ワカクサ本島の原住民 作:メタモン推しの人
※決まらない
「ごちそうさまでした」
「モンモン」
交互に食べて、しっぽはなくなった。おおよそ半分を胃袋に収めて六分目ほど。やはり一人では残していたに違いない。
グリーンカーテンの隙間から漏れる明かりはいつしか薄くなっていた。今ではもう月明かりのみが静かに夜を照らしている。
現状夜更かしをしても意味はない。明日に備えて早く寝てしまうが吉だ。
「じゃあメタモン。俺はそろそろ寝るとするよ」
「メタ!」
「うん、おやすみ。また明日」
挨拶をして横になる。横になろうとして、メタモンに肩を掴まれた。おかしいな。俺は確かにおやすみと言ったのだけど。
「メチャ」
「どうした?」
なんだなんだと見てみれば、メタモンがその太ももを空いた片手でポンポンと叩いていた。俺はメタモンと目を合わせる。
「嘘でしょ」
「メータ」
「わっ!?」
有無も言わせてくれないらしい。そのまま引っ張られて倒されてしまう。
頭の落下地点はメタモンの狙い通りなのだろう。頬にきめ細かな生足が触れた。メタモンの体温がじんわりと俺に移る。胸の中で心臓が馬鹿みたいにうるさかった。
「メタメータァ」
心の準備もできていなかった。なのに、あろうことかメタモンはそこから俺の髪を撫で始めたのだ。まだ湿っていてろくにケアもしていない髪を、その柔らかな指で優しく撫で付けてくれる。
初めてだった。他人から頭を撫でられる経験も、膝枕をされる経験も、俺が覚えている限りの人生においてコレが最初の体験だ。創作物で見聞きこそすれ、それがこんなにも良いものだなんて知らなかった。
「メタモン」
「メタ?」
これはダメだ。価値観が壊れる。元に戻れなくなる。ずっとこのままでいたいと望んでしまう。自重をしなければ引き返せなくなる。
(どうしてお前はこんなに優しいんだ)
甘えたくなる。一人では奮い立てなくなる。今よりも情けない大人になって、きっといつかメタモンに弱音を吐いてしまう。
けれど。
「もう少し、続けてくれるか?」
「メタメタ」
あまりにも心地好かった。心に足りていなかった何かを補えている感覚すらした。
俺の人生はもう滅茶苦茶だ。こんなポケモン溢れる自然の中で、一人で生きるなんて土台無理な話だ。種族として弱すぎる。多少強がったところで意味がない。
だから、今はただメタモンと一緒にいたかった。
「モーンモン」
うっすらと聴こえてくる子守唄が、微睡みの中に溶けていく。
目が覚めたとき、無意識にスマホを探してしまった。
朧気な意識が『昨晩睡眠リサーチをやったっけ?』と記憶を遡り始め、次第に鮮明になっていく。
「そっ……か」
どうやらリアルな夢だったオチは用意されていなかったらしい。良いのか悪いのか複雑だ。ともあれ、サバイバル2日目に突入した。
「で、こやつをどうするべきか」
俺の右腕、手首付近に張り付いている青色の軟体。昨晩あれだけ俺をどぎまぎさせてくれたメタモンは、へんしんを解いて静かにそこで眠っていた。
眠っているくせに、腕にはしっかりしがみついているので判断に困る。動こうにもメタモンは起こしたくない。外はまだ暗く、時間帯は深夜か早朝か区別がつかない。そんな時間に起こしてもすることがないだろう。
じゃあ俺も二度寝を決め込むか。そう思えれば良かったのだが、ひとつ問題がある。
俺は未だ全裸のままなのだ。流石に乾いただろうし、服を着たい。けれどそうするとメタモンを起こしてしまう可能性がある。
もどかしいなと寝っ転がったまま動けずにいる。それが今の俺だ。
「メタぁ」
悩みの原因さんは気の抜けた寝言を口にして、パクッと俺の指にしゃぶりついた。
指先に舌の這う感触がする。
唾液と口内の生暖かさがダイレクトにお届けされた。
(……ハァァァッ!?)
