出てくる銃弾の名前はとある魔術の禁書目録から引用しました。
ピットから飛び出したのは、鮮やかな青。騎士の鎧を思わせる機体を身に纏ったセシリア・オルコットは、アリーナ中空へ進むとピタリと静止した。自信と余裕に満ちた視線の先には、濃緑の機体を身に着け、腕を組み佇む北条旭の姿が。
「逃げずに来ましたのね」
「ああ」
最低限の言葉で答える旭の態度を、セシリアは緊張から来るものと判断した。試合開始まで残り数分。相手が素人ということもあって、なんら気負うところのないセシリアは、その態度を隠しもせず、対戦相手に話しかける。
「女性より先に来ておくというその心掛けは、褒めて差し上げますわ」
「時代が時代だからな。攻撃される材料は減らしておきたいんだよ」
「そうですか。しかし、安心しました」
「なにが」
「私、貴方が逃げ出して、ここには現れないと思っていましたの。相手がいなければ折角の決闘も台無しですから」
厳密には織斑一夏という存在もあるが、相手は多い方がいいというのがセシリアの考えだ。
(クラスの人間は物珍しさ故に男を推薦するなどという愚かな行動をしましたが、公衆の面前で完膚なきまでに叩き潰せば、己の間違いに気付き、このセシリア・オルコットに尊崇の眼差しを向けるに違いありません)
そう、対戦相手ではない。今相対している人間は、セシリアにとっては単なる踏み台でしかないのだ。より自分の地位を高める為の道具でしかない。
如何に自己の優秀さを印象付けるか。それが彼女の頭の中を占める最大の命題だ。
(やはり役者不足の感は否めませんが、そこは私の技量でカバーしましょう)
改めて対戦相手に目を遣る。相変わらずの無表情。しかし、『決闘』という言葉を耳にした途端、その口元が皮肉気に歪む。
「決闘、か」
「ええ、決闘ですわ」
「何やらやる気満々の所悪いけど、この試合は決闘なんかじゃねえよ」
「ならば、一対一のこの試合を他になんと呼ぶと?」
「こんなもんはただの弱い者いじめだ」
「ほう。面白いことをおっしゃいますわね。理由を聞いても?」
「簡単な話だ。片やISが動かせるからってだけで入学させられた一般人。片や、訓練を積み重ね、国の代表の候補にまで名を連ねたエリート。結果は見えてるし、この差がわからねえ程馬鹿じゃねえ」
「どうやら、もう一人とは違って身の程を弁えているようですわね。いいでしょう、その物分かりの良さに免じて、手加減してあげてもよろしくってよ。なんなら試合の後も小間使いとして側に置いてあげましょうか?」
すると、先程までほとんど無表情だった旭が突然笑い出した。これにはさすがのセシリアも驚きを隠せない。
「な、何が可笑しいんですの?!」
「いやぁ、何、英国貴族ってのは、やっぱりジョークのセンスもあるんだな」
一仕切り笑った後は、また元の無表情に戻った。否、元の無表情ではない。その眼には、先程までには無かった静かな闘志が燃えている。
「勘違いすんなよ?俺はあんたの能力は認めるが、その腐った根性と残念なエリート意識を認めるつもりはさらさらねえぞ」
「な、にを言ってますの?!」
「あんた言ったよな『国の代表として来てる』って」
「それがなにか?」
「ならまずいよなぁ。国の代表が公衆の面前で人種差別発言をするってのは」
「ッ!!?」
旭の指摘にセシリアの表情が歪む。織斑一夏との言い合いでうやむやになってはいたが、その発言は国の代表としては口にしてはならないものだった。
「事が公になれば、まず考えられるのは外交問題だ。日本とイギリスの国交に罅が入るのは間違いない。それがきっかけでイギリスの国際的地位が低下すれば経済、政治、色んなもんにその影響が出る。その元凶であるお前にも、当然何かしらの制裁が下るだろうな」
旭の口から言葉が出る度、セシリアの表情が青ざめていく。今になって自分の事の重大さを理解したのだ。ほんの数分前までは、如何に優雅に試合を進めるかしか頭に無かったが、今はこれから起こり得る最悪の事態が頭に浮かぶ。セシリア・オルコットは発言に問題はあれど、本質的には聡明な人間だ。聡明な人間だからこそ、自分に降りかかるかもしれない未来がはっきりと想像できてしまう。
「要するにだ、そんなことも分からん自称エリートのアホの小間づかいなんざ、御免被るね」
至極真っ当な物言いだが、気が動転して正常な判断力を失っていたセシリアには、単なる罵倒としてしか、それを捉えることができない。
その青い瞳に怒りがたぎる。
「今……なんと?」
聞き返すそのこめかみには青筋が不規則に脈打っている。
怒りに充ちたその表情を見て、旭は自分の作戦が概ね順調であることを実感する。
(もう一押しだな)
「聞こえなかったならもう一回だけ言うぞ。こんな簡単なことも分からんメシマズ王国のお姫様の奴隷なんざなるつもりはねえ。そう言ったんだよ!!」
