「それじゃ、シャワーのスイッチを入れますね」
「はーい」
…………全裸状態の私は外にあるシャワーで身体を洗う事になった。
多分これも浦和ハナコの戦略だろう。
水着で身体を洗う以前に、体が埃や煤まみれなのだから一度全裸にならないといけないだろう。
因みに服は洗濯中、勿論予備の服もいくつかある為問題なし。
…………だが、外で裸というのは……流石に恥ずかしいものだ。
頭の中で愚痴っていると、頭上にあるシャワーから水がぶわあ、と溢れた。
とびっきりの冷たい水が。
「っ!?!?きゃああああああああっっ!!」
「ど、どうかしましたか!?」
叫び声を出した私を心配して阿慈谷ヒフミがすっ飛んでくる。
銃弾で撃たれた訳でもない、ただ、ただ……
「つ、冷たいっ……冷たい!!」
凄まじい勢いで氷のような冷たさの水が私を襲う。
先程まで暑い日差しのせいで火照っていた私の身体は急激に冷え、身体はパニックを起こしていたのだ。
「ヒフミちゃん、どうかしましたか?」
叫び声を聞いたのか、浦和ハナコが急いだ様子で現れる。
「ああ、アレは俗に言う『地獄のシャワー』ですね♡」
「じ、地獄のシャワー……」
「地獄のような冷たさのシャワーで身体を洗う、というのがプールに入る前の鉄板だそうですよ、あと数十秒は洗わないと汚れは落ちないかと♡」
「ハナコ……浦和ハナコ!!絶対に許さないからァ!!!!」
私はシャワーを浴びながらも叫ぶと、浦和ハナコは「うふふ♡」と笑いながらどこかへ去っていく。
「あ、あぅ……」
「阿慈谷さん!!早く止めて!!もういいから!!」
「あ、すみません!」
━━━━━
「…………」
ぽつ、ぽつ、と水滴がコンクリートの地面に落ちてすぐ乾く。
「レイナ、シャワーを浴びてきたのか?」
「……はい……」
「だいぶ疲れているようだが……大丈夫なのか?」
「……冷たかったです……」
死ぬほど冷たかった、全裸だったから尚更。
Vanitas Vanitatum Omnia Vanitas.
「レイナさんも水着になった事ですし、プール掃除を始めましょうか」
制服姿の浦和ハナコが微笑むと、私は苦い顔をして阿慈谷ヒフミの方を向いて浦和ハナコを指さした。
「…………この人が制服で掃除をしようとしている事にツッコむのはやめておいた方が良い?」
「……中で水着を着ているみたいなんで……」
阿慈谷ヒフミは苦笑しながらこくりと頷く。
「でもレイナさんも全裸でシャワーを━━━「うるさいうるさい!!あんたが全部悪いんだよ!!」
「れ、レイナさん全裸でシャワーを浴びたの!?えっちなのはだ、だめ!!」
と、睨みつけると浦和ハナコは「あらあら♡」と言った様子で笑っていた、ほんとこいつ、まじでこいつ。
「……では、改めてお掃除、始めましょうか!」
そう言って浦和ハナコは持っていたホースを床にびしゃびしゃと撒き始めた。
とりあえずプール掃除、開始。
━━━━━
「見てください!虹ですよ!虹!」
「ひゃっ!?ハナコちゃん冷たいですよ!」
「トリニティの湖から引っ張ってきている水なのでそのまま飲んでも大丈夫ですよ?」
「ど、どうしてこんな事に……」
「こちらのブロックは完遂した、続けて速やかにそちらに向かう」
「はー、のどかねぇ……」
ブラシの柄を両手で握って寄り掛かりながら、ウキウキ気分の皆を見つめていた。
楽しいし、落ち着くし、心が暖かくなる。
こんな気分は初めてだ。
「ほら!レイナさんもっ!」
「きゃっ!?」
浦和ハナコからホースの水をかけられて素っ頓狂な声を出してしまう。
「やったなぁ!」
ほんの少しだけ溜まったプールの水を手ですくい、浦和ハナコにかける。
蝉の声が聞こえる。
━━━━━
「……」
プールの水は夜になる頃には満杯になっていたが、結局プールで遊ぶ事は叶わなかった。
蝉の代わりに鈴虫がりんりんと鳴き、田舎の静寂が失敗続きの私の脳を癒す。
(……心地好くて、仕方無いなあ)