理解が遅れたからこそ、叫けばずにいられた。だが内心では混乱と絶叫の嵐だった。
ナチュラルに咥えたものだから止める間すらない。指先をチュパチュパと吸われて、時折唾液を纏わせるように舐められた。そんな感触にどうにかなってしまいそうだ。
姿がへんしん前のメタモンだからこそ、踏み止まれている自覚がある。限度がすぐそこにあって、俺は境界線の瀬戸際で爪先立ちをしていた。それほどまでに危うかった。
絵面だけならば微笑ましいのだ。可愛いねぇと和みすらしただろう。だが、指先に伝わる快感が、それだけでこの場面をニッチなものに昇華させていた。
「俺はノーマル。ノーマルなんだ」
メタモンを起こさない程度の声で、自身に言い聞かせる。目を閉じて眠れたらどれほど良かったことか。今に目を閉じれば、指先の感触はより鮮明になってしまう。それは、瀬戸際を越える気がして出来なかった。
「ノーマルの、はずなんだ……」
こうして悶々としながら耐え抜くだけの、眠れない長い長い時間が始まったのだった。
「メチャぁ……メタ!」
「あぁうん、おはようメタモン」
朝日が差してきた辺りで、あくびと共にメタモンがようやく腕から離れてくれた。
俺は朝からどっと疲れたが、なんとか耐えきることには成功した。勝因はひとえに対処法を確立させたことだろう。
むくりと煩悩が鎌首をもたげれば、ルージュラを想像して速やかに鎮める。この対処法を確立させたとき、俺は悟りを開いた気分だった。
ともあれ、ようやく俺は服を着ることができる。
「うーん、しわくちゃだ」
当然まともに干していなかった置き去りの服だ。一見しただけでだらしなさが印象に残る。まぁ、衣類として最低限の役割はこなせるから良しとしよう。
隣ではメタモンが少女形態をとって背伸びをしていた。朝一番大変気持ち良さそうに唸っておられる。よく眠れたようで何よりだ。
「さーてさてさて、川で顔を洗いますかぁ」
着替え終えれば次だ。
目やにとか、鬱陶しかったんだよね。メタモンが寝ている手前、動けなくてもどかしかったけれど、ようやくさっぱりすることができる。
「メチャァ」
「おぉ、いい天気だ」
空はカラッと晴れていた。澄み渡った青空であり、日光に当たると気持ちが良い。これでようやく一日が始まった感覚になる。
「ここも湖に負けず劣らず綺麗だよな」
「メタメタ」
向かいでは朝日を反射する水面が流れてゆく度にキラキラと輝いていた。所々では木々の葉が影を落としていて、その塩梅が風景として落ち着いた雰囲気を醸し出している。
こういう場所でキャンプ飯なんかしたらきっと良い絵になるだろう。せせらぎを聞きながら、メタモンと一緒に火を囲って飯を食う。最高じゃあないか。
「そのためにも飲食問題はさっさと片付けたい」
洗顔と共に気合いも入れる。寝ていた間の汚れはこれで落ちた。気合いも充分。
「よーし、今日から本格的に活動開始だ! いくぞメタモン」
「メ? メタメタ」
声をかけると、俺より上流側で水を飲んでいたメタモンが『もう少し待って』と手でジェスチャーを返す。
見た目は可憐な少女だが、やっていることは野生児そのもの。その実、ポケモンといった具合の光景だ。視覚的なインパクトが強い。
というか、キミは直で飲めるのね。俺もやるかって? 怖くて無理無理。
生き物としての格の差をさりげなく見せつけられた気分だ。ポケモンの免疫力はいったいどれほどのものなのか。
メタモンがお腹を壊したりしないかだけは心配だが、きっとこれは杞憂なのだろう。随分と慣れた様子で飲んでいるからな。野生ポケモン強しといったところか。
やがてメタモンの水分補給も終わり、準備万端。かくして俺たちは今日を生きる最初の一歩を踏み出した。
・メタモン
力が抜けると元の姿に戻るらしい。
膝枕は興味本位。知識の実践としてやった。目が覚めたとき添い寝していた(無自覚) その過程で膝枕より威力の高いことをしていたなど、当然知る由もない。
次は最初から添い寝をしようと計画しているのは夜まで内緒。