そしてその日の夜遅くまで勉強は続いた。
阿慈谷ヒフミの勉強作戦はかなりの効果があったようで、一同はこの一日の間にかなり勉学が身に入ったようだ。
補習授業部イチのアホの子だった下江コハルは同じところを学習している白洲アズサに教えられるようになるまで身に入ったらしい。
「阿慈谷さんの作戦、えらく刺さってるわね」
「はい!本当に良かったです……!」
勉強を教え合う白洲アズサと下江コハルを見て心から安堵の溜息を吐く阿慈谷ヒフミ。
ふむ、この調子だと二次試験は合格で間違いないだろう、良かった良かった。
「あの二人もうすっかり仲良しですね、流石裸の付き合いをしただけはあります」
「……え?裸?え?」
なに?そんな関係に発展してたの?早すぎ……ってか、合宿所で一体何を……
「何言ってんの!?そういうアレじゃないから!?」
……と、浦和ハナコの声を聞いて顔を赤くしながらツッコミを入れる下江コハル、なんだ、そんな関係じゃなかったか。
「……あ、コハル、もう一つ聞きたい」
「ん?この問題は……確か参考書で見たような……」
そう言いながら、カバンをゴソゴソと漁っている。
「ちょっと待って、今━━━」
カバンから取り出されたのは、真っ赤な薔薇色のカバーをした『R18』の印がある本。
「?」
「!?」
(…………ん?)
白洲アズサは疑惑の目を、阿慈谷ヒフミは顔を赤く、そして浦和ハナコは『あらあら……♡』と恐ろしい笑顔で笑っていた。
一方下江コハルは自分が18禁の本を皆に見せている事に気づかずにいた。
「この参考書にあるのか?」
「うん、この参考……あれ……」
そしてその事に気づいた途端、下江コハルの顔はみるみるうちに青くなっていった。
一方浦和ハナコはニッコリと笑っていた。
「エッチな本ですねえ」
そうしてようやく持っていた本を勢いよくカバンに閉じ込めて、叫ぶ。
「うわああああああっ!?な、なんでぇぇぇぇぇ!?」
この場合恐ろしいのはその事実ではなく━━━
「コハルちゃんそれエッチな本ですよね?隠してもムダです、R18ってバッチリ書いてましたよ?」
「ち、違う!見間違い!」
涙目を思い浮かべながら必死に弁明をする下江コハルだが、もはやこうなったらこの痴女を止める術は無い。
早口でまくし立てるように、下江コハルの目の前で詰める浦和ハナコだった。
「でもそれコハルちゃんのカバンから出てきましたよね?それに合宿所まで持ってくるなんて……お気に入りなのですか?」
流石キヴォトス1の痴女、同志と思わしき者を見つけると畳み掛けが凄まじい。
うるうると涙目になっていった下江コハルはついに、ぶわぁと涙を流して叫んだ。
「こ、これは違うんだってばあああああっ!!」
「そ、その、ハナコちゃん……その辺りで……」
「確かに……やり過ぎてしまったかかもしれませんね、本当にごめんなさい、お話が合うかと思ったのですが……」
「う、うぅ……」
(えっちな本って表紙の時点であんなにえっちなんだ……)
……黒服ならこれもまた一つの知見と…………やめとこ。
━━━━━
「正義実現委員会として差し押さえた品を、つい入れたままにしてしまったとか……そういう感じなんですよね?」
阿慈谷ヒフミが事情を聞くと、下江コハルはぐすぐすと泣きながら説明を始めた。
「うん、私押収品の管理とかしてたから……本当にその時のやつで……」
「でもそれはそれでまずくないかしら?」
「そうですね、押収品は出来るだけ早く返してしまった方が良い気がしますが……どうしましょう?」
''それならコハル、私と一緒に行く?''
