俗物的な出会いから始まる純情な恋   作:LiLiL

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1-2:私の始まり

春。

 

新しい年の始まりだ。

 

 

 

桜の花びらが舞う通学路を歩きながら、私はふと頬に降りかかる花びらを指先で払った。制服のスカートの裾にひらりとくっついて、また風にさらわれていく。

 

 

 

――なんだかんだ言って、春っていい季節だと思う。

 

 

 

校門の方からちらちらと感じる視線に、私はほんの少しだけ口元を緩めた。きっと新入生だろう。私のことを知らないはずなのに、目を奪われるのは仕方ない。だって私は可愛いから。

 

そんなことを心の中で軽く自惚れて、あえて視線の方へ小さく微笑んでみる。するとすぐに「きゃっ」とか「見た!いま笑った!」なんて小さな黄色い悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

……悪くない。

 

 

 

私は天宮透子。十六歳。今日から高校二年生になる。

 

 

 

学校の廊下を歩けば、あちこちから「おはよう」と声をかけられる。去年同じクラスだった友達、中学からの知り合い、私の周りに自然と人が集まってくる。

 

 

 

「透子ちゃん、クラスどこだった?」

 

「一緒だったら嬉しいな!」

 

 

 

昇降口に向かう途中、何人もに声をかけられる。私はにっこり笑って、丁寧に返す。

 

 

 

「まだ見てないの。一緒だといいね」

 

 

 

……こういう何気ない会話の積み重ねが大事だと、私は知っている。

 

実際、クラスは気になっている。まぁ、私は友達が多いから、基本的に誰と一緒になっても学校生活はを楽しめるだろう。

 

友達作りは最初の数人が肝心。その先は、放っておいても勝手に人が寄ってくる。私の場合、そもそも人関わることが好きなのもあるのだが。

 

 

 

学校のことも楽しみだが、私の頭の半分を占めているのは、別のこと。

 

 

 

「……依頼、しちゃったな」

 

 

 

昨夜、深夜にモニターを睨みながら呟いた言葉が、今も耳の奥で反響している。

 

 

 

学校の皆は知らない私の裏・の顔。

 

私はVtuber「皇城渚」。

 

歌声で数十万人を魅了する存在。

 

 

 

ついに、超一流の作曲家《KANADE》に直接依頼を出した。

 

 

 

彼の楽曲はすさまじい。提供された誰もが、その曲を代表作として語られるほど。

 

さらに、「最高の楽曲を約束する」というメッセージ。

 

……あれは、間違いなく本気だ。依頼料を言い値で払うと言っただけはあるようだ。お金も、努力も、全部賭ける価値がある。

 

 

 

昇降口には、すでに人だかりができていた。クラス分け表を確認しようとする生徒たちでごった返している。

 

私は人混みをかき分けながら、自分の名前を探す。

 

 

 

――天宮透子。二年三組。

 

 

 

「やった!一緒だね!」

 

「透子ちゃん、またよろしく!」

 

 

 

隣で自分の名前を見つけた子たちが口々に声をかけてくる。私は笑顔で応じた。

 

「こちらこそ。二年もよろしくね」

 

 

 

別の子が肩を落として「違うクラスだぁ」と呟く。

 

私は少し困ったように笑いながら、「遊びに来てね」と言葉を添える。

 

――こういう小さな仕草ひとつで、人の心はぐっと掴める。

 

 

 

二年三組の教室に入ると、すぐに騒がしくなる。

 

 

 

「……天宮さん!」

 

「うそ、同じクラス!?」

 

 

 

ざわめきが広がり、あっという間に注目が集まる。

 

私は軽く手を振り、「よろしくね」と微笑む。それだけで、近くの数人が頬を赤く染める。

 

 

 

自分でも、自分の武器が何なのかはよく分かっている。

 

顔立ち?性格?たぶん全部だ。だからこそ、それを最大限に活かすのが私のやり方。

 

 

 

「春休みどうだった?」

 

「今度カラオケ行こうよ!」

 

「透子ちゃんと同じクラスとか最高!」

 

 

 

声が次々に飛び交う。私は一人ひとりにちゃんと返事をしていく。

 

「春休み?のんびりしてたよ」

 

「カラオケ?いいね、また予定合わせよ」

 

「こちらこそ、同じクラスで嬉しい」

 

 

 

自然と私の周りには輪ができていた。

 

……けれどその輪の外、窓際の一番後ろの席に座っている男子が、ちらりと目に入る。

 

 

 

全国区の天才フィギアスケーター「氷室凪」メディアにも度々出演しているらしい。彼と関わりたいと考えるが、彼には彼女がいるらしい。下手に関わろうとするのは良くないだろう。

 

 

 

そして、氷室凪と話している人物ーー確か名前は「結城奏」だったか。氷室凪とは親友と呼べる関係らしく、良く一緒にいるのを見る。彼のことをよく、「氷室凪と釣り合っていない」など嫉妬交じりの、くだらない陰口を聞くことがある。誰と、友達になるかなんて、その人の自由だというのに。だがそれよりも私は、彼に言葉では言い表せない何かが有ると感じる。職業柄の勘、とでも言うだろうか。誰よりも静かで、だけど妙に落ち着いた空気を纏っている。去年はほとんど話した記憶もない。けれど、なぜだろう。視線が自然と引き寄せられる。恋愛感情ではない。これまでにも、告白を受けたことはある。だが、私はすべてを断ってきた。恋愛は様々な悪感情も同時に生む可能性がある。だから、私に恋愛はできない。

 

 

 

「透子ちゃーん、どうしたの?」

 

 

 

友達に声をかけられ、私は一瞬はっとして振り向く。

 

 

 

「ううん、なんでもない。ちょっと考え事をしてただけ」

 

 

 

笑顔で答えながらも、窓際の後ろの彼の存在が、頭の片隅に残り続けていた。

 

 

 

 

 

ーー放課後。

 

「カラオケ行こうよ!」と数人に誘われたけれど、私は柔らかく笑って断った。

 

 

 

「ごめんね、今日はちょっと用事があって」

 

「えー、残念。また今度ね!」

 

 

 

断り方にはコツがある。あくまで残念そうに、けれどきっぱりと。そうすれば、角は立たない。

 

 

 

本当の予定?もちろん、皇城渚としての活動だ。

 

 

 

家に帰り、制服を脱いで着替える。

 

鏡の前に立つ。そこにいるのは“学園の人気者”天宮透子。

 

でも私は髪を解き、配信用の衣装に袖を通し、ライトをつける。

 

 

 

――もうひとりの私へと切り替わる。

 

 

 

モニターに映るのは、鮮やかな姿の皇城渚。

 

透子が周囲に合わせて笑顔を振りまく存在なら、渚は歌で自分を解き放つ存在。

 

 

 

『こんばんは、皇城渚です』

 

 

 

挨拶をした瞬間、コメント欄が一気に流れる。

 

「待ってた!」「今日も声が楽しみ!」「女神きた!」

 

 

 

その熱狂に、胸が高鳴る。

 

私という存在が影響を与えていること。

 

 

 

――でも、絶対に知られてはいけない。

 

天宮透子と皇城渚。その二つが同じ人間だと、誰にも知られてはいけない。

 

 

 

モニターの向こうに広がる熱狂に身を委ねながら、私は静かに決意する。

 

 

 

「……今日も最後まで、一緒に楽しんでね」

 

 

 

そう囁き、私は歌い始める。

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