チェスの王者   作:困るンノス

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テンサイ×ト×テンサイ

 

 

結局老人が見事5連勝を収め、しばしの休憩と称して親衛隊と老人とで対局させたが、王とは違いあらゆる事に才能がある訳ではなく、アマチュアに教えるプロの構図となっていた。

 

親衛隊の名はネフェルピトー、シャウアプフ、モントゥトゥユピーと言い、皆強力な念能力の使い手だった。

 

シャウアプフは持ち前の念能力で、催眠による暗示を試みていたが、王にそれを諌められて顔を真っ青にしていたのが印象的だ。

 

赤い大男…モントゥトゥユピーは頭を使うのが苦手なようで、しかし鍛錬を重ねれば王とも互角以上に対局出来うるポテンシャルを秘めていた。

王が驚異的スピードで成長を続けて今まさに自分の首元に差し迫るという勢いなので、今他人に教えるほどの余裕が無いためにモントゥトゥユピーを弟子入りさせることが叶わないのが、なんとも切ない。

 

猫耳の男…?女?ネフェルピトーはてんでダメ。

ルールブックを読みながらでもビショップをルークのように使ったり、クイーンとキングを度々間違えていた。

その度に老人に指摘されるため、ネフェルピトーは痺れを切らしチェス盤をひっくり返し、王に厳しく叱責されていた。

 

 

呆れた王が老人との対局を再開する。

 

数手打つと老人は王に問いかける。

 

 

「王は……何を成すおつもりなのですか。」

 

盤上を見据えたままの声音。その問いには挑発も媚びもなく、ただ純粋に「疑問」だけが宿っていた。

 

その瞬間、王の周囲に漂う圧がわずかに揺らいだ。

ナイトを指先でつまんでいた王は、老人を横目に見下ろし、愚問だとでも言うように低く答えた。

 

「……余は頂点に。それ以外に何がある。」

 

老人は一度瞼を閉じ、深く息を吸った。

「頂点に立つ……それは人の上に立つという意味ですか。それとも、世界の上に立つという意味でしょうか。」

 

「どちらも同じことだ。」

王は駒を置く。冷徹に、しかし自信に満ちた手つきで。

「人は群れる。群れを束ねる者が王だ。ならば全ての群れを束ねる余こそ、世界の王であるべきだ。」

 

老人は微笑した。そこに嘲りはない。

「確かに、王にはその器があるでしょう。しかし――」

 

盤上のビショップを指で撫でながら、老人は淡々と続けた。

「王の道は孤独です。勝ち続ける者は、いつしか敵しか残らなくなる。そして敵すら居なくなったなら……この世界に何が残るというのです。

それでも、頂点を目指すのですか?」

 

一瞬、沈黙。

 

背後の赤い大男が鼻を鳴らし、猫耳の異形が僅かに尻尾を揺らす。蝶のような異形は羽を震わせ、主の答えを待った。

 

王は悠然と老人を見据え、駒を動かす。

「余は孤独を恐れぬ。……なぜなら孤独とは、すなわち支配の証だからだ。」

 

その言葉に、老人の胸に深い震えが走った。

孤独を「弱み」ではなく「支配の証」と断じる王の言葉は、老いた彼には到底真似できぬものだった。

 

老人は唇に微笑を刻み、静かに応じた。

「……なるほど。ならば王よ。貴方は勝ち続けなければならない。盤上でも、盤外でも。孤独を証とするならば、敗北は許されぬ。常に――無敗であることを。」

 

「当然だ。」王は即答する。

「余は敗北を知らぬ王である。敗北を知る時は――。」

 

老人は深く頷いた。その声音には敬意が滲んでいた。

「……見事なお言葉。ならば、盤上で私に勝たれることこそが、王にとって真の『支配』への証明となりましょう。」

 

王は不敵に笑みを浮かべ、再び駒を握った。

 

「言わずもがなだ。余は必ず、お前を越える。」

 

「素晴らしい心意気ですな。チェックメイト。」

 

「……もう一度だ。」

 

 

───────────────────────────────────────────────────────────────

 

時折、王の方から質問を投げかけることもある

 

 

「お前は何を成して生きてきたのだ。」

 

突然の質問に戸惑いが指先に出る。

 

「何を成して生きてきたか…ですか。…うぅむ。」

「疾く答えよ」

 

トン…トン……

 

老人は持ち時間を優雅に消費しながらビショップをコツコツと鳴らす。

 

「今まで考えたことがありませんでした。私の全てはチェスであり、チェスを愛し、チェスに尽くし、チェスと共に一生を歩んできました。出来れば、墓石はポーンの形で作って欲しいと願うほどに。」

 

言いながら切り込む老人のビショップ。

王は仕方なくそれをクイーンで取ると、ルークに反撃されチェックメイトとなる。

 

