「こうして君と出会うのは初めてだね」
目覚めると私は椅子に座っていた。
目の前には豪華な茶菓子、紅茶。
そして、大きな耳の生えた背丈の小さな生徒。
そして同時に理解した。
これは『夢』だと。
「……貴方は誰?神の遣い?それとも━━━非有の人間?」
夢である事を理解した私は目の前の存在が非有である事を考えた。
「私はただの人間だよ」
「人間、か」
落胆ともとれるその言葉に、生徒は怒りもせずに私を見つめていた。
「おめでとう、君達のおかげで補習授業部は無事に試験を受ける事が出来た」
「それはどうも、私は暴れただけだけれど」
嫌味ったらしく私が謙遜すると、生徒は笑う。
「陰謀、策略を打ち砕くには暴力が最も適しているからね」
この人間、只者では無い。
私は警戒しながら、彼女を怪訝な目で見た。
「……貴方は何者?」
「紹介が遅れたね」
「私は百合園セイア、トリニティのティーパーティー所属……サンクゥトゥス分派のリーダーと言った方が分かりやすいかな」
頬に冷や汗が垂れる。
何故なら私は百合園セイアは死んだものとして扱われているのを知っており、亡霊が夢に出てくるとは思ってもいなかったからだ。
「死んだ、と聞いていたけれど?」
「いや、私は死んではいないさ……しかし夢の中を漂っている」
「感情のようね」
私がそう一言即答すると百合園セイアは目を見開いて驚く。
「君は随分と独特な発想をするんだね」
「お気に召さなかったかしら」
「気に入ったよ」
……少しの間平穏で静かな……百合園セイアの袖や耳の裏にいるシマエナガの鳴き声だけが聞こえる時間を過ごす。
それは桃源郷か、エデンか……少なくとも居心地は良い。
「……」
「……」
そしてその静けさを破ったのは百合園セイアだった。
「……私の予知夢では、君はいないはずの存在だった」
唐突に言われた存在否定に、私は少しだけ怒りを感じた。
「何が言いたい?」
少しだけ圧をかけると、彼女は申し訳無さそうな顔をして答える。
「すまない、挑発するつもりは無かったんだが……」
「最近、そういう事にはデリケートでね」
紅茶を一口飲む。
甘い香り、少しだけ酸っぱいレモンの後味……落ち着く。
「……存在しない者の真実を証明する事は出来るのか」
「七つの古則ね」
ジェリコの古則とも言われるそれは、キヴォトスではよく知られた話だ。
これを真剣に解明する事は不可能とし……数々の哲学者や研究者は解答を放棄したと言われる古則。
「そう、本来君は存在しないはずの者だった……なのに、君はこうして生きて私の目の前にいる」
「不思議に思わないかい?」
「思わないわ、私は私、西条レイナ……唯一の存在よ、私は確かにここにいる」
答えはそれだけで十分だ。
それ以上に何がいる?
自分の存在を証明するのは自分だ。
それとも、私の存在を誰かが証明してくれるとでも言うのか。
私の答えに百合園セイアはうんうんと唸り、微笑む。
「……君は、もしかすれば七つの古則を解き明かす存在になるのかもしれないね」
「そんなものはいらない、私はただ……」
そんなものには興味無い。
私はただ、ゲマトリアとして命題を果たしたいだけ。
そして……先生を、先生を━━━
「先生と一緒にいられればいいのかい?」
「そう、先生を……先生を、傍に置く」
言葉を詰まらせながら答えて、私は心の中で答えを出した。
「それだけが今の私の救いかもしれないわ」
先生の事を知れば知るほど、私は彼に堕ちていく。
私の欲しい言葉を、態度を、心を、全て見せてくれる。
彼なら……いや、彼ならば崇高に辿り着けるはずだ。
「……ミカの事については覚えているかい?」
その言葉を聞いて私は頭に水をかけられたような感覚がした。
忘れてはいない、朧気ながら覚えている。
「彼女は私のリボンを奪おうとした、だから私は……私は……」
「ミカの命を奪おうとした」
「……」
我ながら恐ろしい事をしてしまうところだった、と理解している。
先生が止めてくれなかったら、私は野蛮な者に成るところだった。
「最強の暴力というものは確かに強力だ、どれだけ社会が発展しようと……結局はその力を持つ者が勝つからね」
私はその事を知っていた。
だから、百合園セイアの言葉を肯定するように言う。
「でもそれだけだとダメなの、それなら私は私である必要は無い」
