「……んぅ……」
誰かが私を揺れ起こす。
まだ周りは暗い……多分、夜中の12時頃だろうか。
眠い目を擦りながら起き上がると、誰かが私の目の前にいる。
「レイナさんっ……!」
「なに…………え?」
……そこにいるのは、涙目になっている下江コハルだった。
「レイナさん、お願い……!」
「……下江さん、どうしたの……」
「その、ノート、教室に忘れちゃって……」
「自分で取りに行けばいいじゃない……」
教室の鍵は開いているはずだ。
誰でも取りに行けるはず━━━
「…………」
しかし……下江コハルは必死に、涙目で私の腕を掴んで離さない。
「……怖いの?」
「……」
そう聞くと恥ずかしそうに、こくっ……と小さく頷く。
「……仕方ないわね、一緒に行くわよ」
━━━━━
夜中の学校!!
真っ暗な廊下を照らすのは私が持っている懐中電灯以外何も無いし、音も何も聞こえない!
うん、大丈夫!何も怖いものはない!
隣に下江コハルもいるし、この辺に怪談とかは無い!!
だから何も怖くない!大丈夫!
きぃ〜っ、と木の軋む音が聞こえる。
「ひゃいいいいいっ……!」
「ひいっ!?」
……無論、自分が歩いた床の音だ。
ああ、もう……白状しようか、私は怖いものが大の苦手である。
じゃあどうして下江コハルの願いを受け入れたって?
眠くて、しかも頭が動いていない時に涙目の年下生徒に「お願い」なんて言われたら、私は受け入れてしまうのだ。
なんと愚かで、馬鹿なのだろうか!
短絡的で、先を見据えていない行為だ!
「うぅ……」
「な、なんで先生を呼ばなかったの?」
下江コハルが呼んだら満面の笑みで受け入れて、一緒に行ってくれるはずだろうに。
「先生の部屋を覗いたら、何だか真剣な顔して考え事してて……」
……と思ったが彼も色々な事で悩んでいるらしい。
全く、たまには私に相談して欲しいものだ。
「阿慈谷さんは?」
「……人形が怖いし、最近寝不足っぽかったら起こせなくて……」
「アズサはいないし、ハナコもいないしで……」
「へ、へぇ〜……」
白洲アズサはともかく何故浦和ハナコがいないという事実に私は恐怖を感じた。
「月光浴です♡♡」と言いながら全裸で現れたら私は下江コハルより先に卒倒する自信がある。
「ね、ねぇ……もしかして、レイナさんも怖いの……?」
「なななななな、何を?別に怖くないわ、私はここっここ……こう見えてもスランピアで廃棄されたドールを破壊しに行ったりとかかかかかかか」
「凄い震えてる……」
「しししし、下江さん、絶対に手を離しちゃダメよ、ぜったいにはなさないでね……」
「う、うん……」
これがただの路地裏なら何も感じなかった。
だが、よりにもよって古い校舎の廊下なのだ!
動く人体模型、音楽室の動く肖像画などなど……
こういう「何か」あると噂される場所は本当にあったりするのだ。
「そ、それより教室は何処の教室なの……?」
「一番向こうの教室……」
「そっ、そう……一番向こうの、ね……」
流石トリニティ、こんな僻地に建てられた校舎でもそれなりの大きさがある。
……ざっと60mというところだろうか。
「れ、レイナさん……」
「ど、どうしたの……」
「……ノート取ったら、トイレに行きたいかも……」
「……ええ、いいわよ」
「ありがと……」
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!!!!!
やだああああああああ!!行きたくない!!!!こわい!!!
たすけてええええええ!黒服!マエストロ!デカルコマニー!ゴルゴンダ!マダムでもいいから!!
だれかあああああああああああああ!!!!!
━━━━━
「……レイナさんって、この前美食研究会と戦ってた時、すごく強かったわよね」
「え?……うん、まあ……」
何とか恐怖を呑み込んで教室に向けて歩いていた時、下江コハルに突拍子も無い事を聞かれ、少し驚く。
「どうやったらアズサやレイナさんみたいに強くなれるのかな……」
苦い顔をした下江コハルは、私に懺悔するようにそう聞いた。
強くなる、という悩みは私の中ではあまり無い悩みだった。
だがこういう質問には決まって答えがある、それは━━━━━
「……そうね、多分……今すぐ強くなるなんて都合の良い方法は無いと思う、でも下江さんが日々強くなる為に努力すれば必ず日を追う事に強くなるわ」
「それと、強さっていうのは単純な力強さっていうのもあるけど……勇気も必要よ、どれだけ力があっても前に進む勇気が無ければそれは豚に真珠」
目的地に歩みながら、私がそう自信満々に語ると下江コハルは私を怪訝な目で見ていた。
「……」
「だから勇気を持つ、って事も大切だと思うわ、何事にも恐れない勇気が……」
「……えっと、すごい足を震わせながら言われても説得力無いかも……」
「はぇ」
━━━━━
「……あった!これ!」
教室に辿り着き、自分の席を漁る下江コハルは嬉しそうにノートを掲げている。
「良かった、それじゃあトイレに……」
……その時、下江コハルの後ろの窓に……
「……どうしたの?レイナさん」
「いいいいい、いま、そとのまどにだれかいたっ」
「そ、そんなワケないでしょっ!?だって今深夜の12時よ!」
「いたの、確かに、誰かの影が……は、早く行きましょう!」
「う、うんっ……!」
震える足、腰、手、身体。
私は下江コハルの腕を握って、そそくさと教室を抜けた。
(……しまったな、誰かに見られたか?)
(次はもっと遅い時間にするようサオリに頼むか……)
━━━━━
トイレ。
うむ、別に怖いものはない。
怖いものは一つもない。
ただ、下江コハルが戻ってくるのを待つだけ。
「うう……レイナさん、いる?」
「……いるわよ」
震える声で私の名を呼ぶ下江コハル。
大丈夫、怖くない。
「そういえばレイナさん……トイレの花子さんって怪談━━━」
「そんなもの知らないわっっ、知る必要もないでShow……」
「…………うん……」
ガラガラ、とトイレが流れる音。
トイレから現れた下江コハルの腕を握って、私は嘆願した。
「は、早く戻りましょ━━━」
「はい♡」
私よりも一回り大きい水着姿の生徒が、笑顔で現れた。
「…………っ……」
「きゃあああああああああっっっっ!!!!」
「いやあああああああああっっっっ!?!?」
私の叫び声と、トイレにまだ残っていた下江コハルの叫び声が校舎中を響かせた。
この後、騒ぎを聞きつけた先生と阿慈谷ヒフミがガタガタに震えている私とそれを宥めている浦和ハナコが発見されたと言う……
恐怖心……私の心の中に、恐怖心……