「レイナ、貴方はキヴォトスにおいて究極の神秘を持つ者です、それは誇りであり尊厳です」
「どうか、貴方に幸を……」
「ああ、レイナ、其方は私の芸術を理解してくれるというのか!」
「素晴らしい……キヴォトスの生徒が私の芸術を理解してくれるとは!」
「レイナ、貴方は特異点です、究極の神秘……記号を持つ貴方なら必ず崇高に至れるでしょう」
「そういうこった!」
「レイナ、貴方の力無くして……私は崇高には至れません」
「末永く、協力しましょう?」
そうだ、私は西条レイナ。
私はゲマトリアの人間だ。
ゲマトリア。
キヴォトスの神秘の探求を行う組織。
神秘とは絶対の力である。
神秘が反転すれば
そして、
そう、将棋の歩を裏返せば金に成るように。
神秘も裏返せば
私には恐怖の力がある。
大昔、私が幼い頃に恐怖を適応する実験をされた。
勿論私の同意の上だ、当時力の無かった私は喜んで受け入れた。
しかも実験は大成功、私は神秘を持ちながら、多少の恐怖の力を持つ人間と成った。
そして私はゲマトリアに加入した。
ゲマトリア所属の生徒、西条レイナとして。
その時私にはある者を黒服から貰った。
黒いリボン。
私はそれを髪飾りとして着けて、誇りとして持っている。
つまり、だ。
これは私の尊厳でもあり……奪われる事はあってはならない事なのだ。
だから、奪う者には━━━━
━━━━━
「いったいって、もうッ!」
「レイナちゃんっ!!」
アリウスの生徒が半分程倒れた頃。
レイナの姿が見えた。
左の膝から血が溢れ、右足で跪くレイナが。
''レイナ!!''
この時、私は激しく後悔した。
ああ、やっぱり……彼女をこんな事に巻き込むべきでは無かった。
レイナには関係無かったのに。
レイナが傷つく必要は無かったのに。
……私の
私が彼女を巻き込んだから、彼女は大きな傷を負ってしまった。
「……前から思ってたけどこのリボン何処にも売ってなくってさ」
ミカがレイナの髪飾りのリボンに手を伸ばす。
アレは、レイナがすごく大切な物だと言っていた物だ。
ダメだ、アレは……!
「……触るな……」
その時体育館が揺れた。
「あたしの、大切なモノに……」
「触るなッッッッ!!!!」
叫び声と同時に体育館の空間が歪む。
黒い紫色の渦がレイナを中心に現れたのだ。
「っ!?なにこれ……!」
黒い渦は次第に濃さを増す。
ミカは突然の出来事に驚き、レイナと距離を離そうとするも━━━━
「許さない……許さないッ……」
「いっ……離してよっ!!」
レイナはミカのリボンを奪おうとした腕を掴む。
ミカが必死にレイナの腕を引き剥がそうとするも、彼女は腕を離さない。
「レイナちゃん……!」
「レイナさん……!?何が起きてるの!?」
(……間違いない、あの渦は……)
(マダムのステンドグラス……!)
彼女は片手で銃を握って、ミカに向けた。
しかし……銃身はいつものような銀色では無く……
「っっ!!??」
レイナがミカの腹に再びゼロ距離で何度も撃つ。
何度も、何度も、何度も……
本来ならば弾切れになってもおかしくないほど撃ったというのに弾は切れない。
「いっ……!」
ダン!ダン!ダン!ダン!
ダン!ダン!ダン!ダン!
力強い弾丸の音だけが響く。
鐘の如く、鳴り続ける。
一回、二回、三回、四回、五回……
鳴り止まない、銃声。
「いったいなぁ……!」
ミカも流石に堪えたのか、苦しい表情をする。
それに、このままだと━━━
『先生っ!今のままレイナさんが銃を撃ち続けると、ミカさんのヘイローが壊れてしまいます!』
アロナの声が私を冷静にさせる。
そうだ、目の前にいる彼女達を助けなければならない。
このままだとミカのヘイローが壊される。
その前に何とかしてレイナを落ち着かせないと……!
''レイナ……!''
