TSさせられてエイリアン生まされたけど我が子は可愛い 作:SIS
「に、にいちゃん……」
壁の穴から部屋に入ってくる兄さんに、僕はぎゅっとミー助を抱きかかえたまま後退った。
兄さんもミー助と遊びたい……なんて、そんな雰囲気ではなさそうだ。
「な、何かな? 黙ってたのは悪いけど……あ、この子はミー助。僕の友達で……」
「お前わかってんのか? そんな怪物を島につれこみやがって。許される訳ないだろうが」
なんとかこの場を穏便に乗り切ろうとする僕の言葉に、兄さんの怒鳴り声が割って入る。
手にした棒をぱしぱし叩いて威嚇してくる兄さんに、僕は必死に説得を試みた。
「ミー助は悪い子じゃないよ! ふわふわであったかくて……大人しくていい子なんだ! 化け物なんかじゃ」
「何いってんだ、どこからどうみても毛の長い化け物じゃねえか! お前は知らないかもしれないがな、島の外にはそういう化け物が溢れかえってるんだ。そいつらに人間は奴隷にされてるんだよ!」
「で、でも、島の外から食料運んでくる人達だっているじゃないか!」
大人達の言う事は、矛盾ばかりだ。おかしなことばかり。
本当に島の外がそんな酷い世界なら、定期的に食料を運んでくる人達は何?
どうして、島に住んでいる僕達は何もされないの?
言ってる事が矛盾している。何かがおかしい。
だけど、兄さんはそう思っていないようだった。
「そんなの奴らが俺達を懐柔しようとしてるのにきまってるじゃねえか! そんでとうとう直接島に乗り込んできた。お前はソイツにまんまとだまされたんだよ!」
「だ、だまされてなんかない! ミー助は、僕が拾った卵から生まれてきたんだ! たまたま、漂着して! ただの偶然なんだ!」
『みぃ……』
僕はぎゅっとミー助のふわふわの毛を抱きしめる。震える手足が、僕を抱きしめ返してくる。
大丈夫、僕はお前の事を信じているよ。
だって、ミー助は僕に寄り添ってくれた。一人で辛くて寂しい夜に、ずっと寄り添ってくれた。ミー助がいるから僕は一人じゃなくなった。
言葉だって教えてくれた。楽しいって事を教えてくれた。それまで誰も教えてくれなかった事を、ミー助は教えてくれた!
騙されてる?
違う、おかしいのは兄さん達の方だ。
「おかしいよ、にいちゃん! 言ってる事がちぐはぐだよ!」
「いちいちうっせえな、お前……!」
まずい。
兄さんがキレた。こうなったら会話なんか通じない。
慌てて奥の部屋に逃げようとすると、目の前で扉がバァン、と開いた。
「よぉ」
「一番目のにいちゃん……」
『みみ……っ』
しまった、待ち伏せされていた。
じりじり迫ってくる兄さん二人に、部屋の角に追いやられる。気が付けば僕らの立ち位置は逆転していて、僕は壁の穴の前に、兄さん達は部屋の奥に陣取っていた。
「言っておくが、上に逃げても無駄だぞ。父さんが待ち構えてる」
「ミー助をどうするつもりなの……!」
「そんなもんぶっ殺して海に捨てるに決まってるだろうが、馬鹿か?」
手にした凶器を確かめるようにぺちぺち叩く兄さん達。
腕の中でミー助がぶるっと震える。僕は安心させるように、力を込めて抱きしめた。
大丈夫。大丈夫。
そんな事はさせない。絶対に、君は僕が守る。
ちらり、と壁の穴に目を向ける。崖の下では、ざざん、と押し寄せる波が音を立てていた。
「っ、てめえ!」
「……さよなら、にいちゃん!」
察した兄さん達が動くよりも早く、僕はミー助を抱えたまま、壁の穴から飛び出した。
ロープを伝って上に向かうではなく、海に向かって飛び降りる。何メートルも下に、白く泡立つ海面が見えた。
『みみみみぃい!?』
「しっかりつかまってて!!」
着水。
青い海の中、一瞬上下左右が分からなくなる。
目を開こうとすると、海水が目にしみた。激痛で何も見えなくなる。
それでもなんとか、海面を、空気を求めてじたばたとする。だ、大丈夫だ。泳げない訳じゃない。浅い所でなんどか泳いだことだってある。
なのに。
手足が、思ったように動かない。水を吸った服は、思ったよりも遥かに重たかった。
ごぽり、と最後の空気が肺から抜けていく。
今、どうなってる。海面の近くか、それとも沈んでいるのか。それすらもわからない。右手で抱きかかえるミー助の体温だけが、閉ざされた五感の中で明瞭だった。
