チェスの王者   作:困るンノス

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なんかかっこいい昆虫いないかな…

昆虫といえばキメラアントだよなぁ…(アニメ見返す)

チェス世界王者おらんなぁ…(ちょっとチェス好き)

今ココ



テンセイ×ト×サイカイ

 

 

 男は目を覚ました瞬間、己の呼吸の軽さに驚いた。前世の記憶はまだ鮮明に残っていた。七十を過ぎ、老衰と病に蝕まれた身で病院のベッドに伏していたはずだ。階段を上れば息が切れ、視界は霞み、指先は震えて駒を握ることさえままならなくなっていた。だが――今。

 

 空気を肺に取り込むたびに胸郭がしなやかに広がり、血液が脈打つたびに全身に熱が漲る。骨は強靭で、皮膚は張り、筋肉は若木のように弾んでいる。まるで時間を巻き戻されたように、十代半ばの肉体を得ていた。

 

 「……ここは?」

 

 視線を巡らせれば、石造りの建物が並び、石畳の大通りを行き交う人々の声が溢れている。露店からは香辛料や焼き立てのパンの匂いが漂い、どこか中世ヨーロッパを思わせる光景が広がっていた。人々は聞き慣れぬ言語を話しているはずなのに、不思議なことにすべてが頭に入ってくる。

 

 ――なるほど、これが「転生」というやつか。

 

 前世で彼はチェス一筋の人生を歩んだ。だが世界王者にはなれなかった。幾度挑んでも壁を越えられず、年老いて体力も気力も尽き、結局は夢半ばで死を迎えた。悔いは山のように残った。だからこそ今、この奇跡に意味を見出さずにはいられなかった。

 

 だが、現実は容赦ない。財布も住まいもない少年が、一人で生きていけるほど世の中は甘くなかった。彼は数日間、街の片隅で飢えと寒さに震えながら過ごした。宿に泊まる金もなく、夜は廃屋の陰に身を寄せ、昼は市場で荷物運びや掃除の仕事を請け負った。

 

 前世で老人だった経験は、意外なほど役立った。若さに甘えることなく、無駄に虚勢を張らず、地道に働く。肉体は若くても、心は老成していた。周囲の子供たちから「変に落ち着いている」とからかわれることもあったが、それすらも苦笑で受け流した。

 

 しかし、心の奥底には空虚な穴が空いていた。

 ――何のために自分はここにいるのか。

 ただ働いて食って寝るだけの日々では、あまりにも虚しい。前世で抱いた執念が再び疼き出す。自分はもう一度生かされたのだ、必ずや何か意味があるはずだ、と。

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

 その転機は突然訪れた。

 

 夕暮れ、街の広場に差し込む斜陽の下。石のテーブルを囲み、数人の少年たちが夢中になって遊んでいた。視線を向けた瞬間、彼の胸は鷲掴みにされた。

 

 ――あれは。

 

 木製の盤。黒と白の駒。整然と並んだ三十二の軍勢。クイーンの誇らしげな立ち姿、ナイトの独特の跳ね馬、ビショップの斜めの軌跡。すべてが記憶の中のものと寸分違わなかった。

 

「チェスだ………!」

 

 心臓が跳ね上がり、手が震えた。叫び出したい衝動を抑え、彼はただ盤を凝視する。まさかこの世界にもチェスが存在するとは思わなかった。異なる世界、異なる文化。それでも盤上の戦いは、ここでも息づいていた。

 

少年の一人が彼に気づき、笑顔で声をかけてきた。

「兄ちゃん、指すか?」

 

 迷う理由はなかった。彼は頷き、駒を握った。木の感触が掌に伝わった瞬間、前世の記憶が一気に蘇る。目の前の相手は、当然ながら経験の浅い子供だ。だが彼にとっては関係ない。一手目のポーンを迷いなく進めた。

 

「チェックメイトだ。」

 

 数手で盤上の優劣は明らかになった。相手はオープニングの基本すら知らず、駒を無造作に動かすだけ。彼は冷静にその隙を突き、十数手でチェックメイトを決めた。

 

 

「えっ……!もう!?」

「すっげぇ!なんであんなに先が見えるんだ!?」

 

 子供たちは驚愕の声を上げ、彼を見つめた。彼自身も胸が震えた。

 ――そうだ。俺は生きている。盤上でなら、まだ生きていける。

 

 

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 それからの日々、彼は広場に通い詰めた。日雇いで稼いだわずかな金をパンと水に費やし、残りの時間をチェスに捧げる。子供、若者、時には大人までもが挑戦してきたが、全員が敗れ去った。彼の前では十手も保たない者も多かった。

 

 やがて噂は街に広がった。

 「広場に化け物みたいに強い少年がいる」

 「誰も勝てない」

 

 賭けチェスを仕掛けてくる者もいた。彼は必要以上に金を奪わず、あくまで堅実に勝ち続けた。勝利の山はやがて小さな財産となり、彼は粗末ながらも自分の部屋を借りることができた。机と椅子を置き、盤を広げることができる空間。それは彼にとって何よりの宝だった。

 

 夜になると蝋燭の明かりの下、独りで名局を再現した。ボビー・フィッシャーの冷徹な勝負勘。カスパロフの爆発的な攻撃。カールセンの圧倒的なエンドゲーム力。前世で記憶した名人たちの一手一手を並べ、頭の中で何度も再演した。

 

 この世界には彼らの名は存在しない。だが、理論はすべて彼の頭に刻まれている。オープニング理論、中盤の構築、エンドゲームの深淵。誰も知らぬ知識は、彼にとって絶対的な武器だった。

 

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 広場で勝ち続ける中、彼は確信した。

 「この世界なら、俺は必ず頂点に立てる」

 

 前世では才能ある若者たちに押し退けられ、体力と集中力が衰え、夢に手が届かなかった。だが今は違う。若き肉体と老練な精神、そして未来の理論を兼ね備えている。これ以上ない環境だ。

 

 「前世で果たせなかった夢を、今度こそ叶える」

 

 その執念は、少年の顔に似つかわしくないほど鋭い光を宿していた。

 

やがて彼のもとに、街のチェスクラブの幹事が訪れた。

 「君の力を、公式戦で試してみないか?」

 

それは、彼が求め続けた言葉だった。

 

こうして、彼の快進撃が幕を開けたのである。

 

 

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