電卓
私は計算はあまり得意ではない。
いや、正確には暗算が得意ではないと言うべきか?
何せこの世には電卓という便利なモノがあるのだ、暗算なぞ狙撃兵が使う不確定な思考に過ぎない。
故に私は電卓選びを欠かさない。
どれだけ高くても、私の頭脳の一片を担うのだから丈夫で使いやすく、迅速なモノを選ばなければならないのだ。
「…………この電卓、もうダメか」
デスクの上に置かれた電卓はキーを押しても反応が悪く、とてもじゃないが使えるモノではなくなった。
「半年前に買ったばかりなのに」と独り言を呟きポイ、とその電卓をゴミ箱に捨てた。
「……あれ、この電卓……」
そう声が背後から聞こえた時、ある人物が現れた。
「この電卓……最新モデルじゃないですか、捨てちゃうんですか?」
「反応が悪いのよ、新しいのに買い換えるわ、えーっと……」
見覚えがある、確かミレニアムの騒動の時にいた生徒会の生徒だ。
「セミナーの早瀬ユウカです、あの時ぶりですね」
「……あー、あの時は……まあ、お互い水に流すって事で」
そう苦笑すると、彼女は隣のデスクに座り微笑んだ。
「ふふっ、それもそうですね」
「先生とは会った事があるみたいだけど、付き合いは長いの?」
「先生とは彼がキヴォトスに来た頃に出会って……先生ってすごく……その……」
と、言いづらそうにしている彼女をフォローするように私は呆れた笑いを浮かべて言った。
「ダメな人、よね」
「はい、私がここに来た時も確定申告のやり方すら知らない有様で」
はあ、何をやっているのか。
そんなのが本当にゲマトリアに入るのか?ゲマトリアは保育所か何かではないぞ。
まあこんな大人、マダムが加入を許すはずがないだろうが。
「何かを買ったと思ったらやけに高い玩具で」
「食事は疎か、コンビニ飯やカップ麺」
「仕事は溜めて締切に近い時に泣きつく」
先生のダメな所を言い合うと、思った以上に彼女と息が合う事に私は気づいた。
ああ、彼女も苦労させられているのだろう……困った人間だ、アイツは本当に。
「レイナさんもやっぱり苦労しているんですね」
「そりゃあ彼の傍にいなければならないから」
そうだ、嫌でも私は奴の傍にいなければならない。
それが命令で、それが私の責務だ。
……いいや、こんな事に責務とか重々しい言葉を使うのはやめよう、軽々しく見られる。
「……でも先生、ダメな所だけって訳じゃないですから」
そのとお…………いや、それは…………
「……そう、ね……でもダメな所が多すぎるから結果的にダメね」
言葉を詰まらせない事だけを考えていあ為、一瞬思ってもいない事を口走ってしまった。
私の悪い所だ、結果的に真実とは異なる発言をするのはやめろと黒服に言われていたはずだ。
「でも肝心な時は頼りになりますし……あ、そういえばレイナさんは先生といつ会ったんですか?」
次に聞かれたのは先生との馴れ初め。
うーむ、詳しく語るのは良くないだろう、雨宿りしに来て雷で腰を抜かして…………
「えーと、まあ……偶然の連続?って感じで……最初に会ったのはミレニアムで騒動が起きる二、三週間前ね」
「結構最近なんですね、意外です」
目を見開いて彼女は驚く。
私は壁にぶら下がったカレンダーを見ながら続けた。
「先生とこの関係になったのも成り行きみたいなものだから、結構あっさりしてるわ」
「そんなの連邦生徒会の方達がよく認めましたね?」
「締切寸前になるまで提出されない仕事に嫌気が刺してたらしくて私の加入を歓迎してくれたわよ」
「連邦生徒会の方達らしいというか……」
どうやら早瀬ユウカは連邦生徒会と面識があるらしく、苦笑しながらそう言った。
時計を見るとお昼過ぎ、そろそろ先生が帰ってくる頃だろう。
それまでに電卓を買って業務の続きをしなければ。
「……そろそろ電卓を買いに行かないと」
「それなら……良かったらこの電卓使いますか?」
そう言って彼女がバッグから取り出したのは少しだけ使われた跡がある電卓。
「貴方の物でしょう?」
「大丈夫です、私は先生から頂いた電卓があるので」
彼女が先生に貰ったという電卓はお世辞にも性能が良さそうとは思えないモノだ。
だが、彼女は大切そうにそれを持っている。
「電卓、ねえ」
120√e980
これを求めたのは、レイナだ。