「一度ならず、二度までも、我が祖国を侮辱するとは!!」
(よし、釣れた)
「お怒りみたいだが、どうするつもりだ?」
「完膚なきまでに叩き潰し、二度と私に反抗できないようにして差しあげますわ!!」
そう高らかに言い放ち旭から距離をとるセシリア。武装を展開しようと右手を突き出し、口火を切る。
「さあ、踊りなさい!!このセシリア・オルコットと
「『ブルー・ティアーズ』の奏でる
直後、青い装甲を纏った右手に衝撃が走った。
■■■■■■■
「
セシリアの右手が弾かれる瞬間を管制室から見ていた織斑千冬は、興味深そうにガラス越しの光景を観察していた。
「あの弾は特徴的というか、なんというか。威力は文句なしなんですけど」
殆ど独り言に近い千冬の分析に反応したのは、同じく試合をモニターしていた一組副担任の山田摩耶だ。
「生身なら兎も角、IS戦ではまず当たらんからな」
「だから試合開始直後を狙ったんでしょうか」
「恐らくはそうでしょう」
二人が口にする
その特性とは弾頭の速度が遅いことにある。特殊な溝で空気抵抗の槍を形成するという性質上、弾丸の初速度の殆どはその際に生じる空気抵抗に喰われて失われ、弾丸の着弾と衝撃の槍のインパクトまでに約0.3秒の時間差が生じる。生身の人間なら0.3秒のタイムラグに反応することはほぼ不可能だが、ISのハイパーセンサーによって強化された五感ならば、この一瞬に反応することも難しくない。しかも、速度が失われた弾丸にはISの装甲にダメージを与えられる程の威力は残されていなので着弾を確認してからでも本命を回避できる。こういった制約は高速戦闘が常識のIS戦においては命とりになりかねない。
その扱い辛い弾丸を命中させた旭に、教師二人の注目が注がれる。
「オルコットを挑発したのは」
「照準を合わせる時間を稼ぐためでしょうね。搭乗時間が少ない以上、射撃は
「出来ないのなら初めからしない、か。思い切ったことをする」
「ええ。ですが、これで終わるほど、代表候補生は甘くないですから。ここからが本番ですね」
「ええ」
一通りの分析を終えると、二人は試合に視線を戻した。
■■■■■■
試合開始直後、ファーストヒットを取ったのは、周囲の予想とは裏腹に濃緑の機体を身に纏った北条旭だった。
対するセシリアが動揺している隙に右手に構えたハンドガンで
主導権は旭が握ったかに思えたが、流石は代表候補生。即座に体勢を建て直し、距離を取る。
(威力は大したものですが、当たらなければいいだけの話。初撃をもらったのは予想外でしたが、私がやることに変わりはありません)
銃撃の分析と戦術の確認を済ませると右手を突き出し武装の展開に入る。機体特性を活かし、距離を保って戦うのがセシリアのスタイルだ。ハンドガンを持っただけの素人など恐るるに足りない。
展開したライフルで撃ち抜くだけだ。と思っていたその時、再び右手に衝撃が走る。試合開始直後のものとは違う、砂利を叩きつけたような衝撃によって、武装の展開がキャンセルされる。
「また右手……?!!」
撃った旭の方に目を遣れば、展開されているのは一丁のサブマシンガン。動揺するセシリアの今度は胴体へと、弾丸の雨が降り注ぐ。お世辞にも正確とは言い難い射撃だが、それ故射線が読み辛い。数発被弾して何とか射線から外れ距離をとる。自分のペースで戦闘を進められないことに苛立ちと驚きを覚えるセシリアとは対照的に旭の表情は落ち着いていた。そこには攻撃を当てたことへの喜びも闘いへの高揚もない。冷静に油断なく観察を続ける。
(ここまでは予想通り……寧ろ出来すぎだ)
右手への攻撃が二回。聡明なセシリアは、おそらく旭の狙いに気づく頃だろう。狙いが読まれれば、二人の実力の差からして戦況は一気に覆される。ここからのセシリアの攻撃を如何に凌ぐか。旭の策はそこに集約される。
射線から外れ、そのまま距離をとって、セシリアは自分の間合いを確保している。そこに先程までの驚愕の色はない。
「武装を展開する右手を攻撃して展開を妨害し、私に攻撃のチャンスを与えない。素人にしてはいい考えでしたわね」
すぐさま代表候補生セシリア・オルコットとしての自分を取り戻し、悠然と語るセシリアの右手には、ブルー・ティアーズの主武装であるスターライトmkⅢが。
「しかし所詮は素人考え。武装を展開された後のことは考えていなかったようですわね」
狩る者と狩られる者の立場が完全に逆転した瞬間。スターライトmkⅢの銃口が向けられ、旭の背筋が冷たく強張る。
「先程は邪魔されてしまいましたので改めて宣言させていただきます。
踊りなさい!!このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる
言うが早いか、4基のビットがブルー・ティアーズのスカートアーマーから飛び出しラファールを取り囲み、一方的な闘いが始まった。