それから、私は毎日トリニティのある教室で補習授業部に勉学を教える事になった。
「レイナ、ここはどうすればいい?」
「そこは公式を使えば解けるわ」
「レイナさん、ここの問題って確かこの答えですよね?」
「うん、間違いは……無いわね」
「レイナさん♡」
「……待って、貴方制服の下に━━━」
「見てみますか?」
「勘弁して頂戴……」
なんだかんだ、上手くいっている。
それが私にとっては何よりの不服だ。
自分よりも劣っている人間に勉強を教えるなんて馬鹿げていないだろうか。
何の為に、何を理由に、誰の為に?
確かに私はゲマトリアの命を受けてシャーレと行動を共にしている、だからと言って何故トリニティの落ちこぼれに勉強を教えなければならないのか。
これが先生の言っていた青春か?
それなら私には必要ないだろう。
ハッキリとした事だ。
だが、社会性というのはいつも大切なものだからな。
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「ハナコ、この文章は何?」
白洲アズサが隣の席の浦和ハナコにドリルを見せて聞くと浦和ハナコは考え込む。
「これは古代語を重訳したものですね、辞書が無いと……」
何を話しているのが気になった私はそのドリルをチラ、と見た時。
「「ならこれは恐らく『Gaudium et Spes』
私は白洲アズサと同時につい答えてしまった。
「お二人共、古代語が読めるんですか?」
「ああ、昔習った」
目を見開いて驚く浦和ハナコに白洲アズサはそう淡々と答えた。
「私は本を読む為に覚えたの」
わざわざ嘘をつく必要も無いだろう、私はただの事実を示した。
「古代語の本ですか、中々市場には出回らないと聞きましたが……」
その通り、古代語原文のみの本は数十年前に一度販売され、それっきり市場で売られる事が無かったレア物である。
しかしそんなレアな物をどうやって私は手に入れたか気になる人間も多いだろう、疑問を感じた浦和ハナコに対し、私は手を握り締めて答えた。
「ほしいものは手に入れるのが私のやり方よ」
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''なんだか上手くいっているみたいだね''
陰からハナコやアズサ達を見ているとヒフミもニコニコとした表情で静かに喜んでいた。
「はい!レイナさんもハナコちゃんも何だかとてもすごくって……アズサちゃんも学習意欲がたっぷりですし、コハルちゃんも実力を隠していたみたいだったのでもしかしたら余裕で合格出来てしまうかもしれません……!」
果たしてそう簡単に上手くいくのだろうか、何だか妙な胸騒ぎがする……
「実は一次試験で不合格者が出てしまったら、合宿をしてくださいとティーパーティーから言われてまして、それにもしも三次試験まで落ちてしまったら━━━」
「
ひょっこりとヒフミの後ろからレイナが現れ、ヒフミは飛び跳ねた。
「わっ!?レイナさん!?」
「面白そうな話をしていたわね」
「が、合宿の話ですか?」
「三次試験まで落ちたら何があるのかについてよ」
ニコニコと微笑みながら、それでいて圧をかけるようにレイナはヒフミに問うもヒフミは気まずそうに、冷や汗を垂らしながら言った。
「………き、杞憂になりそうですし、暗い話はここまでにしておきませんか?」
「それもそうね、無い話をしても仕方ない……」
そう言いながらレイナは、ロッカーに入れてあった自分の黒いスーツをジャケットのように着た。
「何処かに行くんですか?」
「野暮用ってヤツよ、すぐ戻るわ」
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「……それで、今は……補習授業なんてふざけた部活の手伝いをやらされてる」
トリニティのある隠れ家……のような場所で私はある人物に連絡をしていた。
……隠れ家というより、ただのカタコンベだが。
『ククッ……シャーレはそういった業務が主な仕事のようですからね』
鼻で笑われた事に少し腹を立てると黒服はマダムの名を挙げた。
『マダムには連絡しましたか?』
「まさか!くだらない事で連絡するな、と一蹴されて終わりなのは明白」
『賢明です』
そうキッパリと言う彼に私は呆れ果て、片手で目を覆った。
そうだとも、マダムの事をよく理解している発言だ。
ならば……ああ、もうこれ以上考えるのはよそう、嫌になってくる。
「……この際、何故貴方は先生の何に惹かれたか、それを聞いてもいいかしら」
そう、これが一番気になる事だ。
今のところ黒服が先生に惹かれる要素は全くと言っていいほど無いのだ。
舞台装置以外の何者でもない彼をどうして気にかけるのか?
言ってしまえば、彼はただのとっちゃん坊やだ。
大人らしい立ち振る舞いをしている訳でも、権力を翳す訳でもない、ただ子供らしいミスと発言を繰り返す人間。
なのに、彼は先生を同志と見ている。
『ええ、そうですね……彼が際限の無い力を持っているのはご存知ですか?』
「薄らと、だけど具体的には分からない」
ただ、彼が何かの力を持っているのは分かっている。
そうでなければシャーレの顧問になれるはずが無い、何か力を持っているのは間違いないはずなのだ。
そして、黒服は私の想像を遥かに上回る事実を述べた。
『彼は一時、このキヴォトスの全てを手中に収めました━━━比喩などではなく、
その事実は、もしも黒服が言っていなければ私は事実として、真実として認めていなかっただろう。
『しかし彼はそれを手放した……貴方には伝えていませんでしたが、彼と私は一度だけ直接対話した事があります』
『私はその時に一度提案をしたのです、ゲマトリアに入らないか、と……しかし、彼は即答でこう言いました』
『微塵も無い、と』
その一言を呟くと、黒服は少しだけため息を吐いた。
「……なるほど」
つまり、だ。
彼はキヴォトスの全てを手に入れたのにも関わらずそれを捨て、ゲマトリアと共に歩む道も捨て……生徒の為に働く、ただのお人好し。
理解出来ない。
なるほど、だからか、だからこそ━━━
「その理由を探る為に、私を?」
『それが第一の理由です、もう二つ目は━━━』
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「ただいま」
''おかえり''
扉を静かに開き、ただいまと呟くと椅子に座っている下江コハルがぷんすかと怒った。
「お、遅いわよっ!もう補習授業終わる時間なんだけど!?」
「失礼、ちょっと長引いた」
スーツを脱いでロッカーにしまっていると、白洲アズサがむんとした表情*1で私を咎めた。
「時間厳守は部隊の基本だぞ」
「部隊に所属した記憶は無いのだけれど」
とはいえ、少々時間をかけすぎたのは事実だろう。
まあ、それに匹敵する収穫はあったが。
「ではレイナさんは私と夜の密会をする予定なのでこれで♡」
「そんな予定は無いし、出来れば牢屋にもう一度入って欲しい」
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ああ、なんだかんだ私はやっていけているのだろう。
社会というのは大変だ、決して自分の考えている事を読まれてはならない。
まあ、最悪力任せにすれば……そう、自分の力を信じたモノが勝つのだが。
それだと、どうも華が無い。
「━━━以上、経過報告」
「次回の報告は来週の水曜日」
無機質な自分の部屋でスマートフォンにそう淡々と述べる。
すると、マダムはそれに対して何も反応する事は無く、私に一つ質問した。
『……レイナ、シャーレの先生について一つ気になる事があるのですが、それについて探って頂いても?』
「気になる事?」
『━━━彼の持つカードについて、でしょうか』
Q.レイナさんの得意科目は?
A.数学、物理、生物、古代語。
Q.黒服はどうしてレイナさんに重要な情報を伝えないの?
A.初見の反応というのはいつも面白いものじゃないですか。