「ム……もう一度だ。」

 

駒を配置し直しながら老人はぽそりと呟く。

 

 

「私はこの世にチェスと、チェスと共にある私の名を刻んで生きてきました。」

 

悩む素振りを見せながら老人は続ける。

 

「王は、前世を信じますか?別の…道理も世界観も違う全く異なる世界を。」

「平行世界か。」

 

「違います。その異世界には念能力は無く、異常に発達した筋肉も、百メートルを五秒で駆け抜ける人間もいない。国を治めるのは強者ではなく、選ばれた者たち――いや、選ばれたというよりは、血と金と縁に守られた凡人たちでした。」

 

老人の声音には憎しみも軽蔑もなく、ただ遠い記憶を語るような静けさがあった。

 

「強者が国を治めない……?」

王は眉を僅かにひそめる。

「それでは無秩序に堕ちるだろう。」

 

「ええ、堕ちていましたよ。暴力ではなく、欲望に。」

老人は静かにポーンを前へ押し出す。

「権力は常に欲に引き寄せ、人は弱さを誤魔化すために嘘をつきました。……けれど、その世界にも『王』と呼ばれる者は存在していました。盤上で、です。」

 

盤上の駒が光を受け、黒と白の影を伸ばす。

 

「私はあの世界で、ただチェスに心を捧げました。勝ち続け、名を刻み、それでもチェスの王者にはなれなかった。」

 

そこで老人は駒を持つ手を止め、王を真っ直ぐに見つめた。

「気づけば私は老人になっていました。肉体も衰え、寿命は残り僅か。強者として生きたことはなく、盤上で只管に勝ち続けただけ。そんな私が、なぜこの異世界に生まれ直し、再びチェスに導かれたのか……未だに答えは分かりません。」

 

王は無言で盤上を睨む。その視線は駒を見ながらも、まるで老人の胸の奥を覗き込むかのようだった。

 

「……つまり、前世で成し得なかった偉業を、今世で果たせたと?」

「それは違います。…王に負けることなく、寿命を迎えられたなら、真の王者となるでしょう。それが今の私の悲願です。」

 

ここで王は1つの、決定的な矛盾を見つけ出す。

 

「…?その頃にはお前はこの世に居ないではないか。」

「はい。だからこそ、私はあなたが羨ましい。あなたは生まれながらにして力を与えられた。世界の頂点に立つことを約束された存在……。究極の存在にして、なおも成長の余地を残している。」

 

老人の声は、淡い憧れと同時に、どこか寂しさを孕んでいた。

「ですが、王よ。強さを持つ者が必ずしも“王”たりえるわけではありません。力だけでは、人は従いません。――私がそうであったように。」

 

王の指がナイトを摘み、盤上を跳ねる。

「余は力で全てを従える。……お前のように盤上にしか王の証を持たぬ者には、理解できまい。」

 

老人は口元に笑みを浮かべた。

「いいえ、理解しています。だからこそ、私はあなたに問うのです。」

 

老人は淡々とクイーンを進めていく。

「力で支配し、恐怖で縛る……確かに、それは王たる者の一つの在り方でしょう。」

 

その声音は揶揄でも批判でもない。まるで何百年も前から盤上で繰り返されてきた歴史を語る学者のように、ただ事実を口にする調子だった。

 

「しかし、王よ。力だけに依存した支配は必ず揺らぎます。力が衰えた時、あるいは新たな力が現れた時――その支配は音を立てて崩れるでしょう。」

 

王の指がナイトを跳ねさせる。駒が「カチリ」と盤上に収まった。

「余は揺らがぬ。力を積み重ね、頂点に立つ。誰も余を超えることはない。」

 

老人は小さく首を横に振った。

「盤上の王ですら、孤立すれば詰みます。どれほど力を持とうとも、一人きりでは肝心なものは守りきれぬのです。」

 

その言葉に、ピトーの尻尾が不安げに動き、ユピーの額に皺が寄る。プフは羽をすぼめ、盤面に釘付けとなった。

 

王は一瞬だけ手を止め、老人を見据えた。

その瞳には怒りではなく、かすかな苛立ちと――理解できぬ問いを突き付けられた時の、王らしからぬ迷いが宿っていた。

 

老人は駒を指で撫で、静かに続けた。

「王よ。真の支配とは、力を振るうことではなく、力を越えて“心を掴む”ことです。……私はただ、それをお伝えしたいのです。」

 

盤上の空気が張り詰める。

そして王は、低く、しかし確かな声で答えた。

 

「……余の望みは未だ形を持たぬ。だが――お前との対局で、余はその輪郭を掴み始めている。」

 

そこまで言うと指す手が止まる。

 

「…………………おや。」

「千日手、か…」

「もう一度。ですね。」

 

 

 

 







余裕があれば王視点も描きてェ〜
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