TSさせられてエイリアン生まされたけど我が子は可愛い 作:SIS
……これは。
こいつは……驚いた。
心が無い? 知性が無い? そんな訳があるものか。
これは……私が今まで遭遇した中で、最も……知性体としては、最上位に近い……。
「は、初めまして。葛葉零士と申します。……その、貴方達は、自分達を、その。ヨーグと自認しておられるのですか……?」
《……その通り。これまで、他の誰かに語った事もなく。あくまで自称、にすぎないが……》
「その……個体名とかは?」
私の問いかけに、暗黒の果てに輝く星が、キラリ、と輝いた。
《我らは、全て我らであるが故に、識別を持たない。個の分別は、不要だ。……今となっては、その意味も薄い。やりづらいのであれば、名乗るが》
「ああいえ、そういう存在であるのならば、別に。……宇宙は広いなー、脳波動を使わずに、こんな知性体が存在するなんて」
《厳密には少し違う。我らは、それまでの我ら全ての記憶を引き継いでいるだけである。無限の荒野を繋いで渡る、貴方のような存在ではない》
察するに、寄生体……否、知性体ヨーグは、記憶の全てを次の世代に引き継ぐ、という生態のようだ。人間だって、本能という形で無意識に知識を引き継いでいる。範囲が違うだけで同じことだ。
そして同時に、彼らがディノゾーアと意思疎通できなかった理由も理解する。
人間みたいな、忘れたり書き換わったりするような曖昧な記憶ではなく、彼らは全てを次世代に引き継ぐ。基本的に意識の有り様が違うのだ。手書きのノートと、量子コンピューターが直接情報のやり取りが出来る訳ないのである。その間に、カメラなりキーボードなりなんなりを挟まないと、その両者はやりとりできない。
しかしディノゾーアとヨーグは文字通り一心同体。その間に距離はなく、故に何かが挟まる余地はなかった。理解できない訳である。
ただ、それはディノゾーアから見た話であって、ヨーグ達はディノゾーアの事をよく理解しているようだ。
《然り。我らにとって、彼らは友人であり、愛しい子供のようなもの。彼らが立ち上がり、石を手にし、炎を起こすその様を、我らは昨日の事のように記憶している。決して忘れた事など無い》
「じゃあ、貴方達は……まさか。ディノゾーアに、意図して知性を……?」
《最初はただの気紛れであった。我らは、ただ在るだけで満たされていた。他に何も必要がなかった。だから、他の何かに、分け与えてみたいと思ったのだ》
それが、ディノゾーアという種族の始まり。
彼らは、ヨーグという存在によって、意図して生み出された知性体だったのだ。そして同時に、侵略クソ宇宙人どもがヨーグをウィルスで滅ぼそうとした理由も理解した。
脆弱性だと見たのではない。
奴らからすれば、ディノゾーアはヨーグの乗り物であり、彼らが戦っていた……敵と認定したのはヨーグの方だったのである。
だが理解できない。
このレベルの知性体なら、あのアホどもにむざむざ滅ぼされるような事も無かったのでは?
「どうして? 貴方達が前に出てくれば、あんなクソ宇宙人ども、滅ぼすのは簡単だったでしょう? どうしてこんな、自分達が絶滅させられるのを、受け入れて……」
《誤算もあった。考えがあった。我々が前に出るという事は、ディノゾーアという存在を否定するのも同じ。我らにとって、滅びる滅ぼされるは、大した問題ではない。在るも、無いも、大きな違いではないのだ。ただ一つの計算外は、我らが愛し子を、大いに悲しませた事である》
……な、なるほど。
意識のレベルが高すぎてちょっと話が合わなくなってきたが、まあ要は釈迦と一緒か。ヨーグはその視座の高さ故に、いうなれば存在そのものが悟りを開いていた。自分達が生きているのも死んでいるのも、この宇宙からすれば大した問題ではなく、そこに拘泥する必要はない。
大いなる流れの中では全てが同じ。
ただ唯一の計算外が、彼らは執着を持ってしまった事だ。全てが等価値とみなす中で、特別を作ってしまった。
それがディノゾーア。
恐らく彼らが文明力で劣りながらも侵略クソ宇宙人と渡り合えたのは、彼らヨーグの助けもあったのだろう。直接意識のやり取りが出来ないから、天啓とか、そういう感じで影響を与え、戦いを助けた。それが彼らにできる最大限の妥協、譲歩であり……しかし届かず、ウィルスによって滅び去る事になった。
それは、よい。彼らにとっては、受け入れられる事。
本当に受け入れられなかったのは、その事をディノゾーアが深く悲しんだ事だ。
《フレンドを受け入れた事で、ディノゾーアは救われた。もはや我らの存在は不要だと考えた。しかし、彼らは、我らを同胞と呼び、深く悲しんだ……。我らは知った。我らは全てを知っていたが故に、何も知らなかったのだ。我らの中に残るものは、何一つとしてなかった。我らは愚かである事を知った》
「なら、どうして……」
《……頼みがある、慈悲深き君よ。ここでの記録を、誰にも話さないでくれ。我らを、ただの蟲であったと、愛し子達に伝えておくれ》
その言葉に、思わず思考が停止する。
……どうして? なんで? そんなに愛しているなら、彼らに愛を伝えるべきではないのか? だって、このままだと、貴方達の想いは、彼らに一つも伝わらずに……!