ああ、泣かないでミー助。
大丈夫。
きっと大丈夫だから。
おまえ だけは、僕 が 必 ず。
『みいみみみぃーーー!!』
◆◆
「全く、無理をするね」
どこまでも続く青い海。なのに、水は足首までしかない。
不思議な浅瀬に座り込む僕を見下ろしているのは、不思議な女の子だった。
やたらとヒラヒラした服を着ているというか、着られている、僕より少し年上の知らない子。
黒い髪の内側が青く光っているのがなんだか不思議だった。
「子供は行動力、といっても限度があるだろうに。考えなしに海に飛び込んで、溺れるに決まってるだろう。馬鹿かね君は」
「ごめんなさい……」
怒られている訳ではないのだが、言っている事はごもっともである。しょんぼりと肩を落とす。
頭の上で、くすり、と笑う気配。
「だけど、友達を守ろうとしたのだろう? そこだけは100点満点だ。次からは気を付けるように」
「……次?」
「そうだとも。ミー助といったか、あの子に感謝するんだぞ」
いって、女の子は指で遠く、水平線の向こうを指さした。
「目を覚ましたら、まっすぐ東を目指せ。ちょっとお腹がすくかもしれないが、それを堪えて進め。いいな?」
「東に、何があるの?」
僕の問いかけに、女の子はにかっと笑った。
「未来さ」
◆◆
「んぐ……」
目を覚ますと、僕はなんだかふわふわして暖かい何かに囲まれていた。
瞼の向こうから、白い光が降り注いでくる。
息を吸おうとすると、猛烈な塩辛さが喉に、鼻に染み込んできた。思わずむせ返る。
「……えほっ、えほっ。……あれ、僕……?」
しょぼしょぼする目を開くも、いまいち焦点が合わない。ぼやけた視界には、なんだか白いものがひたすら広がっている。
「あれ……」
そこで僕は気が付いた。絶対に離すものかと抱きしめていた大切な者の感触がない。
あのふわふわの毛皮が、ない!
慌てて僕は四つん這いになって、名前を呼んでミー助を探した。
「ミー助! ミー助、どこ!?」
『み!!』
必死になって呼ぶ声に……なんだかやたらと近くから即座に返事があった。
拍子抜けして固まる僕。
「えっ」
しばらくすると、視界が戻ってくる。見えるようになった世界は、一面、ふわふわの毛でおおわれた空間だった。
状況が理解できるどころか、ますます頭がこんがらがる。
もしかして僕は溺れて死んで、毛皮地獄にでも送られてしまったのだろうか?
混乱していると、再びミー助の声がした。
『みみみみぃ! みぃ!』
「えっと……こっち……?」
声が聞こえてくる方の毛を弄ると、なんだかその奥に空間が。手探りでもさもさの中を進んでいくと、急に目の前が開けた。
「うわあ……」
目の前に広がっているのは、見渡す限りの大海原。静かに波がさざめき、空には昇り始めた太陽が白い光を世界に振りまいている。抜けるような青空の下、僅かな雲がちょろちょろと漂っていた。
遠くで、何か小さなものが空を横切っていく。何かが、青空の果てで瞬いている。
そこに広がるのは、途方もなく広い世界そのものだった。
「はわー、綺麗……って、見とれてる場合じゃなかった。ミー助、どこ?」
しばしその光景に魅入った後、僕は自分が顔を出している物体を見回した。
なんだろう、これ。白くてふわふわの巨大な……何? 何これ? 毛玉の化け物?
困惑していると、頭上から再度ミー助の声。
『みふふふ!』
「……あっ! ミー助!」
見上げると、そこに探していたものがあった。
でっかい毛皮に埋もれた、銀色の瞳といつも笑顔のように丸まった唇。それを見て、僕はようやく、自分が何の中に居るのかを理解した。
これは、ミー助だ。
ミー助がすっごく膨らんで、毛皮の中に僕を収納している!
「すっごい、ミー助がおっきくなってる!」
『みーふふふふ! みゃふぅ!』
僕が手を叩いてはやし立てると、ミー助がご機嫌そうに笑う。
それだけで僕は、不安も痛みも何もかも忘れて、幸せな気持ちになった。
ミー助が笑っていれば、僕は幸せ。
僕が笑っていれば、ミー助は幸せかい?
そうだったら、いいな。
こうして、僕達は島を脱出し、大海原に旅立った。
目指すは、一路東へ。
あの女の子が言った未来とは何なのか、今の僕達は何も知らないまま、ただ、未知の朝日に目を輝かせていた。
◆◆