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王視点です
最初はただの遊戯――余にとっては暇潰しに過ぎなかった。
将棋や囲碁の国内チャンピオンなどという滑稽な称号も、十局と経たずに余の掌中のものとなった。
くだらぬ。人の限界など、余の目にはあまりに容易く映る。
だが次に現れた男は違った。
八十を越えたであろう皺に覆われた老躯。
これまでの凡俗どもは、一度呼吸を乱せば終わりであった。
だが、この男は揺るがぬ。
ルールブックを読み終え、いざ対局という場面ですら、朗らかな表情を崩さず余と対面する。
すべてを達観したような眼差しを向け、まるで余を見透かすかのように駒を置いていく。
それは対局ではなく、まるで添削。
余の一手を否定し、正すかのように、無言で上から重ねていくのだ。
耐え難い――余が、玩具同然の老いぼれに諭されているかのようではないか。
一局、二局と盤を重ねるうちに、ようやく「どの駒で何を奪えばよいか」の理を掴み始めた。
だが、それでもなお遠く及ばぬ。
あの老いたる男は、『平穏』そのものに脊髄を通して動いているかのごとく、淀みなく駒を進める。
呼吸すら乱さず、ただ在るがままにして余を圧倒する。
――そして、四局目でそれは起こった。
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余は――確かに怒っていた。
手加減をしたその無礼に。余と接戦を演じるために、あえて力を削ったその愚弄に。
勝負とは、命を懸けずとも命に等しい緊張を孕むもの。
真剣でなければ、何の価値もない。
本気を出さぬこと、それはまだよい。
だが――"あえて"悪手を差し込み、余を欺こうとしたこと。
それこそが、余に対する最大の侮辱であった。
許さぬ。
その決意は既に口の中で反芻され、牙のように鋭く、胸の奥で疼いていた。
だが、耳に入ってきたのは――思いもよらぬ、あまりにも冷静な声だった。
「今のままでは、私には遠く及ばぬ。」
その一言が、余の鼓動を掴んだ。まるで心臓が爆発してしまうかのように、血が逆流する感覚に襲われた。
怒りはただの熱ではない。誇りを切り裂かれた瞬間に生まれる、冷たい炎だ。余の全身がその炎に包まれ、世界は狭まっていく。
言葉は刃のように放たれたが、老いた瞳は微動だにせず、ただ穏やかに笑っている。怒りが沸騰しそうな余の側で、その笑みは余の耐性をさらに削いだ。
男は静かに続けた。声に焦りも卑屈もない。むしろ、柔らかく、断固たる決意が籠っているように聞こえた。
「賭けて欲しい」という、あまりにも大胆で、そして真摯な響きを持った言葉であった。
余は一瞬、思考を止められた。
「賭ける」?
人間が余に向かって?
余を挑発するかのように?
いや、挑発ではない。あの眼差しは、侮辱でも虚勢でもない。
──何だ、この感覚は。
老人は言った。
五連勝なら余に休養を命じる。
七連勝なら余の記憶にその名を刻む。
十連勝なら、余の名を乞う。
この老人は己の寿命を悟りながら、それでもなお余の未来を見据えている。
死を恐れず、盤上の一局を通じて「生」を差し出そうとしている。
余に何かを残すために。
それは、これまで余が蹂躙してきたどの人間にも無かった姿。
命乞いでもなければ、媚びへつらいでもない。
ただ自らの終焉を悟った者の、清澄なる願い。
余は問うた。
「負ければ何を差し出す」と。
男は静かに微笑み、己の命を賭けられぬことを詫びたうえで───
「幼少の頃に削り出した、このチェス盤を」と差し出した。
その時、余は理解した。
この男は本気だ。
己の人生の結晶を、己が誇りを、余との遊戯に委ねようとしている。
余は受け入れた。
それは賭けであり、同時に余の慢心を戒めるものとなるだろうと。
……しかし、最後に告げざるを得なかった。
「余は、自分の名を知らぬ」
男は驚愕し、次いで深い納得を滲ませた。
「なるほど……。ならばいつか教えてくだされば良い。今はそれで構いませぬ」
そう言って男は声を弾ませた。
「さぁ、続きと参りましょうか!」
──余は、思わず目を凝らした。
その姿は一瞬、皺だらけの老人ではなく、血気盛んな青年のように映ったのだ。
胸の奥が、熱を帯びる。
怒りとも喜びともつかぬ感情が、余の心を揺さぶる。
「……よかろう」
駒を掴む指に、力が籠る。
目の前のこの者こそ、今まで出会った中で最も油断ならぬ敵だ。
こうして、五局目が始まった。
感想見てニヤニヤするのが最近の日課