ギレンの碁   作:なほやん

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第二章 中学生編
第6話


 

1999年、春。

 

桜の花びらが散り、若葉へと姿を変え始める頃。

 

世紀末の世間は滅亡の大予言に夢中だった。

 

テレビでは連日のように滅亡カウントダウンが特集され、コンビニには「塔矢名人十段制し四冠達成」と書かれた新聞と並んで、予言本が平積みになっていた。

 

全国有数の進学校である海王中学とて例外ではない。

 

真新しい制服に身を包んだ新入生たちは、小さな非日常感と、どこか非現実的な破滅願望を共有してお互いの距離を確かめ合っていた。

 

「昨日のあれ見た?塔矢名人ってウチらの先輩なんだって!校長が当時の担任だったらしいよ!」

「今度の校長挨拶絶対そのネタじゃん、長くなりそー」

「塔矢名人の息子もいるって本当かな?」

「知らないの?アキラくんでしょ?隣のクラスの」

「えっ!あのイケメンの!?」

「なんかこの前綺麗なお姉さんに送迎されてたよ」

「えー!!」

 

「てか恐怖の大王ってなんだと思う?」

「隕石でしょそりゃ」

「オレが押し返してやる!」

「愛で空が落ちてくるんだよ」

「宇宙人のコロニーだな」

「おまえらアニメの見過ぎか?」

「地球が破滅したら宿題やらなくて済むぜ!」

 

賑やかな教室の中、錆木レンは窓際の席に腰を下ろした。インクと紙の匂い、笑い声やざわめきが入り混じる空気に包まれ、彼の思考は静かに漂っていった。

 

—— 本当の破滅は、もっと静かで、もっと避けがたいものだ。

 

レンの視線は遠く未来を見据える。窓の外に広がる青空を見つめながら、彼の心は千年先の宇宙世紀へと飛んでいた。

 

たとえジオン公国が生まれなくても、ザビ家がいなくても、いつかあの戦争やそれに等しいことが起こることは必然だ。

 

いや、もっと酷い未来だってあり得るかもしれない。

 

どうすればいい。

 

未来を知るものとして、宇宙世紀初頭のテロ事件を未然に防ぎ、コロニー間で共栄圏でも作り上げれば良いのだろうか。

 

いや、無論救える命は救いたい。しかし、一つのテロを予言し防いだところで、構造的問題を解決しなければ同じことがいつか起こるだけで根本的解決にはならない。

 

レンは小さく息を吐いた。

 

そもそもなぜ、21世紀中には世界人口が減少し始めるこの西暦の時代が未来でコロニーへの移住を必要とするのか。

 

本当は必要ないのだ。

 

それは、技術の爆発的発展と経済成長率を超える資本収益率が極まり、人々を地球の土地に住まわせるコストより宇宙にコロニーを作ってそこに住まわせるコストの方が安くなる「合理的」判断。

 

人口の増加は原因ではなく、生息域を広げた生命が増殖する、その結果にすぎない。

 

真の原因は、技術と資本の加速度的進化にある。

 

技術爆発と経済的合理性こそが宇宙棄民を引き起こすのだ。

 

そして宇宙棄民は、必然的に地球とコロニー間の経済格差を生み、破滅的な戦争への火種を常に内包する。

 

いつか、その火が世界を焼き尽くし、光無く時間すら流れを止めた完全なる虚無が宇宙を包むのかもしれない。

 

それは、前世のギレンを絶望させた、静かに進行する終末論だった。

 

だが今のレンは、その暗黒の宇宙すらをも照らす光があることを知っている。

 

経済的合理性の方は政治の側から解決することができる可能性がある。

それが前世の罪を背負う私の使命だというのであれば、やって見せよう。

 

では、技術発展を止めることはできるのか。

それはできないだろう。

 

人類の好奇心は止められない。

 

しかし、時間を稼ぎ、遅らせることはできる。

 

技術爆発、それはつまり、宇宙世紀で「教育型コンピュータ」、西暦では「AI」と呼ばれている技術によるシンギュラリティ。

 

その象徴的特異点が、2010年代半ばに起こる囲碁でのAIの人類に対する勝利である。

 

囲碁——人の叡智を持ってのみ理解できると信じられていたマインドゲーム——におけるコンピュータに対する敗北は、知恵のある生き物が自らだけであるとする人類のアイデンティティすらをも揺るがしかねない事件であった。

 

そして、それが人類全体のAIと知能に対する見方を根本的に書き変え、莫大な投資を呼び込み、技術発展を加速させる大きなきっかけとなる。

 

コンピュータがチェスで人類のチャンピオンを下したのが1997年。

過去は変えられない。

 

しかし、未来を変えることはできる。

 

レンの瞳に、静かな決意の炎が宿る。

 

政治家として世界を導くと同時に、人類の囲碁のレベルを引き上げる。

 

—— そのために、そうだな。仮面を使い分ける必要があるかもしれない。

 

レンは口元に皮肉な笑みを浮かべた。

 

「錆木君」

 

呼びかける声が、窓から差し込む柔らかな光と教室のざわめきに溶け込み、レンの思考を現実へと揺り戻す。

 

教室の入り口に立っていたのは、見覚えのある少年。白い詰め襟が際立てる整った顔立ち、背筋をピンと伸ばした姿勢、自信と好奇心が輝く鋭い眼光。——塔矢アキラその人が、迷いなくレンへと歩み寄った。

 

「教えてくれ。進藤ヒカルについて」




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