黒い渦の中に、一歩踏み込む。
その時、私の心の中に凄まじい程の憎悪が溢れる。
憎悪は頭の中の思考を津波の如く流し、私の意識は飛びそうになった。
しかし、私はこの感覚に似たような感覚を以前体験した事がある。
脳裏に、奴の言葉が流れた。
……
「ゲマトリアは、貴方の事をずっと見ていますよ」
……
( ''っ……'' )
嫌悪感、生苦しさ、吐き気。
歩みを進めると波のように押し寄せてくる。
『っ!?先生!危険です!この渦は私の力では……!』
一瞬でも気を抜いたら、意識が飛ぶ。
でも、ここで歩みを止める訳にはいかない。
また一歩、レイナに近づく。
彼女を巻き込んでしまった私に、何が出来るのだろうか。
思えば私は、レイナの心の事を深く知ろうとはしていなかった。
レイナの問題だからと言い訳をして彼女と向き合ってこなかった。
そのツケが、これだ。
彼女は深く傷つき、誤った道を選んだミカがその代償を払っている。
そんな事は、子供が引き受ける事ではない。
彼女の心を、彼女が抱える闇を……
責任を持って取り除かなければならない。
大人……いや、
「いっ……たぁ……っ!」
ミカの腹部に痛々しい傷が出ており、血が滲んでいる。
「あたしのリボンに、何をしようとした」
「許さない、許さない、絶対に許さない……」」
「何……!?なんなの!?貴方ッ!」
その時、私は一瞬だけ……レイナの顔を見た。
その時のレイナはいつものような紅色の目では無く━━━
( ''レイナの瞳が、
その時、私はやっとレイナのすぐ近くの背後まで辿り着いた。
そして、飛びそうになる意識を堪えて……叫ぶ。
''レイナっ!!''
『先生!ダメですっ!これ以上は……もちませんっ……!』
私が彼女の名を叫ぶと、レイナはこちらに気づく。
「………!」
''レイナ……''
''私が、君を巻き込んだからこんな事になってしまった''
''君の抱えた闇を無視していたから……!''
「……せん、せい……」
途端に、何も無かったかのように黒い渦は消え去った。
レイナの目の色も、銃身も元に戻った。
ミカの腕を掴んでいたレイナはぶらり、と手を落とす。
「っ……先生……!?」
そのまま、レイナに歩みを寄せて……私は、私は━━━━
私はレイナの事を優しく、抱きしめる。
''ごめんね、レイナ''
「……あれ……」
そして、レイナは糸が切れたように意識を失った。
「リーダー、トリニティ生徒の一部がこちらへ向かってきています」
「……撤退を開始しろ、計画は失敗だ」
(……結局、私はアズサのヘイローを破壊する事すら出来なかった)
(忘れられないというのか?……あの記憶を……)
(……私は……)
━━━━━
「レイナ」
レンガの瓦礫の上で、私は紙を捲ると友人が私の名を呼んだ。
「なーに、スバル」
「その手に持っているのは何ですか?」
「楽譜!」
にひ、と笑うとスバルは困惑した顔で見つめていた。
「……あなたは楽器を弾けるんですか……?」
「いいえ?でもあたしの友達に弾ける子がいるから」
「ダメですよ、マダムに怒られます」
「バレないわ、それにあたしがいるからマダムも怒らないだろうし」
瓦礫からぴょい、と飛び降りるとスバルはやれやれといった表情をしている。
「そうだ、マイアにも聞かせてあげましょう!きっと喜ぶわ」
「……そうですね、良かったら私の班の子達にも聞かせせてあげてもいいですか?」
「もちろん!この楽譜はあなたにあげるわ」
「……いいんですか?」
「うん、あたし楽譜は読めるけど、楽器は演奏出来ないから」
「ありがとう……ございます」
「マダムにバレないようにね」
私はその後、二度とスバル達と会う事は無かった。
その後私は恐怖の適応実験が始まった……だから、最低でも二年は動けない。
これについては巡り合わせが悪かった、としか言いようがなかった。
そして私はその後、友達を作る事は無くなった、
トラウマになっているのかは分からない、心の中で諦めたのかもしれない。
でも、涙は出なかった。
しかし、先生と出会ってから私は変わった。
あの後に友達を作ったりしたのは、私の心の変化以外ありえない。
彼は私に何を求めている?
私は何になろうとした?
