多分俺の中にいる大罪人たち、全員転生者なんですけど? 〜六人に乗っ取られかけてる、凡人だと思っている異常者。なぜか無表情ヒロインに推されてます〜 作:Boston Ham
だが、彼は知らなかったのだ、多くを得たものは何か大切なものを失う事をーー
現実に戻ってきた俺の口から、自然とその名が漏れた。
「――レイヴン!」
瞬間、視界が暗転し、胸の奥から黒い奔流が噴き上がる。
俺の意識が、深い闇の奥へ引きずり込まれていく。
その代わりに、胸の内側から冷たい気配が広がった。
「――呼んだか」
低く落ち着いた声が口をついて出る。
視界が鮮明に戻った時、そこに立っていたのはもう俺ではなかった。
夜風が黒衣を揺らす。
漆黒の刀を鞘に収め、静かに佇む影。
わずかに前屈し、敵を見据える眼差しは氷のように冷たい。
異形の咆哮が路地を震わせた。
「アァアアアアアアッ!」
筋肉が膨張し、皮膚の下で黒い脈動が走る。両腕の包丁が閃き、アスファルトを抉った。
レイヴンは一歩、前に出る。
足音はほとんど響かない。だがその所作は、すべてが無駄なく整っていた。
「……随分と粗暴だな。だがな。」
左手で鞘を軽く押さえ、右手は柄に添える。
「その程度の力では、俺の心臓には届かん」
次の瞬間。
包丁が振り下ろされた。 空気が爆ぜ、地面に亀裂が走る。
――抜き放たれた刃閃。
耳に届いたのは、ほんの短い風切り音だけ。
気づけば異形の左肩から黒い血液が噴き出していた。
レイヴンは既に刀を納め、静かに佇んでいる。
「……ッ」
異形の巨体がよろめく。
もはや人とは言えないその顔に「何が起きた」という戸惑いが浮かんだ。
レイヴンは一歩進み出る。
鞘から抜かれた刃は、月光を反射して淡く光を宿す。
「斬撃は見えなかったか。ならば、それで十分だ、高望みはしない。」
異形が怒号と共に突進する。
左右から包丁が交差し、獣の爪のように振るわれた。
だが――金属が交わる音は一度も響かなかった。
斬撃。納刀。斬撃。納刀。
レイヴンはただ呼吸をするように居合を繰り返す。
その動きは最小限で、静謐。だが結果は苛烈だった。
異形の腕や胸に浅い切り傷が幾重にも走り、黒い血が滴り落ちて路地を染めていく。
「力任せでは、俺には届かん」
淡々と告げる声が、夜気を震わせた。
異形は怒り狂い、さらに身体を膨張させる。
筋肉が裂け、赤黒い線が全身を走り、口からは腐臭混じりの唾液が滴った。
「マダ……タリナイッ! オマエノ肉、喰ッテ――!」
膨れ上がる筋肉。皮膚を裂いて黒い血管が浮き出し、目は血走って赤く染まる。 肉叩きを振りかざし、アスファルトを粉砕した。破片が四方へ飛び散る。
レイヴンは鼻で笑った。
「この程度の怪物……面白い。だがな、勘違いするなよ」
刀を肩に担ぎ、わざと挑発するように刃先で路面を擦る。路面から火花が走る。
「お前は何人殺した? 十人か、二十人か……せいぜい数えるほどだろう」
その声音は静かで、しかし底冷えするほど冷酷だった。
「俺はな――三百だ」
「三百の命を切り捨ててきた。格が違うんだよ、畜生風情が」
次の瞬間、二人の刃先がぶつかる。
薙刀と肉叩きではなく、刀と包丁。鉄と鉄のぶつかり合いが夜の路地裏を震わせた。
衝撃で窓ガラスがひび割れ、遠くで犬が吠える。
異形の一撃は重い。人間なら粉々に砕かれるほどの膂力だ。
だがレイヴンは一歩も引かない。むしろ嬉々として受け止め、刀身でいなし、逆に切り返す。
黒い残光が宙を裂き、異形の肩口に深々と刻まれた。
血ではない。どす黒い膿のような液体が噴き出す。
腐敗臭が鼻を突き、吐き気を催すほどの悪臭が路地裏に満ちた。
異形は吠える。
「グガァァアアアアッ!!」
怒りに任せて振り下ろされる中華包丁。
レイヴンはそれを半身で避け、刃先で巨体の肘を裂いた。
「右、左、半身」
淡々と呟きながら、連撃を繰り出す。
一太刀ごとに黒い血が飛び散り、壁や地面を汚していく。
だが異形もリベレイターを使っている。
この世界の常識では死なない。
腕を裂かれようが、肩を貫かれようが、次の瞬間には肉が蠢き、閉じていく。
「タリナイ……マダ、喰ウ……!」
狂気の言葉を吐きながら、さらに暴走を強めていく。
レイヴンは目を細めた。
「なるほど。人を喰った“人格”か……。戦う理由があまり良いものではないな」
刀を納刀する。
「だが――それがどうした」
地面を割る勢いで飛びかかる巨体。
レイヴンの瞳に、わずかに冷たい光が宿った。