ずーっとここにいたくなる、そんな気分に浸っていると……ある事を思い出す。
(そうだ、盗聴器)
結局先生の部屋に仕掛ける事は出来なかった盗聴器。
ぽっけの中をまさぐり、盗聴器を探し回るも……
(ない)
無い、何処にも無い。
どうしよう、盗聴器のストックはまだあるけどもしも失くした盗聴器を誰かが見つけたら……
「レイナさーん、そろそろ部屋に戻りますよー」
「えっ、あっ……はーい!」
一旦撤退だ、また後で隙を伺って探すとしよう。
━━━━━
「それでは、お疲れ様でした」
「お疲れ様」
「はい、ではまた明日」
「……お疲れ様」
''私とレイナは向こうの部屋にいるから、何かあったらいつでも呼んでね''
「では、おやすみなさい」
私はそのままヒフミ達のいる部屋を退出し、廊下で考え事を始めた。
( ''……レイナにあの事を言うのは、やめておいた方がいいかな……'' )
あの事、というとナギサの言っていた『トリニティの裏切り者』の事だ。
補習授業部の中に一人、裏切り者がいる。
ナギサからはそれを探して欲しい、という事だったが━━━
''私は私のやり方でやらせてもらうよ''
私は彼女に威勢よく、その提案を断った。
理由は幾つかある。
レイナの青春を守りたいから。
生徒の事を疑うような事はしたくないから。
そして、その裏切り者の生徒の事も私は信じているから。
だから━━━「何か思い詰めているみたいね」
''れ、レイナ?''
どうすればいいか悩んでいると、レイナが背後から突然現れた。
「何を悩んでいるの?」
''え……っと、何も悩んでないよ?''
私をの目を見つめるレイナに、私はつい目を逸らした、それがいけなかった。
「貴方が嘘を吐く時は目を逸らす」
''…………敵わないなあ''
「早瀬ユウカさんに怒られている時の先生、いつも目を逸らしてるから」
私の事を毎日見ているだけある、レイナには勝てないなぁ。
「何があったのか、話してみて?」
…………ちょっと、親切過ぎないかな??
いつもの彼女なら「また何か悩んでる、人に話せばいいのに」って言ってそれ以上追求しないのに……
まさか、例の事が……?
私は即座に一計を案じ、一つカマを掛けてみる事にした。
''……レイナは合宿楽しめてる?''
「?…………まあ、楽しいかも、落ち着くしウキウキするし、何より静かだし」
''そっか''
そうニコニコと笑うと、レイナは寂しそうな顔をして私に聞く。
「これが貴方の狙いだったの?」
''そうだね、狙いというより……''
''……教えたかった、のかもね''
友達と遊ぶ事、友達と一緒に学ぶ事、友達と一緒に何かを成し遂げる事。
私はただそれを、教えたかっただけだ。
「先生ぶってる」
ふと、その声を聞いて私はレイナの方を向くと━━━
レイナが、今までに見た事ない顔で笑っていたのだ。
それを見て、思わず私はレイナの頭を撫でた。
''……うん、レイナはやっぱり笑顔が似合うね''
「っ……ば、バカにしてる?」
''してないよ''
「それに頭撫でたら有耶無耶になると思ってるでしょ」
頭を撫でられながら、レイナはニヤリと笑う。
''……思ってないよ''
「うそつき」
顔を真っ赤にしつつも、レイナは私の意図を睨んでいた。
やはり、彼女には敵わないかもしれない。
「……でも、今日は楽しかったから追求はこれ以上しないであげる」
はあ、とため息を吐きながら彼女はそう言う。
私もレイナを撫でながら深く追求しなかった事を感謝した。
''ありがとう、レイナ''
''レイナは良い子だね''
「……分かったら、早く手をどけて……」
''ごめんね、それじゃあおやすみ、レイナ''
━━━━━
また先生に撫でられた先生に撫でられた先生に撫でられた先生に撫でられた先生に撫でられた先生に撫でられた先生に撫でられた……
すごく、すごく、すごく、すごく…………
ふゆかい、ふゆかい……ふゆかい、ふゆかい!!