幾度もの思考の末、結論に至った。
先生はゲマトリアに入るべき人間である、と。
私が変わるのではない、彼が変わるのだ。
そしたら先生に、また撫でられたいなあ。
━━━━━
抱き抱えたレイナからは血がドクドクと流れており、私は焦燥感を感じた。
あの時、レイナを止めていれば……いや、私がレイナを一人にしなければ……!
……後悔は後にしよう、今は━━━━
''ハナコ、今すぐ治療してくれるかな……?''
ハナコに抱えていたレイナを渡す。
先程までの力強さは一転、レイナは人形のように静かだった。
「はい……!」
そして、ハナコがレイナを抱き抱えた時━━━━
ドガン!!
大きな爆発音が聞こえる。
体育館は再び揺れた。
「っ!?今度は何……?」
バキッ!
再び爆発音が聞こえ、壁が壊される。
そして現れたのは……
「けほ、今日も平和と安寧が皆さんと共にありますように……けほっ」
「すみません、お邪魔いたします……!」
現れたのは、シスターフッドの生徒達だった。
恐らくハナコが何か手回しをしてくれたのだろう……シスターフッドは大勢の人間を連れて、体育館を占拠した。
しかし、アリウスの生徒はいつの間にか撤退したのかもう殆どおらず、残されたのはミカと数十人の逃げ遅れた生徒達だけだった。
「シスターフッド、これまでの慣習に反する事ではありますが……ティーパーティーの内紛に介入させて頂きます」
「聖園ミカさん、傷害教唆及び傷害未遂で貴方の身柄を確保します」
「言われていたアリウスの生徒が少ないですね……今いるのは100人程度ですし、皆ボロボロ……」
ミカの顔がみるみると青くなる。
ミカは既にレイナとの戦いで凄まじい傷を負っており、立つ事すら精一杯だった。
その中でシスターフッド総員と戦う……となると、勝利は絶望的なのは間違いなかった。
「シスターフッド、歌住サクラコ……」
ミカは震える足で何とか立ち上がろうとするも崩れ落ち……彼女は笑う。
「……アリウスは勝手に撤退を始めてる、サオリもどこかに消えちゃったし私もレイナちゃんのせいでもう戦えないし……」
「……何これ、洒落にならないなあ」
その笑いは愉悦でも、嘲笑でも無く……乾いた笑いだった。
「セイアちゃんが襲撃された時だって動かなかったのに今このタイミングでシスターフッドが介入するなんて……冗談にもほどがあるよ……何を見誤ったのかな」
「……ハナコちゃんのせいでも、アズサちゃんのせいでも、ヒフミちゃんやコハルちゃんのせいでもない」
「どうして負けちゃったのかな」
ミカは私の方に目を向けた。
''……''
「……そうだね、一番大きい変数となったら先生達だよね」
「どうしてレイナちゃんのリボンを奪おうとしちゃったのかな、あのせいで私はズタボロになっちゃった……
「それにサオリもあの子にだいぶ手を焼かれてたみたいだし……あの時のチェスもそうだった、私の事を見透かしたような目で見てて、私の事を黒幕って確信したのは多分あの時だよね」
「それに、先生がいたからこの子もついてきた……ナギちゃんが裏切り者がって騒ぐからシャーレに連絡して……そっか、あの時かあ」
あはは、と笑うミカを見て、ハナコは哀れんだ目で見つめる。
「……ミカさん、セイアちゃんは……」
「……本当に殺すつもりじゃなかったの、今の私だと何言っても言い訳になるけど」
「セイアちゃんは無事です」
「……!?」
「ずっと偽装してたんです、犯人が見つからなかったので安全の為にもトリニティの外へ……」
その言葉を聞いて、ミカは手を震わせた。
それは怪我によるものでは無く、一つの感情としてのものだった。
「セイアちゃんが……無事……?」
「……そっか、生きてたんだ……」
「……良かったあ」
ミカは、心からの安堵の言葉を吐いて……武器を落とした。
トリニティの一番長い夜は夜明けを迎えた。
レイナ「スバルは絶対将来ビッグになるわ」
スバル「ビッグ……ですか?」
レイナ「そうね、ひよこ鑑定士とか」
スバル「……それってビッグなんですか?」
全国の聖園ファンの方、ほんまにすまんかった。