チェスの王者   作:困るンノス

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メルエムが好き


ショウゲキ×ト×ケッシン

 

 

老人となった男はチェス世界チャンピオンとして各国を渡り歩き、あらゆる対局をこなしてきた。

 

 

期待の新星と謳われた少女や、教え子に頼まれて対局させられていた教師、果ては国王までもが老人の実力を測りきれていなかった。

時には猿やゴリラなどの、非人間との対局もあった。

彼らはセオリーを知らず、それでいて野生の勘という物が非常に鋭い。何度驚かされた事か。

 

 

ある日、バルサ諸島の東端に位置する東ゴルトー共和国。

老人はそこへ招かれた。

 

この近隣で唯一ミテネ連邦に所属していない閉鎖国家で、総帥のマサドルディーゴによる恐怖政治が敷かれている独裁国家であった。

 

議会・裁判所などの三権と報道機関は全て総帥と軍が掌握しており、他の国は飢餓が続いているなどといったウソを国民に教え込んで脱走を引き留めていた。

他の国からの支援金は全て総帥の懐に収まり、軍と官僚ばかりが肥え太っていく。

そんな国の総帥が、チェスに興味を持ち始めたのだという。

 

老人は「どうせ直ぐに飽きるだろう」と高を括り、東ゴルトー共和国へ訪れた。

 

結果は予想していた通りだった。

 

全員が全員、総帥であるマサドルディーゴのご機嫌取り。

まるでガキ大将とその取り巻きを見ているようだった。

 

当然、チェスを触って数週間程度の、それも"こんな男"に負ける訳もなく、物の十数手でチェックメイト。

それが何度も何度も続き「これがチェスか!」と笑っていたマサドルディーゴも、不満の見える表情へと変わる。

 

「チェスとは曲がりなりにも頭を使う競技。

こう何時間も続けられては心身共に疲労が募るばかりでございます。

数日の間休みを取られてはいかがですか?」

 

老人の言葉に耳を傾ける様子はなく、やがて老人が20連勝を遂げた後、顔を真っ赤にした総帥が「私が勝てるようになるまでこの男を幽閉しておけ!!」と命じ、老人は地下牢へ幽閉されることとなる。

 

 

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それから数ヶ月後

 

ある日を境に食料が運ばれなくなった。

遂に殺す決断をしたのかと、呆れ半分、諦め半分で石造りの天井を見上げる。

 

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あれから数日して、妙な生き物が牢へ訪れた。

見上げるほどの体格。赤い肌。鋭い眼光。突如現れたソレに、忘れていた感情が込み上げる。

ただ歩いている姿が本能的な恐怖をくすぐる。

 

 

筋骨隆々の赤い大男は私の首根っこを掴み、猫を運ぶようにそのまま移動する。

呼吸しづらいと苦言を呈すと、意外と優しく対応してくれて、俵かつぎになった。

 

───────────────────────────────────────────────────────────────

 

大きな扉の前へ運ばれると、急に立ち止まりそのまま落とされる。

ドスン、という衝撃に思わず後ろに倒れ込み、大の字に寝転ぶ形になる。

 

振り返ってみると王の間であった。

しかし、マサドルディーゴ総帥はそこにはおらず、代わりに異形の生物が佇んでいた。

 

「貴様がチェスの世界チャンピオンか。今ルールブックを読んでいる。しばし待て。」

「…了解しました。」

「…………………………」

「…………………………」

 

訳も分からず運ばれ、訳の分からない生物を前にして老人は冷静に返答した。

 

 

その生物の傍に立っている蝶々の様な生物。

後ろで自分を凝視している赤い大男と猫耳の生物。

 

彼らに意識を向けていると、正面から声が発される。

 

「読み終わった。始めるぞ。」

 

堂々とした自信とその威圧感から、彼はこの私をチェスの世界チャンピオンと知ってなお、ルールブックを読み終えたばかりの状態にもかかわらず対局しようとしている!そう感じ、またその覚悟に応えなければならないという、一介のチェスプレイヤーとしての礼儀が老人をチェスの世界へ再び呼び寄せた。

 

 

1局目

 

当然の如く老人の勝利に終わった。

その異形は納得したように「もう一度だ」と呟いて駒を配置し始めた。

 

 

2局目

 

これも老人の勝利。

危なげなく勝利する。それと同時に驚愕する。

この目の前の生物は明らかに成長している。

たった一度の対局でここまでチェスへの理解力を深められる天性の才能。それは驚くべきものだった。

 

 

3局目

 

またしても老人の勝利。

その異形のあらゆる手を上書きするように制圧し、圧勝。

 

 

4局目

 

老人の手加減が呆気なくバレてしまい、その異形に殺されかけた。

 

「確かに貴方はこれまでの対局を経て、驚異的な速度で成長を遂げている。が、しかし。しかしだ王よ。それでは私には遠く及ばないのです。それに、私は老い先短い古ぼけた老人です。いつ寿命が来るか分からない。故に王。貴方には賭けて欲しい。」

 

「賭けて欲しい」。その言葉に空気が震える

 

「…賭けるだと?この余が?……余は至って真剣に指している。侮辱しているのか?」

「そういう訳ではありません。

私が5連勝したなら、貴方は少し休みなさい。

英気を養い、更なる勉強の後、もう一度対局致しましょう。

私が7連勝したなら、私の名を覚えて欲しいのです。

貴方の記憶に私の名が刻まれることが、私の願いです。

私が10連勝したなら、どうかあなたの名を教えて欲しい。

貴方の名を知る名誉を、頂きたいのです。」

 

王は少し戸惑った。

今まで出会った人間の中で、これ程冷静に、これ程図々しく一方的な条件を持ちかける老人が居ただろうか?まぁ、そうなる前に勝利してしまえば良いだけの話。

そこまで考えて王は老人に問う。

 

「…そういうお前が負ければ何を差し出す?」

「そう遠くない内に私の命は尽きるでしょう。故に私の命を差し出すことは出来ない。いつ終わるか分からぬこの命、保証できるものなど何も無い。私が差し出すのは…このチェス盤です。」

「……ほう。チェス盤だと。」

「…このチェス盤は私が幼少の頃、家の裏にある森の木を使って作った思い出の品。老いた私には、これを磨く位しか楽しみが無かった。そんな時、貴方に会うた。よもやこれ程まで喜ばしい事が、未だ私の人生にあった事が、そしてそれを見つけられた奇跡が、私の内で消えかかっていた熱を呼び戻したのです。貴方になら、私の人生の結晶を差し上げてもよろしいと決心できたのです。故にこそ、このチェス盤です。」

「いいだろう。だがその条件を飲むのは、所詮は遊戯だと侮っていた余自身への戒めだ。これ以上は飲まぬ。

…………しかし、余は自分の名を知らぬ。

これでは貴様の賭けに乗れぬのだ。」

「…!……なるほど、なるほど…。

いつか教えてくださるのなら、いつでも構いません。

さぁさぁ、続きと行きましょうか!」

 

今までで1番活気のいい声で、老人は催促した。

 

王にはその老人が、一瞬だけ、若返ったように見えた。

 

 

 

 

 

そうして、5局目が始まった

 

 

 

 

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