ほんとうだもん!!
やばい、すごくいやな気分になった、これ以上ないほどいやな気分。
(……あの、大人……ほんとー……)
ばかな大人だ、あたしにりよーされてるのがわかってない。
それなのにあたしをドキドキさせた。
(ばか、ばか、ばか……ばーか、ばか……)
布団にダイブして、足をバタバタさせる。
鏡を見て落ち着こうと思っても、顔が真っ赤な事を認識したくないから……やめた。
どうしよう、ドキドキが止まらない。
黒服や、ベアトリーチェに撫でられた時はこんな気分にならなかったのに。
(あの大人、絶対許さない……)
一度撫でられた時は熱でよく分からなかったが、改めて意識がハッキリしている時に撫でられると……少し恥ずかしい
……じたばたしたって、なんにもなんない。
私は決心して、ベッドから立ち上がる。
(あー!!!!いいもんね!!先生がそんな事をするんだったらあたし悪い子になっちゃうもんねー!!!!)
(先生が悪いんだからっ!!あたしは悪くないもんね〜〜〜!!)
言い聞かせるように心の中で言葉を紡ぎ、キャリーケースの中に入っているレシーバーと、イヤホンの機械を接続する。
先生に撫でられている時になんとか盗聴器をポケットに投げ入れたのだ、私えらいぞ。
(……受信機、OK……盗聴器と接続……)
じじ、とノイズが走るイヤホンを耳に着けて、音に集中する。
『もし一週間後の二次試験に落ちたら三次試験……それに落ちたら……』
''全員退学……''
(……なるほど、そういうからくりか、ティーパーティーが仕組んだ棺桶……それの管理を私達は任された、ってワケね)
『ナギサ様からは誰にも言わないように、と言われていたのですが、私の手に負えるお話では、なくって……その、なんと言えばいいのか……』
''トリニティの裏切り者を見つけて欲しい、とか?''
『と、なると先生もそう言われた、って事ですよね……』
(トリニティの裏切り者?)
『私はその、裏切り者だなんて、そんな話……皆同じ学校の生徒じゃないですか、今日だって皆でお掃除して一緒にごはんを食べて……裏切り者を探れだなんて、私には……』
''……ヒフミは、優しいね''
''その件は、ヒフミは気にしなくても大丈夫''
''私に任せて、私がなんとか解決するから''
''ヒフミは、ヒフミに出来る事をやって欲しい''
『私に出来る事……』
『……はい!分かりました、私に何が出来るのかはまだ分かりませんが……ちょっと考えてみようと思います!』
『ありがとうございます、なんだか心が軽くなりました……!』
通信を切る。
(……ずるい)
ずるい、ずるいなあ……先生に優しいなんて━━━
…………いや、別に、ずるくもない、別に私は優しくないから。
とにかく!それは置いておいて……我々の選択はトリニティの裏切り者を探すか試験で合格するかの二択という事だ。
恐らく現ホストの桐藤ナギサが仕組んだ事だろう、紳士ぶった顔でとんでもない事を仕組むものだ。
となると恐らく先生の権限を利用して作ったのがこの補習授業部だ、もしも三次試験を終えても合格出来なければ退学……
政治劇は好きではないが、ミステリーは嫌いじゃない。
受信機をしまい、明かりを消す。
さあ、私とトリニティの裏切り者、どちらの方が上手かな?
……先生に撫でられたことは、忘れよう。
ひじょーに、不愉快だ。
レイナ「地獄のシャワー大嫌い、ほんとに冷たかった」
ハナコ「全裸のレイナさんも可愛かったですよ♡」
レイナ「おまえだけはゆるさない、絶対にゆるさない」
ハナコ「レイナさんも、裸になる楽しさが分かりましたか?」
レイナ「分からない、何も分からないけど貴方が変な人というのは分かる」
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