《滅びゆく我らの想いは、どうでもいい。優先するべきは、残される彼らの事だ。……我らは、彼らの、永遠の心の傷になりたくはない》
それは。
酷く理論的で、かつ、溢れんばかりの愛に満ちた結論だった。
《我らの滅びは確定事項だ。今でも我らを同胞と呼び、慈しむ我が子達。我らが本当は、心を、知性を持ち、自分達を見守っていたと知れば、その傷は永遠に語り継がれるものとなろう。我らは……彼らには、笑っていて欲しい。我らの事など、そんな事もあったなと、そういう存在も居たなと、口の端に上がるだけで、それでいいのだ。それだけで、我らは満たされる……》
そのヨーグの結論を聞いて、私の記憶によみがえってくるものがあった。
『みぃ』
『けるる……』
『みゅふぅ』
あの、宇宙人との戦いの中で、花のように散っていった我が子達。短い人生を精いっぱい生きて、最後には皆、笑って死んでいった愛し子達。
彼らも。あの子達も、そうだったのだろうか。
後に残される私の事を思って。だから、ああやって微笑みながら、死んでいったのか?
だったら、だったら。私のしてきたことは。あの子達の無念を、報復を果たそうと、自ら争いの輪を繋げていった、私の行いは……。
気が付けば、私はヨーグに問いただしていた。あの子達と彼らは違うと分かっていても、今の私には区別がつかなかった。答える筈の無い過去の死者から答えが返ってくる、その機会に縋りつかずにはいられなかった。
「それでいいのですか。本当に、それで。憎くはないのですか。侵略宇宙人どもを、自分達の代わりに最後の一匹まで滅ぼして欲しいとは思わないのですか?!」
《…………》
「憎いでしょう、悔しいでしょう!? 本当はそうだと、取り繕わずにいってください! そうでなければ、そうでなければ、私、私は……! あの子達に……!」
光は応えない。
ちかちかと小さく瞬く光は無言のままだ。私は自分自身への失望に、顔を押さえた。
ああ、やはりそうなのだ。
全て、私の勘違いで。誰も、そんな事は……。
《……報復は、生きている者の為にある。復讐は、新しい生き方の為にある》
「……」
《滅び行く我らが、あの子達にしてやれることはなく。我らが何を思ったとしても、それをあの子達にゆだねる事はない。亡霊はただ消えゆくのみ……そう言えたら、正しかったのだがな》
……え?