暴力だけの化身になるなら、私は西条レイナである必要は無い。
ゲマトリアも、先生も……そう思う、はずだ……
「では、どうして君はあんな力を?」
「分からない、このリボンが奪われるって思ったら……急に憎悪が溢れて、守らなきゃって思って……」
今は綺麗さっぱり、船の帆のように真っ白な気持ちでいる。
でもあの時は真っ黒な墨に塗りたくられた気分だった。
無力さ、弱さに付け込まれて、尊厳を……誇りを奪われようとした時、私は憎悪や嫌悪、怒りに溢れた。
聖園ミカが許せなかった訳ではない、私は誰も許せなかった。
でも、ただ一人……先生だけは違った。
彼の言葉を聞くと私はそれまでの憎悪や嫌悪が消え、意識が糸のように切れた。
「ふむ……もしも、君があの力が無かったらミカにそのリボンを奪われていたかもしれないね」
「そう、だから、私は……」
聖園ミカのヘイローを壊そうとしてしまった。
人殺しになるのは勘弁だ、私はそんな野蛮な者じゃない。
私は……誇り高き、研究者。
「……君と先生は恐らくこの物語の特異点だ」
「願わくば、君の未来が安息に満ちている事を祈るよ」
しかし、その『祈る』という言葉が気に入らなかった私は彼女に一つ問う。
「神に祈るの?」
「いや……私が祈ったのはその可愛らしいリボンさ」
意識がぼやけて、消える。
鐘の音が、聞こえる。
「……どうやらもう時間のようだね」
「いつかまた会おう、西条レイナ」
(……もしかしたら、全てを諦めるのはまだ少し早いのかもしれない━━━━━)
━━━━━
補習授業部はその後、大急ぎで試験を受けに行って……
ハナコ:100点
アズサ:97点
コハル:91点
ヒフミ:94点
無事、全員合格を果たした。
「こ、これ……本当に私達の答案ですよね……?」
ヒフミは手を震わせながら答案用紙を何度も何度も確認した。
「はい、正真正銘♡私達の努力の結晶です♡」
「わ、私が91点……嘘でしょ……!?」
浦和ハナコは心の底から嬉しそうに、下江コハルは自分の成長に驚く。
そして、白洲アズサは━━━━━
「……ヒフミ、ありがとう」
ヒフミを、強く抱き締めた。
「あ、アズサちゃん!?」
突然の行動に戸惑ったヒフミは顔を真っ赤にしながら冷静を取り戻そうとしている。
しかし、白洲アズサは畳み掛けるように話す。
「皆がいたから私は諦めなかった」
「……本当に、ありがとう」
その言葉は、補習授業部が出会った頃からは想像もつかない言葉だった。
「アズサちゃん……!うわーんっ!」
ヒフミも、嬉し涙を流して抱き締めた。
「あらあら♡」
「っ……な、なんかエッチじゃないかしらこれ……!」
「コハルちゃん、二人はただハグをしているだけですよ?」
「そうだけどっ……!」
暫くして二人も落ち着くとアズサはしょんぼりとした顔をした。
「……レイナと先生がここにいてくれれば、もっと良かったんだが……」
「……レイナちゃん、大丈夫なんでしょうか……」
その理由は、大怪我を負い救護騎士団で緊急治療をした西条レイナの心配だった。
「傷は大きかったですが命に別状は無かったそうですし、明日には目覚めるとセリナさんやハナエさんは仰っていましたが……」
鐘が鳴る。
一回、二回、三回……四回目は鳴らない。
その鐘を聞いてヒフミは思い出す。
(……そういえば、あの時も━━━)
━━━━━
「くぅ……っ……!」
傷が痛む。
有り合わせの古い包帯をぐるぐると腕に巻き、息を吸って吐くを繰り返す。
「リーダー、大丈夫?」
「ああ、傷は深いが……っ……そこまで致命的では無い」
奴の爆薬の傷はかなり深く、私の腕に深い傷を負わせるほどだった。
だが、問題無い。
「X-DAYまでには治るはずだ、マダムから命令された通り……計画の遅延は絶対にありえない」
「……」
(でも、無理は禁物)
アツコが手話でそう伝える。
私は包帯を巻き終わり、ほっと一息をついた時ヒヨリが
「その傷、本当に治るんですか……?アリウスには治療施設が無いから」
「……問題ない、薬草を塗っておけば治るはずだ」
(……アズサ……八咫烏……)
(お前達にも知らせてやる、この世界の真実を)
Vanitas Vanitatum Omnia Vanitas.
レイナ「……あの、シマエナガもこの夢の中に入れるの……?」
セイア「彼らも私の一部のようなものだからね」
レイナ「…………(難儀な顔)」