「先生と?」
と、名乗りを上げたのは変態筆頭の先生だった。
「確かに先生ならハスミさん辺りにバレたとしてもそこまで怒られなさそうですね」
まあ、補習授業部で合宿中の生徒が急に帰ってきたら騒ぎになるだろうし先生も行った方が良いだろう。
「コハルちゃん、それはそれとして他におすすめがあれば是非♡」
「う、うるさい、バカっ!!」
━━━━━
そうして下江コハルと先生はトリニティの本校に没収品を返しに行った。
さて、残る四人である私と阿慈谷ヒフミ、浦和ハナコ、そして白洲アズサはというと二人が帰ってくるまでにお風呂や布団の支度を済ませる事にしたが……
「そういえばレイナはトリニティの生徒ではなかったよね?」
浦和ハナコと阿慈谷ヒフミがお風呂に入っている間、下江コハルの分の布団の支度を手伝っていると白洲アズサがそんな事を聞いてきた。
「そうだけど……」
「……Vanitas Vanitatum Et Omnia Vanitas……この言葉を知っているか?」
その言葉を聞いた時、私は白洲アズサの方を振り向く事無く、数秒沈黙した。
暫くの沈黙の後、いつもの顔で振り向く。
「…………古代の言葉ね、確か意味は……」
「「全ては虚しい、どこまで行こうとも全ては虚しいものだ」」
「ああ、その通りだ」
Vanitas Vanitatum Et Omnia Vanitas.
この言葉はアリウスでよく使われている言葉だ。
つまり、白洲アズサはアリウスからの潜入者……スパイ、裏切り者ということか。
まあ一旦それは置いておいて、正直私はこの言葉は好きになれない。
もしも全てが虚しいのなら、私は何の為にゲマトリアに入ったのだ?
全てが虚しくて、全てが無に帰すなら私はあの時…………
やめた。
私はそのまま、にこりと微笑んで
「古い、すごく古い言葉ね、確か私の持っていた文献に書かれていた言葉」
「……レイナはこの言葉について、どう思う?」
「どうして私にそんな事を聞くの?」
「レイナは私の知らない事を沢山知っていた、レイナは私に色々な事を教えてくれた」
「だから……レイナがこの言葉をどう解釈するか、知りたくて……」
意外だ、アリウスの生徒が心の中枢、教えの中枢とも言えるこの言葉を疑うなんて。
トリニティの暮らしで考えが変わったのだろうか。
「…………虚しいかもしれない、無駄かもしれない、今まで積み重ねてきた事がある日突然崩れ落ちるかもしれない、何十年何百年と手間暇かけて作った物が壊れるかもしれない」
「でも━━━━━」
「レイナさん、アズサちゃん、お風呂空きましたよ!」
その時、部屋の扉が開き、パジャマ姿の阿慈谷ヒフミと浦和ハナコが現れた。
「…………続きはお風呂でしましょう、白洲さん」
「…………そうだな」
白洲アズサは不安げな顔だった。
━━━━━
「洗いっこって、下江さんとしたの?」
「ああ、レイナが身支度をしている時にやった」
「朝から元気かと思ったらそんな理由があったのね」
「レイナも明日の朝からする?」
「いいや、私は遠慮しておくわ」
「そうか」
お風呂で一緒に湯船に浸かっていると色々な事が思い浮かぶが、一旦それは思考の隅にでも置いておこう。
「…………それで、話の続きだったわね……そう、虚しいかもしれない……でも……」
「それでも、自分を助けてくれた人の為に生きるのって、意外と心の支えになるのよ」
「自分を助けてくれた人の為……?」
私を助けてくれた人達
恩人。
私に知見を与えた人達。
私を『崇高』に近づけてくれた人達。
「……ああ、先に言っておくけど先生じゃないわよ」
忠告を入れると彼女は驚いた顔をした。
「む、そうなのか……じゃあ、その助けてくれた人がいなかったらどうする?」
「分からない、想像もしたくないわね」
もしも彼らがいなかったら…………野垂れ死んでいるか…………まさか先生に拾われていたとか?バカバカしい!
