TSさせられてエイリアン生まされたけど我が子は可愛い   作:SIS

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『ビッグママの愛と実在』

 

 その日も、私の一日は相棒の吸盤から始まった。

 

『ムフゥ』

 

「……おはよう」

 

 口元をもぞもぞする感覚に目が覚めると、相棒の吸盤が顔をぺたぺた弄っている所だった。胸の上に感じる軽い体を両手で抱き上げて、そっとベッドの横に降ろす。

 

 見渡すと、一瞬見覚えのない部屋の風景に少し違和感を覚えたが、すぐに記憶が追いついてくる。そうだった、私は私物ごとホームにしてた小型船を吹き飛ばされたので、空いていた宇宙船の部屋を間借りしているのだった。

 

「ふわあ……。起きるか……」

 

『ムフッ』

 

 相棒を抱えて、一緒に洗い場へ。私が顔をゆすいで歯を磨いている間、相棒は流しに水をためてぱしゃぱしゃ水浴びをしている。濡れた躰を吸盤で拭うとあら不思議、たちまち水気が消えてふわふわになる。

 

 朝の手入れを終えた相棒がぴょん、と床に飛び降りるのを見送って、栓を抜いて水を流す。

 

 そして寝間着を脱ぎ、糊でパリッとしたジャンプスーツに袖を通すと、すっかり眠気はどこかに飛んで行ってしまった。

 

「うし。今日も気合入れて頑張ろうか」

 

『ムフ。フルルル』

 

「そうだな、まずは朝ごはんに行こうか」

 

 足元をちょこちょこ歩き回るパピヨンテを抱き上げて、部屋を後にする。扉を越えた瞬間、人工重力が切れて脚が宙に浮いた。

 

 相変わらず乳白色の入り組んだ道はさっぱり慣れないが、相棒が居れば迷う事はない。あっちー、こっちー、と鼻を伸ばして指示するのに従って食堂に向かう。道中、すれ違ったクルーたちがそんな相棒を見て、あら可愛い、と微笑んでいた。まあ何人かはそのせいで腕の中のフレンドの嫉妬を招いて暴れられていたが。

 

 個人的な所感だが、小さいフレンドほど嫉妬深い気がする。うちのパピヨンテは果たしてどうなのだろう?

 

『ムフゥ?』

 

「ああいや、なんでもないよ。っと、食堂が見えてきた」

 

 目印の看板を頼りに部屋に入る。途端、ちょっと強めの人工重力が足の裏にずしりとのしかかってきた。

 

 見渡すと、すでに結構な人が押し寄せているようだ。白いジャンプスーツの行列の最後尾に並び、配給を待つ。

 

 と、腕の中でもぞもぞ相棒が身をよじらせると肩に昇ってきた。その黒い視線を追うと、どうやら天井からつるしてある映像モニタに釘付けらしい。

 

『……という事で、先日行われた宇宙連合成立25周年式典は無事に終わり、連合所属の知性体はその結束を強めると同時に、あらためて私達に平穏を齎したビッグママへの感謝の念を強くする次第でありまして……』

 

「ああ、この間の式典についてのニュースか」

 

『ムフ』

 

 宇宙連合結成25周年を記念しての式典。今の12種族体制になってから初めての式典であり、それはもう盛大に祝われたという話である。かねてから建造されていた“アマノトリフネ級”一番艦の就航式も兼ねて行われ、一週間近くはお祭り騒ぎが続いたらしい。かくいう私も、おおいに目出度いイベントを楽しんだものだ。

 

 ただ、相棒の目当てはそういう事ではなく、式典で飾られていたアレだろうな。そう思っていると、早速目当てのブツがモニターに映し出された。

 

『……なお、本式典の為に2年かけてシュリンプスタの芸術家、デメ・バッカ氏が描き上げた巨大油絵、題して“母の降臨”は今後、宇宙連合本部のメインエントランスに飾られる予定となっており……』

 

『ムフフ』

 

『ピキュー!』

 

『ワフッワフッ』

 

 食堂に響く、フレンド達の歓声。モニターには、一辺3mあるという超巨大キャンパスに描かれた、一人の少女の絵が大きく映し出されている。

 