私は、困惑に顔を上げた。
光が、照れ笑いのように、ちかちか、と瞬いた。
《正直に言えば、我が子達がなりふり構わず、我らの延命を図った時、嬉しかった……そう思わなかったと言えば、嘘になる。あの子らが、我らの為に怒りを、憎しみを燃やした時、喜びを覚えなかったと言えば、嘘になる。ああ、そうだ。我らが滅びゆく事で彼らに迷惑をかけたが……その事に、彼らが悲しみを抱いてくれたのは、嬉しかった。我らとて、石や砂ではなかった。この宇宙において、我らの価値がなかったとしても……彼らには、我らは、かけがえのない価値があったのだと、今は理解している》
「……それは……」
《消えたくはない。本当は、我らだって消えたくはない。もっと、彼らと一緒に居たかった。新しい世界を、彼らと一緒に生きたかった。知らない世界を、見て見たかった……。ああ、口惜しく思えばキリがない。だがな、それとて、今こうして終わりを迎えているからこそ、抱けた本音なのだ。愚かなものだな、知性とは。いつだって我々は、手遅れになってから本当の事に気が付くのだ》
それは。
……そうだ。
人は未来を夢見る生き物で。いつだって希望を胸に抱いて生きているからこそ。
失敗して、取り返しがつかなくなって、それで初めて間違ったと認める事が出来るのだ。
人生の答えは、終わりを迎えて見なければ分からない、と誰かが言った。終わってはじめて、答えが出るなら、値札がつくなら、それが後悔と失敗ばかりなのも道理である。
いつだって、世の中はこんなはずじゃなかった事ばかりで。それでも、前を向いて生きているから。生きなければならないから。だから。
《そうだ。生きている内は、間違えれば良い。失敗すればよい。我が子達にも、その権利がある。……そしてこの過ちは、悔いは、私達だけのものだ。愛し子達に、背負わせる訳にはいかない。……わかってくれるかな、慈愛の主よ》
「……そうですね。私の答えは、私だけのもの。他の誰かに、背負わせてはいけない……。わかりました、ヨーグ。思慮深き叡智の主よ。でも、私は忘れません。絶対に、貴方達という存在が居た事を、絶対に……」
《……ああ。それもまた、貴方の、貴方だけの選択だ。他の誰にも、否定できない……》
闇の底で、光がゆったりと瞬いた。安心したように。笑う様に。
《それもこれも、全ては貴方と貴方の子供たちの御蔭だ。本来ならともに滅びる所を、貴方の御蔭で子供たちには未来が齎された。その事には、どれだけ感謝しても感謝しきれぬ。重ね重ね、礼を言わせて頂く。ありがとう。我が幸福の光よ》
……私は、最善の事を出来たとは、思っていない。
出来る事を出来るだけやって、他に道はあったかもしれないと思いながらもひた走って。
でも、その先で、こうして意図せぬ所で多くの道を繋ぐ事になった。
私は、誤った。それだけは、譲れない。だけど、その過ちで救われた者もいる。
その矛盾を……私は、ありのままに、受け入れるべきなのかもしれない。そう思った。
《さあ、もう戻られよ。……願わくば、宙の天幕の向こう側で、また会おう》
「ええ。全てが終わって私が召された時に、貴方達に追いつけますように」
光が遠ざかっていく。
きっと、もう二度と、私が彼らと相まみえる事はない。それでも私は、この輝きを生涯、忘れる事はないだろう。
そして、私は現実世界に帰還した。
『……いかが、でしたか? ビッグママ? ……彼らは……』
問いかけてくる長老。その言葉の裏には、抑えきれない期待が込められているのがはっきりとわかった。
「…………」
深呼吸。それでも、胸の内のざわめきを沈めるのに、幾ばくかの時間が必要だった。
ああ、本当は伝えたい。ヨーグという、ディノゾーアを見守ってきた親の如き慈愛を、彼らに伝えたい。
だけどそれは駄目だ。それは皆を不幸にするだけで、何にもならない。
だから私は、優しい嘘を口にする。
「……いえ。彼らに、はっきりとした知性はありませんでした……」
『そうですか……』
「でも」
ああ、でも。これぐらいの事は、許されるだろう。
「彼らもきっと、貴方達の事を悪く思っては、いなかったと思います……」
私の言葉に、長老は酸素マスクの中で目を小さく見開いて。
そして、にっこりと破顔したのだった。小さな幸福を、噛みしめるように。
『それは、よかった』
「……ええ」
胸をずきりと罪悪感が刺す。
ねえ。可愛い可愛い、私の愛しい子供たちよ。お前達も、こうだったのかな。
何かを間違えたと思いながら、それでも残される人の幸せを願って、最後にああして微笑んだのかな。
凄いね、お前達は。
ママも、少しはお前達のようになれただろうか?
そうだったら……いいなあ。
《ママの PTSD が 少しだけ 回復しました》