見やすくなってると嬉しいです……
白猫さんがにゃあと鳴く
''レイナ''
「ん」
シャーレのオフィスで仕事をしている私のすぐ隣に引っ付くレイナ。
私は少し変な汗を垂らしながら、彼女の名を呼ぶとレイナはさらに腕に引っ付く。
……少し血の匂いがするのは気の所為ではないはずだ。
''病院行こう?''
「やだ」
レイナは顔を私の腕にうずめた。
少しくすぐったい。
''……そろそろ離れてくれると助かるなあ……''
「やだ」
''…………''
初めて会った時からは想像も出来ない程の距離の近さ。
というか、レイナ自身が私に好意を抱いている……?彼女の中で何か考えが変わったのだろうか。
''えっと、なんだか前と比べてすごく距離が近くなったよね……''
「そうね」
''どうして……?''
そう聞くとレイナは にや〜、と笑う。
「貴方の事が気に入ったから」
レイナはぎゅっと腕を掴んで離さない。
その手の温もりは、確かにあるものだった。
''それは良いんだけど、少し近すぎないかな''
「ダメ?」
自身の可愛さを自覚した上目遣いをするレイナ。
''…………いいよ''
「やった」
むふー、と誇らしげにするレイナを見て私は少し微笑む。
私に凄まじい不信感を抱いていたレイナは今、私を信じてくれている。
その事実は私の心に高揚感に似た感情をもたらしていた。
今は彼女の事を深く知る事は出来ないかもしれない。
だが、今は……このままで良いだろう。
いつか、なるようになるはずだ。
「……」
''……''
……暫く、静かな一時が流れた。
パソコンの画面を見ながら、あの時の出来事を思い出して……ある事に気づく。
''レイナってたまに一人称が変わるよね''
「一人称?」
かたかたとパソコンに文字を入力しながら私はレイナの一人称について問う。
''うん、自分の事をあたしって……''
「…….え?」
冷や汗を垂らす彼女を見て、私は驚いた。
レイナがたまに自分の事を『あたし』と言う事は以前からあった。
彼女の感情が昂っていたりすると彼女は自分の事を『私』ではなく『あたし』と呼ぶ。
しかし、今の彼女の反応はそれを知っていたような雰囲気では無かった。
まさか!そんなはずがない!……そう言いたげそうな表情。
''もしかして気づいてない?''
「……えっと、本当に『あたし』って言ってる……?」
''うん、ハナコやヒフミも聞いてると思うよ''
あの場にいた皆が聞いていたと思う。
……それより、その後の出来事のせいで皆忘れていたかもしれないが。
そうやってあの時の事を再び思い出しているとレイナは必死そうに青ざめた顔で笑いながら、私と目を合わせた。
「……忘れて……?」
''うーん、忘れられないかも''
イタズラっぽく笑うと、レイナはショックを受けたような顔をする。
「…………」
ああ、こうして見ると本当に感情が豊かになったなあ。
初めて会った時のような、冷たくて恐ろしい雰囲気は完全に消えている。
その事実に私はほっとして、一息つく。
━━━━━
○月✕日(△)
トリニティの合宿が終わった。
合宿所に日記を持っていく訳にもいかず、一度滞ってしまった……が、まあ私以外に読む人間がいる訳でもない、良いだろう。
この一連の出来事から、私の考えは大きく変わったと言える。
先生に対する認識、恐怖と神秘の感情作用について、その他諸々……
特に、先生に対する以前の認識は完全に捨て去る必要があるだろう。
先生はゲマトリアに相応しい人間だ、メンバーとして迎え入れ、共に崇高を目指すに値する人間だ。
だが、今はまだその時では無い。
物事にはタイミングがある、人の機嫌や考え、周りの意見……それらを無視する訳にはいかない。
機が完全に熟した時、私は先生を勧誘しよう。
彼なら、崇高に辿り着けるはずだ。
私はそう信じている。
それはそうと……最近、やけに健康的な生活をしているような気がする。
良い事なのだろうか?……まあ、良いか。
身体の怪我については……まあ、何とかしよう。
それと一人称も……善処しなければ。
(……)
ペンをすらすらと書き記す。
日記。
この日記には、私がゲマトリアに入ってからの事が全て記されている。
言わば……秘伝ノートか。
……なんだか強烈なデジャヴを感じたからやめよう。
何の変哲もないただの日記だ、だがこれを他者に見せるのは……すごくまずい。
特に━━━━━いや、やめておこう。
あんまり不吉なを想像するものではない。
現実になったら、困る。
(……)
ふと、正面にある開かれた窓の外を見る。
言うことも無い、ただの月。
しかも満月でも三日月でも、新月ですらない。
ただの十三夜月。
月夜と言うと━━━
「ごきげんよう、カラスさん」
ふと、背後にそんな声が聞こえる。
少し不思議で、悦のあるような声。
ため息を吐きながら振り向けば、彼女はいた。
ふわりと揺れる猫のしっぽ、特徴的な白い仮面、大きな猫の耳。
唯一の友人とも言える……いや、ビジネスパートナーか?