白洲アズサは暗そうな表情をして、湯船に首まで浸かった。
「そう……か」
「Vanitas Vanitatum Omnia Vanitas」
「虚しく、そして無に帰すモノ」
「……そうならない為に、私は生きている」
そうだ、私の生きる理由は……
世界の滅亡からゲマトリアを守る事にある。
そうでなければ生きる理由が無い。
「先に上がるわね」
「う、うん……」
(…………Vanitas Vanitatum Et Omnia Vanitas……何故レイナが言う言葉には『Et』が抜けているんだ?)
━━━━━
(…………なるほど、アリウスか)
自室で武器の整備をしながら白洲アズサについて考えていた。
そうそう、アリウス生徒をトリニティに潜入させる計画を立てているとかってマダムが言っていたっけ、私を登用すれば良いって言ったけど……拒否されたな。
そういえば、私だけ何故個室なのかについて話しておくべきだろうか。
とはいっても理由はシンプルだ、色々とこの合宿所で私は情報を探る予定なのだが、その中には少々「見られてはマズイ物」がある。
盗聴器、無線妨害機、爆弾……
こんな物を先生や部員に見られたら疑いの目を向けられるに違いない。
だから私は先生に駄々を捏ねた。
捏ねまくった。
……
「個室が良い!!絶対個室!!」
''で、でも……''
「嫌だ!!私プライベートが無いとイヤ!!」
''皆同じ部屋で寝た方が……''
「嫌!!」
''私の部屋は……''
「もっと嫌!!!」
……
その後なんとか先生に承諾してもらったおかげで私は一人で眠る事が出来るし、盗聴器を弄れるのだ。
武器を足に着いているホルダーに着け、ふんわりとしたシャーレのベッドより数倍寝心地の良いベッドに転がり……
(……そういえば、アリウスだっけ……)
(アリウス……アリウス……何か忘れたような……ま、いいか)
目を瞑った時、思い出す。
(……………………あ゛っ!!!)
━━━━━
''そういえば、ヒフミ''
''一つお願いがあるんだけど、良いかな?''
ハナコの話が終わった時、私はある事を思い出しその事を伝える事にした。
「はい、なんでしょうか?」
''レイナにトリニティの裏切り者の事を伝えないであげて欲しい''
「レイナさんに、ですか?」
キョトンと不思議そうな顔をするヒフミに、私は説明をした。
''レイナは今まで誰かと遊んだり掃除をしたり、こうやって一緒に何かをした事が無い子だったらしくてさ''
''でも、ここに来てから……レイナはすごく楽しそうにしてる、満足そうにしてるんだよね''
「そうだったんですね……」
''だからお願い、レイナには何も伝えないで欲しい''
''レイナに誰かを信じる事を教えたいんだ''
「はい、分かりました……!」
そう、願うとヒフミは笑顔で快諾してくれた。
私が安堵する共に、ヒフミは私にある事を問う。
「そういえば、先生とレイナさんってどうして一緒に暮らしているんですか?」
''んー……独りにしたくないからかな''
''レイナは一人にさせると、何処かに消えちゃうからね''
ハナコ「レイナさん」
レイナ「なに」
ハナコ「実は、私も持ってきたんですよ」
レイナ「なにを」
ハナコ「えっちな本を♡」
レイナ「……はぁ!?」
ハナコ「見てみますか?」
レイナ「そんなもん没収よ!」
(本を奪い取る音)
ハナコ「あら、中身見ないんですか?表紙だけだと没収に値するか分からないですよ?」
レイナ「はぁ、仕方ないわね……」
(本を開く音)
レイナ「…………えっ、なななな、なにこれ……すごく……うわあ……」
ハナコ「どうですか?」
レイナ「ひゃあ……こ、こんなの……え、えっちすぎないかしら……」
ハナコ「ふふ♡」