマラへと視線を移した。

 

「おい、アマラ。ここから先は文字通りの神霊戦だ。テメェにとっては危険すぎる。一時的に魔界へ帰還しろ」

 

 魔王としての冷徹な、しかし確かな庇護を含んだ指示だった。

 

 そもそもアマラは、セレスティアを復活させる為の契約によってラーヴァナの血肉と魔力に依存することでその存在を繋ぎ止められており、彼女単体の力では人間界へ顕現することも、そこに留まり続けることもできない規則となっている。魔王の庇護を離れて単独で現世に留まることは不可能なのだ。

 

 だが、アマラは我が子の前に凛と立ち、その首を横に振った。

 

「いいえ、ラーヴァナ様。私は貴方と契約した魔女。我が主が天上の羽虫どもと死線を潜ろうというのに、私だけが安全な魔界の底で指をくわえて見ているなんて、それこそ死んでも御免です。ここで、貴方と共に戦わせてもらいます。」

 

「……チッ、頑固な女だぜ」

 

 ラーヴァナは呆れたように肩をすくめたが、その口元にはわずかに好戦的な笑みが浮かんでいた。

 

「お母様……!」

 

 セレスティアが、アマラの衣服の裾を震える手で掴む。

 せっかく出会えた。何百年もの孤独の果てに、ようやく本当の母親の温もりを知ることができたのに、再び訪れる過酷な別れの予感に、彼女の銅色の瞳から涙が溢れ出す。

 アマラはゆっくりと振り返ると、床に膝をつき、セレスティアをもう一度強く、壊れ物を抱くように抱きしめた。

 

「ごめんなさいね、セレスティア。でもね、もう私は貴方を置いて逃げたりはしない。この世界の理を片付けたら、必ず、必ずまた貴方を迎えに行くわ。約束よ」

 

「う、うん……っ。お母様、私、待っています……!

 だから、絶対に、絶対に無事でいてください……!」

 

「ええ。貴方も、その大切なお友達と共に、前を向いて行きなさい」

 

 アマラは優しく娘の涙を拭うと、決意に満ちた目でミツキたちを見た。

 セレスティアは溢れる涙を堪えきれず、ルークにそっと支えられながらも、泣く泣くアマラともう一度別れることを受け入れるのだった。

 

 白銀の光が天井の亀裂から幾筋も差し込み、黒曜石の床を無慈悲に割り裂いていく。精神世界の崩壊はもはや一刻の猶予も許さない段階に達していた。

 翁はミツキたちに向き直ると、その静謐な両手を一同にかざした。

 

「猶予はない。ミツキ、そしてそなたたちよ。現世へ送る前に、私の神気をもって、そなたたちの魂に一時の防壁を施す」

 

 翁が短く音節を紡ぐと、彼の指先から放たれた漆黒の、しかしどこか温かい神気がミツキたちの身体を優しく包み込み、肌へと溶けるように消えていった。

 

「……なんか、身体の奥がじんわり温かい。翁、これは?」

 

 ミツキが己の両手を見つめながら尋ねる。

 

「そなたたちの命を繋ぎ止めるための、ささやかな保険だ。詳細を語る時間は惜しい。これより現世へ戻るそなたたちに、いくつか道標を授ける。一言たりとも聞き漏らすな」

 

 翁の厳かな言葉を引き継ぐように、玉座の階段に腰掛けたままのラーヴァナが、三白眼を鋭く光らせて指を一本立てた。

 

「いいか、よく聞けお人好しども。現実のサントーンカーシャヘルに落とされたら、『絶対に街の方へは行くな』。あの忌々しい結界の残骸に近づけば、一瞬で肉を削がれて灰になるぜ」

 

「街へ行ってはダメ……? でも、サントーンカーシャヘルってそもそも古い伝承にあるだけの、未知の場所なのに……」

 

 エリシェヴァが困惑した表情で呟く。彼女が所属する教会の記録にすら、あの歪んだ廃都の正確な詳細など記されてはいなかったのだ。

 

「あァ、テメェらが何も知らねェのは百も承知だ。だから言われた通りに動け。二つ目だ。『水辺へは絶対に近づくな』。川だろうが湖だろうが、水の一滴にすら触れるんじゃねェぞ」

 

 ラーヴァナの脅すような口調に、ライラが身震いしながら尋ねた。

 

「水辺にも!? ねえ、それって水の中に何かがいるってこと?」

 

「質問は受け付けん」

 

 翁がライラの言葉を遮り、淡々と三つ目の指示を告げる。

 

「これよりそなたたちを、サントーンカーシャヘルの外縁を囲む深い森の中へと転送する。森に足がついたならば、惑わされることなく『まっすぐ東へ向かうのだ』。その先には『イリガルの渓谷』と呼ばれる巨大な谷がある。そこへ着いたら、迷わず『底へ向かって全員で落下しろ』」

 

「……!? 谷底へ落ちるのか!?」

 

