TSさせられてエイリアン生まされたけど我が子は可愛い 作:SIS
『私達の現在』
ピピピ、とアラームの音が頭上で鳴っている。
それが分かりながら、私はベッドのシーツで微睡んだまま、抜け出せないでいた。もう少しこの柔らかな暖かさに包まれていたい……そういった原始的な欲求に屈したままの私の頬を、ぺたぺた、と柔らかい何かが這いまわると、軽くちゅぅ、と吸い上げた。
頬にかかる圧力に引っ張られるように目を開くと、ベッドの横からこちらを覗き込んでいる相棒の姿が見えた。
『ムフッ』
「……ああ、おはよう、パピヨンテ」
私の挨拶に、相棒であるパピヨンテは満足そうに声を漏らす。
パピヨンテは、紫色の芋虫のような胴体に6対の棘のような足、象の鼻先のように伸びた口とその先端の吸盤、そして黒い二つの目を持った軟体動物型のフレンドだ。旧く地球のカンブリア紀に存在したという無脊椎動物にどこか似ているその見た目は、奇怪ではあるが見慣れると愛らしい。
ぺた、ぺた、と顔を這いまわる吸盤を優しく払いのけて、私はベッドから身を起こした。
見回すと、いつもの宇宙船の一室の内壁が見て取れる。ガラクタが散乱した私室は、長い事人をまねいていない事の証だ。自分と相棒だけだと思うと、どうしても手を抜いてしまう。
「起きた、起きた。もう大丈夫だ」
『ムフ』
ふんす、と鼻を鳴らすと、パピヨンテはカタカタ、脚を慣らしてベッドから距離を取る。それでも監視するようにこちらを見つめる黒い瞳に苦笑して、私は床に足を降ろすと軽く肩を回した。
それから顔を洗って軽く歯磨きして、朝食の準備をする。
とはいっても宇宙船の中では大した物は作れない。備蓄している食料をただ取り出すだけだ。
合成粉末を水で溶いた脱脂粉乳風味の飲料に、保存食のビスケット。あとそれから、すこしばかりのサラミ。パピヨンテにはフレンドフーズを水でふやかしたものを用意する。
「いただきます」
『ムフッ』
ちょっとエグミのある飲料を顔を顰めつつ飲み干し、ビスケットを齧る。空になったカップに水を注いで口直し。見ればパピヨンテは、ホースのような口をポンプのように使って、ふやけたフードを吸い上げている。いつも見るが器用だな。
頭の片隅で、これを戦闘に用いた場合どう使うか、という考えがちらりと過ぎる。
恐らく、敵の体に吸い付き、血肉をぎゅるんぎゅるん吸い上げて食らうのだろう。あるいは体を固定して鋭い足で串刺しにするのか。
フレンドは皆、穏やかで愛らしい性格だが同時に強力な生物兵器としての側面も持つ。現在では前線に立つフレンドを覗けば皆、ほとんど戦いからは縁遠い生活を送っているが、だからといって彼らの戦闘能力が退化する事はない。潜在的にフレンドは皆、侵略宇宙人に対する底知れぬ殺意を抱いており、いざ戦いとなればどれだけ温厚な個体でも慈悲を持たぬ殺戮者となる。
それが一体どこからきているのか。母親であるビッグママの底知れぬ慈愛と復讐心が、子供である彼らにも引き継がれているからなのか。それとも、神獣兵としてあった頃の殺戮本能が、今もまだ彼らの奥底に根付いているのか。
そんな事を、私はどうしても考えざるを得ない。
『ムフ?』
「ああいや、なんでもないよ。パピヨンテ」
こちらを不思議そうに見上げる相棒の頭を優しく撫でてやると、目を細めて嬉しそうにする。その穏やかな様子を見ていると、先ほど心に過ぎった不穏な考えが溶けていくのを感じる。
私のいけないところだ。科学者として考える事をやめてはいけない、という信念があったとしても、相棒をそのような目で見るなど。
しかし……だからといって、事実を無視してはいけないとも思うのだ。
このジレンマを、果たしてどう克服するべきなのか。
今だに私はその答えを持たない。
「よし、今日も残さず綺麗に食べたな。えらいぞ」
『ムフフッ』
皿を片付けている間、パピヨンテは私の足元で大人しくしている。かと思えば、口を足に巻き付けたり、意味もなく吸盤を吸いつけたりしている。相棒なりのコミュニケーションなのだろう。
私は小さく笑うとしゃがみ込んで、吸盤と掌を合わせてぺたぺた遊んでやる。カタカタ、と脚を慣らしてパピヨンテが嬉しそうに鼻息を荒くする。
そこそこの所で切り上げて、作業服に着替える。そして船外活動服に着替えると、エアシャッターを潜って外出の準備をする。
重装備に身を包む私と違い、パピヨンテは素肌のままだ。全てのフレンドがそうではないが、少なくともパピヨンテは重力下であれば人間が生きていけないような環境でも平気である。
そして、エアロックをくぐって外に出ると、陰鬱な赤い空と、枯れ果てた大地が目の前に広がっている。地平線の向こうには、蜃気楼のように暗く浮かび上がる廃墟の影。
頭上を見上げると、くすんだ二連太陽の姿が見えた。
……ここは地球ではない。そこから遠く遠く離れた、宇宙連合の勢力範囲の外。ヴォイドゾーンとも呼ばれる、侵略宇宙人達の勢力圏、その一角。
そこに存在する、忘れられた星……通称E193Dが、今、私が居る惑星である。
この惑星には、私とパピヨンテしかいない。他の人類は、最低でも数万光年先だ。当然私一人ではこの星から移動できず、宇宙連合の船が回収に来るのを待つしかない。
言うまでもなく、もし侵略宇宙人に見つかったら一貫の終わりだ。いくらなんでも人間一人とフレンド一匹では彼らに抵抗する事もかなわない。極めて危険な状況だ。
それでも、私はこの星に来なければならない理由があった。
そう。
遥か昔に神獣兵によって滅ぼされた、かつて惑星ウィンストリアと呼ばれた、この惑星に。
「さ、今日の調査を始めよう。いこう、パピヨンテ」
『ムフゥ』
しばらく赤い太陽に目を細めて、私は相棒を促して乾いた荒野に歩を刻んだ。その隣を、テクテク歩く相棒の、点々とした足跡が寄り添うように続いていく。
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