ギレンの碁   作:なほやん

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第7話

 

「教えてくれ。進藤ヒカルについて。なぜ彼はボクを拒み続けているんだ!そのためにボクは……ここまで……!」

 

アキラの真剣な眼差しが、教室の空気を一変させた。周りの生徒たちの雑談が止まり、注目が二人に集まる。

 

レンは冷静に答える。

 

「言ったはずだ。私とヒカルは……キミの考えているような関係ではない。何より、私と彼とは中学校に入ってからは顔を合わせてすらいない」

 

教室がざわめき始める。何やら只事ではない雰囲気に、生徒たちは興味深そうに二人を見つめていた。

 

さらに詰め寄ろうとするアキラをいなし、レンは言う。

 

「ここは少し騒がしい。場所を変えよう」

 

アキラは一瞬考えてから、きっぱりと言った。

 

「ではボクの家で。父もキミに会いたがっている。放課後、校門で待っている」

 

次の瞬間——

 

「えっ!?ご実家訪問って何それ!?」

「お父さんに紹介って……まさか!」

「ヒカルって誰!なになにこの三角関係!?」

「キャー!」

 

黄色い声が雪崩のように押し寄せ、教室は完全にパニックに陥った。

レンは珍しく目を見開き、アキラは顔を真っ赤にしてその場に固まっていた。

 

◇ ◆ ◇

 

夕暮れの塔矢家。格式高い和室で、名人塔矢行洋は錆木レンを迎える。

 

自ら鍛え上げ同年代に敵なしとまで思っていた息子アキラを二度も破った謎の存在、進藤ヒカル。

 

そして、アキラ曰く、そのヒカルの謎を解く鍵の一つになるかもしれないという目の前の少年、錆木レン。

 

行洋の鋭い観察眼と長年の経験に裏付けられた直感がレンを一目見て見抜く。なるほど、只者ではない

 

「座りたまえ。キミが進藤ヒカルの師匠かどうかは、打てばわかる。石を二つ置きなさい」

 

「お父さん!?」

 

アキラは驚きの声を上げた。自分と打つ時は石を三つ、つまり、父は自分よりレンの方が強いと見ている……!

 

しかし、レンは迷わず答えた。

 

「互先でお願いいたします」

 

静寂が和室を支配した。行洋の険しい表情が、さらに鋭さを増す。

 

「キミは……名人の私に互先を望む。その意味を、わかって言っているのか?」

 

常人なら身の毛もよだつほどの威圧感が行洋から放たれる。アキラでさえ息を呑んだ。

 

だがレンは、その圧を受け流すように淡々と答える。

 

「大変失礼いたしました。貴重な機会に少し興奮が先走ってしまいまして。では、二子の手合でお願いいたします。ただ……もしお眼鏡にかなうようであれば、一つだけ、お頼みを聞いていただけますか」

 

行洋の眉がわずかに動いた。この歳にしては盤外戦術を心得すぎている。

 

「……よかろう」

 

◇ ◆ ◇

 

碁盤を挟んで向かい合う二人。アキラは緊張しながら見守る。

 

穏やかに進むかと思われた序盤は、しかしレンの一手によって様相を変えた。

 

パチッ。

 

それは隅の白石に向かって放たれた、鋭く斬り込むような一手。現代の常識では考えられない、未来から持ち込まれた革新的な手筋だった。

 

アキラが思わず声を上げる。行洋でさえ、一瞬石を持つ手を止めた。

 

行洋は深い長考に入る。長年の棋士人生で培った感覚が、この手の恐ろしさを直感的に理解していた。

 

レンは、静かに口を開いた。

 

「あなたは、息子さんが囲碁部でどんな目にあっているかをご存じなのですか?」

 

行洋は黙ってレンの次の言葉を促す。

 

「アキラくんの腕で素人の部活大会に出場させるなどということをすれば周りがどう思うかは、あなたが一番ご存じのはずだ」

 

アキラは驚きの声を上げる。

 

「なぜキミがそのことを……!?」

 

囲碁部でも無いレンがなぜ内部の状況を知っているのか、アキラには理解できなかった。

 

行洋は動じることなく、静かに言った。

 

「息子の選んだ道。その程度乗り越えてこそ、私の子だ」

 

その声には、父親としての厳しさと愛情が同時に込められていた。

 

長考の末、行洋が応手を放つ。

 

中盤から終盤へ。盤面は複雑怪奇に絡み合い、一筋縄では読み切れない変化を見せる。行洋の正統派の厚みとレンの革新的な手法が激しく火花を散らす。

 

やがて、両者の石が盤上を埋め尽くした時——

 

「持碁です」

 

レンが静かに告げた。白63目、黒63目。

 