 ルークが驚愕して声を上げる。セレスティアの肩を抱き寄せたまま、信じられないといった様子で翁を見つめた。

「いくら翁のまじないがあっても、そんな深い谷から落ちたら僕たちは……!」

 

「死ぬことはない、とだけ言っておこう」

 

 翁の声音には微塵の揺らぎもなかった。

 

「四つ目だ。その谷底には、魔王が統治している国――『クル国』が広がっている。底へ至り、そこの王である『楽園の魔王バリ』から『シギルを貰い、新たな権能を解放する』のだ。それが、そなたたちがこの地で明日を掴むための唯一の手段となる」

 

「クル国……楽園の魔王……」

 ミツキはその言葉を頭に刻み込むように呟いた。あまりにも唐突で、未知の単語ばかりの指示に思考が追いつきそうにない。だが、ラーヴァナは追い打ちをかけるように五つ目の指示を吐き捨てる。

 

「最後に、その『クル国』とやらに無事に辿り着いたらの話だが……『テメェらの武器を全て捨てて、武装を解除しろ』。国民に攻撃しようものなら、交渉の余地なくあの魔王にハチの巣にされるぜ」

 

「ひっ……!」

 

 

「街へ行くな、水に近づくな、東の渓谷へ飛び降りろ、クル国のバリからシギルを貰え、着いたら武装を解除しろ……。な、何だか全部、あべこべな謎解きをされているみたい……」

 

 ハチの巣のにされるという言葉に思わずライラは息を呑んだ。エリシェヴァもまた混乱を隠せない様子で頭を抱える。

 

「これらが、私とラーヴァナが授けられる全てだ。だが――最後に最も重要な条件がある」

 

 翁の黄金の瞳が、涙を浮かべたまま立ち尽くすセレスティアへと注がれた。

 

「ミツキたちだけでは、現実世界へ戻るための次元の障壁を越えられぬ。ラーヴァナの血肉を引くそなた……セレスティア、お主の存在そのものが、現世へと繋がる唯一の『鍵』なのだ。そなたが、元の世界へ皆と共に帰りたいと、強く願わねば道は開かれん。……力を貸してくれるか、セレスティア」

 

「私の、力が……鍵……」

 

 セレスティアは小さく息を呑み、自身の震える両手を見つめた。母アマラとの再会の余韻と、再び襲いかかる過酷な運命の重圧に、彼女の華奢な背中が小さく小刻みに震え始める。

 その不安を払拭するように、ミツキが真っ直ぐに彼女の前に歩み寄り、その冷たくなった手を両手でぎゅっと包み込んだ。

 

「セレスティア、私に力を貸して。みんなで一緒に、現実世界へ帰ろう。……あなたを、もう絶対に一人にはさせないから」

 

「ミツキ、さん……」

 

 セレスティアの瞳に、かすかな光が宿る。

 すかさずルークが、彼女の反対側の肩に優しく手を添えた。

 

「そうだよ、セレスティア。大丈夫、僕たちがずっと側にいる。どんなに知らない場所へ飛ばされたって、僕が君を絶対に護る。だから、怖がらないで」

 

「ルーク……うん、ありがとう……っ」

 

 親友の温かい声に、セレスティアの表情が少しだけ和らぐ。

 

「そうよ。この先の謎だらけの谷底だって、あなたがいなきゃ進めないわ。一緒に乗り越えましょう、セレスティア」

 

 エリシェヴァが励ますように力強く頷く。

 

「私たちを信じてください。行こう!」

 

 ライラもまた、彼女の背をそっと押した。

 ミツキを中心に、ルーク、ライラ、エリシェヴァがセレスティアを囲むようにして、互いの身体を固く寄せ合う。誰もが、決して離れまいと互いの手を強く握りしめていた。

 

「皆様……。お母様、ラーヴァナ様、翁様……行ってまいります」

 

 セレスティアは涙を拭うと、前を向き、銅色の瞳に強い決意の光を灯した。

 

(戻りたい……皆様と一緒に、あの現実の世界へ……っ!)

 

 彼女が心から強く、強く帰還を願ったその瞬間、セレスティアの身体から溢れ出た瑞々しい魔力が、ミツキたち全員を包み込むようにして黄金の光の柱となって立ち上った。

 

「往くが良い、我が巫女達よ。その命、決して散らすでないぞ」

 

 翁がその全神威を込め、漆黒の雷をその光の柱へと打ち込む。魔王の鍵と、古の神の出力が完全に噛み合い、精神世界の次元が内側から一気に爆ぜた。

 視界が、文字通り純白の光によって埋め尽くされていく。

 翁とラーヴァナ、そして愛おしげに娘を見つめるアマラの姿が光の彼方へと遠ざかる中、ミツキたちは咆哮を上げる次元の濁流へと身を投じ、現実世界のサントーンカーシャヘルへと強制転送されていくのだった。

1話に対する文字数についてです。今迄他小説サイトと同じ感じで投稿していましたが他作品を観察した所文字数が少ないかも?と感じたのでアンケートを開催しました。今後の再編や投稿の参考にしたいと思います。

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