 黒髪の、ゆったりした白いワンピースを羽織った少女。黒髪をなびかせながら空中からふわりと舞い降りる彼女の背景には、途方もなく巨大な白い樹が描かれている。そして足元では無数のフレンドや知性体が笑顔で彼女の到来を待ち受けている。

 

 そう、この絵画に描かれているのはビッグママ。

 

 地球の救済と引き換えに世界樹と融合した彼女は、しかし必ずいつか戻ってくると言い伝えられている。その人が数多待つ予言の日を、想像力たっぷりに描いた一枚という訳だ。

 

『ミミィ……』

 

『ミュゥ、ミィ』

 

 そのイラストに、フレンド達は甘えるような声を上げて手を合わせる。

 

 アリスは、どうしてビッグママの存在を信じられるのか、と私達に問うた。この答えがこれだ。

 

 マザーツリーから生まれてくる天使たち。彼らにとって、ビッグママは過去の人物などではなく、今も存在する愛する母親。例え言葉を交わす事が出来なくても、彼らは自分達を見守るビッグママの愛を、この瞬間もひしひしと感じている。それはフレンドと脳波動を介してゆるく繋がっている私達も同様であり、つまりは最初から議論するに値しない、当然の事なのである……ビッグママの実在は。

 

 どうか幸せに。

 

 ビッグママが、最後のチルドレンである神獣アステリオスにかけたというその言葉は、全てのフレンド達にもまた、注がれているのである。

 

 だが、それはアリスには通じない。偏に彼女はフレンドと適応しない、知性体ならぬアンドロイドであるが故に。

 

 それが歯がゆくもあるが、仕方ない事。

 

 自らと違う存在を排斥し、侮り、虐げる。それはかつての後継者がたどった道である。

 

「さ、列が進んだぞ」

 

『ムフムフ……』

 

 行列が進んだので前に出ると、相棒がじたばた抵抗した。角度的にモニターが見えなくなるから嫌らしい。悪いけど朝ごはんが優先である。私は気にせずに前に進んだ。

 

『ム、ムフルゥ……!』

 

 そしたら相棒は私の背中を吸盤で掴んで、鼻を伸ばして本体を持ち上げにかかった。懸垂ならぬ鼻懸垂である。そこまでしてモニターを見たいか……。

 

「いや、それなら一時列から離れてみてればいいだろ……」

 

『ムハッ!? ハ、ムハッ!?』

 

 思わず突っ込みを入れると、その手があったか、と言わんばかりに驚愕した相棒がそのままずるぺたと地面に落ちた。

 

 まあそんなこんなでひと悶着あったものの、朝の配給を受け取る。

 

 今日の朝ごはんはオムレツにカロリーブロック、そして牛乳である。

 

 牛乳といっても流石に本物ではなく合成品だが、出先に持ち込むような奴とはクオリティが違う。さらにいえば宇宙でありながら重力下で波打つ液体を味わえるのも巡洋艦ならではの贅沢だ。私はその二つを多いに楽しみながら、焼き色も鮮やかなオムレツに舌鼓を打った。

 

 ちなみに相棒はフレンドフーズを牛乳でひたひたにしたものだ。顔を真っ白にしながらむしゃむしゃ食べてる所を見ると、どうやらお気に召したようである。

 

「美味しいか? それ」

 

『ムフッムハッフハッ』

 

「はは、そうか。でもあんまりがっついて詰まらすなよ?」

 

 吸盤を手のように使って皿の上のフーズを食べる相棒に苦笑しつつ、私はカリッ、とカロリーブロックを齧った。これもバターフレーバーが効いていてなかなか美味しい。今日の朝食は当たりだな。

 

 

 

 食事の後は、仕事の前にマザーツリーの枝にご挨拶である。

 

 船の中で一番見晴らしのいい展望台に杖は植えてある。そこに向かうと、珍しい人物がいた。

 

『学者か』

 

「あら、どうも」

 

 アリスである。

 

 銀色のアンドロイドは壁際に身を寄せて、マザーツリーとその周辺に膝をつくクルーたちを見守っていた。私もその隣に並んで、祈りの光景に目を向ける。

 

「班長の話が終わってから、一晩ずっとここに居たの?」

 

『私に睡眠は必要ないからな。……しかし、いくら船が24時間体制で運営されているからと、一晩中入れ替わり立ち代わり祈りに来るとはな。信心深い事だ』

 