「置き碁で持碁……ということは白の勝ちだが」

 

行洋が確認すると、レンは小さく頷いた。

 

「ええ。まいりました」

 

行洋は盤面を見詰めたまま、しばらく沈黙を保つ。そして、ゆっくりと顔を上げた。

 

「……見事だ。私に頼みたいこととは何か」

 

◇ ◆ ◇

 

レンが帰った後、アキラは父と向かい合った。

 

「お父さん、あの手筋は一体……恐ろしい強さです……それでいて、進藤の棋風とは完全に違う。まるで……まるで未来から来たような打ち方でした」

 

アキラの声は興奮を隠しきれない。

 

行洋は盤面を見つめたまま、静かに口を開く。

 

「あの手は私も初めて見た。理論上は成立するが、現代の定石にはない発想だ」

 

「では、レンは一体どこでそんな手を……?」

 

「わからない。だが、少なくともあの少年、嘘はついていない。進藤ヒカルの師匠ではないのだろう」

 

行洋は立ち上がり、窓の外を見つめる。

 

「それにしても……この私相手に持碁を狙って打つとはな」

 

「えっ!?」

 

アキラの目が見開かれる。レンが意図的に引き分けに持ち込んだのだ。

 

「恐ろしいまでの計算能力……そして政治的な駆け引きを理解している」

 

アキラの中で一度解けかけたと思った知恵の輪が、さらに複雑に絡み合う。

 

ヒカル、そしてレン。彼らは一体、何者なのか。

 

謎は深まるばかりであった。

 

◇ ◆ ◇

 

数日後、海王中学の校内は生徒会選挙の熱気に包まれていた。

 

そんな中、一年生、錆木レンが立候補したというニュースが駆け巡る。

 

体育館に集まった全校生徒を前に、レンが壇上に立つ。その瞬間、会場の空気が変わった。

 

「諸君」

 

その一言で、レンはギレンとしての本性を現した。圧倒的な存在感とカリスマ性が会場を支配する。

 

「今ここに諸君ら有望なる海王中学の生徒を前にして、大いなる期待を禁じ得ない。時代は現在、新たな局面へと向かいつつある!いかなる局面へか!?我が海王中学史上最も重要なる変革への局面である!」

 

会場が水を打ったように静まり返る。

 

「諸君らが愛してやまないこの学校生活も、間違った方向に導かれれば必ず荒廃する。何故か!勇気ある生徒が、とある部活での不当な扱いを告発してくれた。これは敗北を意味するのか?否!始まりなのだ!」

 

「一握りの既存勢力が、上級生という権威を振りかざし新入生を圧迫して何年が経つか!中学生活に学ぶ我々が正当な権利を要求して、何度『先輩』という名の既得権益者に踏みにじられたことか!」

 

「そして私は、それを見逃してきた現在の生徒会を打倒し、真の学園自治を実現する!」

 

生徒たちの目が輝き始める。

 

「我が校の誇るべき部活の一つであり、そして我が校最大の偉人、塔矢行洋名人が愛する囲碁は、別名『手談』と呼ばれている。戦いの中においても相手を理解し、真の交流を成し遂げる。それこそが真の強さなのだ!その精神に学び、我々は困難な学園生活を場としながらも、共に苦悩し、練磨して今日を築き上げてきたのだ!」

 

体育館の片隅で、囲碁部の上級生たちが息を呑む。先ほどまで告発への反発で苦々しい表情を浮かべていた彼らの顔に、戸惑いと、そして微かな恥じらいの色が宿る。

 

会場は完全にレンの世界に引き込まれていた。

 

「新しい時代の主導権を我ら真摯なる生徒が握るのは歴史の必然である!ならばこそ我々は襟を正し、この学園をより良い場として発展させなければならない!全校生徒の明日のために!」

 

演説は次第に熱を帯び、聴衆は完全にレンの言葉に引き込まれていった。他の立候補者たちは、ただ聞き入るしかなかった。

 

「生徒よ!困難を希望に変えて立て!我ら海王中学の生徒こそ、未来に選ばれた民であることを忘れてはならない!優秀なる我らこそ、真の教育を実現し得るのである!

 

共に歩もう、より良い未来へ向かって!」

 

万雷の拍手が、海王中学の校舎を揺らす。

 

長く続いた拍手がやっと収まった時、校長が壇上に上がった。

 

「この度、我が校の偉大なるOBにして……私の元担当生徒である塔矢行洋名人より、『錆木君を生徒会長に』との推薦を預かっております」

 

会場がどよめく。校長は誇らしげな笑みを浮かべていた。

 

かくして、海王中学史上初めて、一年生の生徒会長が誕生したのだった。

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