「――来い」
踏み込み。 世界が一瞬止まったように見えた。
次の瞬間、閃光のような一太刀が走り、巨体の脇腹を深々と裂いた。 黒い血飛沫が夜空に散り、壁を汚す。
それでも異形は止まらない。
だが確かに、レイヴンの刃が優勢を握り始めていた。
3話目
異形の叫びが、夜の路地裏を震わせた。
その声はもはや言葉ではなく、欲望と飢えだけで形作られた咆哮。
レイヴンは動じなかった。 刀を静かに鞘へ収め、呼吸を整える。
わずかに膝を曲げ、重心を落とす。無駄のない姿勢。
その佇まいは、狂気に支配された異形の前でも微動だにしない。
「……いつまでも獣のように吠え立てるだけか。ならば、斬る理由は十分だ」
刹那、異形が地を蹴った。
肉叩きが振り下ろされ、地面ごと粉砕する。 粉塵が弾け、コンクリートの破片が飛び散る。
しかし、その光景の中で――音がひとつ、妙に遅れて響いた。
――シュッ。
短く、鋭い抜刀の音。
次の瞬間、異形の丸太ほどの手首に裂傷が走る。そして、握っていた肉叩きが路地に転がった。
「ガァアアアアッ!」
異形の咆哮が響く。
血ではなく、黒い液体が吹き出し、アスファルトを焦がした。
レイヴンはすでに刀を納めていた。
その姿は一切の無駄がなく、まるでそこに最初から立っていたかのような静謐さ。
「力を誇示するだけの腕か。……脆いな」
異形は獣のように右腕を振るい、残された包丁を叩きつける。
壁が粉砕され、コンクリート片が宙を舞った。
だがレイヴンは一歩も退かない。
呼吸を整え、腰を落とし、また鞘に手を添える。
目に映るのは敵の呼吸、重心、力の流れ。 ただそれだけ。
「……見えすぎて退屈だ」
次の瞬間。 レイヴンの刀が月の光で反射した。
紅い軌跡が走り、異形の膝が裂けた。 巨体がぐらりと傾く。
同時に、胸元へさらなる斬撃が深く刻まれた。
居合い――
一太刀ごとに確実に肉を断ち、血を散らし、確実に削いでいく。
だが、相手も墜ち人の異形だ。
常識の範疇を超えた生命力を誇り、倒れない。 裂けた膝で無理やり立ち、歯を剥き出しにして突進してくる。
「シネェエエエエエエエ!」
唾液が飛び散る。
その獣じみた顔が眼前に迫る。
レイヴンの瞳は氷のように冷え切っていた。
「……吠えるな。無粋だ」
静かに鞘から刀が滑り出る。
刀に反射した光が夜の路地裏を照らす。
一閃。
――咬みつこうと開いた口が、次の瞬間には裂けていた。
黒い血が噴き出し、異形の顎がぶら下がる。
それでも、奴は止まらない。
肉叩きのような拳を振りかざし、なおも暴れ狂う。
異形はもう人ではない。
それが人格に飲まれた存在"墜ち人"というものだ。
それでも生きようとする醜悪な執念がそこにあった。
「執念か。……嫌いではないが」
レイヴンは刃を納め、静かに瞼を伏せる。
「それを“生”と呼ぶには、あまりに穢れすぎている」
最後の一歩を踏み出した。
抜刀。
世界が一瞬、静止したように感じた。
振るわれたのは紫電一閃。 音は路地裏には響かなかった。
次の瞬間。
異形の巨体が膝を折った。
胸元に大きく裂け目が走り、黒い血液が滝のように溢れる。
その目からは光が消え、ただ呻き声だけが漏れる。
「オ……オマエ……」
声にならない声を最後に、巨体が崩れ落ちた。
アスファルトが揺れ、黒い血が広がり、夜の冷気がそれを冷やしていく。
路地裏に、静寂が戻った。
レイヴンは静かに刀を払った。
黒い血が飛び散り、月光に淡く照らされる。そのまま、鞘に収める。カチリ、と小さな音。
「……終わりだ」
冷たく、それでいて確かな声だった。
振り返る。
そこには呆然と立ち尽くし、苦しげに息を整えるこころの姿があった。
レイヴンはその瞳に一瞥を投げ、口元をわずかに歪めた。
「……この体は返す。だが忘れるな――俺の刃は、お前の心臓と共にある」
言葉と共に、悠真の体が崩れ落ちていく。視界が揺らぎ、膝が崩れそうになる。
最後にレイヴンと変わった彼の耳へ届いたのは、静かな刀の音といつも無表情の彼女の声。
そして、自分の胸の鼓動だった。
ーーtopics
墜ち人〈フォールン〉
リベレイター使用時に人格に飲まれ、支配された存在。
普通の人間は、リベレイターを使うと覚醒せず死亡するが、その"力"を得る資格があるものは覚醒する。
よって、リベレイターを使って生き残った者に正常な者は実質一人もいない。
資格が無かったり、人格の影響が強すぎた場合、その力に飲まれ墜ち人とかす。