 呟くアリスの口調はどこか皮肉っぽくて、私は思わず苦笑いしてしまう。

 

「やっぱり、ビッグママの事は信じられない?」

 

『知れば知るほどな。そんな化け物がいれば、私達エンケティアも滅ぼされたりはしなかっただろう』

 

「まあ人類も本来ならば滅ぼされてただろうからねえ……」

 

 残念だがアリスが信じないというならしょうがない。強制する事はビッグママも望まないだろう。

 

 これまで遭遇した知性体は大体フレンド通して一発理解だったのだが、難しいものだ。

 

『ただ、お前達の文明を支えるほどの高度な生体プラントが存在する、という事実は受け入れざるを得ないようだ。マザーツリー、といったか。枝であれほどの環境に対する影響力をもつとはな』

 

「お、そこは認めてくれるんだ」

 

『ああ。この船がサイズに対して居住区がやたら広いのはあの枝の御蔭だな。エンケティアの技術を持ってしても、あれと同じ環境維持能力を機械で発揮しようと思ったら、この船の半分は生命維持システムで埋めなければならないだろう』

 

「マザーフォーミング。宇宙船内部の艦橋を、母星である地球に近い状態で維持してくれるんだよね」

 

 もとはと言えば、ディスペアによって荒れ果てた地球を維持する為に存在したマザーツリー。その枝を宇宙船に持ち込んだのは実利ではなく、未開の宇宙に旅立つ船員達の心の慰撫の為であったのだが……今となっては、マザーツリー無しでの宇宙航海など考えられない。不時着した船が枝を惑星に植えた所、そのまま惑星をテラフォーミングしたおかげで救助がやってきたころには居住可能惑星が増えてた、なんて話もある。

 

 まさに神の如き御業である。ありがたやー。

 

 勿論、そういった御力を理由に、私達がビッグママを慕っている訳ではないのだけども……。

 

 あらためて手を合わせて祈る私達を尻目に、アリスは腕を組んだままぼそりと呟いた。

 

『……お前達の母星……地球といったか。そこにマザーツリーの本体があるのか……』

 

「そうだよ。全ての枝や株分けした樹は、量子ネットワークでマザーツリーに繋がってると言われてる。あまりにも広大なネットワークだから、全然調査は進んでないんだけどね」

 

『そうか。つまり、神じ……フレンドも、全てマザーツリーが中心、という事か』

 

 それだけつぶやくと、アリスは黙りこくってしまう。

 

 私は首を傾げながらも、相棒を抱き直すと彼女を促した。

 

「さ、それより仕事を始めようか。是非、エンケティアについて聞かせてもらいたいな」

 

『ああ。私の望んだ事だからな。代わりに、地球の事についても教えて欲しい』

 

「もちろん。どうか私達の事も知ってもらいたい」

 

 アリスを伴って、資料室に向かう。

 

 エンケティア人について記録してほしい、と言い出してきたのは彼女からである。いや、私もそれは望ましい事ではあるが、文明最後の一人となってしまった彼女に根掘り葉掘り聞くのは流石に不躾が過ぎる。あくまで気持ちが落ち着いてから……と思っていた所で、自分からアリスが言い出してきたとなると、少しは過去の事に折り合いをつけられたという事なのだろうか? 残念ながら、この船に電脳のカウンセリングが出来る人材はいないので、とにかく良い方向に向いていると考えるしかないのだが。

 

 こうして、私とアリスの、巡洋艦マテバの一日は順調に始まった。

 

 あとは、演算が終了し次第、マテバは宇宙連合のテリトリーへと帰還する。その後は、各地の宇宙ステーションを回ったり、色々……。アリスから話を聞く時間も、彼女が気持ちを整理する時間も、十分にあるはずだった。探せば、アンドロイドのカウンセリングが出来る人も見つかるだろう。

 

 だけど。

 

 残念ながら、私達はビッグママのようにはやれなかったらしい。

 

 一日の務めを終えて部屋に相棒と戻った直後、艦内に聞いた事の無い警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

『エマージェンシー! エマージェンシー! 本艦の中枢システムがハッキングされています! 航行演算装置に強制介入を確認! 目的地座標が書き換えられています!』

 

 

 

 

 

『書き換え後の目的地座標……地球です!!』

 

 

 

 

 

 

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