……友人と言っておこうか、彼女の経歴からしてもあまり大っぴらに言えるものではないが。
「白猫、ここが何処だか分かっているの?」
「勿論、あの杜撰なセキュリティに私が捕まるなんて心配をなさっていたのですか?」
「……万が一があると困る、私が」
「ご心配無く、それにそのようなミスをするのなら、私と貴方は出逢っていないはずでしょう」
「それもそう……ね」
椅子から立ち上がり、小さな冷蔵庫からコーヒーポットを取り出してカップにコーヒーを注ぎ……白猫に渡す。
「!……相変わらずの淑女ぶりですね」
「それはどうも」
一杯のアイスコーヒーを渡すと、白猫はそれを一口飲む。
「ですが夜にコーヒーは少々睡眠に悪影響なのでは?」
「貴方、夜はちゃんと寝る人間だったの?」
「貴方の心配ですよ」
「私があまり眠らない事を知ってるくせに」
「初耳ですね」
「嘘つけ」
嘘らしい反応を見せる白猫に私は呆れながら自分のカップにコーヒーを注ぐ。
「それで?何の用かしら」
「…………今宵は矯正局での一件について、御礼を伝えに参上しました」
「絵画の避難、矯正局脱出の手助け……幾ら貴方に泥棒術を教わったとはいえこの恩はデカイわよ」
大変だった!
それは、もう……面倒で大変だ。
あまり目立った行動は出来ないし、ヴァルキューレに顔を見られたら終わりだ。
だから出来る限り顔を見られないように動いたし、時に大胆に動いた。
正に神の采配、二度とやりたくない。
「ええ、ですので御礼に貴方が望むモノを盗んで魅せようかと」
「貴方は確かに凄いわ、凄まじいセキュリティがある芸術館の美術品を盗む事も、辺境の地にある隠された美術品を盗む事も出来る」
「……そんな貴方でも唯一盗めないモノがある」
「心、ですか」
人の心を盗むのは並大抵……いや、プロの泥棒でも無理だ。
分かるか?心を盗むのは力だけでは出来ない事なのだ、『暴力』で手に入れられるのはモノと恐怖だけ。
「私はこれを盗もうかなー、なんて思ってみたり」
盗む、とは違うかもしれない。
虜にすると言うべきか、私は先生の心を………………
……いや、別に私はそういうのじゃない。
ただ、証明したいだけだ。
「人の心を盗んでこそ、大人に近づくと思わない?」
思わず笑う。
そんな私の言葉に、態度に、白猫は目を丸くした。
「……随分と変わりましたね?」
「何が?」
「表情━━━いや、心でしょうか」
「…………そう、ね……私は変わったわ」
でも根っこは変わらない、信条は変わらない。
少し考えが変わっただけ、それだけの話だ。
「なるほど、例のシャーレの先生ですか」
「危害を加えるなら許さないわよ」
「私は人には興味ありませんので」
「だと良いけど」
コーヒーを一口また飲みながら私は欠伸をした。
「閑話休題……貴方に盗んで欲しいモノは無いわ、でも……そうね、何か手伝って欲しい事があったら連絡するわ」
「そうですか……おや、よく見れば怪我をしているではありませんか」
じろじろと私の破れたドレスを見て、その下にある傷に気づく白猫。
「そうよ、舐めた事したツケを払わされちゃった」
「包帯、巻いてあげましょうか?」
どこかから包帯を取り出す彼女に対し、私はその提案を断った。
「いらないわ、邪魔くさいし」
「貴方のそういう所良くないと思いますよ」
躙り寄って包帯を私の身体に押し付ける白猫。
「邪魔なものは邪魔よ」
「そう言わず」
今度は私の脇の下に手を伸ばし、指を器用にわしゃわしゃと動か始めた。
「やめろっ……ちょ、くすぐるのは無し……ってぇ……!」
「くっ……あひひひ……やめてぇ……っ……」
暫く白猫は脇の下をくすぐり続けて私の反応を楽しみ続けた
遺憾だ
「……本当に感情が豊かになりましたね」
「はぁ……はぁ……酷い事をする!」
「貴方と私の仲でしょう?」
にやにやと笑う白猫。
白猫を睨みつける私。
「…………なんだか良いように扱われている気がするわ」
「気の所為ですよ」
震える足で椅子に座り、息を切らしながら私は言った。
「それより、私の家に避難させてる絵画をどうにかしてくれないかしら」
「それも近日出来るセーフハウスで預かりますので、どうかもう暫しお待ちを」
「はいはい、用件が終わったら帰ってちょうだい」
「あら、積もる話もありますしこのままお話を━━━''レイナ、この書類の事だけど……''
白猫の言葉を遮るようにドタン、と扉が開かれる。
「……ノックをして!」
叫ぶ私に対して申し訳なさそうな顔をする先生。
''あ……ごめん……''
''……あれ?誰かいた?''
「いるわけないでしょ」
私以外誰もいない部屋を見渡す先生。
コーヒーの匂いと閉められた窓の以外に、それの痕跡は何も無かった。
━━━清澄アキラ……通称『慈愛の怪盗』
泥棒術の王、七囚人。
レイナ唯一の友人とも言える存在、物語が始まる前からレイナと知り合っている。
矯正局から脱獄する際に教授では無くレイナの協力を得て脱獄したり、レイナの家に盗んだ絵画を避難させておく、レイナに泥棒術を教えるなど、レイナとは仲が良い模様。
先生とはまだ知り合っていないがこの後先生堕ちする事が確定している。