ワカクサ本島の原住民 作:メタモン推しの人
深く考えずに見切り発車で書き始めたので深く考えずに読みましょう。作者との約束だぞ!
ポケモンスリープというアプリがある。端的に話せば、コレは俺の私生活を変えたゲームだ。
不安定だった生活リズムは、このゲームのために就寝時間を早めた結果整った。1日3食、欠かさず食事をとるための時間だってポケスリのために用意した隙間時間だ。
それほどまでに俺は熱中していたし、今もこの熱は継続して絶える気配を見せていない。
健康的な生活のためにポケスリがあるのか。ポケスリのために健康的な生活をしているのか。
最早区別がつかないけれど、俺はそれで良かった。他人に何と言われようが事実として、ポケスリを始める前と今で比べるまでもなく健全な生き方をしているからだ。
「睡眠計測目視確認OK!」
今日も今日とて1日の終わりがきた。1週間の内の計測エナジーが一番高い日曜日の計測だ。コレを忘れたりミスなんかしたら目もあてられない。
ラピスラズリ湖畔で終わらないミニリュウとニャオハの同時厳選をしていたこの1週間。捕まえたポケモンは皆、妥協個体を超えてくれず、等しく博士の元へ。飴はありがたく貰っておくよ。
どうせ今日のリサーチで厳選が同時終了するなんてことあるわけもない。来週のフィールドもラピスラズリ湖畔を選ぼうかなと考えながら、枕に頭を預けて眠りにつく。
(メリープが1匹……メリープが2匹……メリープが……モココに──)
意識が覚醒したとき、目覚ましのアラームはまだ鳴っていなかった。こういうことは稀によくある。
少し早く目覚めてしまった。早起きは三文の徳ともいう。ならばどうするべきか。そうだね、二度寝だね。
睡眠時間8時間半、きっちりスコア100をとるためにも遅すぎず、早すぎず。というか、ポケスリで想定より早起きすることは損しかないので寝るに限る。睡眠時間こそが正義の世界だ。おやすみ。
とはいえ、今が何時何分かは把握しないといけない。うっかりノンレム睡眠突入からのアラームを無意識に止めて遅刻する可能性がある。眠りすぎると今度は私生活に支障をきたすワケだ。
寝返りをうって手を伸ばす。
確かスマホをこの辺りに置いていたはずだと探るも感触なし。どころか、何か変だ。
スーッと寝惚けた脳が冴えていく。気にしていなかった違和感が、如実に大きくなって警鐘を鳴らす。
「うわ」
目蓋を開ければ知らない景色が広がっていた。俺は雑草生い茂る地面に眠っていたらしい。そりゃあ違和感も湧くだろう。
眼前には燦々と日の光を反射する湖。
周囲を見ても人工物の姿はない。
あっちを見たり、こっちを見たり、木々の奥を覗いては目覚めた位置に戻ってくる。ちょっと歩いて、人の気配がない不安からまた元の場所に戻ってを繰り返すこと十数分。
明晰夢、なんてオチには期待しないでおこう。湖の水で顔を洗って、冷静になって、なんとなく分かった。肌に伝わる感覚があまりにリアル過ぎる。今は現実だ。
着の身着のまま大自然に放り込まれた。そうとしか形容できない状況に俺は置かれているらしい。
幸い、裸族でなかったからかパジャマはある。夏着の短くて薄い生地だから、マダニとか恐ろしくてたまらないけれど、素っ裸よりはマシだろう。
前門の湖、後門の林。
林を突っ切って道路に出る可能性はあるけれど、遭難する可能性だってある。ここが山でない以上、山頂を目指して登山道を探すようなやり方は通用しない。
となるとここは水源が確保できるこの場で留まる方がいいだろう。焚き火でもして煙の1本でも上げれば誰かが俺の存在に気づいてくれるかもしれないし。
「問題は火をつける自信がないってことか」
文明利器一切なしの原始人が今の俺だ。ライターなんてもっての他。太陽光だとか、火打ち石だとか、はたまた弓切り式なんていう小細工すら使えない。
できることはスタンダードな原初の火おこしのみ。
乾燥していそうな木片に木の棒を宛がい、素早く擦るだけの力業。
「いや……はぁ……寝起きにこれは……キツいって」
結果、挫折。
火がつくどころか煙や焦げ跡すら生み出すことはできず、棒と一緒に心も折れた。
湖のほとりにあった丁度良さげな石を椅子代わりに腰掛ける。挫折した俺は湖面の煌びやかな景色を眺めるだけのマシーンに成り下がった。綺麗だなぁ。
「喉、渇いたな。でも煮沸しないと怖いよなぁ。いや、煮沸するにも容器が……きっついなあ」
何もない。服しかない。俺が何したっていうんだ。というか。
「どーして、こうなってるんだろ」
記憶がなくなるほど酒を飲む習慣は俺にはない。最後の記憶は自宅のベッドの中だ。だというのに今がこうなっているのだから、第三者が介入しているとしか考えられない。
けれど、あり得るのか? 鍵だってしていたはずだし、よしんばすべての問題を片付けられたとしても、俺をこんなところに放置して何の得になるんだ。
「もしくは、異世界転移とか?」
言って、馬鹿馬鹿しいと一蹴できなかった。
昨今、転生と並んでフィクションの、特にネット小説で煎じられまくったシチュエーション。
神隠しと聞けば風格があるのに、異世界転移と聞くと安っぽく聞こえてしまうのは擦られ過ぎた弊害だろうか。煎じられ過ぎてほぼ水だ。
そんな環境に自分を当て嵌めてみるとアラ不思議。疑問点が解決する。
俺をこんなところに置いていった犯人なんかいなくって、超常的な存在ないし現象に巻き込まれて今に至る。ワォ、完璧なTRPGの導入みたいだぜ。
「ダメだ、思考停止した考えしか浮かばない」
そうとしか思えない。それが現実逃避でしかないことは頭では分かっていても、しかし希望を探したくなるのだ。どんなに馬鹿げた可能性でも拾いたくなる。
「……ステータスオープン」
いっそ殺せ。
何も起きなかったわ。クソが。何なんだよもう、俺をここに連れてきて何させたいってんだよ。
「はぁ……ぁッと」
無力感に項垂れて頭を抱えていると、
しかし妙だ。俺は確かに石の上に座っていたはずだ。あの大きさはちょっとやそっとの動きじゃ転がるようなものではなかった。不動で安定感があったから椅子代わりにしたのだ。
けれど、実際ソレの喪失感が訪れた瞬間に俺はバランスを崩した。座っていた座布団を引っこ抜かれたような感覚に近い。
さて、ではどうして石はなくなったのか。
俺は振り返ってその答えを見た。
「ははっ、ウソだろ」
「メタ?」
石と目があった。
正確には
「そっか、ポケモンか」
地面に尻餅をついて、そのまま大の字に倒れる。
「くく、そっかそっか。俺、メタモンの上に座ってたのか。そりゃあ邪魔だし重いしで目も覚めるわな」
いしにへんしん寝、ガチで石と区別つかないとか凄いな。メタモン超凄い。ポケモン以外にもなれるとか可能性の塊じゃんよ。
「はははっ、あー、くそ。眩しいなぁ」
「メタァ」
湖畔が反射する煌めきが目にチラついて、現実を見ろと言われているようでたまったものじゃない。心なしか湖に向いているメタモンの眼差しも細い気がする。日光浴をしているだけかもしれないが。
これじゃあ、救助されたって帰れねぇじゃん。
それもこれもアルセウスってやつのせいなんだ。